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    <title>TETRA'S MATH</title>
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    <description>数学と数学教育</description>
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    <title>「とれたての定理です　第5巻」から／3．何でも測定し隊！</title>
    <description>　少年少女数学愛好会「とれたての定理です　第5巻」から、次は「3．何でも測定し隊！---いずみちゃんとじろう君の三角比への旅　in　Summer ---（あやか）」のご紹介です！

　マンガ仕立ての「三角比」のレポートです。あやかさんは2004年にマンガ甲子園全国大会に出...</description>
<content:encoded><![CDATA[
　少年少女数学愛好会「<a href="http://toretate.fc2web.com/bgmath/toretate/toreta05.html" target="_blank">とれたての定理です　第5巻</a>」から、次は「3．何でも測定し隊！---いずみちゃんとじろう君の三角比への旅　in　Summer ---（あやか）」のご紹介です！<br />
<br />
　マンガ仕立ての「三角比」のレポートです。あやかさんは2004年にマンガ甲子園全国大会に出場されたのだとか（おお！）。シンプルな線画でテンポがよくて軽快ですごく読みやすい。しっかし、あの2コマ好きだなー（＾＾）。<br />
<br />
<img src="images/toretate13.JPG" width="376" height="306" alt="" class="pict" /><br />
<br />
　途中で「比の値」が出てきます。これを先生役が出してくるとつまらないし、生徒役が自分で見出すとしらじらしくなるところ…　で、どう展開させているかというと、見た目ごくフツーの猫でありながら実はスーパーキャットである「まぐろ」ちゃんが変換してくれるのですｖ（＾＾）。スーパーキャットのマイナーチェンジがなんだか可笑しい。でも、このマイナーチェンジにこそ、「比の値」の本質があらわれているのかもしれません。みやじ先生の授業のポリシーが生徒たちの中に根付いているということか！？（＾＾）<br />
<br />
（小学校の中の「比の値」について考え始めると、これまた大仕事というか根深いものがありそうなので、今回は割愛することにして…）<br />
<br />
　「何でも測定し隊！」はCDにも入っており、パソコンの画面で見ると1コマずつ映し出されるので、大きくて迫力あります。猫の「まぐろ」がじ〜んとしている背景の正五角形は、もしかしてスクリーントーンじゃなくて自家製?などと細かいところに目がいったりして。<br />
<br />
　なお、本誌では、マンガのあとで、実際に「カクシリ器」を使って生徒さんたちが「釜石大観音」を測っている様子の写真が掲載されています。<br />
　こういう地道で具体的な作業も怠らないんだなぁ〜！（＾＾）
]]></content:encoded>
    <dc:subject>数学教育</dc:subject>
    <dc:date>2009-07-02T10:10:58+09:00</dc:date>
    <dc:creator>tamami</dc:creator>
    <dc:rights>tamami</dc:rights>
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    <title>「とれたての定理です　第5巻」から／2．音階のお話し</title>
    <description>　少年少女数学愛好会「とれたての定理です　第5巻」から、次は「2．音階のお話し（あや）」のご紹介です！　ベタですが!?、バッハ聴きながら書いてまーす。チェンバロです。各種カノンです。うちにバッハのCDはこの1枚しかない（しかももらいもの）。1枚しかないというか...</description>
<content:encoded><![CDATA[
　少年少女数学愛好会「<a href="http://toretate.fc2web.com/bgmath/toretate/toreta05.html" target="_blank">とれたての定理です　第5巻</a>」から、次は「2．音階のお話し（あや）」のご紹介です！　ベタですが!?、バッハ聴きながら書いてまーす。チェンバロです。各種カノンです。うちにバッハのCDはこの1枚しかない（しかももらいもの）。1枚しかないというか、CDというものが少ないがわが家によくぞあったというべきか。<br />
<br />
　あやさんは、ピアノ調律師になるために勉強されているそうです（おお！）。そんなあやさんの音律のレポートときけば、これは読みたくなりますよね！（＾＾） このあいだdiastemaのこと考えたばかりだから（<a href="http://math.artet.net/?eid=1145290" target="_blank">＊</a>）、こちらもタイムリーでした。<br />
<br />
　まずは鍵盤の仕組みとオクターブの話から始まり、全音と半音、音程、完全4度や長3度などの説明と続きます。音程というのは2音間の距離ですが、ドとレで2度、ドとミで3度、ドとファで4度だから、きっと<a href="http://ameblo.jp/metameta7/theme-10000075397.html" target="_blank">メタメタさん</a>は、ドは0じゃなくて1なのか？？と気になっちゃうでしょうね！（＾＾）　（音程には、はじめの音から数えて何番目という序数詞が使われているようです）。そういえば、どうして音程には「度」という言葉があてられているのだろう？（<a href="http://math.artet.net/?eid=1066721" target="_blank">＊</a>）。いま初めて不思議に思った。<br />
<br />
　さて、いよいよ「音程比」です。ピタゴラスのモノコードの話から始まりますが、これ、実験しながら読むと面白いでしょうねぇ！<br />
　　　<img src="images/toretate12.JPG" width="384" height="288" alt="" class="pict" /><br />
<br />
　1本の弦の駒をつけない状態の音を「ド」としたとき、それを1/2、1/3、1/4、…にしていくと音はどう変わっていくかを確認したあと、それぞれの音程に対する比が表にまとめられてあります。<br />
<br />
　たとえば最初のドの長さを1とすると、1/2で1オクターブ高いド'、1/4でさらに1オクターブ高いド''、1/8でさらに1オクターブ高いド'''になります。また、1/3でソ'、1/5でミ'になります。これを波の数（振動数）で考えると、<br />
<br />
　　ド−1　　　ド'−2　　ド''−4　　ド'''−8　<br />
　　ソ'−3　　　ソ''−6　　　ミ'−5　　　ミ''−10<br />
　　シ'♭−7　　レ''−9<br />
<br />
となります。いかにも「倍音」という感じがしますね（と私は理解しているのですが）。<br />
<br />
　では「ラ」と「シ」はどうなるんだ？ということで、「ミ」と「シ」は完全5度だから音程比が2：3になってほしい、「ソ」と「シ」は長3度だから音程比は4：5になってほしいというふうに、計算していきます。こんなふうに倍音関係を基にして、協和音になるように音階を決めていったものが「自然長音階」（または「純正律音階」）なのだそうです。<br />
<br />
　そしてこのあとはピタゴラス音階の話に入り、最後で平均律です。平均律というのは、簡単に言うと、どの音から始まる音階（ドレミファソラシド）も、相対的な音程比がすべて同じになっているような音律のことで、なぜそういうことをするのか、平均律によってどんないいことがあるのか、ということが記されています。そっかぁ、そういうことだったんだぁ！<br />
<br />
　ちなみにウィキペディアによると、バッハの「<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E5%9D%87%E5%BE%8B%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%82%A2%E6%9B%B2%E9%9B%86" target="_blank">平均律クラヴィーア曲集</a>」が本当に“平均律”を使ったものなのかどうかは、議論が分かれているらしいです。上記リンク先では否定していますが、バッハが平均律を用いていた可能性は否定できないという見方もあるもよう。<br />
<br />
　ギリシャの音楽論は論理学や思想との関わりが深いし、モノコードの波波をみているとフーリエ級数のことも気になってくるし、この先、いろいろな方向に発展できそうな研究テーマですね〜！（＾＾）
]]></content:encoded>
    <dc:subject>数学教育</dc:subject>
    <dc:date>2009-07-01T09:45:27+09:00</dc:date>
    <dc:creator>tamami</dc:creator>
    <dc:rights>tamami</dc:rights>
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    <title>「とれたての定理です　第5巻」から／1．おいらの定理</title>
    <description>　少年少女数学愛好会「とれたての定理です　第5巻」から、まずは「1．おいらの定理（ちなつ）」のご紹介です！

　ちなつさんは第4巻で、「多面体上でまるを描く」というレポートを発表されており、今回はその発展形です。ついこのあいだピックの定理でオイラー標数の...</description>
<content:encoded><![CDATA[
　少年少女数学愛好会「<a href="http://toretate.fc2web.com/bgmath/toretate/toreta05.html" target="_blank">とれたての定理です　第5巻</a>」から、まずは「1．おいらの定理（ちなつ）」のご紹介です！<br />
<br />
　ちなつさんは第4巻で、「多面体上でまるを描く」というレポートを発表されており、今回はその発展形です。ついこのあいだピックの定理でオイラー標数のことを考えたばかりだったので（<a href="http://math.artet.net/?search=%A5%AA%A5%A4%A5%E9%A1%BC%C9%B8%BF%F4" target="_blank">＊</a>）、私にとってはタイムリーな話題でした。<br />
<br />
　まずは、多角形の内角の和・外角の和から始まり、凸型多面体の「頂点のまわりの角度」（※）---レポートでは「1つの頂点をぐるりと回ったときの方向の変化の総和」というような表現になっています---の考察を経て、立方体を組み合わせてできる立体（階段型・ドーナツ型・穴2個・穴3個・穴n個、…）の考察へと進みます。<br />
<br />
　そして、オイラーの多面体定理の証明を経て、いよいよ「おいらの定理」です。「おいらの定理」とは、「おいらの数」を“不足分の角度の総和”（※）と定義した上で、次のような式で表される関係のことです。<br />
<br />
　　　「おいらの数」＝360°×（オイラー数）<br />
<br />
　立方体の結合による頂点と頂点の共有、辺と辺の共有（1辺、2辺、3辺、…）、面と面の共有（1面、2面、3面、…）によってオイラー数と「おいらの数」がどう変化するかを順を追って調べたあと、「おいらの定理」の証明に入ります。<br />
<br />
　そして、最後は粘土で作った曲面のある立体を示し、図形の連続的な変形についてのオイラー数の不変性とおいらの定理の予想（今後の課題）で締めくくってあるのでした。<br />
<br />
　うわー、お手本のようなきれいな構成のレポートだー。<br />
<br />
　第4巻の巻末エッセイでは、ちなつさんの「これまで」が綴られていました。小・中学校では数学が天敵で、将来の夢も「バフッとした部分」しかつかめずにいたこと。高校生になったばかりの頃、日々の復習プリントと“かなり個性的な”M先生に驚いたこと。2年生で「不思議で仕方がなかったこと」が、数学?Cを学んだときに発見があり、証明が仕上がっていく喜びを知ったこと。3年生で数学が日常に深く入りこんでいく高揚感、生まれてはじめて自分から数学を学んだ感触を味わったこと…。1年、2年、3年と少しずつ数学との関わりを深め、自分の世界を広げていったちなつさんの1つの節目の結晶が、この「おいらの定理」のレポートだったのだなぁ〜と思うと、読んでいるこちらも感慨深いです。（＾＾）<br />
<br />
　　　<img src="images/toretate11.JPG" width="384" height="288" alt="" class="pict" /><br />
<br />
<br />
　なお、※の「頂点のまわりの角度」というのは、たとえば正四面体の頂点をぐるりと1周すると、正三角形の1つの角を3つ分進むことになるので、「頂点のまわりの角度」は　60°×3＝180°となります。平面では1周が360°なので、不足分が　360°−180°＝180°　というわけです。<br />
<br />
　この「頂点のまわりの角度」のことを、数教協では「トンガリ度」と呼んでいた記憶があり、検索してみたら、<a href="http://www.rd.mmtr.or.jp/~bunryu/mokuzi.shtml" target="_blank">はまぐりの数学</a>さん＞<a href="http://www.rd.mmtr.or.jp/~bunryu/kuukanzyuutenn.shtml" target="_blank">空間充填立体 ---正四面体からオクテット・トラス構造へ---</a>にたどりつきました。参考文献が遠山啓著「3次元の世界」（ほるぷ出版　数学の広場4）になっているので、たぶん、記憶はあっているのでしょう。<br />
<br />
　一般的にこの「トンガリ度」はなんと呼ばれているのでしょうね？　尖度という言葉を使っているページもあるもよう。<a href="http://www.geocities.jp/ikuro_kotaro/index.htm" target="_blank">Ikuro's Home Page</a>＞<a href="http://www.geocities.jp/ikuro_kotaro/koramu/571_d2.htm" target="_blank">デルタ多面体の構成（その２）</a>では「面角の和」としてありました。<br />
<br />
（つづく）
]]></content:encoded>
    <dc:subject>数学教育</dc:subject>
    <dc:date>2009-06-29T09:29:01+09:00</dc:date>
    <dc:creator>tamami</dc:creator>
    <dc:rights>tamami</dc:rights>
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  <item rdf:about="http://math.artet.net/?eid=1206280">
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    <title>祝！完成「とれたての定理です　第5巻」</title>
    <description>　少年少女数学愛好会「とれたての定理です　第5巻」がきのう届きました！

　　　　　

　わおーっ！　262ページの超力作、初の付録CD付で内容も充実していて、とても完成度の高い豪華な仕上がりとなっておりまーす！！

　「とれたての定理です」は高校生の数学研...</description>
<content:encoded><![CDATA[
　少年少女数学愛好会<a href="http://toretate.fc2web.com/bgmath/toretate/toreta05.html" target="_blank">「とれたての定理です　第5巻」</a>がきのう届きました！<br />
<br />
　　　　　<img src="images/toretate00.JPG" width="288" height="298" alt="" class="pict" /><br />
<br />
　わおーっ！　262ページの超力作、初の付録CD付で内容も充実していて、とても完成度の高い豪華な仕上がりとなっておりまーす！！<br />
<br />
　「とれたての定理です」は高校生の数学研究レポート集です。指導されているのは「みやじさん」こと宮本次郎先生。私がみやじ先生と出会ったのは1996年頃。はや13年のおつきあいになるんですねぇ（＾＾）。<br />
<br />
　今回の“とれたて”は、第4巻から8年目の発行、第1巻から約20年たつようです。全巻持っている果報者の私σ（＾＾）。しかも、第1巻は2冊しか残っていなかったうちの貴重な1冊をみやじ先生に分けていただいたのですぅ。<br />
<br />
　　　　　<img src="images/toretate04.JPG" width="192" height="256" alt="" class="pict" /><br />
<br />
　前回までは生徒さんの本名が載っていましたが、今回は名前（ファーストネーム）のみの記載になっています。個人情報に配慮してのことと思われますが、私はこのファーストネームでのレポートというポップさが、なんだか気に入っています（いかにも「少年少女数学愛好会」という感じがして）。軽快で新鮮。軽快ですが、内容は濃いです。<br />
<br />
　第5巻のテーマは次の通り。<br />
<br />
<br />
1.　<strong>おいらの定理</strong><br />
　　　（ちなつ）<br />
<br />
2.　<strong>音階のお話し</strong><br />
　　　（あや）<br />
<br />
3.　<strong>何でも測定し隊！</strong><br />
　　　（あやか）<br />
<br />
4.　<strong>遠近法で絵を描こう</strong><br />
　　　（かなえ）<br />
<br />
5.　<strong>鏡像によるヴァーチャル立体</strong><br />
　　　（たかし・よしひろ・まさひろ・いっぺい・しょうご）<br />
<br />
6.　<strong>鏡像によるヴァーチャル正多面体</strong><br />
　　　（みやじ）<br />
<br />
7.　<strong>多面体フレーム内の石鹸膜</strong><br />
　　　（ゆっき・えりか）<br />
<br />
8.　<strong>複素整数</strong><br />
　　　（しおり・あやの）<br />
<br />
9.　<strong>2次元有界閉局面の分類</strong><br />
　　　（だいすけ・なおこ・やすえ・ゆりえ・ひろみ）<br />
<br />
10. <strong>立方体から正多面体を切り出す</strong><br />
　　　（まちこ・まさこ）<br />
<br />
11．<strong>研究日誌（立方体から正多面体を切り出す）</strong><br />
　　　（まちこ・まさこ）<br />
<br />
12．<strong>「立方体から正多面体を切り出す」をめぐる対談</strong><br />
<br />
<br />
　初期のころに比べると「手書き」のウェイトは低くなり、CDも付いていて、“作り込んでいる”（完成度があがっている）印象はありますが、素朴さや手作り感、親近感は失われておらず、むしろ高校生たちはさらに自由になってきているような気がします。また、テーマや表現方法にも個性が出ています。肩肘張って、力んで数学しているわけではない。ほどよい遊び心やおちゃめさを忘れずに、地に足つけて落ち着いて、「ふつー」に数学を楽しんでいる様子が伝わってきて、読んでいるこちらも心がほぐれてきます。（実際は大変なこともあったのかもしれないけれど！）<br />
<br />
　ちょっとだけ中をのぞいてみましょうか？（＾＾）<br />
<br />
（つづく）
]]></content:encoded>
    <dc:subject>数学教育</dc:subject>
    <dc:date>2009-06-28T13:15:33+09:00</dc:date>
    <dc:creator>tamami</dc:creator>
    <dc:rights>tamami</dc:rights>
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  <item rdf:about="http://math.artet.net/?eid=1205258">
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    <title>＜気象学者＞江守正多さんの文章</title>
    <description>　江守正多『地球温暖化の予測は「正しい」か？』（化学同人／2008年）を読みました。いや、読んだのは第3章までで、もういいかな･･･と思って第4章以降はぱらぱらとページをめくっただけです。それにしても“正しさが多い”という名前は印象的だ。

　読みやすく、誠意も...</description>
<content:encoded><![CDATA[
　江守正多『地球温暖化の予測は「正しい」か？』（化学同人／2008年）を読みました。いや、読んだのは第3章までで、もういいかな･･･と思って第4章以降はぱらぱらとページをめくっただけです。それにしても“正しさが多い”という名前は印象的だ。<br />
<br />
　読みやすく、誠意も感じられ、気象学の不確かさへの謙虚さもあり、そのときどきで最大限の努力をして結果を出そう（研究者として仕事をしよう）という真摯さもあり、クセのない“正統派ハンサム”の文章で好感が持てるのですが、いまいちパンチに欠けるのはなぜだろう？と思いながら読み進んでいました。<br />
<br />
　やはりどうしたって本としては「懐疑論」のほうが面白いのかもしれないなぁ･･･と思ってみたり、IPCCに関わった人としての責任感が遠慮がちな文章を生んでいるのかなぁ･･･と思ってみたり、たぶん若い方だろうから、赤祖父俊一さんのような厚みというか熟成された熱さというか、骨太さのようなものを求めるのは酷かもしれないなぁ･･･とも思ってみたり。<br />
<br />
　しかし。<br />
<br />
　あとがきを読んで、あちゃーと思いました。<br />
<blockquote>･･･、僕たちは人類が文明の選択をする瞬間を目の当たりにしているのではないでしょうか。<br />
　じつはこう考えると僕はとても元気が出ます。自分が生きているうえでの役割を与えられた感じがしてきます。世界を変革するべき充分な理由があって、自分は自分の立場からその変革にコミットしているという感覚。そういうと旧来の左翼に似ている感じもしますが、その感覚自体が悪いことだとは思いません。誤解を恐れずにいえば、地球温暖化という物語は、閉塞した現代社会の中に久々に出現した、マルクス主義以来の「大きな物語」なのかもしれません。</blockquote>　どこから突っ込みを入れたらいいのかわからないこの文章を書けてしまう若さに、ある意味驚き、ある意味納得しました。未だ研究対象に対してよりも、自分自身（研究者としてのアイデンティティ）に対する興味が勝っているのだ、この人。<br />
<br />
　そういう人の文章を読むと、書かれてある内容よりも、著者自身にへんな興味が向いてしまいます。宮台真司『日本の難点』しかり。年齢を見てみたら、江守正多さんは1970年生まれとのこと。赤祖父さんよりも40歳下。やはり比べるのは酷すぎるか。<br />
<br />
　そういえば<a href="http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51218475.html" target="_blank">小飼弾さん</a>が<a href="http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51218475.html" target="_blank">人文科学者がダメな理由がわかる−書評−日本を変える「知」</a>において、「研究対象に対する畏敬の念の有無」について書いておられましたっけ。これを読んで、なるほど私が感じていた一部の社会学者の“イタさ”（<a href="http://math.artet.net/?eid=1169728" target="_blank">＊</a>）はそういう言葉で言えばいいのかと納得したのですが-----宮台真司が畏敬の念をもっているのは社会学の研究対象ではなく、ルーマンやパーソンズなど自分が影響を受けた「社会学者」と、東大や霞が関の「利他的なスゴイ奴」なのだと思う---、江守正多さんには自然科学者らしく「気象学の研究対象に対する畏敬の念」はあると感じられるものの、それだけではだめなのだということを、しみじみ感じさせられる1冊でした。（いや、半分しか読んでいないのだが･･･）<br />
<br />
＊　ちなみに、小飼弾さんの「人が自然の一部である以上」という前提は、もっと慎重に考えたいと私は思いました。“人文学的な仮説”だとしても。「自然」という言葉はそんなに簡単に扱えないと思うし、人文学者はそこから出発していないかもしれない。
]]></content:encoded>
    <dc:subject>環境問題</dc:subject>
    <dc:date>2009-06-26T00:33:59+09:00</dc:date>
    <dc:creator>tamami</dc:creator>
    <dc:rights>tamami</dc:rights>
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  <item rdf:about="http://math.artet.net/?eid=1203938">
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    <title>近代医学と免疫系</title>
    <description>　多田富雄『免疫の意味論』には、このほかにも、老化、エイズ、アレルギーとアナフィラキシーショック、管（チューブ）としての人間、自己免疫疾患の話など、興味深い話がいろいろと綴られていました。途中でカルダノが出てきてちょとびっくり。3次方程式の解法でめぐっ...</description>
<content:encoded><![CDATA[
　多田富雄『免疫の意味論』には、このほかにも、老化、エイズ、アレルギーとアナフィラキシーショック、管（チューブ）としての人間、自己免疫疾患の話など、興味深い話がいろいろと綴られていました。途中でカルダノが出てきてちょとびっくり。3次方程式の解法でめぐってひと悶着あったあの方ですよね（<a href="http://math.artet.net/?eid=248022" target="_blank">＊</a>）。そうか、お医者さんだったんだ。<br />
<br />
　河本英夫『オートポイエーシス』にも書いてありましたが、免疫学は学説の骨子がめまぐるしく変わっているそうです。本を書いても、あるいは教科書でさえも、数年のうちに「ひとむかし前」のものになってしまうのかもしれません。それゆえ、専門家にしかわからない世界になってしまっている。だから、免疫系のことをなんとか一般の言葉で書き表せないだろうか･･･というのが、『免疫の意味論』の根本の動機だったようです。そうはいってもなかなか大変な作業。その背中をおしたのが、「脳死」の問題だった･･･ということのようです。なお、免疫系は特定の臓器に由来していないので、近代医学は目を向けなかった、というようなことも書いてあり、面白かったです。<br />
<br />
　さて、そんなこんなで、河本英夫『オートポイエーシス』＞?　自己組織化　第二世代システム＞2　動的非平衡システム＞免疫システムと「自己」（p90〜93）が読めるようになりました。この勢いで他の部分も…と思ったけれど、やっぱり難しい（＿＿；。もしかしてこの本は、4ページにつき別の1冊を読まないと、読み進められないのではなかろうか･･･
]]></content:encoded>
    <dc:subject>免疫学</dc:subject>
    <dc:date>2009-06-25T08:28:13+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://math.artet.net/?eid=1202058">
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    <title>そして出てくるよ！「自己言及」＠免疫系</title>
    <description>　造血幹細胞からT細胞になるのかB細胞になるのかは、細胞が分化する際の環境によって決定すると考えられているのだそうです。幹細胞自身に選択権があるのではなく、ほとんどすべてが偶然によって決定される。

　そんなふうにして、免疫系は単一の細胞が分化する際、場...</description>
<content:encoded><![CDATA[
　造血幹細胞からT細胞になるのかB細胞になるのかは、細胞が分化する際の環境によって決定すると考えられているのだそうです。幹細胞自身に選択権があるのではなく、ほとんどすべてが偶然によって決定される。<br />
<br />
　そんなふうにして、免疫系は単一の細胞が分化する際、場に応じて多様化し、まずひとつの流動的なシステムを構成することから始まり、さらに多様化が起こり、機能を獲得していくのだそうです。その決定因子はなんであるかというと、“「自己」という場への適応”らしいのです。「自己」に適応し、「自己」に言及（リファー）しながら、新たな「自己」というシステムを作り出す。<br />
<br />
　「自己」は、成立の過程で次々に変容します。T細胞レセプターも抗体分子もランダムな遺伝子の組み換えと再構成によって作り出されるし、外部から異物が侵入するたびに特定のクローンが増殖するし、インターロイキンなどによって内部世界の騒乱が起こるし、抗体の遺伝子には高い頻度で突然変異が起こるわけであり。<br />
<br />
　こうした「自己」の変容に言及しながら、終生自己組織化を続けるのが免疫系のシステムである･･･ということらしいのです。なお、多田富雄さんは、このような動的システムを超（スーパー）システムと呼んでおられます。「マスタープランによって決定された固定したシステムではない」という意味で。<br />
<br />
　というところまでを勉強すると、河本英夫『オートポイエーシス』の第二世代システムのところがだいぶ読みやすくなってきます。
]]></content:encoded>
    <dc:subject>免疫学</dc:subject>
    <dc:date>2009-06-24T08:21:38+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://math.artet.net/?eid=1202053">
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    <title>幻の細胞と、臍帯血バンクのこと</title>
    <description>　免疫系を構成している細胞は、T細胞、B細胞、マクロファージなどであり、それぞれの細胞は異なった機能を分担しています。

〔マクロファージ〕
　異物である抗原を細胞内に取り込み、細胞内の小器官の中で消化し、その断片をMHC分子と結合させ、細胞の表面に提示す...</description>
<content:encoded><![CDATA[
　免疫系を構成している細胞は、T細胞、B細胞、マクロファージなどであり、それぞれの細胞は異なった機能を分担しています。<br />
<br />
〔マクロファージ〕<br />
　異物である抗原を細胞内に取り込み、細胞内の小器官の中で消化し、その断片をMHC分子と結合させ、細胞の表面に提示する（抗原提示）。<br />
<br />
〔T細胞〕<br />
　提示された抗原の断片を、抗原レセプター（TcR）で認識することによって活性化され、インターロイキンなどを作り出し、B細胞やさまざまな炎症性細胞に働きかける。ヘルパー、キラー、サプレッサーなどさまざまな役割分担がある。<br />
<br />
〔B細胞〕<br />
　抗体分子のアンテナで抗原分子をキャッチし、刺激を受ける。キャッチされた分子はB細胞の中に取り込まれて消化され、MHC分子と結合して細胞表面に提示される。<br />
<br />
　これら別々の免疫細胞は、実は、1種類の<strong>造血幹細胞</strong>と呼ばれる原始的な細胞に由来するそうです。免疫系のみならず、赤血球、血小板、多型核白血球、血液や組織の中に分布する単核球など、あらゆる造血系細胞を作り出すおおもとの細胞らしいです。<br />
<br />
　造血幹細胞は、胎児が発生していく過程でまず肝臓内に出現し、胎児の血液細胞のもとになり、出生後は骨髄中にひそんでいて、必要に応じてさまざまな血液細胞を作り出すと同時に、自分も自己複製しながら出番を待っているんだとか。<br />
<br />
　骨髄細胞中に計算上10万個に1個の割合で存在するそうですが、形態のうえでも、糖タンパク質の組成からも、完全に区別することはいまだに不可能で、幻の細胞であるということです（1993年現在）。<br />
<br />
　話は少し変わりますが、私が出産した病院では、希望者は臍帯血を臍帯血バンクに提供できるようになっていました。臍帯血というのはへその緒に含まれている血液のことで、これに造血幹細胞が多量に含まれているらしいのです。当時はなんのことかよくわからず検討しませんでしたが、そんな“幻の細胞”がつまったものならば、提供すればよかったなぁと思ってみたり。「自分の子どものためにとっておくんじゃないんだよ〜」というような説明をどこかで読んだ記憶がありますが、「臍帯血バンク」のほかに自分の子どものために臍帯血を保存するビジネスというのもあるようです。ちなみに、秋篠宮妃も臍帯血提供したのだそう（<a href="http://www.jsdi.or.jp/~y_ide/060907aki.htm" target="_blank">＊</a>）。皇室の造血細胞か〜！とかいろいろ考えそうになりますが（＾＾；、とにもかくにも、免疫系の話を少し読み、造血幹細胞のすごさはわかってきました。<br />
<br />
　この1種類の細胞の分化によって、多様な細胞のセットが一定の比率で過不足なく作り出されるのだそうです（多田富雄さんは「驚愕の念をもって眺める」と書いておられます）。しかも、分化した細胞の相互作用による反応体系は、環境に応じて刻々と経験を蓄積し、変容していくらしいのです。それを決定しているマスタープランは、遺伝子の中に記入されているのだろうか？
]]></content:encoded>
    <dc:subject>免疫学</dc:subject>
    <dc:date>2009-06-23T11:08:54+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://math.artet.net/?eid=1201157">
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    <title>インターロイキン「つたえもん」</title>
    <description>　さて、そんなインターロイキン王国ですが、キッチリとした役割分担のもと、無駄なく合理的に確実にパキパキと任務を遂行する体制というわけではないようなのです。

　インターロイキン（interleukin）というのは、その綴りからして、最初は白血球（leukocyte）間の伝...</description>
<content:encoded><![CDATA[
　さて、そんなインターロイキン王国ですが、キッチリとした役割分担のもと、無駄なく合理的に確実にパキパキと任務を遂行する体制というわけではないようなのです。<br />
<br />
　インターロイキン（interleukin）というのは、その綴りからして、最初は白血球（leukocyte）間の伝達情報を媒介する分子と規定されていたのだろうと想像していますが、実際には、白血球だけではなく、免疫とは関係のない細胞からも作られるし、白血球以外の細胞にも働くのだそうです。免疫の王国をはるかに超えた支配体制であるらしい。<br />
<br />
　なお、『免疫の意味論』の段階では11種類が認識されていたインターロイキンも、その後、概念が整理されたうえで、新たに20種類近く（以上？）、命名・解明されているようです。<br />
<br />
　多田富雄さんいわく、インターロイキンの働きは「不安になるほど多目的的である。」<blockquote>矢原一郎氏によれば、インターロイキンの本性は、まずさまざまな異なった細胞が同一のインターロイキンを作り出すところの冗長性（redundancy）と、ひとつのインターロイキンがさまざまな標的細胞に働き得るという不確実性（ambiguity）である。</blockquote>　また、複数個のインターロイキンが同時に働くと、全く違った作用が現れることもわかってきたらしいのです。<br />
　<br />
　抗原の刺激により起こるインターロイキンの生産・その受容・増殖と分化・第2第3のインターロイキンの生産と受容･･････という、オートマチックな動的プロセス、カスケード（分かれ滝）の原理。『免疫の意味論』では「オプチミストの王国」という見出しがついた段落もあり、面白いです。<br />
<br />
　で、ふと思ったのですが。<a href="http://kamosuzo.tv/top.html" target="_blank">もやしもん</a>の菌のように、インターロイキン（あるいは細胞）をキャラクター化したら、どんな感じになるのでしょうね？（＾＾）　いままでは、マクロファージ出動！みたいなCGの宇宙戦争のようなイメージをもっていたのだけれど、案外ほんわかした漫画のほうが向いていたりして。IL1「なんか来たよ〜　とりあえず熱出しとくー　ロク起きて〜」、IL6「イチ呼んだ〜？　じゃあ、おれもやっとくー、あと二にも電話しとくわー」、IL2「留守電きいたよ〜　サン、ヨン、ゴにもメールしとくわー」みたいなノリだったりして!?　<br />
<br />
　そんなふうにして、インターロイキン王国の体制は、「自己」も「非自己」もない複雑な指令と受容、シグナルの転換と変容の世界で運営されているらしいのです。多様で冗長で曖昧な分子の働きが、神経系、内分泌系、造血系、さらに皮膚や血管などすべてを巻き込んでいる。インターロイキン王国は、いつ崩壊するともわからぬ巨大な王国であり、「自己」は本質的にこの曖昧さの上に成立している。崩壊の危険性を回避すべくカスケード反応を微調整しているのはいったいだれなのか？<br />
<br />
　というとカッコイイけど、意外と「つたえもん」たちの楽観主義でうまくまわっていたりしてー（＾＾；
]]></content:encoded>
    <dc:subject>免疫学</dc:subject>
    <dc:date>2009-06-22T10:16:58+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://math.artet.net/?eid=1200686">
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    <title>すべての細胞が平等であるネットワークから、インターロイキン王国へ</title>
    <description>　社会学者が免疫学の概念を援用したくなる（＊）気持ちが少しわかってきました。多田富雄『免疫の意味論』、面白いです。SFと推理小説の要素を少し含んだ歴史小説を読んでいる気分（小説を読まない私がこんな比喩をするのもなんですが＾＾；）。多田富雄さんの書き方がう...</description>
<content:encoded><![CDATA[
　社会学者が免疫学の概念を援用したくなる（<a href="http://math.artet.net/?eid=1195072" target="_blank">＊</a>）気持ちが少しわかってきました。多田富雄『免疫の意味論』、面白いです。SFと推理小説の要素を少し含んだ歴史小説を読んでいる気分（小説を読まない私がこんな比喩をするのもなんですが＾＾；）。多田富雄さんの書き方がうまいというのもあると思います。<br />
<br />
　イェルネがネットワークを提出してから10年後、一つの時代を風靡したこの説は、廃墟のようになってしまったそうです。抗体とは異なる認識分子、T細胞抗原レセプター（TcR）が発見され、このレセプターの認識構造は“ほとんど失望するくらい”抗体のそれに似ていたそうです。（ちなみにこのレセプターは、抗原そのものではなく、抗原で修飾された「自己」のHLA抗原を認識するということが前の章に書いてあります。）<br />
<br />
　そうして、素人の私でもきいたことのある用語が飛び交う世界に入っていきます。ヘルパーT細胞、サプレッサーT細胞、キラーT細胞。インターロイキン、サイトカイン。<br />
<br />
　イェルネのネットワーク説では、すべての細胞を平等に扱っていました。そこでは、細胞間の連結性は、イディオタイプという「多様性構造」にのみ依存していました。しかし、インターロイキンやサイトカインのような分子群の働きが浮かび上がってくると、機能や由来や細胞のタイプに言及を始めることになり、この言及を始めたところから、ネットワーク説は崩壊していきます。<br />
<br />
　インターロイキン王国は、“エスタブリッシュメント（体制）”をもつ巨大なシステムなのだ。　
]]></content:encoded>
    <dc:subject>免疫学</dc:subject>
    <dc:date>2009-06-21T18:07:16+09:00</dc:date>
    <dc:creator>tamami</dc:creator>
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  <item rdf:about="http://math.artet.net/?eid=1198904">
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    <title>イェルネの「ネットワーク説」と「内部イメージ」　(2)</title>
    <description>　イェルネは、イディオタイプの上にある、抗体と反応できる最小単位をイディオトープと呼びました。ひとつの抗体は多数のイディオトープを持ち、複数個の抗体と反応し得ます。

　また、イディオトープのうち、認識に直接関与する部分になるものをパラトープと呼びまし...</description>
<content:encoded><![CDATA[
　イェルネは、イディオタイプの上にある、抗体と反応できる最小単位を<span style="color:#0000FF"><strong>イディオトープ</strong></span>と呼びました。ひとつの抗体は多数のイディオトープを持ち、複数個の抗体と反応し得ます。<br />
<br />
　また、イディオトープのうち、認識に直接関与する部分になるものを<span style="color:#00FF00"><strong>パラトープ</strong></span>と呼びました。<br />
<br />
　さらに、パラトープによって認識される抗原の構造を、<span style="color:#FF0000"><strong>エピトープ</strong></span>と呼びました。<br />
<br />
　<a href="http://images.google.co.jp/images?hl=ja&q=%E6%8A%97%E4%BD%93&btnG=%E7%94%BB%E5%83%8F%E6%A4%9C%E7%B4%A2&gbv=2&aq=f&oq=" target="_blank">抗体の模式図</a>としては、H鎖、L鎖、可変部、定常部などを示したY型の図が用いられることが多く、多田富雄『免疫の意味論』でもY型の図になっているのですが、ここはひとつ、思いきりデフォルメして考えてみることにしました。（複数のイディオトープをもつ図にはなっていません）<br />
<br />
　　　<img src="images/meneki01.jpg" width="300" height="232" alt="" class="pict" />　<br />
<br />
　抗体2の<span style="color:#00FF00">パラトープ2</span>は、抗体1の<span style="color:#0000FF">イディオトープ1</span>を認識しますが、たまたま、抗原の<span style="color:#FF0000">エピトープ</span>とも反応します。したがって、<span style="color:#0000FF">イディオトープ1</span>は、<span style="color:#FF0000">エピトープ</span>の「内部イメージ」です。<br />
<br />
　そうして、<span style="color:#0000FF">イディオトープ</span>と<span style="color:#33FF00">パラトープ</span>が相互の刺激になり、抗体を表面に持つB細胞はお互いに刺激しあって、いかなる「非自己」とでも反応できるレパートリーを保持していると考えることができます。<br />
<br />
　ここに「非自己」である抗原が侵入するとどうなるか？<br />
<br />
　抗原の<span style="color:#FF0000">エピトープ</span>は、用意されていた「内部イメージ」と照合され、それと反応できる抗体を持ったB細胞を選択します。「内部イメージ」としての<span style="color:#0000FF">イディオトープ</span>を見ていたB細胞は、これを模倣する<span style="color:#FF0000">エピトープ</span>によって、改めて刺激を受けることになります。<br />
<br />
　そして、たとえば、B2細胞が刺激を受けると、<br />
<br />
　B2細胞が分裂　<br />
　→　抗体2を生産<br />
　→　<span style="color:#0000FF">イディオタイプ2</span>が増大<br />
　　→　<span style="color:#00FF00">パラトープ3</span>をもつB3細胞を刺激<br />
　　　→　<span style="color:#0000FF">イディオトープ3</span>がB4細胞群を刺激<br />
　　　　→　･･･<br />
<br />
ということが起こり、それに加えて、<br />
<br />
　→　抗体2を生産<br />
　→　<span style="color:#00FF00">パラトープ2</span>が増大<br />
　　→　<span style="color:#0000FF">イディオトープ1</span>の増大<br />
<br />
ということも起こっていきます。こんなふうにして、ひとつの抗原の侵入によってネットワーク全体の平衡状態が変化することになり、システム全体の混乱が起こります。<br />
<br />
　で、このあとがまだよく理解できていないのですが、<br />
<blockquote>平衡状態がどちらかに移行し終ると、混乱は収拾し、反応は終る。しかも、あとにはB<span style="font-size:x-small;">2</span>細胞の増大、すなわちI<span style="font-size:x-small;">2</span>を中心としたネットワークのシフトという傷跡が残り、それが免疫学的な「記憶」である。一度ハシカにかかると、一生二度とハシカにかからないという「記憶」は、このようにして成立していると考えるのである。</blockquote>ということらしいのです。
]]></content:encoded>
    <dc:subject>免疫学</dc:subject>
    <dc:date>2009-06-20T17:44:19+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://math.artet.net/?eid=1198843">
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    <title>イェルネの「ネットワーク説」と「内部イメージ」　(1)</title>
    <description>　多田富雄『免疫の意味論』の中で引用してある、ニールス・K・イェルネのネットワーク説と「内部イメージ」について、少し勉強しておくことにしました。

　まず、用語のざっくりとした復習をば。これから出てくる主な登場人物は「抗体」と「抗原」です。抗体にしろ抗...</description>
<content:encoded><![CDATA[
　多田富雄『免疫の意味論』の中で引用してある、ニールス・K・イェルネのネットワーク説と「内部イメージ」について、少し勉強しておくことにしました。<br />
<br />
　まず、用語のざっくりとした復習をば。これから出てくる主な登場人物は「抗体」と「抗原」です。抗体にしろ抗原にしろ、anti-　という接頭語に、直接　-body　や　-gen　という接尾語がそのままつながっており、実体を表す言葉にはなっていません。免疫学はこのナンセンスな定義の上で物を考えてきた、と多田富雄さんは書かれています。<br />
<br />
　抗原は、いわゆる「自分にとっての異物」であるタンパク質をさします。ウィルスや細菌といった病原体のみならず、非自己であれば抗原になります。アレルギーでいうところのアレルゲンにあたるかと思います。<a href="http://math.artet.net/?eid=1195750" target="_blank">抗原と抗体の循環論法</a>でも書いたように、抗体に認識されるのが抗原なのだけれど、抗体は抗原を認識するものなので、どっちが先なの？となるわけです。<br />
<br />
　抗体は骨髄由来のリンパ球である「B細胞」によって作られるタンパク分子です。免疫グロブリンというタンパク質に属するそうです。人間ひとりの中に10^20分子存在するのだとか。漢数字でいえば一垓分子か。<br />
<br />
　抗体が認識できる抗原の数は、少なく見積もっても一千万種類以上あるとされていて、この天文学的多様性をもつ分子が、お互いにその多様性を認識しあってネットワークを作っているというのが、イェルネのネットワーク説です。<br />
<br />
　イェルネは、抗体の立体構造は認識する抗原ごとに異なっていることを強調し、抗体分子それぞれが持つ立体構造上の「独自の型」を、イディオタイプと呼びました。このイディオタイプは、ランダムな遺伝子の再構成によって作り出されます。<br />
<br />
　で、たとえば、抗体1という新しい独自の型が作り出されたとすると、これはもう異物にほかならず、異物に対してはそれと反応する抗体が作られてもよいのだから、抗体1は抗体2によって認識され得ます。しかし、この抗体2も独自のイディオタイプを持っているわけなので、そのイディオタイプと反応する抗体3と反応することになります。そんなふうにしてすべての抗体は反応しあい、連鎖し、閉じ込められた環を作っていくことになる･･･というわけです。<br />
<br />
（つづく）
]]></content:encoded>
    <dc:subject>免疫学</dc:subject>
    <dc:date>2009-06-19T09:10:39+09:00</dc:date>
    <dc:creator>tamami</dc:creator>
    <dc:rights>tamami</dc:rights>
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  <item rdf:about="http://math.artet.net/?eid=1198270">
    <link>http://math.artet.net/?eid=1198270</link>
    <title>臓器移植法改正Ａ案、衆院で可決</title>
    <description>YOMIURI ONLINE
＞１５歳未満認める「Ａ案」衆院で可決…臓器移植改正案

採決は記名投票。投票結果は賛成２６３、反対１６７。
共産党は時期尚早との理由で採決を棄権。
そのほかの政党は党議拘束をかけず、
議員個人の判断に委ねた。
</description>
<content:encoded><![CDATA[
YOMIURI ONLINE<br />
＞<a href="http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20090618-OYT1T00468.htm?from=navr" target="_blank">１５歳未満認める「Ａ案」衆院で可決…臓器移植改正案</a><br />
<br />
採決は記名投票。投票結果は賛成２６３、反対１６７。<br />
共産党は時期尚早との理由で採決を棄権。<br />
そのほかの政党は党議拘束をかけず、<br />
議員個人の判断に委ねた。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>免疫学</dc:subject>
    <dc:date>2009-06-18T14:12:49+09:00</dc:date>
    <dc:creator>tamami</dc:creator>
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  <item rdf:about="http://math.artet.net/?eid=1195919">
    <link>http://math.artet.net/?eid=1195919</link>
    <title>抗体という「鍵穴」</title>
    <description>　抗体が抗原を認識して反応する部分の立体構造は、結晶解析とコンピュータ画像を組み合わせた分析でわかったのだそうです。異なった抗原と反応するそれぞれの抗体分子は、異なった立体構造を持っており、抗体による抗原の認識は「三次元的なパタン認識」である、とのこと...</description>
<content:encoded><![CDATA[
　抗体が抗原を認識して反応する部分の立体構造は、結晶解析とコンピュータ画像を組み合わせた分析でわかったのだそうです。異なった抗原と反応するそれぞれの抗体分子は、異なった立体構造を持っており、抗体による抗原の認識は「三次元的なパタン認識」である、とのこと。<br />
<br />
　抗原を「鍵」、抗体を「鍵穴」だと考えたとき、その「鍵穴」はどうやって作られるのか？（そういえば、マスターキーというのはききますが、マスター鍵穴というのはきいたことがないですね･･･っていうか、マスター鍵穴じゃ鍵の意味がないか＾＾；）<br />
<br />
　「鍵」が先にあって、それを鋳型として「鍵穴」が作られるという説がハロヴィッツとポーリングの指令説あるいは鋳型説。<br />
<br />
　これに対し、もともとたくさんの「鍵穴」が用意されていて、「鍵」が、対応する「鍵穴」に反応するというのが「自然選択説」なのだそうです。<br />
<br />
　イェルネはこの「選択説」を提唱していました。そして、この学説を発展させて、抗原は抗体分子をレセプターとして持つリンパ球（B細胞）を選択していて、それを増殖させると考えたのがバーネットの「クローン選択説」なのだそうです。今日では、「クローン選択説」が正しいことが証明されているのだとか。ただし、イェルネのネットワーク説自体は、とある発見により、崩壊した（何も説明できなくなった）のだそうです。<br />
<br />
　ちなみにこのイェルネさんは、多田富雄『免疫の意味論』が書かれた時点(1993年)では「いまフランスの古城に閉じこもって私たちの前に姿を見せない」とのことでしたが、ウィキペディアによると、1994年に亡くなっているようです。<br />
　<br />
　抗体に関して、<a href="http://www.swissinfo.ch/jpn/front/detail.html?siteSect=105&sid=7874965&cKey=1180596406000" target="_blank">インフルエンザパンデミックのもう1つの治療法</a>というページを見つけたので、リンク。
]]></content:encoded>
    <dc:subject>免疫学</dc:subject>
    <dc:date>2009-06-18T14:00:57+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://math.artet.net/?eid=1197309">
    <link>http://math.artet.net/?eid=1197309</link>
    <title>命の細分化、トータルな死</title>
    <description>　結局のところ自分の興味は、「主体的であること」と「自分の頭で考えること（自分の理解の道筋と感じられること）」という2点につきるのだな･･･と以前書きました（＊）が、それに加えて「細分化と全一性」「分析と総合」というのもあると思い出したきょうこのごろ。この...</description>
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　結局のところ自分の興味は、「主体的であること」と「自分の頭で考えること（自分の理解の道筋と感じられること）」という2点につきるのだな･･･と以前書きました（<a href="http://math.artet.net/?eid=1188671" target="_blank">＊</a>）が、それに加えて「細分化と全一性」「分析と総合」というのもあると思い出したきょうこのごろ。この3つの興味をあわせると、「勉強（学問）ってなんだろう？」ということと「生きるってどういうことだろう？」がつながり、そのつながりにおいて「科学」がキーワードになるのだろうと自分で思いました。ルーツは遠山啓なのかな。そして、複雑系に興味をもったときが転換期だったのかな。<br />
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　多田富雄『免疫の意味論』（1993年）第一章で、次のようなことが書かれてあります。（p25）<br />
<blockquote>　私たち科学者は、いま生命の細分化という問題に直面している。生命科学の進歩は、生命活動の基本となる分子や遺伝子の解析を可能にしたが、一方現実に扱っているものは、もはや生命の最小ユニットでさえない断片になっていることにも気づいている。生命を全体として考えることがいかに困難になりつつあるかは科学者自身がよく知っている。<br />
　その裏返しとして、死をトータルなものとして受け取ることもまた困難になろうとしているらしい。脳死の議論は、科学的な死の細分化、断片化という方向をはからずも引き出してしまった。</blockquote>　「脳死は人の死と思うか？」という質問を単問で出されたら、私は、現時点では「思わない」と答えます。しかし、この答えが即「移植をすれば助かる子どもの生きる道を阻む」ことにつながるような問いである場合、すぐに答えることができません（臓器提供される場合に限り人の死か？という問いはあまりに難しくて答えられません）。「脳死は人の死か？」という問いと、臓器移植の問題を切り離して考えたい衝動に駆られるのだけれど、臓器移植の問題があるから脳死を考えなくてはいけないのですよね。たとえば、人工心臓や人工小腸ができて、脳死後でしか移植できない臓器の問題がなくなったとすると、他に脳死に関わる法整備の必要が無い場合は、脳死の問題は考えなくて（決めなくて）いいことになるのですよね？　となると、「法」っていったいなんだろう？という、これまたとてつもない問題につきあたるのでした。<br />
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　多田富雄さんは、上記引用部分に続く第一章のラストを、次のようにしめくくっておられます。<br />
<blockquote>　脳死をトータルな死として受け入れるためには、もう一度科学者の生命観そのものを問い直すことが必要だろうし、また日本人固有の死生観に基づいた検証も必要なのではないだろうか。そのとき免疫学は、身体論的な「自己」の根拠を提供し、個体の生命について発言力を持つのではないだろうか。</blockquote>　免疫系の視点でみれば、脳はどうやら「自己」を規定はしていないようなのです。で、ふと思ったこと。たとえば「脳の移植」というのはアリなのだろうか？　そもそも「臓器移植」ということそのものが、非自己であった臓器を（免疫系を強烈に抑制することで）自己の臓器にすることなので、部分的であれば自己は非自己化可能だし、非自己は自己化が可能だということになります。では、トータルとしては？　トータルという言い方ができるとき、それはすでに部分を所有している。個体（individual）とは分割（divide）できないということでありながら。<br />
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　自己は難しい。いずれにしろ、とまっているものではないらしい。
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    <dc:subject>免疫学</dc:subject>
    <dc:date>2009-06-17T08:43:21+09:00</dc:date>
    <dc:creator>tamami</dc:creator>
    <dc:rights>tamami</dc:rights>
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