TETRA'S MATH

数学と数学教育

中学校数学の問題点

『時代は動く!どうする算数・数学教育』
(汐見稔幸/井上正允/小寺隆幸【編】)(1999年/国土社)
 機/学教育とその理念
  「3.桎梏と化した指導要領体制」(銀林浩)

を読んでいます。

 さて、では中学校数学の何が問題なのか?

 まず、6社(東京書籍、学校図書、啓林館、教育出版、大日本図書、大阪書籍)とも判で押したようによく似ている……と銀林先生はおっしゃいます。確かに似ています。昔は中学校の教科書しか見ていなかったので、教科書は似ていてあたりまえだと思っていたのですが、確かに小学校の教科書を眺めたあとでは、中学校の教科書は“判で押したよう”です。違っているのは文字の使い方や漢字表記など。なので、教科書準拠の問題集を作るときにも、他社のものを流用して、「一次方程式」を「1次方程式」に変えるとか、因数分解の公式の文字の使い方を変えるとか、そういう細かい(せこいともいう)作業をしていました。
 

 このことは,裏を返せば,教科書執筆者の中学校数学に対する考え方がそれくらい似通っているということであり,それが,大なり小なり,中学校の数学教師の意識の反映であるとすれば,後者がそれだけ相互に似ていて画一的だということになろう。


 なるほど確かに。

 そして、この中学校数学の意識構造の最大の問題点は、各学年とも代数教材が「文字計算→方程式→関数」という順序で配置されているところにある、と銀林先生は続けます。

 それ以外の流れがあるだろうか?と考えたことさえなかった。中1では1元1次式、中2では2元1次式しか扱えないので、それに続く方程式、関数の問題も、それぞれの範囲で解けるものに限られているわけですが、「そういうもんだ」と思っていました。

 「連立方程式にして解いたほうがよい問題も、中1では扱えないか、かっこを使った複雑な式にして解くことになる」と銀林先生。

 “扱えない”とか“解くことになる”とか、そんなふうに考えたこともなかったです。中1には中1の、中2には中2の、中3には中3のお題があり、その練習をするための問題を作ることしか頭になかった。

 銀林先生はおっしゃいます。

しかし,よく考えてみよう。文字を利用する代数学の最大の利点は,その一般性にあったのではなかったか。1次式でも多項式でも,加減に関しては,同類項をまとめるだけの同じ手法で扱えるはずなのである。それを,指導要領のように学年分割したのでは,こうした利点は失われていまう。いや,それどころか,代数あるいは文字計算は,生徒にとっては,階段を一歩一歩登っていくように,際限なく難しくなっていくというマイナスの印象を与えかねない。
 端的な例を一つだけ挙げよう。1学年では,単項式とか多項式という概念がないために,肝心の「次数」の定義ができない。そこで,どこの検定教科書でも,「8xのように,文字が1つだけの項を1次の項という。1次の項だけか,1次の項と数の項からできている式を1次式という」(東京書籍)と,1次式の定義にすら難渋するありさまである(この定義,理解できるだろうか)。


 ああ……そうそう……いつのまにか慣れっこになってしまったけれど、定義が苦しいところは確かにありました。家庭教師であればプラスαで説明を補強できるけれど、教科書では扱えないものは扱えないし、教科書準拠教材でも扱えないものは扱えない。でも、それも仕方がないことだと思ってました。

 中学校数学の代数教材が「文字計算→方程式→関数」という順序で構成されているところに問題があるとすれば、では、どうすればいいのか。

 おそらく,彼ら(注:検定教科書の著者)は,文字記号を使わなければ方程式や関数は扱えないと思ったのではないか。

 確かに文字記号によって方程式や関数はスムーズに能率的よく扱えるけれども、文字とは一応独立な概念だと考えることもできるわけで、文字の代わりにカードや箱を使う「箱の代数」もあるし、関数ともなればその本質は一意対応であり、変数としての文字は必ずしも必要とは言えない(変数は関数を表示するための一つの手段にすぎない)と銀林先生はおっしゃいます。

 ちなみに子どものころのかすかな記憶をたどってみると、私は小学校の高学年で「箱の代数」の授業を一度だけ受けたことがある気がします。もちろん学校の授業ではなく、数教協のサークル活動の中での授業だったのだと思います。

 そもそも文字記号は、数字やほかの数学記号とともに数学を表現する言語であって、実質的内容には乏しい。文字計算は、必要になったそのつど、あるいは中学校2年くらいのある時期に集中的に扱ってしまうこともけっして不可能ではないはずである、と銀林先生は書いておられます。
 文字を実質的内容と勘違いしているものだから,各学年の内容を文字式の段落で区切ったのかもしれないが,それが中学校数学の全体像を硬直化させて,形式的なつまらぬものにしているのではなかろうか。あるいは,各学年の内容を「難しく」しないための歯止めとして,文字式の型によって分けたのかもしれないが,そうした「善意の結果」は中学校数学の内容を形式的で平板なおもしろくないものにしてしまっている。
 なるほど、本当にそうかもしれない。もし、「文字計算→方程式→関数」という構成がなくなる教科書の大胆な改革が行われるなら、教科書準拠の仕事もすごく面白くなりそう。やってみたい。

 で。

 それって別に、指導要領を変えなくてもできることのはずなのです。たぶん。検定教科書の著者の裁量によるのだと思う(建前としては)。

 (でも、やる人はいないだろうなぁ…)

 いま現在、私は小学校3・4年生のテスト問題作りの仕事を継続してやっているのですが、移行措置を確認するために領域別にまとめた表を眺めると同時に、教科書の構成の違いも確認しなくてはいけない場面があります。たとえば現行小3の「かけ算」の中に「200×4」といった何百の計算が含まれているとして、A社は下巻に入っていて、B社、C社、D社は上巻に入っているとすると、A社を使っている学校の子どものことを考えて、早い時期に行われるテストに何百のかけ算は入れられない……というような細かい話です。以前は、教科書による違いが手間ヒマと感じられて、統一してくれればラクなのにぃなんて思っていたのですが、「教科書によって違うのは実はいいことなんだ、ほっとすべきことなのだと」と思えるようになってきたきょうこのごろです。


〔2018年3月26日追記〕
 分けて書いていた記事をひとつにまとめ、整理しました。

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指導要領をどうするか

『時代は動く!どうする算数・数学教育』
(汐見稔幸/井上正允/小寺隆幸【編】)(1999年/国土社)
 機/学教育とその理念

を読んでいます。

 「1.新しい時代の数学教育を模索する(井上正允)」については、中途半端に引用すると文章の迫力が損なわれる気がしてきたので、興味のある方は是非本を読んでみてください。10年の年月を感じる部分はありますが(指導要領などをとりまく状況の変化として)、時代を超えて大切なこともたくさん書かれてあるように思います。

 さて、次は銀林浩先生の「3.桎梏と化した指導要領体制」を読んでみたいと思います。銀林先生は、1988年頃から1997年頃まで小学校・中学校の教科書の分析をされていて、この教科書検討からわかった問題点、改善点が示されています。(なお、詳しい内容は太郎次郎社、国土社から単行本としてまとめられているようです。)

 小学校については、「低学年・中学年についてはかなり改善されてきたと言える。高学年は、内包量や割合の扱い、分数の指導に大きな問題があるが、それでも以前よりはよくなった。」と書かれています。

 中学校については、大きな問題をはらんでいる、として話が始まります。中学校教材のお仕事をしてきた自分が感じていたことは、実はそういうことだったんだ…と謎解きをしていただいた気分でした。あるいは身につまされるといってもいいのかもしれない。中学校の教材の仕事は、やりやすいけれどあまり面白くないのは、慣れたからじゃなかったんだ。

 最後のほうでは、「思い切った指導要領の改革を」ということで、具体的な案が出されています。井上正允先生も、「これまでの教科書の内容削減は“帳尻あわせのひき算方式”で終わったのではないか」というようなことを書いておられました。そして今度は数十年ぶりに内容が増えるわけですが、「帳尻あわせのひき算方式」のあとは、その逆算としてのたし算方式にならざるを得ないのかもしれません。「増える」ということはわかるけれど、そのことによって何がどう変わるのか、何か変わるのか、さっぱりつかめない私でした。指導要領が変わると教育は変わるんだろうか。子どもたちの、何がどう変わるんだろうか。

 指導要領、一度廃止してみる?

(つづく)
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『時代は動く!どうする算数・数学教育』(1999年/国土社)

 というわけで、『時代は動く!どうする算数・数学教育』(汐見稔幸/井上正允/小寺隆幸【編】)(1999年/国土社)を読んでみたいと思います。登場人物は……

  井上正允・藤田宏・銀林浩・上垣渉・汐見稔幸
  佐伯胖・松下佳代・波多野誼余夫・小島昌夫
  小寺隆幸・豊田利幸・竹内常一(登場順、敬称略)

というラインナップです。ありそでなさそな組み合わせだと思いませんか!?

 章立ては3本で、

機/学教育とその理念
供,海譴らの数学教育
掘/学と教育の諸問題をめぐる座談

となっています。なお、波多野誼余夫さんはインタビューでの登場です。かつて数教協の全国研究大会で波多野氏の講演をきいた記憶があるのですが、数教協サイトの記録に見つけられなかったので、かなり昔のことか、私の記憶違いかもしれません。

 「タイル」にこだわりすぎる先生(いまどのくらいいる?)は、佐伯胖氏および波多野誼余夫氏の言葉に是非耳を傾けてほしいです。

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