TETRA'S MATH

数学と数学教育

「たし算」習いたて少女

小1娘、世界は足し算でできている。

4個組のミルクプリンを買いました。
2個ずつ食べようか?と提案しました。
1個75gで2つは多いかなぁとつぶやいたところ、
「77だね!」とうれしそうに。

そういえばこのあいだ参観した算数の授業で
5+2の文章題に丸1時間かけていたからねぇ。
75+2くらい、すぐできちゃうんだね。

しかしこの場合、頭の中ではどう計算しているのだろう?

75+2=70+5+2 なのかな?

75より2大きいから、75、76、77 なのかな?

ついでに75+75もきいてみました。
適当なこと言ってました。
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6才児【GRAPES作品】vol.2

タイトル「ちょうちょ」

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6才児【GRAPES作品】vol.1

タイトル「ニコニコマン」
   

 青い点を動かしてあげたら喜ぶこと喜ぶこと。
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その褒め方

先日、娘からの質問に答えたときに言われた言葉↓

「さすが43年生!」

その褒め方、やめてくり。


【余談】
 4月の全体保護者会で、なるほどねぇと思ったお話がありました。「もう6歳、まだ6歳」の言葉かけを間違わないようにしましょう、ということと、「きょうだい、友達、親の子ども時代と比べない」ということ。わかっちゃいるけど、つい、やっちゃうんですよねぇ〜これ。
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6歳児の「グラフ」

 最近、娘は、私の「どれくらい?」の質問にグラフで答えるのがマイブーム。2種類あって、1つはポケモンのコンテストバトル?からの発想と思われる帯グラフ、もう1つは本人いうところの「長方形のグラフ」(折れ線グラフ)。

 たとえば、「どのくらいおなかがすいてる?」ときくと、こんなグラフを描いてくれます。

     

 最初にかいたのは下の図で、これは1日のおなかの減り具合変遷のグラフだと思われます。ちなみに「3になった5」()も観察できます。

 次にかいたのが上の図で、色が塗られているところがお腹が減っている度合いのようです。

 ちなみにまんなか左のドクロみたいな絵は、夕飯のメニューを伝えたところ、「えー、それあんまり好きじゃない、こういうのでしょ?」と言って描いた図、右側が縦棒から書かせて練習した「5」。

 なお、そのへんにあった紙に、置いてあった状態で書き込んでいるので、なんだか不自然な紙の使い方になっております。こういう私ゆずりの性格および生活環境を若干反省。たらーっ
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半分にするのは難しい

 ゆうべ娘がお料理のお手伝いをしたいというので、材料を眺めてみて、グリーンアスパラ担当になってもらいました。ピーラーで皮をむくのを一緒にやったあと(ひとりでやらせると食べるところなくなるからね(^^;)、4等分にすることにしました。

 で、「まず、半分にしよう」というのだけれど、右端から数センチのところを切ろうとするのです。私が最初に「3僂砲困弔棒擇辰董廚噺世辰討靴泙辰討修里△4等分に予定変更したので、こんがらがったのかな?と思いきや、2等分したものをさらに半分にするときにも、かなり右寄りを切ろうとする。合計3本切るあいだ観察して思うに、どうやら「半分にする」というのはけっこう難しいのかも。

 1本を4つに切った段階で、つい色気が出て「1本を4つに切ったから、これが4分の1ね〜」なんて言ってしまったりして。うちで自分の子ども相手だと(家庭教師などとは違って)教える順番など気にせずに、とりあえずこの言葉を耳に入れとくか、というノリでなんでもしゃべれちゃうのでラクです。(これがあとで吉とでるか凶とでるか!?)

 グリーンアスパラを3本切り終わったあと、「さて、きょうはグリーンアスパラを何等分にしたでしょう!?」ときいてみたところ、

 「えーっと、1、2、3、・・・・・・、12だから、12!」

 「そうかぁ〜 12かぁ〜 そうなるよねぇ〜」

とあいまいな返事をしながら、(うん、きょうはそれが正解!)と心の中で思うのでありました。
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「5」を書こうとすると「3」になるわけ

 娘の「5」が「3」になる理由が判明。というか、ちょっと考えたらすぐにわかることでした。一筆書きで書いているからだ〜

 お手本をなぞるときに、右から左に横棒を書き、下に折れてしばらくいったあと、右に折れてカーブを描いて終わり。つまり、「横棒」→「下に折れる」→「カーブ」 これすなわち「5」ということになっているもよう。(たぶん)

 なもんだから、白い紙にひとりで書くときに、右手で書くとつい、最初の横棒を左から右に書いてしまい、そのまま下に折れて、カーブも右に膨らませるので、結果的に少し傾いた「3」になってしまうようなのです。「3」というよりは「ろ」に近いかな。

 子どもの文字が鏡文字になることはよくありますが、ひらがなを書くときの頭の中の命令って、どんなふうになっているのでしょうね。ウィキペディアによると、鏡文字になる原因はわかっていないそう()。そういえばうちの子、たぶん、左利きです。だけど、ある意味、右手で書いたから、「ろ」になっちゃったんだと思うのです。同じ発想で左利きで書いたら、左右反転した「ろ」になるのではなかろうか。

 見るほうは見るほうで、文字の認識ってけっこういい加減(?)なもんだなぁと思うことであります。数字がたくさん描いてあるところにあると「ろ」ではなく「3」に見えてしまう。いや、実際「ろ」ではなかったのですが。これまで、「3」と「5」をごっちゃにしているのかなぁ〜なんて思ってました。
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数え年と満年齢

ある日の会話。

  娘「ねえ、○○ちゃん(自分の名)ってなんさい?」
  私「6才だよ」
  娘「6さいとどれくらい?」
  私「6才半」
  娘「じゃあ7さい?」
  私「・・・・・・」
  娘「6さいになってるんでしょ?」

 「・・・・・・」の段階では、内心、6才って言ってんのにーとか思っているわけですが、考えてみればなるほどねぇとあとで感心しました。たぶん、「生まれてからどのくらい?」→「6年と半年」→「じゃあ7才?」という会話だったのでしょう。

 あくまでも誕生日を境目に考えているという点では意味合いが違うけれど、やはり思い起こすのは数え年のこと。昨年、娘は七五三の7才をお祝いをしていなくて(去年の11月はそれどころじゃなかった(>_<))、最初から満年齢でやるつもりだったのですが、親戚に「普通は年長さんでするんだよ〜〜」と言われて気になって、あれこれ検索したりしたのでした。

 地域や時代によっても違うのでしょうが、やはり数え年でやるのが本筋のようです。ただ、最近では満年齢も多いし、特に3才のときは子どもが小さくて大変なので、3才は満年齢、7才は数え年で、という人もいるようです。あとは、数え年というより11月15日を境目として考える考え方もあるとか。

 で、ウィキペディアで「数え年」を調べてみたら、「0」の項も見てみると参考になるよ〜と書いてあったので見てみると、

 紀年法は数え年となるので、0年や0月は存在しない。西暦であれ神武暦であれ、1年(元年)の前は紀元前1年である。
 天文学では計算の便宜上、紀元前1年を0年とし、それ以前は負数として扱う(紀元前 2 年は −1 年とする)表記が用いられることがある。日付と時刻の表記に関する国際標準規格である ISO 8601 でも同様に表記する。
だそうです。あと、満年齢についての説明

 通常の、誕生日当日の00:00(正確には誕生日前日の24:00)に加齢する数え方を満年齢という。
というのも面白いなぁ(むずかしいなぁ)と思いました。

 ところで、どうして「数え年」っていうんだろう?
 「はかる」んじゃなくて、「数える」からかな?
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「1週間」ってむずかしい Part.2

 ところで、「1週間」って辞書になんて書いてあるのだろう?と思って、手元の国語辞典をみてみると、


 一週:「日曜から土曜日までの7日間をまとめて呼ぶ呼び方」


と書いてありました。そう書くしかないよな〜と思ってハタと気づいたこと。私ってば、こんなふうに教えたことがない。いつも、土曜日から次の土曜日までとか、プリキュアから次のプリキュアまで・・・・・・というふうに教えちゃってた・・・・・・

 うーん、これって、私の数量感覚を表しているな、きっと・・・・・・
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「1週間」ってむずかしい

 娘から時間や期間のことをよく質問されるのですが、何度もきかれるのが「1週間」。しかも、「“いっしゅうかん”ってどのくらい?」ではなく「“いっしゅうかん”ってなに?」というふうにきいてくるのです。これが「1ヶ月」になると「“いっかげつ”ってどのくらい?」→「30日くらい」→「へぇ〜、そんなに〜」となって納得するのに、妙な話です。

 何度も何度もきいてくるということは、つまりは私の答えに納得できていないということになるわけですが、答えているこっちも「7日間の長さ」とか「月曜日から次の月曜日まで」()とか「ポケモンから次のポケモンまで」と適当なことを言いながら、しっくりしてきていないわけなのです。

 幼稚園に合計3年間通ったわけだから、1週間というのはわりと身近なサイクルで把握しやすい概念ではなかろうかと思っていたのですが、生活から感じとれるサイクルというよりは、生活するために把握しておかなければいけないサイクルといったほうが近いのかもしれません。

 考えてみれば、日が昇って日が沈んでまた日が昇る(起きて眠ってまた起きる)1日や、季節がめぐる1年のサイクルとは違って、1週間は身体・肌で感じられない周期です。1ヶ月も直接的には感じにくいかもしれないけれど、月の周期と考えれば、身体のどこかでつながっていそう。

 それにひきかえ1週間というのは、えらく制度的で人工的で人間的ではなかろうか。体内時計の中に、1週間というのはあるのだろうか? 1週間ってなんだろう?

 「暦の歴史」や「週の歴史」で検索してみたるするものの、これがまた一朝一夕じゃ理解できなさそうな内容。たとえ理解できたとしても、娘だって、「大昔にバビロニアに強制移住させられたユダヤ人がね・・・」という答えを求めているわけではなかろうし。

 この文章を書いている間にも、テレビを見ていた娘から質問されてしまいました。きょうは初めて「よんしゅうかん」をきいてきました。「1週間が4回」と答えると、「1週間って?」とくる。ああ、またその質問かい。「7日間をひとまとまりと考えていろいろやるわけさ、学校とかテレビ番組とか…」なんて歯切れのわるい答え方をすると、その後娘は、「えーっと、7たす4は・・・」と考えています。

 そうそう、とりあえずいろいろ考えようじゃないか。いろいろ「?」にまみれようじゃないか。

 ちなみに、逆にきいてみたこともあります。「1週間ってなんだと思う?」と。娘の答えは、「うーんとね・・・・・・1日がのびるの!」

 むずかしいねぇ、1週間って。ムニョムニョ
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