TETRA'S MATH

数学と数学教育

ラッセルはイギリスの人じゃないか!

 クワイン―ホーリズムの哲学(丹治信春/1997/講談社)を2度目に借りて読み始めたら面白くなってきたので、そのままいけるとこまで前から順に読んでいくことにしました。

 で、クワインがまだ学生時代のときのことについてあれこれ考えていたら、2つ前のエントリ:クワインってどんな人?で、すんごく変なことを自分で書いていたことに気がつきました。↓

ラッセルかだれかの講義がきっかけとなって数学を選んだけれど

 これじゃまるで、ラッセルがオベリン大学にいたか、特別講義でもしたような話になってしまいますね。っていうか、私もたぶん、深く考えずに、ラッセルがハーバード大学にいたような感覚になっていたと思います。

 で、ラッセルはイギリス人であり、確かにアメリカにいた時期もあるようなのですが、それは1938〜1944年のこと。(クワインが30才以降の時期)

 ほんでもって、よくよく本文を読んでみれば、

そのときたまたま英文学の上級生から、ラッセルがやっている「数理哲学(mathematical philosophy)」なるものがあることを聞き、

と書いてあるじゃないか。つまり、“英”文学の上級生が、数理哲学ってものがあるらしいよ、とクワインに教えてくれたのであり、クワインは「ラッセルという名前」に出会ったわけなのですよね。

 なぜこの間違いに気づいたかというと、クワインは『プリンキピア・マセマティカ』(ホワイトヘッドとラッセルの共著)を独学で勉強しており、なんでそんなことになったんだろう?という理由を考えると、学部時代に「ラッセルその人」に会ったということはありえない・・・と気づいたからなのでした。ハーバード大学にはホワイトヘッドがいたのになぜ??という疑問は残りますが・・・ でも、ハーバード大学は大学院の話だから、やっぱり学部時代は自分で勉強するしかなかったのでしょう。いや、大学院時代も・・・

 このあたりのことについては、次のエントリで書いてみたいと思います。

 しっかし先は長いなぁ〜〜 どこまで(飽きずに)行けるかな〜〜(^^;

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また借りてきた>丹治信春『クワイン―ホーリズムの哲学』

 最初に借りたクワインの本をまた図書館から借りてきました。やっぱり、クワイン―ホーリズムの哲学(丹治信春/1997/講談社)でした。でも、記憶はまちがってました〜〜 クワインが専攻したのは数学ではなく数理哲学でした。ラッセルだとそうなるか。該当部分の引用(p11〜12)↓
 そんなわけで、オベリン大学の一年生を終え、専攻を決めなければならなくなったとき、彼は、数学と哲学と言語学の三つの間で悩んだ。(このような悩み方は、「文科系」と「理科系」との区別が金科玉条(ルビ:きんかぎょくじょう)のようになっているわが国では、なかなか難しい。)そして、そのときたまたま英文学の上級生から、ラッセルがやっている「数理哲学(mathematical philosophy)」なるものがあることを聞き、それならば、三つのうちの二つ(数学と哲学)をカバーできる、というわけで、自分の専攻を数理哲学に決めることにしたという。一八歳で、ラッセルの名前に出会ったのである。こうして彼は、数学科に進学することになった。そして結局は、言語についての考察が彼の哲学の中心になってゆき、三つの関心すべてが活かされることになるのである。
 進んだのは数学科なのですね。あと、哲学云々についての該当部分の引用はこちら(p83)↓
しかし、クワインがここで強調している、哲学と哲学史との区別は、もう少し意識されてもよいと思う。とりわけわが国において、哲学研究とはすなわち哲学史研究である、という風潮がまだまだ強い。「哲学をやっている」と言うと、「誰をやっているのか」と尋ねるのが不思議でないような状況、そして、中島義道氏が言う「ついて論文」(「誰々の何々について」というテーマの論文)が、哲学研究の標準スタイルであるような状況は、どう考えてもおかしいと思う。
(斜体部分は傍点付き)
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クワインってどんな人?

 クワインのことが気になりはじめたのは、『ダメットにたどりつくまで―反実在論とは何か―』(金子洋之著/勁草書房/2006)の「第三章 論理の改訂はいかにして可能か」を読み始めたころでした。そして、小島寛之をきっかけとして考える、遠山啓と3つの“‐ism”を書いたあたりで、やっぱり読んでおいたほうがいいのかも・・・と思い、クワイン関連の書籍を図書館から1冊借りてきたしだい。しかし、面白そうだとは思ったものの、なかなか気持ちがのらず、入っていけず、タイミングがあわなかったんだろうと思ってそのまま返却しました。

 そのときに借りた1冊というのは、三浦俊彦さんが書評を書いておられるこの1冊だったのではないかと思います。↓
http://members.jcom.home.ne.jp/miurat/quine.htm
 
 微かに覚えているのは、クワインが学生時代に、言語学、哲学、数学のどの道に進もうか迷って、ラッセルかだれかの講義がきっかけとなって数学を選んだけれど(訂正:専攻したのは数理哲学でした、またまた訂正:ラッセルはイギリスの人じゃないか! )、結局、最終的にはこの3つの分野すべてに関わることになったという話と、日本では「哲学をやっている」というと、「だれをやっているの?」ということになり、哲学することは哲学史をすることになっている、というような話を著者が書いていたことです。うろ覚えなので、今度また確認してみます。三浦俊彦さんの書評に「クワイン哲学の変遷・改良を時代順に克明に追っていく」とありますが、まさにそういう流れだったと記憶しています。(追記:また借りてきた>丹治信春『クワイン―ホーリズムの哲学』

 本そのものを(一度手にしながら)読んでいないのに、書評の中で面白いなぁと思ったのは、次のくだり。
 とりわけ、論理実証主義の首領ルドルフ・カルナップへの傾倒・崇拝がしだいに疑惑、批判、そして反逆へと移ってゆく過程の筆致はわくわくさせられる。批判・反逆とはいっても断絶するわけではなく、相互吟味、反省、撤回、修正、説得から成るスリリングで熱っぽい議論が最後まで続けられたという。一人一家の文学的直感に頼った名人芸のようなフランス現代思想との最大の違いがここにみられる。英米のアカデミック哲学は、常に理科系的な相互批判と討論の中で一歩一歩はぐくまれてきたのである。
 で、別の本なら読めるかもしれないと思って借りてきたのが、『クワイン―言語・経験・実在』(クリストファー・フックウェイ著、浜野研三訳/勁草書房/1998)。期せずして『ダメットにたどりつくまで』と同じ勁草書房。あ!そうそう、いつか書こうと思ったことをこの機会に書いてしまおう。

 本というのは「まえがき」と「あとがき」が面白いものですが、『ダメットにたどりつくまで』のあとがきの次の部分が私はお気に入りなのです。
 最後に謝辞を少々。本書を書くチャンスを下さったのは勁草書房編集部の富岡勝氏である。心から感謝申し上げる。しかも富岡氏は、私の研究室を訪ねてこられたときにはすでに「ダメットにたどりつくまで」というタイトルまで用意してあった。
 この人にこの本を書かせたい(そして読者に読ませたい)という編集者の顔が見えるようです。ちなみに、『クワイン―言語・経験・実在』の訳者あとがきの謝辞にも富岡勝氏の名前があるのです。検索してみると、なるほどこんなページがひっかかってきます↓
http://q.hatena.ne.jp/1112014045
 そうか、浅田彰『構造と力』も勁草書房だったのか。
 
 さて、それはそうとして、『クワイン―言語・経験・実在』のほうも面白そうなのですが、やはり「すっ」と入っていくのがなかなか難しい。断片的に面白そうな話はあるのですが、そういう読み方しても意味がないような気がして。ホーリズムの哲学ってなんだろう?ということのおおまかな雰囲気を感じるために、Amazonの内容説明を読んでみると、クワイン―ホーリズムの哲学では、
私たちの発言は、1つ1つの命題がそれぞれ独立に、個々の経験によって確かめられたり、否定されたりするのではない。言説の全体がネットワークを形作り、そのネットワークの周縁にある命題だけが、感覚的経験による判定に接しているのである。そのネットワークに対して否定的な経験があるとき、1つの命題が否定されるのではなく、ネットワーク内部で再調整・修正が起こり、言説の全体が変容してゆくと考える、これがホーリズム(全体論)の哲学である。
と説明してあります。また、『クワイン―言語・経験・実在』のほうでは、
プラグマチズムの影響を色濃く受けた哲学的立場にあり、戦後アメリカで最も影響力のある哲学者であったクワインの仕事をわかりやすく紹介する。言語哲学、心の哲学、形而上学などをめぐる論争状況を知りたい全ての人々へ。
と書いてあります。そう、クワインの本を読んでいると、プラグマティズムという言葉が出てくるのです。クワインは1908〜2000年の人ですが、やはり20世紀前半のアメリカの思想は、プラグマティズムと無縁ではいられないのでしょうか。ちなみにこの本を書いたクリストファー・フックウェイもアメリカのプラグマティズムの影響を色濃く受けていると、訳者あとがきに書いてあります。

 そしてもう一度、三浦俊彦さんの書評にもどりますれば、次の部分が気になってきます。

それなのになぜ日本でクワインの名が広く知られていないかというと、一つには知の市場のネットワークがフランス思想中心にできあがっていて英語圏の哲学はまだまだ認知度が低いということ、もう一つは、英語圏の哲学の中でもクワインは、ウィトゲンシュタインや日常言語学派のようなソフトな哲学ではなく、数学・自然科学と記号論理学の体系に即した緻密な言語分析を展開していて、その思想の中心が門外漢には掴みにくいということがあるだろう。
 まだ読んでいないのになんとなく感じることは、クワインを理解するということは緻密な作業を追うことなのだろうということで、もちろん、クワインに限らず、だれのどんな話を理解するのにも緻密な作業を追うことになるのでしょうが、そうしなくても、上記の「ホーリズムの哲学」の説明だけで納得できそうな話であり、でも、そこで納得しちゃったら茶飲み話で終わってしまいそうな話であり。

 なおかつ、確かに数学や自然科学の話も出てくるのですが、数学や自然科学の話という感じがしないのです。それよりも、言語の話という気がする。記号論理学はもちろんのこと。実際、この本の副題は「言語・経験・実在」なのですが。

 この緻密さに、どこからどうアプローチしたものか、前から順に読んでいくのがいいのか、それとも自分で順番を組み替えられるのか・・・目次を見ながら「うーん、うーん」とうなっているところです。うなっている間にどんどん読んでいけばいいのかしらん!?
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神の知識状態

 野矢茂樹『論理学』の「第4章 直観主義論理」を読んでいます。本の中では、クリプキ・モデルに基づいた直観主義命題論理の意味論の、それぞれの項目を確認していったあと、登場人物の1人である無門が、「真理表のときのような感銘深さに欠けるなあ.」と口にします。で、野矢さんが、「そうでしょうねえ」と受けながら、いまのを真理表で表わすことはできないが、真理表で与えた古典命題論理の意味論をいまのような形で与えることはできるとして、古典命題論理の意味論を記号「||―」(実際にはもっとくっついていて、〒を左に倒したような記号)を使って示しています。

古典命題論理の意味論
 
論理式Aに対して,<||―>を次を満足するように定義する.
(1) ||―P∧Q ⇔ ||―P かつ ||―Q
(2) ||―P∨Q ⇔ ||―P または ||―Q
(3) ||―P⊃Q ⇔ ||―P ならば ||―Q
(4) ||―¬P ⇔ (||―の否定記号)P

 つまり、知識状態の話を全部はしょった形になっており、<||―P>は「Pは真」と読めるというわけです。そして野矢さんは、「あるいは,ちょっと茶目っ気をだしてこうかいてもよかったんですけどね.」として、次のような表記を示しています。
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「クリプキ・モデルに基づいた直観主義論理の意味論」をながめながらあれこれ考える

 クリプキ・モデルに基づいた直観主義論理の意味論をつらつら見ていくことにします。

 まず、機2)の推移性「αRβ,βRγならば,αRγ」を考えると、α、β、γというのは関係Rにおいて順に並んでいるようなイメージがあります。わかりやすいところでいけば数の大小がありますし、連絡網の前後関係なども思い浮かびます(なにしろ連絡網というものと関わりの深い生活なので…)。

 そして、「α||―P」というのが「知識状態αで論理式Pが証明されている」に相当するのならば、αは知識状態のことだから、βもγも知識状態のことであり、それをふまえて関係Rを考えれば、大小関係というより前後関係、言ってしまえば時間的な前後と考えていいのかもしれません。

 で、私はこれをもとにあれこれ思いをめぐらせました。どんどん脱線しながら。
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クリプキ・モデルに基づいた直観主義論理の意味論

 野矢茂樹『論理学』の「第4章 直観主義論理」を読んでいます。

 この本のp170に、クリプキ・モデルに基づいた直観主義論理の意味論がまとめられているのですが、野矢茂樹さんは、その具体的な内容をみていく前に、「認識史」「知識状態」という言葉を使って漠然としたイメージを示されています。

 「認識史」というのは、証明によって知識がだんだと増えてくる人間の知の歩みのこと、「知識状態」というのは、無知と全知のはざまにあって、いろいろな状態を示す人間の知識の状態のことです。

 証明は知識状態を変え、また、ある命題が証明されているか否かは知識状態に依存している、というわけです。

 (古典的な)命題論理や述語論理においては、「真理」が意味論の中心概念でしたが、直観主義命題論理においては「証明可能性」が意味論の中心概念であり、それはつまり「知識状態aのもとで証明可能」という概念ということになります。

 こうした動的な見方の中で、論理的真理はどのように位置づけられるのか?
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直観主義論理の意味論(証明可能性)

 そろそろ金子洋之『ダメットにたどりつくまで』にもどろうと思っていたのですが、第2章の途中から読み進むのに苦労するようになってきました。ので、もう少し野矢茂樹『論理学』をおもな拠り所にして、直観主義について考えていきたいと思います。

 直観主義は、無限に対して構成主義的見方に立つので、排中律の無制限な使用を拒否します。排中律というのは「A∨¬A」すなわち「<A>が真であるか、または<Aではない>が真である」ということであり、たとえば、Aを「宇宙人はいる」とすると、「宇宙人はいるかいないかのどちらかだ」という考えを示していることになります。宇宙人がいるかどうかは知らなくても、宇宙人はいるかいないかのどちらかであることは確定している、と。

 こんなふうに考えられるのも、「世界はわれわれの認識とは独立に在る」という態度があればこそであり、それはつまり実在論的態度ということになります。これに対して直観主義は数学に対して反実在論的態度をとり、人間が構成していないものは何ひとつ存在しない、と考えます。
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タイプ理論ってなんだろう?

 野矢茂樹『論理学』第3章の付論は、このあと「数の定義」の話に入っていき、数学と論理学を峻別した一人としてカントの言葉もあげられています。このあたりは割愛して先に進むと、「タイプ理論」の説明がごく簡単になされています。付論のここが読みたかったの。

 タイプ理論というのは、ラッセル自身が、論理主義の立場からラッセルのパラドクスに立ち向かって構築した体系なんだとか。パラドクス回避の手段としては現在では主流をはずれてしまったらしいのですが、タイプという考え方は生きているとこのと。

 ラッセルのパラドクスには、「自分自身に述語づけられない述語」という命題関数(述語)バージョンにしろ、「自分自身を要素にもたない集合」といった集合バージョンにしろ、自分自身について何ごとかを述べる表現、つまり「自己言及表現」の問題があるわけなのですが、ラッセルのアイデアのポイントは、このような自己言及表現の禁止にあったようなのです。
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論理学と数学の関係

 ブログでエントリを投稿するときには、カテゴリーを選択するわけですが、TETRA'S MATH では「論理学」と「論理数学」というカテゴリーを作ってしまっています。“しまっています”というのは、特に深い考えもなく、テキトーに作ってしまったので。で、ここにきて、カテゴリーをどうしたものか少し困っています(いや、困っているというほど困っているわけでもないのだけれど…)。いったいどういう感覚や発想でこの2つを分けたのか、ふりかえってみても自分でもよくわからず。でも、この2つを「論理学」で1つにすると、ブログ内でエントリ数最大のカテゴリーになってしまう。ええっ、わたしってそんなに論理学に興味があったのっ!?ってな感じで自分でびっくりな状況。

 さて、それはそうとして、野矢茂樹『論理学』です。「第3章 パラドクス・形式主義・メタ論理」を読み始めていましたが、メインをがーっととばして、いきなり最後の“付論 論理主義”をのぞいてみます。

 フレーゲは「論理主義」と呼ばれる立場に立ち、その上で述語論理を構築しましたが、ラッセルのパラドクスによって挫折しました。
だが,いったいフレーゲが具体的に何をめざし,それがどのようにして挫折を余儀なくされたのかについては,これまで説明を省略してきた.理由は,論理主義の問題はむしろ数学の哲学に関わると判断したからである.
というわけで、野矢茂樹さんはこの付論において、「論理主義とはどのような立場であるのか、その立場からするとラッセルのパラドクスはどのように問題になるのか、そしてどのようにその解決が図られたのか」について、“玄関口から屋敷内を窺う程度に”説明を試みておられます。
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きのうのエントリの補足

 きのうのエントリ、フレーゲとラッセル、そしてブラウワーを読み直していたら自分で気になったことがあったので、ちょっと補足をば。

 きのうのエントリで
野家啓一さんが言うように、構成主義は確かにアンチテーゼだったのかもしれない(*)けれど、そのアンチするテーゼって、もっと深いものがあったのではなかろうか。
と書きましたが、もちろん野家啓一さんはアンチテーゼのことをアンチ「論理主義」という意味で書いておられるわけではまったくなく(そういう話の流れではないので)、常識的世界観や常識的科学像に対するアンチテーゼという意味で書いておられます。(>『構成主義とは何だろうか : 科学哲学の視点から』)
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