TETRA'S MATH

数学と数学教育

いつかじっくり考えたい、初等数学教育における幾何学の意味

 昨年暮れに書いたエントリ「久しぶりに「かけ算の順序」問題を考える (3)/中距離(合同・相似の表記と、漢字のとめ・はね・はらい)」に関して、とても貴重なご意見をメールでいただきました、合同の表記を対応順の記号で書くことの妥当性についてのご意見です。
 
 関連したwebページを1つご紹介。
http://tenagusami-memo.blogspot.com/2010/10/
blog-post_9686.html


(なお、メールをくださった方は、上記サイトの開設者の方ではありません。参考サイトとして教えていただいたページの1つです。)

 このあたりちょっとつっつくと、中学数学の中にけっこう循環論法が入り込んでいるのではないか?という問題にたどりつきます。関連する話題としては、過去に円周率と比例の関係というエントリを書いています。また、自分の教材の仕事に関連した循環論法の話は、クリプキ・モデルに基づいた直観主義論理の意味論」をながめながらあれこれ考えるに書いています。

 なんというのか、「かけ算の順序」もそうですが、学校教育って細かいことを要求するわりに、ちゃんと考えようとする人にとっては気持ちわるいところがありますよね、ときどき・・・

 それはそうとして。

 小学校や中学校で学ぶ「図形」の勉強って、もう少しなんとかならんものでしょうか。昔から思っていたことですが、その思いを娘の学習内容を見ながら強めるきょうこのごろ。

 「量」の問題や「割合」について考えることは、「考えなければ!」というよりは、楽しんでやっているところがあるのですが、こと「図形」に関しては、「なんとかしたほうがいいよなぁ・・・なんとかならんかなぁ・・・」という、ため息にもにた思いを抱いています。どうしたらいいのかの具体案はまったくありません。ただひたすら、「ほかに道がありそうなものなのに・・・」と思うだけ。「図形」ってもっと楽しくて柔軟なものだと思うんだけどな・・・。 初等数学教育ならではの「図形」の学習の、大胆な改革ができないものだろうか?

 ちなみに小4の娘は現在「直方体と立方体」を学んでいるのですが、この単元に「ものの位置の表し方」という項目が加わっています。いわゆる座標の勉強のようなもの。平面のみならず、空間もあります。そうかぁ、これを「直方体と立方体」に組み込むのかぁと思った私。いや、わるいことではないと思いますが。そしてこの次に、「ともなって変わる量」を学ぶことになります。

 かつて、数学の時代区分の境い目に、いつも幾何学があることというエントリの中で、数学教育協議会の分科会に行くならば、「図形」分野が面白い、という話を書きました(現在でもそうなのかどうかはわかりませんが)。なぜかというと、数量分野のように系統化されていないし、確固たる方法論が確立されていないので、ユニークなレポートに出会いやすい、ということらしいのです。他のジャンルは、「数学教育協議会の方法論のお勉強」的なものになる場合も少なくないと思うので。ただし、たとえば「内包量」というテーマでとても面白いレポートに出会えることもあるので、一概に言えないことではあります。それから、遠山啓の「比」は幾何学と結びつきにくいという論文もご紹介したことがあります>。遠山啓にとって数学教育のなかの幾何学の位置づけってどういうものだったのだろう? 上記のリンク先の指摘を思うと、もう少し重視されてもいいように思うのですが・・・。

 私はどうして図形の話が好きだったのかな。テトラも球形も黄金比も、学校教育とは全然関係ないところで出会ったのかな。(少しは数教協の影響もあったのかな?)
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遠山啓がピアジェに注目した理由

 遠山啓は、基本的に(若い学問である)心理学をあまり信用していなかったようです。「心理学を過信するな」ということも言っています。逆にいえば、当時、心理学を教育の場に持ち込もうとする風潮が強かったのかもしれません。

 しかし、ピアジェはこれまでの“算数の心理学”にくらべると格段にすぐれているということで、紹介する気になったようです。全面支持ではなく、批判の余地があるという注意書きつきで。なぜ遠山啓がピアジェに注目したのか、その意味には変遷があるようにも感じていますが、最初の段階では、何よりも子どもの発達の研究であったこと、しかも、量概念の発達についても研究していたこと、追試可能な子どもとの問答をもとにしていることなどが気に入ったのかな?と勝手に想像しています。

 一方、遠山啓がピアジェのどこに批判的だったかというと、「構造」という考え方を基本にしていることに対してでした。遠山啓は、構造という考え方には研究の対象を静的で閉じた体系とみる傾向が強いので、それが心理学にうつされたとき、なんらかの偏向を生むおそれが絶無とはいえない、といったようなことを書いています。(著作集『量とはなにか−機p178)

 ところが、遠山啓は『文化としての数学』(p212)でこう書いています。
 ピアジェによると、ラマルクの発生論は「構造なき発生主義」であり、ゲシュタルト理論は「発生なき構造主義」であるという。ピアジェはこの二つの極端を総合して、一つの構造から他の構造へ、均衡をめざして発達するのが精神発達の基本原則であると主張するのである。これはウィーナーの「動的体系」と著しく接近したものであろう。
 『量とはなにか−機戮砲△襯團▲献Г慮Φ罎両匆陲1959〜1960年に書かれており、上記引用部分のある文章は1969年に書かれていますから、遠山啓のピアジェ観もこの10年の間に変化したのでしょう。

 なお、遠山啓は、ゲシュタルト心理学は心理学の1つであって、心理学のすべてではないということを示すのに、パヴロフの言葉を出してきています。

 なんだかんだ考えていくと、認知心理学者の目を通して見る数教協の教師像が妙なものであることは、実は筋が通っているのかもしれないなぁ、という気になってきます。

 数教協の目指す教育と、その方法論とのあいだにある“ねじれ”の目は、いったいどこにあるのだろう・・・?

 きのうのエントリ、遠山啓がのっていた“時代の掌” において、
 遠山啓は、数学の未来予想図は描いていたけれど、数学を学ぼうとする子どもたちそのものが、開かれた動的な体系であることを十分に見据えていなかったのではなかろうか?

と書きました。これに対して、「そんなことはない。現に遠山先生は、子どもの発達を見据えていたではないか」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。

 しかし、全体性を重んじるあまり分析をないがしろにする(ように見える)態度への拒絶反応が強かった遠山啓に、系統学習こそ、全体性を重んじた学習方法なのではなかったか?と問うてみたいです。

 「分析と総合」を基本的方法にすえた系統学習は、結局、全体像を知っている人が、その全体を細かく分割して、自分の思うように“系統立てて”配置したもの、つまり、全体を知っている人が俯瞰する数学教育なのではないでしょうか。全体を知らないと、あるいは決めないと、系統立てることはできない。

 そのことが、経験主義と系統主義双方に潜む困難で書いた、汐見稔幸先生の見方、「民間教育団体の多くは、1960年代に、教えの系統を明らかにする研究に没頭したのであり、学びの系統を明らかにしようとする研究はそれに比して圧倒的に少なかった」につながるように思います。

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遠山啓がのっていた“時代の掌”

 もし、遠山啓があと20年おそく生まれていたら、どういう展開になっていたかなぁ・・・と思うことがあります。こういう「もし」にあまり意味はないのだけれど。

 いま現在、最先端の数学がどのようなものであるかを私は知らないのですが(知らないから)、遠山啓の数学観は50年の時をへだてた今でも古いものだとは感じられません。一方、数学教育論は隔世の感があります。

 ・・・、戦前、戦後復興期、高度経済成長期、・・・ という時代背景の上で変遷していった数学教育。先日、「数学も時代の支配的イデオロギーに規定される」という話を書きましたが、当の遠山啓も、しっかりと時代の掌の上にのっていたのだと思います。

 これまで何度も書いてきたように、遠山啓の「量の理論」の根底には、実在から始まるという数学観があり、現代数学が空間的・静的で閉じてある以上、いつまでも万能ではいられない、という思いがあったと私は認識しているのですが、ブルバキ以降の話のあとで出てくるいちばん新しい概念はカタストロフィーかと思います。

 でも、これまで読んだ文献の印象では、カタストロフィーはちょろっとその言葉が出てくるという感じで、もう少ししっかりと出てくる概念でいちばん新しいものは、ウィーナーのサイバネティクスではないかと思います(このあたり詳細に検討したわけではないので、もっと新しい概念がどこかの書籍に出てきているかもしれないし、私が時期の前後を勘違いしているかもしれません)。

 遠山啓は、時間・空間的な新しい数学、未来の数学のことを思い描いたわけですが、そのとっかかりとしてウィーナーの「動的体系」の話を出しています。『文化としての数学』ではウィーナーの言葉が引用してあり、その引用文の中に、フランシス・シュミットの『ドライ』な神経生理学(すでにできあがっている神経の網目構造をあつかう研究)、『ウエット』な神経生理学(核酸について究明を深めてゆく方向)という言葉が出てきています。これを受けて、遠山啓はこんなことを語っています。
 

 以上は数学者のウィーナーが神経生理学の将来についてのべた一つの予見であるから、それを未来の数学と関連させて考える必要はないと一応はいえる。
 しかし、数学が他の諸科学と深い関係をもちながら発展するものであるとしたら、神経生理学、広くいって生物学に無関係ではいられないだろう。もし数学が将来生命現象をも包括しうるようになるとしたら、そのときは建築物に似た静的な構造では不十分となり、ウィーナーのいう「動的体系」が数学の主役を演ずるようになるかも知れない。
 それは開放的で動的であり、しかも構造をもつ生体をモデルとするものであろう。そのとき今日のように「ドライ」な数学ではなく、「ウエット」な数学が生まれてくるかも知れない。

 この「ドライ」「ウエット」という対の言葉をきくと、山口昌哉先生の「クラシカル」「ロマンティック」という対の言葉を思い出します。(>数学のロマンティック

 ところが。

 ここからがややこしいのです(個人的に)。

 遠山啓の数学観、および数学の“未来予想図”にはワクワクする私なのですが、こと数学教育観になると、どうしても時代の掌を思わずにはいられない。

 まず、何がいけなかったって(いや、いけなかないのですが)、戦後、アメリカのプラグマティズムが生活単元学習として実施され、それへの反対運動として遠山啓らの運動が盛り上がったこと。経験主義に強く反対するために、その逆方向としての系統主義に強く針を振ることになったのだろうと思います。

 また、遠山啓はゲシュタルト心理学も嫌いだったようです。1950年代半ばくらいには、数学教育者がゲシュタルト心理学に注目していたようなのですが、遠山啓にとって、分析的方法をしりぞけて全体的構造だけを強調するゲシュタルト理論は意にそぐわないものだったようです。それが心理学の1つとしてあるのであれば別にかまわないのだけれど、科学の一般的方法だと主張されたり、教育の場にとりこまれたりするのは耐えられなかったのでしょう。(なぜピアジェはOKだったのかについては後日)

 何しろ遠山啓は、「分析と総合」を数学教育の基本的方法としていました。これは根本的には近代数学の方法であるのだろうと私は認識しています。

 山口昌哉先生の複雑系のレクチャーをきいたときに、最初に、複雑系とはだいたいこんなものですよ、というお話があり、「まわりにたくさんありますよね、たとえば生徒がそうでしょ」というお話をされていたような記憶がうっすらとあります。メモをしていないので、私の記憶捏造の可能性はゼロではありませんが(^^;。

 遠山啓は、数学の未来予想図は描いていたけれど、数学を学ぼうとする子どもたちそのものが、開かれた動的な体系であることを十分に見据えていなかったのではなかろうか?

 そんなことを感じている私なのでした。

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デューイの二元論批判/河村望による訳者あとがき

 デューイの『学校と社会』の訳は、岩波文庫から出ている宮原誠一訳のものが定番のようですが、この宮原誠一氏というのは、科学的精神と平等と産業教育で出てきた『産業と教育』を書いたあの宮原誠一氏と同一人物かもしれません(確認はできていません)。

 で、ほかにも『学校と社会』の訳書がたくさんあるようなのですが、河村望さんいわく、これまでの訳では、デューイの主張が正しく理解されず、肝腎なところが意味不明であった、と。なぜ、そういうことになってしまったか。(以下は、私なりの理解というか、河村望さんの文章の順番を入れかえた我流の要約です)

 河村望さんが言うには、デューイは、物質と精神、客体と主体を予め区別する二元論を否定する立場から教育の問題を論じているのであり、主観の外に客観をおくところで成り立つ伝統的教育論の否定を出発点としているらしいのです。

 しかし、これまでの訳では、訳者自身の二元論的認識論の枠組みのなかで勝手に解釈されることが多かった、と。

 原田実訳『経験と教育』(1950年)の場合も、デューイが区別している伝統的教育と進歩主義的教育の対比が、前者が二元論の立場で、後者が二元論批判のプラグマティズムの立場であることが理解されず、あたかも伝統教育が封建的な伝統主義的教育で、進歩主義がいわゆる合理主義的教育であるかのようにとらえられていた、と。

 という話をきくと、戦後日本の経済界においてプラグマティズムは誤解されて取り入れられていったという堤清二の言葉()を思い出します。

 河村望さんは、直訳して意味が通るところは直訳したので、読みづらいところがあるとは思うけれど、精読すれば著者の言いたいことが伝わるようには訳してあるので、辛抱して読んでもらいたい、と書いておられます。

 いつかデューイの訳を比較してみると面白そうだなぁ!と思いました。

 さすがに『学校と社会』の第1章だけ読んでも二元論を否定する立場は感じられませんが、たとえば、デューイがいうところの「経験」というのは、自己意識的・理性的主体の存在を前提として、このような精神的主体が経験をもつとか、経験をするという意味の経験ではないということは、なんとなくわかるような気がします。上記リンク先の堤清二の話ともつながってきます。

 また、河村望さんは、「解決される」(solved)と「解消される」(dissolved)との違いについても書かれています。
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デューイの言葉に少しだけ耳を傾けてみる (5)/教養と技術を分ける態度

 デューイ『学校と社会』(河村望訳)の第1章を読んでいます。一応、きょうで一区切りの予定です。

 当時のアメリカの学校では、手工、図画、理科を小学校や中学校に導入することが、専門家を作り出すことになるという理由(教養の設計を減じるという理由)で非難されるということがあったようですが、デューイは、「現在の教育こそ、高度に専門化され、一面的で狭隘なのである」と指摘します。「現在の教育は、学問についての中世的考えによってほとんど全面的に支配されている」と。

 デューイがいうところの「中世的考え」が何であるかについては、その前の段落を参考にするといいのかもしれません。つまり、“専門の探求を特別の仕事とする特殊な階級”’(聖職者?)に知識が独占されていたころの学問ということでしょうか。
手工、図画、理科が技術的で、単なる専門主義に向かう傾向にあるとして反対されるという事実それ自体こそ、現在の教育を支配している専門化した目標にとっての、提示されたよい証拠である。
 このあたりの話は少しねじれているので、解きほぐして考えたいところですが、とりあえず私は、学校は専門技術を学ぶところではなく教養を学ぶところだという意見を出す人こそ、中世的な専門主義としての学問にとらわれているのだ、とデューイは言いたいのだろうと理解しました。
 学問的専門職業のための訓練は教養の典型、または自由主義教育と見なされる一方、職人、音楽家、法律家、医者、農業者、商業者あるいは鉄道経営者の訓練は純粋に技術的、専門的なものと見なされる。その結果は、われわれが身の回りのいたるところで見るもの-----「教養ある」人びとと「労働者」との区別、理論と実践の分離である。
 このあたり、高校全廃論者の三浦展さん()に読んでほしい気がします。
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デューイの言葉に少しだけ耳を傾けてみる (4)/「仕事」と科学

 デューイ『学校と社会』(河村望訳)の第1章でもう1つ印象に残ったのは、学校における「仕事」と科学との関係でした。

 デューイは、「すべての科学の統一は、地理のなかに見いだされる」として、地球はすべての人間の食物の最終的源泉であり、避難と保護の場所であり、活動の原材料であり、熱、光、電気のエネルギーの大給源であり、海洋、河川、山脈、平野の大景観である・・・すべてのわれわれの農業、鉱業、林業、製造業と配分機関は、部分的な要因であり要素であるに過ぎない、と語ります。このような環境によって決定された職業を通して、人類は歴史的、政治的進歩を遂げてきたのであり、これらの職業を通して、自然の知的、情緒的解釈が発展したのである、と。
このことは、学校におけるこれらの仕事は、日常的な雇用の単なる実際的な工夫や様式、料理人や裁縫師や大工としてのよりよい専門的技術の習得であるべきでなく、自然の材料や過程にたいする科学的洞察の積極的中心であり、そこから子供が、人間の歴史的発展の理解に導かれるべき出発点であることを意味する。
 そしてこのあと、実際の学校での「仕事」として、縫物・織物を例にとり、話が進められていきます。子どもたちは、原料を与えられ、材料と用途の適合を研究し、それを比較し、綿の繊維を種子から手作業で引き離す大変さが木綿産業の発達が羊毛産業よりも遅れた理由と関連づけられていく。そして、羊毛を梳くための枠を再発明し、羊毛を紡ぐための過程を再工夫する。この作業の中には人間の歴史的発展の要約があり、「繊維の研究」「地理的特徴」「原料が成長する諸条件」「製造と分配の大中心地などの研究」「生産の機械装置に含まれる物理学」などの“科学”がある。

 つまり、学校で行う「仕事」は、子供に純粋な動機を提供し、生の経験を与え、現実と接触させることに加えて、「その歴史的、社会的価値及び科学的な等価物への置き換え翻訳によって、全く解放されたのである」とデューイは語ります。仕事は、単に愉快な仕事であることを止め、理解の媒体、道具、器官になる、と。

 また、こんなことも語っています。
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デューイの言葉に少しだけ耳を傾けてみる (3)/オキュペイション

 デューイ=ミード著作集7「学校と社会・経験と教育」(河村望訳)の「学校と社会」第1章を読んでいます。デューイの言葉に“少しだけ”耳を傾けるにあたり、今回は第1章だけを読む予定ですが、たった19ページの第1章だけでも(第1章だからこそ?)読み応えがあります。

 とはいえ、さすがに参考文献がこれだけではなんなので、もう1つ、web上で読める文章として、信州大学教育学部の教育実践史概論をリンクさせていただきます。この中に「デューイの教育理論」というページがあり、そのまんなかくらいに、「オキュペイション(occupation)」という単語が出てきます。直訳すれば「仕事」または「職業」になるのだと思います。

 上記参考文献の第1章にオキュペイションという単語は見当たらず、おそらく「仕事」または「職業」と訳されているのだと思いますが、仕事と訳されているものがすべてoccupationなのか、workやlaborという言葉がどんなふうに出てくるのか、原文を読んでみたいなぁと思いました。

 で、インターネットってほんとに便利で、さがすと見つかるもんなんですね〜

     THE SCHOOL AND SOCIETY

 しかも検索がかけられるのよ〜(^^)

 たとえば、デューイの言葉に少しだけ耳を傾けてみる(1)/産業の変化と教育で抜き出した、「供給物はすぐそばの近隣にあり、農場における原料の生産から、完成された製品が実際に使用に供されるまで、産業過程全体が誰の目にも明らかにされていた。そして、家族のすべての成員が仕事を分担し、子どもは体力と能力がつくにつれて、徐々にいくつかの過程の秘訣を手ほどきされていく。」(要約してます)の部分は、こんなふうに書かれてあります。

  The entire industrial process stood revealed, from the production on the farm of the raw materials till the finished article was actually put to use. Not only this, but practically every member of the household had his own share in the work. The children, as they gained in strength and capacity, were gradually initiated into the mysteries of the several processes.

 つまり、ここでの「仕事」は work のようです。で、私は第1章で強く印象に残ったことが2つあったのですが、そのなかの1つである次の部分をぜひ原文で読みたいと思いました。
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デューイの言葉に少しだけ耳を傾けてみる (2)/個人と社会

 「個人的責任を要求し、生活の自然的現実との関係において子供を訓練する仕事を学校に導入するためにはどうしたらいいのか」 デューイはそう問いかけたあと、学校に目を転じます。

 現在(当時)最も顕著な傾向の1つは、工作教育、工作室作業、家庭技芸(裁縫と調理)の導入という動向であるとして、それらは、以前には家庭で行われていた訓練の要素を供給するという目的をもってなされたのではなく、このような仕事は生徒たちの心を生き生きさせる、他の方法で得られなかったあるものを彼らに与えるということの実験と発見によってなされてきた。
この仕事を正当化するために当てがわれた理由は、痛ましいほど不適切であるか、時には明確に誤ってさえいる。
 このような仕事は子どもたちを機敏で能動的にするし、より有用で有能にするし、家庭で手助けになるようになるし、後年の人生における実際的な職務の準備にもなる。デューイは、これらの理由の価値を過小評価はしないが、
この見地は不必要に狭隘である。
と指摘します。われわれは仕事を、個別の教科としてではなく、生活し、学習する方法と考えなければならない、と。
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デューイの言葉に少しだけ耳を傾けてみる (1)/産業の変化と教育

 というわけで、生活単元学習を批判する遠山啓にあっさり片づけられてしまったデューイですが、その言葉に少しだけ耳を傾けてみることにします。参考文献は、デューイ=ミード著作集7『学校と社会・経験と教育』(河村望訳/2000年)。この本、あとがきが面白いです。というか、このあとがきで、デューイに興味がもてそうな気がしました。それについてはのちほど。

 さて、いまは、「少しだけ」の気分なので、がっつり読むのは避けて(したがってデューイの一部分の理解になるかもしれず、場合によっては曲解になるかもしれませんが)、「学校と社会」の「第1章 教育と社会進歩」に的をしぼりたいと思います。

 遠山啓は、「社会の持続」という観点で戦後の教育運動を反省するにあたり、生活単元学習の背景にあったデューイのプラグマティズムには、経験主義のみならず、教育による社会改造主義があった、としています()。しかし、「第1章 教育と社会進歩」の文中に、遠山啓のいうような「教育による社会改造主義」を私は感じません。いや、あるにはあるのですが、教育によって社会を改造しようということではなく、むしろ、社会が激しく変わるなかで教育はどうあるべきか、ということをデューイは主張しているように感じるのです。結果、どっちにしろ「いまの(戦後直後の)日本にはそれは必要ない、あっちゃ困る」という話ならわからないでもないです。
 
 で、私はデューイの考え方にある程度のシンパシーを感じるとともに、いざこれを(日本で制度的に)実行しようとしたら、生活単元学習とか、出がらし総合学習になってしまうのかもなぁ・・・と思いました。その一方で、やってる先生は、指導要領がどうであろうと、国語や算数や理科や社会やその他もろもろの分割された「教科」内、あるいは学校生活の中ですでにやっているんだろうなぁとも思ったし、でもそんなふうに「先生しだい」になっちゃうことがいまとなっては大きな問題なのかなぁ、なんてことも感じました。

 そういえば遠山啓は、「6・3・3制とか自由選択制といったようなアメリカの“新教育”は、自由や平等という社会改造の理想と合致していたと同時に、アメリカの社会の持続という現実的な目標とも一致していた」と語っていますが、何がどう一致していたのかをもうひとつ聞いてみたいところではあります。

 さて、デューイの「教育と社会進歩」に読み取れる、社会の激しい変化とはなにかというと、「産業上の変化」です。

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先日のエントリを読み返して自分で気になったこと

 「クリプキ・モデルに基づいた直観主義論理の意味論」をながめながらあれこれ考えるにおいて、

たとえばおとうさんが子どもに算数・数学を教えてほしいと頼まれたとき、子どもが何を既習なのかを考えなくてはいけない場面があるかと思います。問題を解く途中で正方形の対角線を求めたくなっても(求めるとラクに解けるとおとうさんは考えても)、相手が三平方の定理を知っていなくては三平方の定理は使えないし、その前に平方根も知らないかもしれないし、ひょっとすると2乗や斜辺という概念もまだもっていないかもしれません。さて、そんなときどう教えるか? 順序だてて教えるか、別の解法をさぐるか。

と書きましたが、これは文章問題が先か、かけ算が先か。に関わる話だとあとで気づきました。子どもがもってきた問題が、どういう目的のどのような問題であるのかにもよりますが、たとえば学校の宿題ならば、その背景には必ずなんらかの目的---たとえば「三平方の定理の応用に慣れる」等---があるはずなので、「別の解法」をさぐるという道にあまり意味はない(本来の目的ではない)のかもしれません。この場合おとうさんが知るべきなのは、何を既習なのかではなく、その問題で子どもは何を学ぼうとしているのか・・・なのでしょう。もちろん、問題を解きさえすればいいのであれば、どんな方法を使ってもいいのでしょうが。もはや直観主義論理とは何の関係もない話ですが(^^;、あれを書いたときに上記のことに気づかなかった自分にかる〜くショックを受けたので、とりあえず補足させていただきました。
 
(全然関係ない話なのに、結果的にあのときの興味:「文章問題が先か、かけ算が先か。」が、クリプキ経由で私を今のこの場所に連れてきていることがとても面白い。)

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