TETRA’s MATH

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放置していた縁起の宿題に再び取り組むことになった経緯

 今年1月1日、山田智恵『ミーニング・ノート』なる本を購入した。Amazonのおすすめ機能で見かけて知ったのだったと記憶している。

 ノート術が大好きな自分だけれど、昨年から紙物を減らす努力をしており、ちょっとやそっとじゃノート術は始めないつもりでいた。しかしこのノート術はなんだかそそられるものがあり、買っていい気がして、結局、購入。もちろんKindle版を。そして、使っていないけれど捨てられなくて残していたお気に入りのノートでとりあえず始めてみた。

 ミーニング・ノートというのは、タイトルそのままでいえば「意味づけ力のノート術」ということになる。この本でいうところの意味づけ力とは、自分に起きる出来事に価値や可能性を見つけ出す力のこと。ちなみに「自分に起きる」という表現は著者のものであり、私なら「自分に起こる」と書きたいところなのだけれど、ここでは著者の表現にあわせた。

 具体的には何をするかというと、毎日、チャンスと思えることがらを3つ書き出して、そのつながりを考えて次に活かしていくというもの。「毎日チャンスが3つもあるか??」と思えてしまうが、要は「自分の心が動いた出来事」を書けばいいのだ。

 本の前半を読んでだいたい感じはつかめたので、後半は実行しながら読むことにして、まずはしばらくやってみた。なお、本の前半部分に仏教の「縁りて起こる」の話が少し出てくるのだけれど、そのときにはあまり気にしていなかった。

 3週間くらいたったころだろうか。

 自分が書き溜めた項目を眺めていたら、「人間万事塞翁が馬」という言葉が頭に浮かんだ。このノート術を始める前からよく頭に浮かぶ言葉ではあったが、いつもより少し強く興味が膨らんだので、この言葉について少し調べてみた。

 その途中で老荘思想に触れ、何か1冊本を読みたいと思い立ち、探し、結局、老荘思想をメインにした書籍を買うことはせず、飲茶『史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち』を買った。これがとても面白かったので『史上最強の哲学入門』も購入、その少し前に宮崎哲弥『仏教論争』も買った。

 以上のような経緯で、放置していた自分の宿題 ――「縁起」の問題 ―― に久しぶりに手をつけることになっている。なお、この宿題が生じたのは魚川祐司『仏教思想のゼロポイント』を読んだときだった。自分が「縁起」という言葉になんとなくいただいていたイメージには決定的な間違いがあるのではないかと感じて宿題になっていたのだ。

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