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数学と数学教育
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なぜ、折れ線の幾何だったのか

 遠山啓著作集・数学教育論シリーズ7「幾何教育をどうすすめるか」を読んでいます。1950年代後半から1960年代後半にかけての文章です。

 折れ線というのは、文字通り「辺―角―辺」でできる折れ線のことで、「長さ―角度―長さ」の三つの量によってつくられる図形です。逆にいえば、折れ線が与えられるとこの三つの量が決まります。1回だけだとV字型になりますが、これを繰り返すことによりN型やW型にもなります。つまり、閉じなくていいのです。

 遠山啓は、ユークリッドの方法の特徴のひとつに「三角形分割」をあげました。それはつまり、三角形を図形の要素とみることであり、三角形という2次元の単体から出発することです。

 そして、三角形の合同条件に登場するのは辺と角で、そこに面積は入っておらず、三角形の中身は考えられていません。また、それぞれの条件により合同が証明されると、残りの辺、角の相等が導き出されます。

 つまり、三角形を三辺と三角の6個の要素からなるものとして取り扱っているわけですが、遠山啓いわく、この6個の要素は互いに独立ではなく、かなり複雑な関数関係によってむすびつけられている、と。なるほど、だからこその正弦定理、余弦定理なのでしょう。

 これに対して、折れ線の幾何は1次元の複体をもとにしており、構成している二辺と一角はおたがいに何の関数関係もなく、三つの量は完全に独立しています。また、物指しと分度器を交互に使っていくと容易にできるので、小学生にも結構できる作図だ、と。

 本に書いてあることをあちこちから拾ってきて自分なりにまとめているのですが、なるほどこうやってみていくと、折れ線の幾何は「測度の不在」「三角形分割」「定木とコンパス」をきれいにクリアするものだったんだなぁと思えてきます。

 なお、角度は内角より外角をとったほうがよいと言っています。人間の歩く道で考えれば、方向転換の角度。3cmと5cmの辺が120度の角度をなしている場合、3cm進んで60度方向転換して5cm進むようなものだと考えればよいのでしょう。なので、折れ線というのは直進と方向転換を交互にくりかえしたものと言えます。

 ということを書いていると、記憶の底からうっすらと「タートル幾何学」という言葉が蘇ってきます。これってなんだったっけ…と検索をしていたら、LOGOという言葉とシーモア・パパートさんという妙に懐かしいお名前に遭遇。懐かしさを感じるだけでどこで出会ったのかよく思い出せず…。数教協とは別の文脈で出会ったのは確かで、少し心心当たりがあることはあるので、今度確認してみようと思います。

 それはそうと、このたび検索して知ったのですが、パパートさんはピアジェと交流があったのですね。前回書いたように、いま読んでいる遠山啓の幾何教育論をまとめた一冊の後半はピアジェの研究の紹介になっているのですが、それらがつながるのかどうかはまったく考察していない状況です。

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