TETRA'S MATH

数学と数学教育
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7年越しの「時間の正体」

 郡司ペギオ幸夫『時間の正体 デジャブ・因果論・量子論』をはじめて手にしたのはいつだったのか確認したら、2010年でした。時の過ぎるのはなんとはやいこと…というよくある言い回しも、この本を手にしているときには口にするのを一瞬ためらいます。

 いまあらためてページをめくってみると、郡司さんが何をしようとしているのか、そのおおまかな骨子がようやく見えてきたと感じます。見えてしまえばやるべきことはシンプルでした。そのシンプルなことがとても難しい。

 まず難しいのは第3章、マルコポーロさんの議論の理解です。マルコポーロといっても13世紀に旅をしたあのマルコポーロではなく、現代の物理学者、おそらくこのマルコポーロさんです。↓

 The internal description of a causal set:
 What the universe looks like from the inside

 http://xxx.lanl.gov/pdf/gr-qc/9811053v2

 『時間の正体』第3章の組み立ては、次のようになっています。

 3−1.マルコポーロとマクタガート
 3−2.因果集合と因果的歴史
 3−3.時間を評価するジ―ブ
 3−4.因果的歴史の時間モデル
 3−5.因果的歴史モデルとしての束
 3−6.排中律の破れ

 いまとなっては、この組み立てを見ただけで、何かわかったような気になります。

 第3章の結論は、私の目からみるとあっけないものでした。郡司さんも「突飛な結論でもあるまい」と書かれています。これを言うためにそんなに大がかりなことをしなくてはいけなかったの!?と。その大がかりさがけして不快ではないとはいえ。

 マルコポーロさんが出した結論(郡司さんの解釈経由、私の理解)とは、「過去でも未来でもない時間というものが、内的限定観測者にとっては実在する」というものです。上記3−6のタイトルでそのいわんとすることのおおまかなイメージがつかめるのではないでしょうか…と、いまなら言えます。

 郡司さんはこの本で圏論を前面に出していませんが(用語をそのまま使っていない)、マルコポーロさんは実際に圏論を使っていると私は認識しています。たとえば subobject classifier を思わせる図なども示されています。

 また、郡司さんが最初に{内側,外側}というモデルをつくったのは、マルコポーロさんの論文での{1,0}にあたるもので、これは最初に話をわかりやすくするためにブール代数を採用したのだろうと理解しています。

 それが『時間の正体』第3章では途中からジーブなるものにかわり、このジ―ブがなんなのかかつて悶々としました。そして sieve なることばに行きつきました。いまだ定義はわからぬまま。

 どうやらこの sieve という言葉には「ふるい」という意味があるようで、実は遠山啓の著作集にも出てきます↓
http://math.artet.net/?eid=1421615

 一方、それはそれとして、「やっぱり随伴関係を少し勉強しておいたほうがいいのかな…」と思うにいたり、清水義夫『圏論による論理学』でヒーヒー言いながら勉強するうち、それを具体的に感じるために、これまでスルーしていた「巾」とその1つの定理の理解が必要になり、それをまたヒーヒー言いながら勉強しようとしていたら、相対擬補元なる概念に遭遇したのです。

 補元については、『時間の正体』を読んでいたこともあり、テーマのひとつとえいばひとつになっていたものの、そこに相対と擬がつくのはどういうことなんだ…? と本をはなれて検索してみると、どうやら直観主義のハイティング代数関連の概念らしいと判明。

 もちろん、直観主義はマルコポーロさんの議論と直結している話なので、別に不思議もなんでもないことだし、相対と擬がつくことから検索前に気づいてよさそうなものなのに、気がつかなかったのです。そして気づいてしまうと、自分のなかで「ははーん、そういうことね」という声がきこえました。

 結局私は、大きな旅はしていないようです。近所の半径15mくらいの散策を続けているみたい。だから、てくてく歩いていくだけ。だけど、指先1僂寮こΔ鬚里召ために虫めがねが必要なこともあるし、それより小さい世界は顕微鏡がないと見えない。そのツールをときどきちょっと変えているだけなんだなぁと、このたび思いました。

 そういえば久しぶりに、金子洋之『ダメットにたどりつくまで』もひっぱりだしてきていました。下記のエントリを書いたのも2010年。郡司さんの本にダメットの名が出てきているところがあったので、その関係で手にしたのでしょうか。

 数学はメンタルな「行為」だと主張した人:ブラウワー
 http://math.artet.net/?eid=1402034

 半径15mを散策するのに、一生かかりそうです。
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この記事に対するコメント

これはただの個人的な感想で意味のないコメントですが…このブログは本にして保存して置きたいぐらい私の好きなあらゆるものが広がっている、と感じました。ともすると私は引きこもり歴史的なものに憧憬を抱きがちなのですが今の今にもこんなに素敵な地図が描かれていることがあると分かって感動しました。
通りすがり | 2017/05/12 2:40 PM
コメントに気がつくのが大変おそくなってしまって申し訳ありません!!

とてもうれしい感想をありがとうございます。
自分が扱っている話題の幅が広いのか狭いのか自分でもよくわからないのですが、広くしようと努めてはいないので、どこかでいつもつながっていて、興味が近しい方にとっては必然的にまじわりの部分が大きくなるのかもしれませんね。

さしつかえなければ、どのあたりのことに興味をもたれているのかお聞かせてくださいませ。
tamami | 2017/05/18 3:41 PM
返信に気付くのが遅くなりました…すみません。

興味ある分野は主に芸術と哲学ですね。
子供のころから、ある種の絵を見て覚える共通的なこの感覚は何なのだろう、という強い思いがあって、
それについて考えを広げていったら哲学・科学にあたり、さらにまた広げていったら数学にあたり…という感じですね。
最近はカオス・複雑系、脳科学系について何か可能性を感じているので調べています。ただ…自分は大体どのジャンルも耳学問の域を出ていないので趣味者に終始しています。

ちなみに、私がこのブログを発見したのは、ドゥルーズの千のプラトーに出てきた「多様体」という語を調べていた時です。http://math.artet.net/?eid=1421979 のページにたどり着きました。
数学的な多様体自体の説明は多く見つかりますが、哲学的な方面から見ているものは少ないので大いに参考になりました。(自分が多様体を理解するにあたり数学的視点が少なすぎてこれは良くないなと思いつつ)
自分の周りには、数学をやっている人でそれ以外にも絡めて触れている人はなかなか居ないので…
通りすがり | 2017/05/25 6:31 PM
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