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数学と数学教育
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かけ算で新しい量をつくる/テンソル積の手前にある複比例

 「これまで出会ったなかでいちばんわかりやすい圏論の説明」でも書いたように、谷村省吾さんは現在、3か月に2回のペースで、月刊誌『数理科学』に連載記事を書いておられます。
http://www.saiensu.co.jp/?page=magazine&magazine_id=1

 「幾何学から物理学へ 物理を圏論・微分幾何の言葉で語ろう」というタイトルで続けられているその記事の第5回、「テンソル積の普遍性」のオープニングをはじめて読んだとき、「助かるなぁ〜」という印象をもちました。

 そして、「物理学者のための圏論入門」に触発されて思い出したことを書いたいま、この数行があらためてじわじわときています。谷村さんが、「異種の物理量を組み合わせて新種の物理量を生み出す」という言葉を使われていることについて。

 つなぐものの存在感/比例定数とアクリルたわし圏のラストで書いたように、数教協がいうところの内包量は、外延量のわり算でつくることができます。

 ならば、かけ算でも新しい量をつくれるのではないか?

 …って、そんなに気負わなくてもすぐに思いつくのは、面積のこと。たての長さ、よこの長さという2つの量のかけ算でつくられる「面積」という量は、これはこれでかけ算によってつくられる新しい量なのでしょう。

 あるいは、秒速8mで3秒間進んだときに進む道のり 8×3=24(m)も、「かけ算によってつくられた量」といっていいのかもしれません。しかし、このなかの「8」が「2つの量のわり算でつくられた量」なのだとしたら、8×3=24は「もとになっている量(のなかまの量)を出してくるかけ算」という雰囲気があり、このままの状況では"新しくつくった感"がありません。

 秒速8mが「使える量」であるように、かけ算でも「使える量」がつくれないだろうか? その使い方の意味は違うとしても。

 ということを考えるにあたり、複比例を学ぶことにします。森毅『線型代数 生態と意味』と銀林浩『量の世界・構造主義的分析』を参考文献にして。

 まずは比例についておさらいしておきます。比例とは、小学校風にいえば、xの値を2倍、3倍、…したときに、それに対応するyの値も2倍、3倍、…になるような関係のことでした。また、中学校風にいえば、比例定数をaとして、y=axの形で表される関数のことです。

 複比例になるとどういうことになるかというと、2つの数量と、そのそれぞれに比例するもう1つの量との関係なので、変量が3つになり、文字が3つ必要になります。

 3つの文字を x、y、z とすると、数教協風にいえば、ブラックボックスの入力側から x と y を入れたとき、出力側から z が出てきて、x が一定なら z が y に比例し、y が一定なら、z が x に比例するような、そんな関数のことです。

 森毅『線型代数』でも銀林浩『量の世界・構造主義的分析』でも、「荷物を運ぶときにかかる料金」を例にとって複比例を説明しています。荷物の重量 x t、輸送距離 y 劼函運送料 z 円の関係。もっとも、世の中の運送料は、こんなにぱっきり比例関係で決められてはいないことでしょう。銀林先生も次のような注釈をつけておられます。
 もちろん,現実の社会においては,遠距離逓減性とか,重さが何tから何tまではいくらといった階段規定が設けられていて,今述べたことが厳密に成り立つとは限らないが,それでも,基本は上述のようであって,これらのさまざまの規定がそれからの変則であることは,常識的にもわかることである。
(銀林浩『量の世界・構造主義的分析』p.184)

 荷物の重量が一定で輸送距離が2倍になれば、運送料も2倍になる。輸送距離が一定で荷物の重量が3倍になれば、運送料も3倍になる。このとき、xy をひとまとめで考えることができれば、z=a(xy)という、比例のような式がつくれそうです。

 ということを考えていきたいのですが、やはりどうにもこの例はしっくりこないので、別の場面で考えることにしました。それは、「合宿のために用意するお米の量」です。もっとも、これはこれでフィクションになってしまうかもしれません。なお、この例を思いついた背景についてはのちほど書きます。

 とある合宿では、1人が1泊するとき、米1合を用意しなければならないとします。1人が3泊するときには3合必要だし、5人が1泊するときには5合必要です。なので、10人が2泊する場合は、20合のお米を用意する必要があります。

 この場合、x 人が y 泊するときに準備するお米の量 z 合は、z=xy という式で表せます。

 なので、2人が6泊しても、3人が4泊しても、12人が1泊しても、必要なお米の量は12合で同じです。お米を用意する側からみれば、何合必要かだけがわかればいいので、「3人が4泊」から「4人が3泊」に変更になったとしても、特に困ることはありません。

 では、お米の量を「合」ではなく「g」で考えるとどうなるでしょうか。お米1合の重さをとりあえず150gで設定すると、z=150xy という式ができます。単位は、xが「人」、yが「泊」、zが「g」。150gというのは、1人、1泊分のお米の重さです。

 もし、xyをひとまとめに考えてもいいのだとしたら、その単位は「人泊」としたいところです。実際、この単位は世の中で使われているらしいのです。 http://www.mlit.go.jp/kankocho/news02_000287.html
https://www.pref.chiba.lg.jp/kankou/toukeidata/kankoukyaku/
documents/h16irikomi-2.pdf

http://www.cs-t.jp/ppBlog/moby.php?mode=show&UID=1245352995

 合宿の夕食で毎晩、新鮮なお刺身を用意しなくてはならず、そのためのお魚を考えるのならば、1人が15泊するのと15人が1泊するのとではだいぶ状況が違ってきますが、お米だったらどちらも15合用意すればいいわけで、先ほども書いたように状況の違いは問題ではなく、「15人泊」という事実がわかればいいわけです。(もっともお米の場合も、期間がもっと長くなると話は別ですが)

 では、y=150xyの「150」は何かというと、1人が1泊するときに必要なお米の重さなので、単位をつけるとすれば「g/人泊」ということになりそうです。このような量のことを、銀林先生の本では「複内包量」とよんでいます。1つの外延量を、2つの外延量でわって得られる内包量です。

 y=8xの「8」を「使える量」というならば、z=150xyの場合は「150」がそのなかまになるのかもしれません。しかし、「150」が「8」と同じ立場になれるのも、xyをひとまとめとして変数のように扱えればこそだと思うのです。

 なんてったって、「数教協いうところの外延量」どうしのかけ算です。

 この「人泊」を使おうと思ったおおもとのきっかけは、谷村さんがテンソル積を説明されるなかで、人が働く仕事量の例を出されていたことでした。『理工系のためのトポロジー・圏論・微分幾何〜双対性の視点から〜』にもその話が出てきていて、「人月」という単位が登場します(p.152)。

 この発想は、複比例で2つの量の積を考えることにそっくりです。実際、森毅の本でも、複比例のあとにテンソルを配置する組み立てになっています(銀林先生も複比例の欄外注でテンソル積に触れておられます)。

 ということは、複比例の一歩先にはきっと、テンソル積があるのでしょう。

 今回はテンソル積を理解するところまではいけませんでしたが、「かけ算によって新しく量をつくる」ということを実感できたことが、大きな収穫となりました。

追記:補足エントリがあります。
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