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数学と数学教育
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郡司ペギオ幸夫『いきものとなまものの哲学』の第一印象

 ここのところ、郡司ペギオ幸夫『いきものとなまものの哲学』を読んでいます。2014年の発行なので、過去にも書名を見た記憶がうっすらあることはあるのですが、これまで手がのびませんでした。

 それがなぜいま手にすることになったのかというと、とある動機があったからなのですが(気がつけば例のポスト複雑系の文章も入っています)、私がいま考えたかったこととはちょっと方向が違いました。

 が、結局、面白いです。なんというのか、郡司さんのもののとらえかた、現象のとらえかたが面白く、その現象というのがボンカレーだったり、テレビ番組だったり、プーさんだったりするのが面白いのです。よく見てるなぁ、よく覚えているなぁ、と感心する一方で、なのに研究会に行くときそういうことになっちゃったりするんだなーと思ってみたり。

 特に1−1で出てくる「ケーキちゃん」は、事実そのものが衝撃的でした。テレビ番組のとある企画についての話題なのですが、同系列と思われる企画の別バージョンは私も見たことがあるものの、この「ケーキちゃん」は知りませんでした。自分としては前半のけっこう大きなトピックのひとつなので、ネタばれをふせぐため内容は書かずにいます。

 この本は、郡司さんの本にしては、とっつきやすい(部分が多い)と感じています。読み始めてからすぐに「あらま、郡司さんエッセイストになったの!?」と思ったほど。初出を見てみれば、「はじめに」の文章は『広告』とのことで、なるほどと納得しました。

 その他、『ユリイカ』や『現代思想』に掲載された文章が、大幅に加筆修正されてまとめられているようです。

 もちろん、読み込むのに時間がかかりそうなところもあります。前提になっているもの(たとえばニーチェ)を知らないと読むのが難しい章があったり、1つ1つ確かめながら読み進めていかないと内容がつかめない章があったり。

 だけど、なんというのか、もはや郡司ペギオ幸夫さんの考えを理解したいという気持ちより、こういうふうにいろんなこと「見出せたら=創れたら」楽しいだろうなぁ…という気持ちのほうが強くなってまいりました。

 というわけで、今後この本についてエントリを書き続けていくかは未定ですが、ひとまず第一印象をお伝えしてみました。

 なお、中村恭子さんの作品によるカバー絵が、なにげにゴージャスでよい感じです。吸盤が一瞬真珠にも見えたりするからでしょうか。
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