TETRA'S MATH

数学と数学教育
<< 『圏論の歩き方』についての読み方・書き方をかえることにした。 | main | 『圏論の歩き方』第12章/molは米原駅みたいなもの >>

『圏論の歩き方』「第12章 すべての人に矢印を」―圏論と教育をめぐる冒険

 『圏論の歩き方』をどう読んだものか模索していましたが、やっぱり12章から読めばよかったんだと思うきょうこのごろ。

 著者は長浜バイオ大学の西郷甲矢人さん。「ほかに専任の数学者がいない大学で,数学者を目指さない学生に数学を教える」という仕事に取り組んだ新米教員が,圏論的な思考にどのように助けられ,どのようなことを考えたか」という正直な経験を書き連ねたものだそうです。

 組み立ては次の通り。

・読者に
・なぜ数学を教えるのか
・掛けたらいいか,割ったらいいか
・molは米原駅みたいなもの
・算数から現代数学へ
・比喩とは何か?
・間奏:ホモロジー理論
・見える矢印,見えない矢印
・Q&A

 (参考文献)

 『圏論の歩き方』にこの章があってよかったな〜!としみじみ思うのと同時に、いままで考えてきたことに対して、このような視点からのお話がきけて、本当によかったと思っています。

 まず驚いたのは、著者の働いている大学では、微積分やベクトル・行列についてほとんど「やったことがない」と言う新入生も多いという話。「やったことがある」の「やった」の程度もあることでしょうが、そんなことがあり得るんだろうか?と素朴に首を傾げました。

 長浜バイオ大学という名称からして理系っぽいし、少なくとも微積分をほとんどやってないってことはあり得ないのではないかと。なお、高校の現在の教育課程を詳しく知らないまま、印象として書いています。

 そんな状況のなか、これからの勉強をすすめていく上で、ある程度の数学の素養は必要になってくる一方で、数学の勉強にあまり時間をかけられるわけでもない。

 そこで、「数学はどのようなものか」というイメージをつかんでもらうことを最優先することにしたそうなのです(たとえばオイラーの『無限解析入門』にならって微積分の初歩を教えてみたりなど)。

 同時に、さらに基本的なところにも目を向けなければならないという危機感もあった(今でもある)そうで、学生が生物学を学ぶ「実地」で何につまずいているか、担当の教員の方々に聞いてみたり、質問に来た学生と話したりしてきた結果確信できたことは、

● すべての学生に教えるべき「数学的なものの見方・考え方」があり
● それは高校までの数学教育では見失われがちで
● なんと圏論的な発想と深くつながっている

ということだったのだそうです。

 1番目の●の部分を読んで、ふと遠山啓を思い出した私。

 私が思う「量の理論」の根本思想

 まさに、次の1行が、
「とにかく量の計算ができないのですよ.」
となっているのです。(p.197)


 ここから、「掛けたらいいか,割ったらいいか」の話に入っていくのでした。


(つづく)

※ 引用部分以外は我流でまとめています。読み落としや勘違いに気づいたときには、そのつど訂正させていただきます。
圏論 | permalink
  

サイト内検索