TETRA'S MATH

数学と数学教育
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田辺哲学がもつ哲学の3つの流れと、外延・内包的な連続体の構成

 林晋さんの

 田辺元の「数理哲学」
 http://www.shayashi.jp/sisou201201a.pdf

を読んでいます。きょうは、4ページめ(p.200)に出てくる、「田辺哲学は哲学の3つの流れをすべて内含している」という話について。その3つとは、大陸哲学、英米哲学、そしてこれらが分断するまえともにルーツとしていたとされる新カント派(と、私は理解しました)。

 林さんいわく、
田辺は、分断していく現代哲学を繋ぎ止めようと孤軍奮闘した世界思想史的に見ても稀有な哲学者なのである。

 大陸哲学と英米哲学(の分断)および「新カント派」については、一応、過去にほんの少しだけ接触があるにはありました。

 前2つについては、クワイン関連の本のさわりを読んでいたとき→「論理実証主義」と「経験主義」と「ウィーン学団」と、國分功一郎『暇と退屈の倫理学』を読んでいたとき→あとで考えたいことの整理(合理主義と経験主義、ハイデッガーとスピノザ)と、近代について考えていたとき→近世哲学の祖としてのデカルト、数学と世界観

 新カント派、ヘルマン・コーエンについては、以前、森村修さんの論文を読んだとき→森村修「多様体と微分法」を読んでいく [3]/コーヘンと田邊元の「内包量」概念

 今回は林さんの言葉を借りながら、ラッセル、コーエン、田辺元の関係性をざっとおさらいしてみます。コーエンが微分哲学を提唱した時期は、数学から無限小が放逐される最終段階の時代であり、コーエンの微分哲学はラッセルから手酷い批判を受けることになりました。そして、コーエンの後継者であるナルトプが無限小を放棄して極限に置き換え、コーエン哲学をラッセルの批判から救い出そうとした。

 田辺元はといえば、ラッセルの数学的正しさを認めながら、それでも哲学者としてはコーエンのほうが深い、という姿勢をとったようです。これはナルトプがとった戦略の踏襲であった、ということも書いてあります。

 この田辺=ナルトプの戦略には重要な前提があったのだそうです。それは、数学と哲学はともに連続体について語りながら、別の真理をもつという二元論。自然科学の成功と哲学の劣勢を意識した新カント派特有の防衛戦略であるとか。

 文化科学を自然科学から区別したハインリッヒ・リッカートの場合は、歴史と自然という対象の違いを強調できたようですが、田辺元の場合、数学も哲学もともに語るのは「連続体」という同じ対象。にもかかわらず矛盾する二重の評価が可能なのは、外延量的連続体から内包量的連続体が区別されるから。

 ラッセルは、デデキント切断の2つの集合の対の左の集合だけを使って1つの実数を定義し、それの集まりとしての連続体を定義したわけで、田辺元の言葉でいえば、これは外延的に連続体を構成した、ということになります。それとは別に、微分が基本概念となる「内包的」な連続体があり、それこそが哲学者が問題とすべき「連続体」だ、と。

 外延的連続体と内包的連続体の区別は、新カント派を特徴づける二元論の表れだそうで、その後、哲学の歴史は、後者を語れぬものとして無視し前者の方向に進む英米系哲学と、後者を生の哲学のほうに伸ばし前者には触れもしないハイデガー的大陸哲学に分離した、ということのようです。

 ところが田辺元は、終生、二元論を捨てず、また、内包的連続体に拘った。

 このあと林さんは、『数理の歴史主義展開』から次の部分を引用しておられます。

「しかしもちろん、内包量が内包量のままで数学の対象にならぬことも、また否定せられない。数学としての困難が、これと外延量との媒介をいかに附けるかという点にあることは明である」

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