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数学と数学教育
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田辺元「数理の歴史主義展開―数学基礎論覚書―」のオープニング

 田辺元「数理の歴史主義展開―数学基礎論覚書―」は、次の1行から始まります。

 今日の数学が一般的にいって、公理主義の立場に立つものなることは改めて言うを俟たないであろう。

田辺元『哲学の根本問題・数理の歴史主義展開』/岩波文庫/p.219/ルビ略)

 最初の一節のタイトルは「1 数学基礎論・公理主義・証明論」。登場人物はカントール、ラッセル、ブラウワー、ヒルベルト、語句としては公理主義、二律背反、無限連続、集合論、論理主義、高次、直観主義、形式主義、証明論、超数学などが出てきます。つまりは、そういう歴史を3ページちょっとでざっと概観したうえで、公理主義が今日一般に数学界を支配するのは当然だろう、ということを述べた内容になっています。

 「後記」の日付は1954年なので、単純に引き算すると、田辺元が69歳くらいのときの文章のようです。実際、「…、今や一生の終に近い老学究の告白述懐として、…」といったことも書かれてあるので、つまりはそういう性質の覚書なのでしょう。

 続く「2 公理主義に対する連続体、切断概念の困難」では、ゲーデルとデテキントの名も出てきますが、ゲーデルはちょろっと出てくるだけなのに対して、やはりデデキントの切断概念は重要だと感じられます。

 ちなみに、文中で出てくる語句に対しては、巻末に、編者の藤田正勝さんによる注解が示されています。たとえば「デデキントの切断」だとこんなふうに…↓

デデキント切断 数学の基礎をなす実数の理論に不備があることに気づいたデデキント(Richard Dedekind, 1831−1916)は、『連続性と無理数』(一八七二年)において「切断」(Schnitt)という概念を導入し、連続を定義するとともに、実数が有理数と無理数からなることを示した。田辺は『岩波哲学辞典』(一九二二年)のために執筆した「切断」という項目のなかでこのデデキントの「切断」の概念について論じている(『田邊元全集』第一五巻四四七頁)。


 そんなこんなで、「うー、やはりここ(デデキントの切断)を理解するところから始めねばならないのか…」と思いつつ読み進めていくことになるのですが、そうこうするうち、デデキントの切断を理解しなくても田辺元の言わんとすることはわかると思えてくるので不思議です。でも、数学の話として読むならば、もちろんのこと、ここ(デデキントの切断)の理解は避けられないのでしょう。

 それにしても、やはりというか、なんというか、言葉遣いが独特でございます。

なぜならば、切断は極限の如く一方的に系列のそれに近迫する固定点ではあり得ない、もし単にかかるものに過ぎないならば、それは決して、それを挟み相対立するところの方向反対なる両系列を、飛躍的に転換媒介することはできぬからである。切断は相対立する反方向的系列を互に喰合わせ、交互否定の極「無」の底に沈めて、翻転的にこれを復活し、相浸透せしむる如き、絶対無の象徴でなければならない。それは決して、単に両系列の間に有として固定せられた同時存在的空間点ではなく、両系列の発展衝迫毎にそれが互に否定、交徹、循環する渦動の中心として、不断に更新せられるところの、無なる生滅転換点ないし振動点であるより外ない。

(p.225)
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