TETRA'S MATH

数学と数学教育
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takehikomさんのブログの記事のご紹介・3

 前々回takehikomさんから次のブログの記事のご紹介をいただいた経緯と、自分の立場について書き、前回、1つめの記事についての感想を書きました。


[OoM] かけ算の順序は,ネットde真実? (2014.09)
http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20140927/1411770003

[OoM] かけ算の順序を授業にすると〜イランとアメリカ
http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20141002/1412193761

[OoM] Re: ツイートするよりパブコメ出そう
http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20141030/1414618764


 2番目の記事は、それこそ今年5月の私の質問に対する資料提供をいただいたわけですが、すみません、もはやその気力がありません…(涙)。今回、感想は控えさせていただいます。

 というわけで、最後に3番目の記事について。私のブログの記事へのご意見、感想ですね。

 まず、「かけ算の順序」の明確な定義についてですが、現段階で私が示す定義が入り用な方は、むしろ、この件に関してパブリックコメントを出す必要はないと考えます。私がパブコメを促したいのは、すでにこの問題について関心をもっておられる方、なんらかの形で問題視をされている方です。それぞれの方が、それぞれの視点で意見を出してくださるとうれしいな、と思っています。「かけ算の順序問題」と言われてピンとこない方に対してまで、「お願いですからパブコメ出してください」とは申しません。

 で、そのあと結合法則の文脈の話が出てきていて、自分の問題意識にない話なので「?」となってしまったのですが、要は、用語の定義についての話の続きだったのですね。

 「かけ算の順序」という用語はおかしいということは、以前からtakehikomさんが主張されていたことだとうっすら記憶していますが、私がいう「かけ算の順序」は、かけ算の文章問題を解くときの式を、「1つ分の大きさ×いくつ分=全体の大きさ」と書くこと(「いくつ分×1つ分の大きさ=全体の大きさ」とは書かないこと)という、ただそれだけの意味です。そして、この問題に様々な事例を通して関心をもっている方々とは、「かけ算の順序」で話が通じると思っています。

 そして、「行き過ぎ」についてのご意見ですが、歴史的考察をすることや、日常見られる多様な用法と照合してこの問題を考えることはとても有効だと思うので、そのようなアプローチで算数教育の諸問題に取り組みたいという方には、是非そうしていただきたいです。

 大谷実さんの論文については、私は「比例について、算数と数学の接続を考えたい」という自分の目的意識にそって、必要なものをいただきました。Twitterのリプライによると、「協働」は今後takehikomさんが取り組みたいテーマのひとつであるようなので、特にそちらに意識が向かったということなのでしょう。
https://twitter.com/takehikom/status/537728398819201027

 で、そのあとのドン・キホーテですが、「照合が足りない」「資料収集が足りない」とtakehikomさんに言われてしまうと、もう返す言葉がありません。余計なことを書いてしまったと後悔しています。「こういうことをちゃんと考えて学習指導要領や教科書を作っているんだろうか?」と書かずに、できあがった学習指導要領そのものと教科書そのものについて考えればいいだけの話でした。ちゃんと考えたうえで学校図書の教科書のような比例の扱いになってしまったかもしれないわけですものね。

 たとえば、私が文部科学省に出した意見について、以下のような感想をいただいておりますが、後半に出てくる「別モデル」の話を読んで、(takehikomさんのお考えとはいえ)「すっごい!教科書ってそこまで考えているかもしれないの!?」と驚きました。つまり、順列のかけ算を「1つ分の大きさ×いくつ分」とは“別の”乗法と考えれば、矛盾はないという解釈なのですね。

[OoM] 「起こり得る場合」とかけ算
http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20141126

 最後は2chのお話。すごい、2chもリサーチしておられるんだ。というか、検索でひっかかってきたという感じでしょうか。文献のみならず、こういう市井の声(?)も大事ですよね。

 思うに、何か考えごとをしようとしたときに、偏りのない十分な情報を得て、読み、考察し、つなぎあわせていくのはとても大事なことだなぁ、とあらためて感じています。と同時に思うことは、どこまでやっても「これで十分」とはいえないんだろうな、ということ。

 また、情報って多ければいいってもんでもないなぁということも感じています(takehikomさんへの皮肉ではありません、念のため)。特にネットでいくらでも情報が仕入れられる今日、自分の情報処理能力をふまえ、そのときの目的意識をもって情報を選び(偏らせてという意味ではない)、仕入れたらいったん閉じた状態を作って、醸成させる時間をもつことも大事なのかもしれません。

 そのためには、良質な資料を得る努力と見極める能力(あるいは“勘”)も必要ですね。機会はたくさんあったほうがいいのでしょう。いろんな人からいろんなことを教えてもらい、そこから自分が選んでいく。

 また、ひとりの人間ができることは限られているので、それぞれが、それぞれの関心や目的意識で自分の問題に取り組み、つき合わせたり、受け継いでいったりして、みんなで考えていくことの意味も忘れずにいたいです。

 なお、この場を借りて付記させていただくと、教科書会社への意見提出(というか文部科学省へ意見を出したことの報告)はひとまず先送りしております。

 私は中教審の算数・数学専門部会で「式の意味」や「算数・数学教育における表現力育成とは何か」について議論していただきたい(「中央」の方々の意見がききたい」)のですが、そのためにいまできることは、文部科学省の通常窓口から意見を出すことしかありませんでした。お門違いといわれようとも、それしか思いつきません。なので、学習指導要領本文と検定教科書をもとにして意見を出しました(その他、文献1冊、横浜市教育委員会のサイト、学習指導要領解説の一部の内容も引き合いに出させていただきました)。

 あと、前回、takehikomさんは、判断に踏み込むことはあまりされないのかもしれないと書きましたが、きのうの記事では、はっきりと判断を記載されています。締めくくりの部分で「かけ算の順序問題」との共通点にも触れられています。

[OoM] 正方形は長方形・俺流まとめ
http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20141127

 以上、takehikomさんのブログの記事についての感想を書かせていただきました。今回、いちばんうれしかったのは、Twitterでブログの記事をご紹介いただいたことと、「機会があれば取り上げていただけると幸いです」と言っていただいたことでした。
「かけ算の順序」論争 | permalink
  

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