TETRA'S MATH

数学と数学教育
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takehikomさんのブログの記事のご紹介・2

 前回、takehikomさん(http://d.hatena.ne.jp/takehikom/)から次のブログの記事のご紹介をいただいた経緯と、自分の立場について書きました。


[OoM] かけ算の順序は,ネットde真実? (2014.09)
http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20140927/1411770003

[OoM] かけ算の順序を授業にすると〜イランとアメリカ
http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20141002/1412193761

[OoM] Re: ツイートするよりパブコメ出そう
http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20141030/1414618764


 今回は、1番目の記事の感想を書かせていただきます。おそらくtakehikomさんは、おもにまんなかあたりの話題を私に伝えてくださろうとしたと思いますが、せっかくなので全般的に。

 まず、すごいなぁと思うのは、来年度から使用される教科書をすでにひととおりチェックされていること。こういうこともやらずして文部科学省に意見を出している私は「出直してこい!」状態ですよね。教育学がご専門ではなく、いまの算数教育に異を唱えたいお立場でもない(と私は認識しています)のに、これだけのエネルギーを「かけ算の順序問題」投じておられることに頭が下がります。

 最初に出てくる「基準量」については、「×」から学んだこと@wikiに用語説明があります。  http://www49.atwiki.jp/learnfromx/pages/31.html

 takehikomさんは用語の定義および使い方その他もろもろ細かいことに厳しい方なので(大事なことですよね)、中途半端なことを書くとまたダウトと言われてしまうかもしれませんが、わかりやすさを先行させると、はやい話、文章問題のなかで「いくつ分」にあたる数が先に書かれてある文章問題は、教科書をはじめ教育現場にたくさん出てくるよ、という話だと私は理解しました。

 この話題は、高橋誠『かけ算には順序があるのか』を読んでいない方とも、共有できることでしょう。

 例に出されている「アメを配る」問題で言えば、1人あたりのアメの個数4個よりも、人数である7人が問題文の中で先に出てきています。こういう問題で児童が「問題に出てきた数値の順に並べてかけ算の式を書く」と「7×4」となり、「いくつ分×1つ分の大きさ」となっているので、“普通は”バツになります。

 ちょうどよい機会なので、現行の啓林館の教科書に触れておくと、2年下p.17は「いくつ分」を先に書いた問題“ばかり”が集められたページになっています。

「おかしのはこが4つあります。1つのはこには、おかしが5こずつはいっています。みんなで何こになりますか。」

「テープを4本つなぎます。テープ1本の長さは3cmです。ぜんぶで何cmになりますか。」

「あめを3こ買います。1こ5円のあめを買うと、何円になりますか。」

 最初の問題に対して、「しきは,4×5かな,5×4かな・・・・・・」というイラストの吹き出しがあり、その下に「1つ分の数は5で,その4つ分だから,しきは5×4になります。」という文章が示されています。ちなみにこのページのタイトルは、「かけられる数と かける数」。このページを学習したうえで問題を解く場合、当然のことながら「いくつ分×1つ分の大きさ」という式はバツにしなくては意味がありません。このバツは教師の考えではなく、教師用指導書の指示レベルでもなく、検定教科書が示している学習目標に添った評価です。

 takehikomさんは次のように述べられています。
かけられる数・かける数の意味を大事にする授業や教育評価に対し,数学や日常の使われ方を持ち出したり,「掛算順序強制」といったラベリングのもとであれこれ言ったりしても,算数教育に取り入れられることはなさそうで,その種の批判は「ネットde真実」と呼ぶのがよさそうに思っています.

 数学や日常の使われ方を持ち出して批判することは(そうしたい人にとっては)やってみる価値はあると私は思いますが、私自身はそのようなアプローチはとっていません。>「かけ算の順序」問題を解決するために、いま自分がやるべきこと(2)

 「算数教育に取り入れられることはなさそう」というのはまさにその通りで、だからこうしてtakehikomさんからドン・キホーテと呼ばれながら虚しくがんばっているのでした(笑)。あ、そうそう、余談ですが、以前、この比喩の真意がわからなかったので念のために検索したことがあり、そのときにこんなページも見つけていました(↓)。
http://howardhoax.blog.fc2.com/blog-entry-63.html

 これはこれで勉強になりました。が、「ドン・キホーテと比喩する場合はだいたいこんな感じの意味」という共通理解があれば比喩としては成り立つし、比喩というのはたいていそういうものなんでしょう。

 「ネットde真実」についてはリンク先の説明を読んだものの、かけ算の順序固定批判にこの言葉があてられている意味がいまひとつよくわからず…(「教育現場でかけ算を強制している」ということが妄想なのか、「かけ算に順序はない」ことが妄想なのか)。

 で、以上のこと(文献・資料でわかる現在の算数教育の状況)についてのtakehikomさんの意見(是か非か)は、この記事だけではわかりませんが、過去のあれこれを総合して考えると、たぶん「是」なんだろうな、と私は思っています。なお、Twitterで次のリプライをいただくことができました。「情報の理解」を根底に置かれているということなので、ゼロではないとはいえ、判断に踏み込むことはあまりされないのかもしれませんね。→https://twitter.com/takehikom/status/537728152726806528

 なお、私自身は、「いくつ分」にあたる数値が先に書かれている問題が教科書に掲載されるのは「ものすごくあたりまえのこと」と思っています。逆に、「1つ分の大きさ」にあたる数値が先に書かれている問題しか掲載されていなかったら、そちらのほうが“問題”だと思います。そして、啓林館のように、「いくつ分」にあたる数値が先に書かれてある問題ばかり集めてわざわざ1ページ割いているのは、「行き過ぎ」だと思っています。

 次に、まんなかあたりの話題について。「かけ算」関連でtakehikomさんのブログに予期せぬアクセスがあった話で、「かけ算の式」の各国比較の話題が出てきています。今年の5月ならとびついた話題ですが、もはやその気力はなく…。Tad Watabane さんのお名前が出てきていますね。以前、私のブログで話題に出させていただいた Tad Watanabe さんと同じ方かな?>二重数直線は、もはや Double Number Line (動画のリンクあり)

 そしてラストは、takehikomさんのブログの記事にまとまったアクセスがあったことを受けて、ベネッセのチャレンジ2年生についてのツイート取り上げられています。実物の画像は初めて見た気がするのですが、なるほどベネッセもここまでやっているのですね。

 ベネッセの画像についてのtakehikomさんの「補足」にある「ナンセンスではない」というのは、「ベネッセ独自の解釈ではなく、いまに始まった話でもない(その歴史は長い)」という意味だと私は捉えました。ということは、「かけ算の順序」問題の“初心者”に向けての解説でしょうか。「かけ算の順序」固定に強く異反対される方々は、ベネッセの画像にあるような考え方がいまは算数教育の主流であることをよくわかっていると思うし、それをわかったうえで「ナンセンス」と言っていると思うので。

 最後の6行については、特に後半3行について考え込みました。まずトランプ方式について。これは、「7人の子どもにあめを4個ずつ配る」とき、「Aさんに4個、Bさんに4個、…」と配るのではなく、まずひとりに1個ずつ配っていくと1回目に7個、さらに1個ずつ配っていくと2回目に7個、・・・4回配り終わったら1人4個ずつとなるので、「1回あたり7個×4回分」という意味で「7×4」と書けば、これも立派に「1つ分の大きさ×いくつ分」の式になる、という話です。

 つまり、答案に「7×4」と書かれてあっても、それを書いた児童は「1つ分の大きさ×いくつ分」の発想で式を書けているのかもしれないという解釈もできるわけですが、実際にどう考えてその式を書いたのかは直接きいてみないことにはわからないわけであり、「そう思って書いたかもしれないと解釈してマル」というのは確かにへんな話かもしれません。というか、そもそもそんなふうに考えて書かれたテストでの「7×4」がどのくらい実在しているのか。逆にいえば、この段階での式の意味って、そのくらいのものですよね。
 
 小学校低学年では、たし算・ひき算・かけ算・わり算といった基本演算を、ケタ数を増やしながら段階的に学んでいくようになっていて、各演算の学び始めで出てくるのは2つの数値と1つの演算記号だけです。そういう状況で「式の“意味”」を重んじたり「表現力」を育成させようとすると、出てくる数値の順番にこだわるくらいしかできないのではないでしょうか。となると、たし算やかけ算に順序があるという話になっていってもおかしくはないし、各種演算の中での分類に注意が向いてしまうのもしかたがないことだと思います。

 というわけで、「表現力の育成ってそういうことなの?」と問いかけをしたかったので、このたび文部科学省に意見を出しました(低学年の学習内容から「数量関係」の領域を削除することや、表現力の育成は高学年の課題にするべきだという意見を出しました)。

 takehikomさんは
「8×7」と書いたときに,先生から(黒板にその式を書いたときには他の子どもから),どう見られるだろうか,誤解されるのであれば「7×8」を選べるようになろう,というのが,個人的には2010年あたりの見解です.
と書いておられますが、これはおそらく、かけ算の意味がわかっている児童が、自分の考えのもとに「8×7」と書こうとしている場合を想定した話なんだろう、と解釈しました。期せずして、先ほどの共通理解(ドンキホーテの比喩はだいたいこんな感じの意味で使われる)につながる話だと感じられました。

 私は、こういうことを考える余裕のある児童のために「かけ算の式の順序固定」があるわけではないと考えていますが、かけ算の式の順序固定に強く反対される方々も、こういう「わかっている児童」の答案にバツがつけられたときのマイナス面を懸念しておられるのかもしれませんね。

 ちなみにきのう、現在中1の娘に、かけ算の式に順序についてきいてみました。娘いわく「“ずつ”のほうを先にすればいいから、どういう式を書けばいいかはわかったけれど、なぜ、それを先に書かなければいけないのかはわからない」とのことでした。

(つづく)
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