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数学と数学教育
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いったん別の論文をはさみます/算数と数学の接続をはかる比例の学習

 筑波大学附属小学校算数研究部企画・編集の『算数授業研究 VOL.80(かけ算を究める)』(2012年)を読んでいる途中ですが、いったん別の論文をはさみます。



 少し前に、Twitterから得られた情報をもとにして、次の論文を知ることができました。

算数と数学の接続をはかる実践家と研究者の協働的デザイン研究
「文化-歴史的活動理論」に基づく比例の学習指導を例として
大谷 実/金沢大学

http://ks001.kj.utsunomiya-u.ac.jp/~math46/otani.pdf

 現在、小学校では、5年生で比例とはなんであるかの“さわり”を学び、6年生でグラフと式、反比例を含めて比例を学習します(ここ三代の学習指導要領の移り変わりについては、小学校での比例・反比例の扱い・1をご覧ください)。

 大谷実さんは「2.比例の指導内容の概観」の最初で、こう述べられています。
 比例は第 5 学年でその用語も含めて素地的な指導が,第 6 年で正式に指導されるが,その考えは,かけ算の学習から暗黙的に用いられ,小数・分数の乗・除法,単位量あたりの大きさ,割合,比,面積や体積の求積公式にも関連する.
 この「(比例の)考えは,かけ算の学習から暗黙的に用いられ」ということについて、これまでずっと考えてきました。さらに、大谷実さんが「内比・外比」という言葉を使って語っておられることについても、しつこく考え続けてきました。

 大谷さんが言うところの内比とは、「xの値が2倍、3倍、…になると、それにともなってyの値も2倍、3倍、…になる」というふうに、xの値どうしの比、yの値どうしの比のことで、小学校ではこれが比例の定義になっています。

 一方、外比というのはxの値とyの値の関係を式で表すときの比のことで、y=axという式を使って比例を定義する中学校は、まさにこの外比に注目していることになります。比例は、小学校と中学校では、定義が異なっています。

 xとyの関係を横長の表に表した場合、「横の関係」が内比、「縦の関係」が外比ということになります。そのことを、比例の対応表についてさらにつっこんで考えるなどで書いてきました。

 大谷さんは、
その際,数表,式,グラフの中で,児童は,外比を避け,数表を用いて内比で,横にみる傾向が強い
と書いておられますが、傾向が強いというより、そのように指導されてきているのだと思います。

 さらに読み進めると、
小学校の式 y=(決まった数)× x は,データを操作する一般的な規則(公式)である.中学校の式 y=ax は,すべての対(x, ax) からなる集合を表す静的な対象となる.対象であるがゆえに,「比例 y=ax は」という,主語としての表現が使用される
とあり、この話は遠山啓が関数の導入教材として「ブラックボックス」を提唱したこととつながると私は思いました。(なお、数教協的には“シェーマ”というべきところなのですが、もう「教材」と呼ばせていただきます)

 そして、
現行学習指導要領では,関数領域が新設され,第1学年で関数の概念を学ぶ.このことは,比例を関数として捉え直し,小学校で劣勢であった外比の見方を強調し,式で考えることへと誘う役割を果たす.
と述べておられます。

 まさにその通りで、小学校ではxとyの関係を示す式から比例をとらえることは「劣勢」です。前回の指導要領改訂で、比例の学習の一部が中学校から移行されていますが、あいかわらず「式」の意味するところは劣勢であり、しかもその段階で学校図書は「y=きまった数×」と「y=x×きまった数」の2通りの式を教科書に載せているのです。

 なお、「y=x×きまった数」が何を示しているかは、教科書だけではわかりません。その直前にある問題が「三角形の1辺の長さと周りの長さ」の比例関係なので、おそらく(1つ分の数)×(いくつ分)の「いくつ分」を3に固定すると、「y=x×3」になるということが言いたいのではないかと想像しています。つまり、最初から与えられている「3」を「外比」とする比例関係を考えていることになります。

 ちなみにこの外比と内比は、4マス関係表とも関わってきます。>二重数直線について思うことのまとめ(2012年夏)・5/「4マス関係表」のこと

 で、1あたり量や帰一法に重きをおく数教協の考え方でいくと、小学校の段階から中学校方式(大谷実さん言うところの外比)に焦点をあてて比例を学習するのが筋だということについて、そうなると話は比例の定義・導入に集約されていくで書きました。

 大谷実さんの論文の記述にいちいち頷いてしまうわけですが、果たして現在の算数教育のメインストリームをなしている方々は、こういうことをちゃんと考えて学習指導要領や教科書を作っているんだろうか?という疑問がわいてしまいます。

 なお、「文化-歴史的活動理論」以降の部分をとばして最後の部分を読むと、
教師は「今までのかけ算っていうのは,実は比例だった」とまとめた.
という記述があります。

 このまとめに Yes というのか No というのかを、算数教育を専門とされる方々にきいてみたい……ということを、『算数授業研究VOL.80』を読む前に書いていたのですが、少なくとも杉山吉茂さんはYesと言われることがわかりました。他の方もNoとは言わないでしょうが、意識の度合いは様々かもしれません。

 ただ、「ちゃんと考えているか?」というと、やっぱり、あまり考えてないんじゃないだろうか…と思ってしまうのです。教科書を作る人、そして学習指導要領にたずさわる人も。そして、ごく一部をのぞく現場の先生方も。私のこめかみが保護者会でぴくついても無理はない状況ではないでしょうか。

 「リアルタイムの授業」をのぞんでいる私は「俯瞰する系統的学習」に懐疑的ですが、そうはいっても、カリキュラムなしというわけにはいかないだろう、という分別はもっています。

 だったら、ちゃんと考えてほしい。ちゃんと考えたら、もうちょっと「算数教育、ここ苦しいな…」「比例ってむずかしいな…」「かけ算ってむずかしいな…」と思うはずだし、謙虚さが生まれるはずなのに、その苦しさが伝わってこないまま、方法論だけ開発されていっているような気がします。

 低学年から高学年をつなげる"とじひも”が二重数直線だなんて、あまりにも能天気でお粗末だ。

 子どもたちに「意味」「意味」としつこく言うなら、自分たちも「意味」を考えないと。

(つづく)
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