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数学と数学教育
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大学の「大綱化」(1991年)が引き起こしたもの/芦田宏直『努力する人間になってはいけない』第7章(3)

 芦田宏直『努力する人間になってはいけない―学校と仕事と社会の新人論』(ロゼッタストーン/2013年)の

   第7章 学校教育の意味とは何か
       ------中曽根臨教審思想から遠く離れて
       (個性・自主性教育はいかに間違ったのか)

を読んでいます。



 思えば自分自身が大学生だったのはもう30年も前のことであり、ここ10数年は仕事としても保護者としても、小・中学校にしか縁がありません。それ以前は仕事関係で高校生や大学生と触れる機会もあったし、大学関係者の知り合いもいたので、大学の様子をきいたり、シンポジウムやレクチャーにもぐりこんだりすることもありましたが、最近は高校生・大学生と接触することがほとんどなく、特に大学についてはよくわかっていませんでした。

 で、芦田さんのこの本を読んでいると、「最近、大学ってどうなってるの??」という気持ちになってきます。分数ができないとか(←ふるっ)、小・中・高なんとかしてくれとか言っている場合ではなく、高等教育は高等教育の問題を、高等教育の問題として考えていかなくちゃいけないんでしょうか…って言いたくなります(>2002年の指導要領の動きをふりかえる)。でも、きっと考えられているんでしょうね。そして、私に興味・関心がなかったから耳に届かなかったのですね。

 第7章の第3節のタイトルは「〈シラバス〉はなぜ機能しないのか-----大綱化運動の経緯と顛末」となっています。同じ主旨の文章を「芦田の毎日」で読めます。↓
http://www.ashida.info/blog/2011/01/post_401.html

 なお、途中でBizCOLLEGEへのリンクがありますが、このリンク先の"「オンライン自己」という現象”が、第9章と関わってきます。第9章の感想は生活ブログでカテゴリーを作って書いています

 本では「個性主義」という言葉が生まれた背景も書いてあって面白いです(p.213〜214)。芦田さんいわく、もともと〈個性〉教育という言葉(正確には「個性重視の教育」)は、日教組対策を横目で見ながら臨教審第一部会に集まった自由化論者たちと、第三部会の公教育規制派との対立の落としどころ、妥協の産物にすぎない、と。
 
 「個性主義」という言葉は「教育の自由化」と同じ意味を有していたが、「自由化」という言葉が教育現場で逆手にとられて職場規律を乱す行動を認める根拠になる恐れも含めて、「日教組が主張する『教育の自由』と混同されるのをきらったための"窮余の策"」(大森和夫)の言葉だったらしい、と。

 だから90年代以降の学校教育論における「個性」主義は、まともに機能するはずがなかった、と芦田さんは指摘します。そして問題なのは、自由か規制かではなく、(寺脇研が感じ取っていたように)中曽根臨教審の根本思想は学校教育=生涯学習論だというところにある。そのことを、芦田さんのこの著作は、いろんな角度から検証しようとしているのだと私は理解しました。

 で、大学の「大綱化」(1991年)の話が出てくるのですが、私は1987年に大学を卒業しているので、私の卒業後ということになります。芦田さんは、カリキュラムや科目設置の自由化がこの「大綱化」から謳われ、その分、大学は教育内容自体を自ら検証する必要が生じ、それが詳細なシラバスによる授業内容の公開だった、と解説しておられます。

 しかし、このシラバス運動はうまく機能しなかった。それは、80年代後半の中曽根臨教審路線に乗っかった個性教育・自主性教育路線が、大綱化によるカリキュラムの自由化の主旨を選択制強化へとねじ曲げてしまったから。

個性尊重、自主性尊重が、いつのまにか教育内容自体を、学習の対象と言うよりは自己表現の対象にすり替えてしまったのである。

(p.213)

 大綱化(カリキュラムの自由化)は、4年間のカリキュラム全体の目標を明確化し、その人材目標から、各科目編成、科目内容を定めなさいというものだったのに、それがいつのまにか選択制、コース制、専攻制などの「自己表現」カリキュラムに変貌していった、ということのようです。だからシラバスは、科目間連携(縦の専門ヒエラルキー連関、横の科目連携)の教員間検証資料とならずに、もっぱら選択科目登録のための学生サービスに成り下がった、と。

 で、このちょっと先で、「討論型、体験型授業の流行」という話が出てくるのですが、このような授業の形態は、演習、発表型、調査型、議論・討論型、体験型、ワークショップスタイルといったものになり、古典的な講義スタイルで授業をコントロールできない教員には救いの神だった、とも書いてあります(次回、もう少し詳しくみていきます)。

 というのは大学での話でしょうが、私が思うに、小学校の教員にとっては「救いの神」になりえなかったのではないか、と想像しています。小学生たちを相手にアウトプット型能力を養う形の授業を成立させるには、相当な力が先生に求められるのではなかろうか、と。いわゆる総合的な学習をどうもっていくか、ということです。ちなみに指導要領がどうあろうとも、できる先生はもう各教科のなかで総合的な学習をやっていたんじゃないかと思うし、できない先生は指導要領が変わっても急に「総合的な学習」はできないんじゃないかと思うわけであり。少なくとも小・中学校では、「古典的な講義スタイル」のほうがラクなんじゃないでしょうか、どうでしょうか。高校もそうかな?

 ところで私は、大学はともかく、小学校ではそのような授業を推奨したいと思っているのです、やはり。本を読めば読むほど芦田さんに共感するのに、自分は考え方が間違っていたとはどうしても思えないのです。それは高等教育と初等教育の違いでしょうか。いや、そうじゃないはず。芦田さんのおっしゃる「塀で囲まれた場所」での学校教育の意義は、時間を拘束されていることにも意味があると思うわけであり、長い長い時間かけて行われる〈学校教育〉は、まさに小学校から始まっているのだから。

 なお、すでに書きましたが、私は西川純さんが提唱するところの(固有名詞の)『学び合い』の内容はまったく知りません。芦田さんは学び合いという言葉を「まえがきにかえて」で二重かっこつきで出されているほか、第9章の本文(講演を記録したものだからか一重かっこになっている/p.326)でも出されていますが(なぜか講演者が聴衆から学ぶという話になっている、あと〈学び〉という変な自動詞はたぶんリクルートあたりが流行らせたとも書いてある)、芦田さんのいう「学び合い」がどういうものか疑問符が立っています。が、このあたりについては、また別の流れで考察したいと思っています。

 とにもかくにも現在の教育問題を考えるならば、少なくとも1980年代終わり頃から考えなくてはいけなかったのだ、としみじみ感じています。「生涯学習」という視点があると、いろいろなことが考えやすくなります。

(つづく)

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