TETRA'S MATH

数学と数学教育
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芦田宏直『努力する人間になってはいけない』の感想を、こんなふうに書いていきます。

 これから、芦田宏直『努力する人間になってはいけない―学校と仕事と社会の新人論』(ロゼッタストーン/2013年)の感想を、次のように書いていきます。(なお、本から察するに、芦田さんの「芦」の字は、くさかんむりの下にそのまま「戸」を書く漢字だと思いますが、出し方がわからなかったので、ブログでは「芦」で表記させていただきます。)

 最初にお伝えしておきたいのですが、私はこの本の「まえがきにかえて」と、第1章の40数ページしか読んでいない状態で、第7・8・9章の感想をブログに書こうとしています。

 他の章を読めば、おのずと第7・8・9章の感想も変わってくることでしょう。しかし、他の章を読まない状態で書かれる第7・8・9章の感想というのもあるのではないか、と思っています(書いていけないことはないだろう、と)。

 ただし、感想を書く途中で他の章もぱらぱらとめくってしまうかもしれません。それはそれとして、とりあえず全部は読んでないし、まして熟読はしてないよ、ということをはじめにお伝えしておきます。

 なお、章立てに関しては、上記リンク先のAmazonページの「なか見!検索」をどうぞ。

 それで感想の書き方なのですが、第7章についてはこのブログ[数学教育ブログ:TETRA'S MATH]で、第8章については[親子ブログ:こどものちかく、親子でちょっとトーク]で、第9章については[生活ブログ:TATA-STYLE]で書いていきます。いまのところ並行して書いていくつもりでいます。〔2018年4月30日追記:ブログ整理につき親子ブログと生活ブログの記事は削除いたしました〕

 第7・8・9章の章タイトルを、副題も含めてもう一度書き出しておきますね。


  第7章 学校教育の意味とは何か
      ―― 中曽根臨教審思想から遠く離れて
         (個性・自主性教育はいかに間違ったのか)

  第8章 キャリア教育の諸問題について
      ―― 学校教育におけるキャリア教育とは何か
         (ハイパー・メリトクラシー教育批判)

  第9章 ツイッター微分論
      ―― 機能主義批判と新人論と

 

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