TETRA'S MATH

数学と数学教育
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芦田宏直さんに出会った経緯と、第一&第二印象

 カテゴリーを迷って、とりあえず「学校教育」という地味で大雑把な名前のカテゴリーを新設しました。続けて書けそうだったら途中でカテゴリー名を変えますね。

 さて。

 数ヶ月前、芦田宏直さんという方を知りました。おおもとは、米田智彦『デジタルデトックス』にイリイチが出てきていたので、イリイチで検索をかけるうちに、山本哲士さんのレクチャーの動画を知り、山本哲士さんで検索をかけているときに、芦田宏直さんのこのツイートを知ったのがきっかけだったと思います。なお、この山本哲士さんとあの山本哲士さんが同一人物なのか同姓同名なのかいまでもわかりません。

 で、品のないツイートだなぁとは思ったものの、Twitterの独自性について津田大介さんがこんなこと言ってるし、少し気になったのです。

 そうこうするうち、Twitter経由で西川純さんという方を知り、この方が(二重かっこつきの、いわゆる固有名詞的な)『学び合い』というメソッドを提唱されているらしいということを知って、あ、そういえば芦田さんのツイートにあった「学び合い」という単語はこれのことだったのかしらん?と思い、芦田宏直さんのツイートをまた思い出したしだい。

 で、ツイートを読みにいって、ひとつふたつのツイートで判断してはいかんなと思いなおし、なんだか気になるので『努力する人間になってはいけない―学校と仕事と社会の新人論』を図書館で予約したのです。Amazonの「出版社からのコメント」欄にあった、「ここまで書けばあと何が必要だというのだ。一冊も売れなくてもいいくらいに私自身が気に入っています」という文言も背中をおしてくれました。

 なお、芦田宏直さんは西川純さんと『学び合い』をめぐってやりとしりたことがあるようで、そのことは芦田さんの非公式RTで知りました。みんなやっぱりエゴサーチやってるんですね。私自身は『学び合い』がどういうものかはまったく知りません。とりあえず脇に置かせてください。

 で、先日、『努力する人間になってはいけない』が私の手元に届いたしだいです。おそらく次の予約の人がいると思うので、借りられる期間は2週間。その間にどれだけ読めるかがんばってみます。

 ちなみにこの本のタイトルが何を意味しているのか気になる方は、図書館で借りるか購入するかして読んでみてくださいね(このブログではそのあたりは触れないことになるかと思います)。

 最初に、私の芦田宏直さんへの第一印象を書いておこうと思います。その印象とは、「よくわからない」という身も蓋もないものでした。言っていることがわからないのではなく、自分はこの人とどうつきあったらいいのかわからない、という感じです。直感がはたらかない相手というか。だから『努力する人間になってはいけない』も、どれ、ちょっとのぞかせてもらおうか、という感じで予約しました。

 そして「まえがきにかえて」を読み始めたとき、また「ん??」となりました。これまで出会ったことのないタイプの文章。だけど「まえがきにかえて」を読み終わるころには「なるほどね」と思いました(この意味についても、本を読んだ方にはわかるかもしれないし、もしかしたら私独自の感覚かもしれません。今回は割愛します)。

 そうして読み始めたはいいけれど、こりゃ全部読むのは大変だな…と感じて、自分がいちばん興味のある第7・8・9章をのぞくことにしたのです。ちなみに章タイトルは次の通り(副題は省略)。

 第7章 学校教育の意味とは何か
 第8章 キャリア教育の諸問題について
 第9章 ツイッター微分論

 で、ぱらぱらっとのぞいているうちに…またまた戸惑いを感じたわけであり。「これ、どう読んだらいいの、読み込んだほうがいいの…!?」というふうに。このまましらんぷりして通りすぎるという道もあるかもしれない…とまでは言わないけれど、うーん、ちょっと待って、という感じがありました。なんというのか、自分の中身が予想外に揺さぶられそうな快感と不快感(緊張感)がないまぜになったような感じ。

 そして、いったん本を閉じて、Amazonのカスタマーレビューを読みにいきました。中西大輔さんという方のレビューです。痛烈な機能主義批判…ふむ。

 この日は中西さんのレビューしか読まなかったのですが、その後、山本啓一さんという方のレビューも読みました。本の感想だけでなく、山本さんの芦田宏直遭遇体験も書かれてあって面白いです。

 さらに、あとでまた触れますが、本間正人さんとのトークセッション(https://www.youtube.com/watch?v=k4X9uJCeUws)も発見して、そのオープニングの話をきき、やっぱりそういう人(この場合は本ですが)なんだと思ったしだい。ある種の苦味をともなう身体感覚を催させる本。あるいは人。

 ちなみに本間正人さんは、トークセッションをするような相手でありながら、Twitterで芦田宏直さんをブロックしているそうですよ。芦田さんのツイートは読んでいるんだけれど、芦田さんのペースで茶々を入れられたら自分の社会生活が破綻する、と。経験ないけど、なんかわかる気がする。

 とにもかくにも、「な、なにこの人!?」というところから芦田体験をした人ってけっこういるんじゃないか…と思えてきました。自分はこの人を好きとか嫌いとか、敵とか味方とか判断する前に、なんか「気になる存在」になっちゃってる。そして書いていることをある程度の量読むと、「あ、この人大事なこと言ってる…」と気づくというか。たった1つの品のないツイートでシャットアウトしなくてよかったなぁといまは思っています。

 上記のトークセッションの質疑応答の時間で、キャリアコンサルタントの方がこてんぱんにやられて(と私は感じました)お気の毒だなぁと思う一方で、芦田さんの言う通りだと私も思いました。ここで妙に相手に気を遣うことは、キャリアコンサルタントが学生に対して気を遣うのと同じ構図で、言うべきことははっきりそのままの形でシンプルに、そして強く言わなくちゃいけない、そういう姿勢を感じました。

 これを書いている時点で私はまだ、第7・8章を、最初から最後までは通して読んでいません。第9章を読んだ段階で、このエントリを書いていいGOサインが(自分のなかで)出ました。そして、勇気を出して(!?)第7章も読まねばならない、という気持ちになっています。
芦田宏直『努力する人間になってはいけない』第9章 | permalink
  

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