TETRA'S MATH

数学と数学教育
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「数学」と「現実」

 2つ前のエントリ遠山啓『代数的構造』から、いまいちど遠山啓の数学観と、ピアジェの構造主義を覗く。において、「数学は現実とは関係ない」という主旨の発言をときどき見かけると書きましたが、そう書いてよかったのかな…?と自分で不安になったので、あらためて心あたりの発言を読み直したら、微妙に意味が違っていたので、微妙に文章を書きかえてあります。

 あくまで一例なのでリンクはひかえますが、このような感覚は、それほど珍しいことではないですよね、きっと。

 先日、別件で自分のブログを読み返してみたら、こんなエントリがありました。無関係な話ではないと思うので、この機会にリンクします。「数学無用論と数学至上主義の根底にある数学観は同じ」という話が含まれています。↓

遠山啓『文化としての数学』からの抜粋・04

 一方で、算数が(学問としての)数学とは別物になっていることが指摘されたり、ガラパゴス性を指摘されたりすることもありましたね。↓

「算数のガラパゴス性」という表現について考える。

 この指摘が同時に(あるいは同じ立場の人から)行われる場合、その根底には、「学問としての数学は実社会とつながっている」という数学観があると思ってもいいのでしょうか。だとしたら、ちょっと勇気の出る話です。ただし、実社会(あるいは現実)とつながっていることと、卑近な実用主義になることとは全然別の話、ひょっとすると正反対かもしれない、と思っています。

遠山啓には、何が見えていたのだろう

算数・数学が「生活」の「役に立つ」ということの意味
遠山啓 | permalink
  

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