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数学と数学教育
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遠山啓『代数的構造』「第6章 構造主義」から派生して、鈴木健と坂口恭平の“建築”観の違いまで

 2つ前のエントリで触れた、遠山啓『代数的構造』[新版](日本評論社/1996年)の第6章について読んでいきます。中心テーマについては何度も書いてきたので、繰り返しになるかなぁ…と思いきや、後半では、いまだから書けることを書くことになりました。(^^)

 遠山啓『代数的構造[新版]』の章立ては次のようになっています。

   第1章 構造とは何か
   第2章 数学的構造
   第3章 群
   第4章 環と体
   第5章 ガロアの理論
   第6章 構造主義

 そして第6章は、次のように始まっています。
 最近“構造主義”が注目のまとになっているが,それは数学的構造が浅からぬ関係をもっているといわれているので,そのことに言及しておくことにする.
 これまで述べたように,数学的“構造”は現代数学のきわめて強力な武器であることがわかった。しかし,はたしてそれは万能であろうか.

 筑摩書房の『代数的構造』は1972年発行なので(2011年に文庫が出ているようですね)、だいたいそのくらいの時期の話なのではないかと推測しています。

 遠山啓は、時間的というよりは空間的である点に、「構造」の最大の特徴があるとしています。ブルバキが建築物にたとえたことからもわかるように、それは空間的であり静的である、と。そしてそこに、構造の限界を見出しているようです。

 空間的なものと時間的なものの対立を数学という学問のなかで考えるときに出てくるのは、微分積分学。それは誕生のはじめから時間的という刻印をおされていた、と。当然無限の問題に出会ったけれど、その無限はカントール(遠山啓はカントルと表記)の空間的な“実無限”ではなく、アリストテレスの時間的な可能性の無限であった()。
 そして微分積分学から始まった近代解析学も,やはりカントルが出現するまで長いあいだ可能性の無限の上に安定し得た.カントル的無限を考え出す能力が数学者になかったからではなく,学問の発展そのものがそれを要求しなかったからである,といってよいだろう.
(p.228〜229)

 以上は「6.1 空間的と時間的」のおおよその内容であり、次に「6.2 開いた体系,閉じた体系」と続いていきます。

 たとえば微分積分学で関数y=f(x)を考えるとき、その定義域ははじめから厳密に定義されているわけではなく、f(x)=a^x (aは正の実数)という指数関数を例にとっても、はじめのうち、xは正の整数に限られていたが、それが0や負の整数まで拡張され、さらに有理数から実数へ、実数から複素数へ拡張されていった。

 このように関数の定義域は必要に応じて、いくらでも拡張できるという本性をもっている。換言すれば微分積分学における関数の定義域はいちど定めたら未来永劫に変わることのない閉じた体系ではなく、必要に応じていくらでも拡張できる“開いた体系”なのであった、と書いています。

 こういう話をきくと、遠山啓が関数の“シェーマ”としてブラックボックスを提案したことも、なるほどねぇと思えてきます。関数を写像、対応関係でとらえるときに、2つの縦長楕円のなかにそれぞれ要素を示して、それらを矢印で結ぶような図が用いられることがあるかと思いますが(ウィキペディア:全単射など)、この図の場合、入力の要素と出力の要素をそれぞれ枠でくくってあり、それは“閉じた体系”のイメージです。しかしブラックボックスでは入力側の要素と出力側の要素を枠でくくる必要がなく、逆に、関数のほうが実体化しています。

 そして、微分方程式の解の定義域をはじめから見通すことは不可能であることや、複素関数論において、無限べき級数によって定義された関数が、収束円の外まで解析接続して定義域を広げていけることができる話なども示されています。

 さらにガロア理論も例として出てくるのです。ガロア理論では、はじめに定めた基礎体の枠を固守することが目的ではなく、それをいかに拡大していくかが目的となったのであり、典型的な代数的構造のひとつである体すらも拡大を余儀なくされる、という内容のことが書いてあります。「その意味では,構造を建築物にたとえたブルバキの比喩はあまり適切なものとはいえなくなる.」とも。

 そのあと、建築物といえども完全に空間的なものであるかどうか疑問だし、それをつくる建築家の眼からみればそれは時間的なものであり、どういう手順で造っていくかが重要になってくる、と話は続きます。

 また、手順、手続きは数学的にいうとアルゴリズムであり、アルゴリズムは時間的なものであること、数学はこのアルゴリズム的なものを決して排除することはできないこと、について触れています。

 さて、ここでいったん本を離れます。

 少し前にとりあげた鈴木健『なめらかな社会とその敵』に対する森田真生さんの書評において、建築の話が出されていました()。もう一度↓

http://honz.jp/23020より
複雑な世界とつき合うために、膜は世界の複雑さを縮減する。一方で、世界の複雑さをそのまま環境の方に押し付けてしまう、という手がある。認知的な負荷を環境に散らすために、自分でしなくて済む計算を、環境の方に押し付ける。自分で計算をする代わりに、環境がうまく計算をしてくれるように、環境を作り替えてしまう。これこそ、複雑さとつき合うために生命が編出した「第二の手段」であり、筆者はこれを、広い意味での「建築」と呼んでいる。

 鈴木健さんに関わる建築の話では、具体的な建築家として荒川修作がよく出てくるという印象があります(というか、そのほかの建築家の名をまだきいたことがない)。なお、鈴木健さんも森田真生さんも、三鷹天命反転住宅の元住人とのこと。

 一方、前回話題に出した坂口恭平さんは、建てない建築家です。モバイルハウスというものもつくっているのですが、これも“建てる”ものではありません。私にとって坂口さんの仕事は、究極というか根源的というかオルタナティブというかプリミティブというか、とにかくある意味で画期的、ある意味で本来的な建築家の仕事であるように感じられます。それは、空間を見出すという形で空間をつくるということ。あるいは、空間を見出したりつくったりしたりしている人を見出すということ。

 私は、鈴木健さんもphaさんも坂口恭平さんも、同時代のなかで生きていることをしみじみ感じているし、考えていることはほとんど同じだと思っているのですが、実際に採用している(採用しようとしている)方法が異なっていることが、ようやく見えてきました。だから、鈴木健さんの提案に大きな拍手を送りたいと思いながらも、どこかに不安を感じていたのだな、と。

 このあたりについては、生活ブログの「じわじわしみ出るパブリック」の後半でまとめてあります。つまり、森田真生さんの言葉を借りていえば、鈴木健の“建築”観は、人間の認知的負荷を散らすために環境を変えてしまうこと(具体的にはPICSYや分人民主主義といったシステムの実装)であり、坂口恭平の“建築”観は、人が自身の解像度を上げて空間を見出すことであり、したがって、環境やシステムは一切変える必要がないということになります(変わらなくていいということではなく“変える”必要がないということだと私は捉えています)。

 そしてこのことは、部分と全体、あるいは局所と全体に関わってくると思っています。実際、遠山啓の第6章、つまり「構造主義」についての語りの最後の部分ではピアジェの構造主義論が紹介されていて、「要素なき全体か、全体なき要素か、という問題設定そのものが誤りである」というピアジェの考え方が示されています。遠山啓は、「構造主義がややもすると陥りがちな硬直からそれを救い出して、その生産性を回復するために書かれたと思われる」として、ピアジェの構造主義論を紹介しているのでした。

(つづく)
遠山啓の「量の理論」 | permalink
  

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