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数学と数学教育
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結城浩『数学ガール/ガロア理論』を手にすることになった意外な経緯/滝とリゾルベント

 先日、結城浩『数学ガール/ガロア理論』を購入しました。意外といえば意外な経緯でしたが、手にしたいまとなっては、なぜいままで読まなかったんだ〜!と自分で自分を問い詰めたい気分。(そういうタイミングだったんだよぅ、きっと…;_;)

 そもそものきっかけは、Twitter経由で林晋さんの次の論文を知ったことでした。

「澤口昭聿・中沢新一の多様体哲学について
      ―田辺哲学テキスト生成研究の試み(二)―」

http://www.shayashi.jp/
tayotaitetugakuhihanCorrected20130204.pdf


 私は澤口昭聿さんや中沢新一さんが何を語っているかを直接には知らないので、批判的検討の中身を突っ込んで考えることはできなかったのですが、だとしても私にとって興味深い内容を扱っている論文だなぁ、と感じました。たとえばこういう記述など↓
それは西田哲学批判以降、田辺哲学の中心テーマのひとつであった「積分的であることを拒否し、微分的であることに徹する」という立場に反する。
(二六頁)
田辺は、常に時間の空間化を批判した人である。彼にとって「時間軸」というものは、決して大域的に鳥瞰することは適わないものなのである。それが出来るのは田辺哲学ではなく西田哲学であって、それが、田辺哲学が、積分的でなく微分的であるということなのであった。
(六三頁)

 ほんでもって、ざーっと読んでいるときに、「滝」という言葉が目に入ったのです。
中沢が引用した『差異と反復』の一節で、ドゥルーズは、「どのような個体性[個性]も、強度的であり、したがって、滝のように落ちるものであり」と書いているが、この「滝のように落ちる」状況を無限の時間進行とみなす位相構造の上で作ってやりさえすれば、直観主義的な集合論を作れるのである。
(六四頁)

 この「滝」という言葉に脊髄反射してしまった私。なぜなら、ドゥルーズ『差異と反復』第四章の前半から気になるところを抜き出しておく(1)のなかの、次のメモを思い出したから。
【メモ】 アーベルとガロアが、カントの外在主義を超克したこと。解決可能性は問題の形式から生じねばならぬとする方法(与件が解の芽を含む)。基となる体から出発する体への継続的な添加、「部分分解式」の滝、「群」の入れ子構造→解を、問題の諸条件そのものから生じさせる。
 ここで出てくる「部分分解式」の滝、という言葉が妙に気になっていたのです。まずは部分分解式の意味がわからなかったし、「滝」という(普通に考えると文章のなかで浮いている)表現がなんだかひっかかっていたから。なお、私の頭のなかで「滝」という言葉はすぐに「カスケード」に変換されました。免疫で出てきたカスケードの原理のことを思い出したので(>インターロイキン「つたえもん」)。

 カスケードには「分かれ滝」という意味があるようです。だから、単なるウォーターフォールではないのだと思います。1本でドドーンと落ちていく滝ではなく、ある部分にいったん落ちて(ひっかかって)そこから分かれて(あるいは分かれずに)また落ちて…という、段階的な滝のことなんだろうと思っています。この写真みたいな感じ↓
http://www.freemages.co.uk/browse/ photo-949-cascade-langevin.html

 で、その後、友人からメールをもらった話も書きましたが()、この友人が、最近、Twitterでやりとりさせていただいているyanozさん(https://twitter.com/yanoz)です。あのとき、該当箇所は原書ではune cascade de << resolvantes partielles >>となっていることを教えていただいたのに、「滝」に脊髄反射した私は邦訳も手元にない状態で自分のイメージだけであれこれあれこれ考えてしまい、すっかり袋小路にはまってしまい、Twitterで恥ずかしいつぶやきを残すことになってしまったのです。(^^;

 また、あのとき別の(?)レゾルベントを見つけてしまったのもいけなかったのかもしれない。たぶん、レゾルベントって、「分解」とか「解決」とか「解くこと」という意味がある言葉で、一般名詞に近いものなんでしょうね。で、yanozさんとお話しさせていただくなかで、ガロアに関連するレゾルベントだとわかり(邦訳にそう書いてあるじゃん!!>私)、検索をかけていくうちに、『数学ガール/ガロア理論』でラグランジュ・リゾルベントが出てくることを知ったしだい。

 ほんでもって、『数学ガール/ガロア理論』を購入し、図書館でもう一度『差異と反復(下)』を借りてきて該当箇所を確認し、自分のメモだけで考えることがどれだけ乱暴でおろかなことかを痛感し、深く反省したしだい。というわけで、『差異と反復(下)』も購入して、いま手元にあります(「下」だけというのがあいかわらず情けないけど…)。ちゃんと巻末の訳注で、財津理さんが「ラグランジュの分解式」について説明をしてくださっているのです。私は何も読んでいなかったのです〜〜〜

(つづく)
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