TETRA'S MATH

数学と数学教育
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「伝播投資貨幣PICSY」の理解のために、「固有ベクトル」をおさらいする

 『なめらかな社会とその敵』(鈴木健/勁草書房/2013)の第2章から、シグモイド関数に的をしぼって読んできましたが、次は第3章〜第5章を読んでいきたいと思います。

 ここでは、価値が伝播する貨幣であるところのPICSYなるものの説明が書いてあります。2005年にNTTインターコミュニティーセンター(私もときどき遊びにいっているICC)で2回ワークショップが行われたそうですが、お金は小学生でも使えなくてはならないのだから、小学生にも参加してもらおうということで参加してもらったところ、8歳の女の子が2つの貨幣システムの違いを理解できたとのこと。ああ、そういうことってあるでしょうねぇ。たぶんこれ、10回説明きくよりも1回体験するほうが、よっぽどわかりやすいんじゃないかと。そして、意外と子どものほうが、その仕組みをすぐにのみこめるのかもしれませんね。

 さて、シグモイド関数はあくまでもメタファーなので、あのくらいの扱いでいいと思うのですが(ちなみに本では具体的な計算は一切でてきません)、 第3章では「固有ベクトル」が突然出てきていて、ちょっと面食らいます。また、第4章では「マルコフ過程」が出てきます。これらはシグモイド関数とは違って、本の内容に直接関わる概念です。

 第4章は詳しい説明があるのでいいとしても、第3章を読んだとき、「経済に興味がある人は、固有ベクトルの理解は大前提とされているのだろうか?」と思いました。実際、そうなんでしょうか。以前の私だったらびっくりしてしまったと思います。でもこの本は、社会に参加するすべての人が読めたほうがいいと思うわけであり。だからこそ、“『なめ敵』”をフォローする数学講座もあるのでしょう。それをどこまで自力でやれるか試しているところなのでございます。

 さて、PICSYについてどこから読んでいくか迷うところですが、先に、第5章のPageRankとの関係性について触れておこうと思います。PageRankというのはGoogleで使われているウェブサイトの重要性を決めているアルゴリズムの名前であり、過去に一度勉強したことがあります↓
〔2018年3月13日追記:記事削除済につきリンク削除〕

 PICSYはPageRankにとても似ているらしく、PageRankでのウェブサイトが人間に相当し、リンクが取引に相当するものになるようです。

 で、私はかつてショッピングモールで考えたのですが、この本では「互いにポンプでつながれた3つの水槽」をアナロジーとして説明がなされています(p.71)。せっかくなので、このアナロジーでもう一度考えてみたいと思います。
 
 いま、3つの水槽A、B、Cがあって、それぞれに1Lずつ水が入っているとします。水槽どうしはポンプでつながっていて、1回の操作で水槽の中の水は全部ほかの水槽に移ります。そして、ポンプの強さは異なっており、移動する水の量は相手によって異なります。その能力の割合を、AからBに0.4、AからCに0.6、BからAに0.6、BからCに0.4、CからAに0.5、CからBに0.5とします。

     

 そうすると、1回目の操作後、水槽A、B、Cの水の量は、順に1.1L、0.9L、1Lとなり、2回目の操作後には、Aが0.9×0.6+1×0.5=1.04L、Bが1.1×0.4+1×0.5=0.94L、Cが1.1×0.6+0.9×0.4=1.02Lとなります。当然のことながら、水槽の水の量の合計はつねに3Lとなっています。これをずっと続けていくとどういうことになるかというと、こういうことになります(Excelで計算)↓

     
 30回も操作を行うころには、3つの水槽の水の量は安定していて、ほとんど変化しなくなることがわかります。実は、安定したときの水の量の数値をすでに計算で求めてあり、だいたいその数値に落ち着いているようです。

 で、その安定する数値を整数で示すと、A…40L、B…35L、C…38Lとなります。1回目の操作で、Aは35×0.6+38×0.5=40、Bは40×0.4+38×0.5=35、Cは40×0.6+35×0.4=38となり、最初と同じ数値になるので、このあともずっと変化がないということになるわけです。

 この、(40,35,38)という数値の組み合わせが、いわば「固有ベクトル」(の一例)ということになろうかと思います。何の固有ベクトルかというと、タンクの水の量の移動を表現した行列にとっての。A、B、Cの操作前の水の量をa、b、cとすると、操作後の水の量は次のような計算で求められるので、左端の3×3の行列は、水の移動を表す行列ということができます。

     

 で、(40,35,38)というベクトルの場合、この行列と計算をおこなっても、値が変わりません↓
     
     

 実際には、まったく変わらないことが固有ベクトルの条件ではなく、たとえば(40,35,38)を計算したら(80,70,76)というふうに全部2倍の数値が出てきていてもいいわけであり、いまはたまたま1倍になるような固有ベクトルを選んでいるので、まったく同じ数値が出てきています。矢線としてのベクトルを考えると、方向は同じで長さだけが変わるのが固有ベクトルという感じでしょうか。この、「いまはたまたま1倍」というときの「1」が、「固有値」ということになろうかと思います。
     
     



(つづく)

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