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数学と数学教育
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森村修「多様体と微分法」を読んでいく [4]/田邊元にとっての微分法と実在的対象

 『多様体と微分法―田邊元の「多様体の哲学」(2)―「多様体の哲学」の異端的系譜(2)』森村修
http://repo.lib.hosei.ac.jp/bitstream/10114/6372/1/ibunka10_morimura.pdf

を読んでいます。



 そんなこんなで、「微分=無限小」概念を、「生産点」として考えたコーヘン‐田邊元ですが、「生産点」は数学的思考にとっては不可能なので、これ以上のことは数学という学問領域では考えられず(数学的思考ではもはや不充分であり)、田邊元は西田哲学から借りてきた形而上学的=超物理学的思考を要請することになるらしいのです。

 この言い方は面白いな、と思います。たとえば、続く話のなかで、

数学という学の内部で「微分」概念を検討する際に、思考の現場を数学的秩序から形而上学(=超物理学)的秩序へと移し替えることには、ある種の危険がつきまとう。なぜなら、数学史的に見て、「微分」概念は算術化=数論化の流れのなかで数学から排除されてしまい、もはや数学の内部ではいわゆる形而上学的思考は不必要であるどころか、有害であるとすらいうことができるからだ。

 (22ページめ/p.108)

と書いてありますが、「数学に形而上学を持ち込むことは有害である」という言い方と、「もはや数学的思考では不充分である」という言い方は、ニュアンスが違いますよね。あくまでも「数学をやりたい」人は前者になるだろうし、何かの概念を構築する際に、「数学的思考法を用いる」人は後者になるでしょう。

 こういう“胡散臭いもの”を徹底的に排除しようとしたのが、数学者としてのラッセルだったようです。面白いですね、ウィキペディアによるとラッセルの肩書きは「イギリスの哲学者、論理学者、数学者」となっていて、数学者はいちばん最後についているのだけれど。

 ラッセルは、ライプニッツ‐コーヘンの微分法の理解を「神秘主義」として斥けた。しかも、論理主義を標傍し、あらゆる数学を論理学から構成しようとするラッセルにとっては、形而上学的な残滓を引きずるライプニッツ的な意味での「微分」概念と、それに基づく「量」概念を数学界から駆逐したいという気持ちもあっただろう。

(22ページめ/p.108)

 こうきくと、たとえ遠山啓の数教育についての理論がラッセル&フレーゲに由来していた可能性が高い()としても、量の理論ではむしろ相対する考え方をもっていた、ということができるかと思います。

 そんなこんなで、ラッセルはコーヘンの非数学的思考を批判したわけですが、田邊元はコーヘンを擁護しました。田邊元はコーヘンの微分論について、こんなことを語っていたようです。

 「コーヘンの考えによれば、単に外延量たる時空のみでは吾人はrealな物理的対象の認識に達することはできぬ。数はカントのいわゆる純粋直観たる時空の抽象的形式を測る方便たるに足るとしても、実在的の事物に対しては不充分である。実在的の事物を測り、抽象的の幾何学的形象を、具体的の物理学的物体たらしめんがために必要なる原理の基礎として導入せられるのが微分の概念である。これは外延量的でなくして内包量的である」

(23ページめ/p.109)

 森村修さんいわく、田邊元は幾何学的な抽象性から物理学的な具体性へと観点をずらして、幾何学的で抽象的な形象から、感覚・知覚の対象としての物理学的物体を理解するために、「コーヘンの微分論」を利用しようとしていることは注意すべきだろう、と。つまり、田邊元にとって、微分法は実在的対象を基礎づける方法である、というわけです。ますます遠山啓に近くなってきましたね。

 コーヘンの微分論を検討するときに、田邊元はカントを意識していたようですが、そのカントいわく、「すべての現象において、感覚の対象である実在的なものは、内包量、すなわち、度(Grad)をもつ」。

 ほんでもって、この少し先でJ・ヴィユマンという人が出てくるので、一応検索しておくかと思って検索したら、池田真治さんという方を発見しました。ここにもひとり、数学と哲学をつなぐ研究者の方がいた! ライプニッツを専門とされている方なのですね。ブログのなかに、「ヘルマン・コーエン『無限小の方法の原理とその歴史』―目次―」なるエントリを発見↓
http://d.hatena.ne.jp/theseus/20130209/p1

また、こんな論文も見つけました↓
『ライプニッツの無限小概念 - 最近の議論を中心に‐』池田真治(2006年)
http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/48860/1/TRonso33_Ikeda.pdf


(つづく)


〔余談〕
 きのう、数学とは関係ないルートで森田真生さんという方を知りました(いまごろ知ってごめんなさい!という気分)。そっかぁ〜〜 時代は動いているんですね。若い人たちが(も)動かしているんだ(^^)
http://choreographlife.jp/

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