TETRA'S MATH

数学と数学教育
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「比的率」は外延量という考え方(12)/様々な「1」が混在してしまうこと

【「比的率」は外延量という考え方】

(1) 比的率とは何か
(2) 問題意識
(3) 「割合の三用法」の組み換え
(4) 国際単位系SIと「単位1」
(5) 「単位」の深みにはまる
(6) 割合のイメージ
(7) 比例の式のとらえ方
(8) 遠山啓の「水槽」について考える
(9) 倍がつくる正比例関係 
(10) 複比例のこと
(11) 図形における比率から、「デカルト座標平面線分算」へ



(12) 様々な「1」が混在してしまうこと

 今回は、(3)で保留にした、二重数直線の授業研究について考えていきます。

となると、かつて基数的目盛と序数的目盛について考え込む(2)でリンクした授業研究について、混乱しているのは教師側の「1あたり量」の概念、あるいはその提示の仕方なのではないかという気がするのですが・・・と書いたことを、私はおわびしなければならないでしょうか。混乱していたのは私のほうだ、と。で、もう一度読もうとしたら・・・もしかしてリンク切れ?・・・と思いきや、タイトルでさがしたら見つかりました。
http://dspace.lib.niigata-u.ac.jp:8080/dspace/bitstream/10191/13193/1/41_25-32.pdf

 とりあえず、基数的目盛と序数的目盛のわかりにくさについては、意見の変化はありませんでした。そして、第1時の問題である「カエルの体長と跳ぶ距離」については、その後、これと同じ設定の問題が教科書に掲載されていることがわかりました。

 しかし、教科書のほうは2けたでわるわり算の「倍の計算」の問題として出されているものです。これに対して、上記リンク先の授業のなかでは、カエルの体長を変えて同じ問題を解かせていますから、同じカエルが成長したわけではないとはいえ、この先のことを考えると、カエルの体長と跳ぶ距離を比例として考えようとしているのだと思います。

 私はその問題設定(カエルの体長と跳ぶ距離を比例関係として扱うこと)自体に「?」となったわけなのですが、実際に学校図書で出されている問題では、小問の2番目は、「もし,あなたが・・・」という設定になっています。私はあえて人間を出してきているのではないかと思いました。自分で考えたらどんだけ跳ぶんよ〜!?と驚くために、「倍」でとらえたというか。
http://kaerudouga.web.fc2.com/kaerunotenteki.html

(ついでに面白いレポート見つけた!)
http://www.sony-ef.or.jp/spring/report/2010/pdf/2010_02_ga.pdf

(こんな研究も発見!)
http://gakusyu.shizuoka-c.ed.jp/science/ronnbunshu/062057.pdf

 教科書としては、4年生のこの段階でもろに比例の問題を出すわけにはいかないでしょうし、逆にいえば、比例の題材にするならカエルの体長と跳ぶ距離の問題は出さないだろうと思います。でも、授業研究のほうでは、4年生の教科書に載っている「倍」の問題だし、せっかくだから(?)利用させてもらおう、という発想だったのかもしれません。

 そして第2時はリボンの長さと代金の問題、第3時はパック入りみかんの代金の問題になっています。実はこれ、どちらも、「倍比例」をうながす数値設定になっています。どういうことかというと、あたえられた2つの長さや個数(xの値)の大きいほうが、小さいほうの倍数になっているのです。

 リボン・・・4mで72円のときの20m分の代金
       5mで72円のときの20分mの代金

 みかん・・・1パック3個で168円のときの、12個分の代金

        (子どもたちが作って実際に解いた問題)
        1パック6個のとき
        1パック4個のとき
        1パック1個のとき
        1パック2個のとき

 帰一法と倍比例のどちらがラクと感じるかは、そのときに出された具体的な数値に影響されるということについて、拡張された「帰一法」で書きました。だから、たとえばリボンの場合、20m分ではなく、19m分の代金を求めるならば、発想は変わってくるはず。たとえば、5ページめ(p.29)でC2さんが「8個で1パック168円」という問題設定をしていますが、小4で「×分数」は学習していないと思うので、実際にこの問題を倍比例では解かなかったと思います。おそらく、1パックの個数が異なると1個あたりの値段も異なるということだけを確認したのでしょう。

 子どもたちの解き方がA:帰一法、B:倍比例となっているのは、その順に出してきたからなのかどうかはわかりませんが、橋本さんのプリントから察するに、橋本さんにとっては倍比例のほうが考えやすいのかもしれません。図を描くのもラクだし。もちろん、この数値設定あってのことです。

 いずれにせよ、小学校の比例が「xが2倍、3倍になると・・・」で定義されている以上、この授業のように倍比例の発想にうながしていくというのは、しごく当然の流れに思えてきます。この授業研究の表向きのテーマは「二重数直線の有効利用」ですが、実際のテーマは「倍比例の有効性」だと言えます。

 それが、みかんを「パック」であたえるということによくあらわれています。これは、まさに「倍」を「単位1」でとらえようとする発想ですね。教師は、1あたり量(比例定数)を直接あたえないようにして比例問題を解かせていますが、問題文で「□mのねだんは72円」「1パック□個のとき168円」というふうに空欄にしているものは、そのときの「単位1」にあたる長さや個数です。そして、それに対応する値段を固定しているので、□に入れる数値を変えると、別の比例関係になります。直接、1あたり量(比例定数)をかえるのではなく、「単位1」のとりかたをかえることで、多様な問題を考える、というしかけになっているようです。そもそも、「本研究の目的」にそのことが書いてあるのですよね。「倍の関係に基づく下位単位の構成過程」と。

 もう一度、帰一法と倍比例の違いを確認しておきます(エレベーターの図の使いまわし)。



 みかんのほうの問題は、上の図の〔倍比例〕でいえば、「x=3」にあたるものをわざわざ「1パック」でくくっているような感じです。つまり、倍比例の倍を考えるために、あらたな「単位1」を具体的に与えていることになります。

 もちろん、帰一法(1mあたりや1個あたりの値段)で解く子どもも出てくるわけであり、それが可能であるように、ちゃんと1個あたりの値段も整数になるように数値が設定されています。その両方の解き方を「線分図」に表すときに、橋本さんが「1あたり量が見えなくなっているので」混乱した、ということが5ページめ(p.29)に記されているわけです。

 もし、橋本さんが二重数直線を描くことで、まずは教師が橋本さんの理解の状態を把握することができ、そして、橋本さんが倍比例を理解していったとしたら、すばらしいことだと思います。そのような場面での二重数直線の有効性は、私はけして否定しません。そもそも、(11)のような逆L字で比例をとらえようとする私が、二重数直線の有効性そのものを否定したらヘンな話なのであり。しかし「本研究の目的」と最後のまとめの部分を見てみると、なんか違うんじゃないかなぁ、とやっぱり思ってしまうのでした。それについてはのちほど。

 ほんでもって、以下の引用部分でいうところの2つの「1」について考えます。

 図4では1あたり量が見えなくなっていた橋本が,5mを1とすることで,テープ図の中に比的な関係を見いだしていることが分かる。

 このなかの「1あたり量」の「1」と、「5mを1とする」の「1」は、別の単位です。「1あたり量」は、「1mあたり」ということであり、「5mを1とする」というときの「1」は、(6)で示したような、5mをくくる「単位1」です。

 (5)の最後で、倍の計算の「もとにする量」も堂々と「1あたり量」といえることになると書きましたが、そうなると、1つの場面のなかに「1あたり量」が混在してしまうことになるなぁ、とあらためて思いました。もっといえば、倍比例を「単位1」で考えると、「単位1」は無数に存在することになるわけです。

 比例関係で「xの値が2倍、3倍、・・・になると、yの値も2倍、3倍になる」ということを確かめるときには、最初はx=1からx=2やx=3に変化させて考えるでしょうが、x=2からx=4になったときにも、yの値は2倍になり、x=10からx=30になったときにも、yの値は3倍になる・・・というふうに、どのxから初めてもやっぱり2倍、3倍、・・・はたもたれていることを確認すると思います。

 この「倍」を考えるときには、「どの値の○倍なのか?」というふうに、そのときどきで「もとにする量」は異なるわけであり、そのつど「単位1」の設定がかわることになります。そう考えていくと、もし、「1あたり量」という言葉を使うのであれば、やっぱり、1mあたり、1個あたりといった、比例定数にあたる単位に対しての「1あたり量」が、混乱しなくていいのかなぁ・・・と感じました。そうなると帰一法になりますが、すでに書いてきたように、小学校では「2倍、3倍、・・・」が定義ですし、また、そちらのほうがわかりやすいのだろうと思います。

 みかんのほうは、本当にパックを比例定数側の単位にした比例関係ともみなせます。「1パック3個で168円のみかんがあります。このみかん12個分の代金はいくらですか?」→「1パックで168円のみかんがあります。このみかん4パック分の代金はいくらですか」というふうに。



 では、最後のまとめの部分について。

 問題場面から比例的な関係を見いだしていたものの,数直線やテープ図に適切に 表すことができた子どもはほとんどいなかった。それに対し,橋本は,カエルの体長ととぶ長さにある関係を数直線に表すことで,二つの数量にある比例的な関係を顕在化することができた。
 高学年の橋渡しとなる中学年の段階で,比例的に推論するための道具として,数直線やテープ図を積極的に使っていくことが大切である。二つの数量を比例的に推論する活動とテープ図などに表す活動とを意図的に設定することが,子どもの比例的な見方を育てることになると考える。

 はじめの2行は、こう言い換えることができないでしょうか。→「数直線やテープ図に適切に表すことができなくても、問題場面から比例的な関係を見いだすことはできる」と。それでも数直線やテープ図を使うことが大事なんだなぁ、ここで目的とされているのは、比例的な関係を見出すことではなく、それを「“顕在化”させる=図に表せる」ことなのだなぁ、と思ってしまう私なのでした。手段が目的と化している(どこかできいた言葉だ)。

 そして最初の「本研究の目的」にもどってみると、やっぱり本末転倒というか自家撞着のような事態が起こっているように思います。引用ではなく、私なりの要約です→ 「比例的に推論するための道具として、二重数直線は有効に用いられる可能性があると言われているが、実際に授業で使ってみると、子どもたちは比例的に推論するための道具としてうまく使えない。有効に使うためには、子どもたちが、対応する二量の関係や比例的な関係を見出す必要がある。」 ・・・・・・

 とにもかくにも、「比的率は外延量かもしれない」と考えることで、この授業研究の内容が前よりよく見えてきたことは、よかったです。


(つづく)

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