TETRA'S MATH

数学と数学教育
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「dx」と「dy」と「dx/dy(ライプニッツの記法)」 

 微分に出てくるdxの「d」について確定的なことがよくわからないと書きましたが、「dx/dy」という表記はライプニッツの記法とよばれているようです。ということはやっぱり、dを使い始めたのもライプニッツなのかもしれません。

 さて、「微分係数」から「導関数」へ、ひきつづき素朴な疑問において、y/x と dy/dx は違うもの(と参考書で説明されている)という話を書きました。あの説明を素直に読むと、xとyは別々の量として扱うことができ、そのわり算を考えることができるが、dx、dyに関しては、dy/dxの形(y/xの極限)になったときに意味をなすものであり、わり算の答えではない、ということになろうかと思います。もっといえば、dx、dyは、単独で扱えるものではない、と。

 このあたりついては、検索すると、質問掲示板のQ&Aがたくさんひっかかってきます。
■微分でdy/dxとは何のことなのですか?
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/
qa/question_detail/q1466042139

■dxやdyの本当の意味は?
http://okwave.jp/qa/q2170369.html
■y/xとdy/dxについて再考
http://okwave.jp/qa/q5719930.html

 ですよね、よくわからないですよね。で、このあたりのことについて、遠山啓が何か説明してくれていないかな?と著作集<数学論シリーズ2>『数学の展望台−供戮魍いてみたら、p.93〜94にこんな説明がありました。
 
 まず、先に極限をつくってあとで商をつくると、0/0となって値が求められなくなるから、先に商をつくって、その後で極限をつくる、という説明がなされたあと、

しかし,dy/dxには取り扱い上いくらかの注意がいる。それはdy/dxと商の形に書いても,それはけっしてdy÷dxではないということである。つまり,分母と分子は離して考えても,dyもdxもそれだけでは意味がないという点である。ちょうど人間の頭と胴体のように切り離してはいけないのとおなじである。ところが,あとでわかることであるが,ある場合には“商であるかのように”考えて計算できるから便利なのである。

というふうに。その「あとで」は、まずp.102でやってきます。ここは指数関数(y=a^x)の微分をその逆関数である対数関数(x=logay)の微分を利用しておこなうことについて述べられた箇所なのですが、その説明のなかで、逆関数の微分に関連して次のような式が示されています。



 つまり、



ということになり、こうなるとまるで普通の分数みたいです。そして次のように説明してあります。

すでに注意したように,dy/dxはdy÷dxではなく,一つの記号であった。しかし,この公式をみると,dyを分子,dxを分母とする分数であるかのように考えてもよいことがわかる。

 さらにp.107〜108では合成関数z=g(y)、y=f(x)についての微分の説明があり、次のような式が示されています。



 つまり、



というわけです。上記の公式のなかで、dz/dxをdz÷dxという分数であるかのように考えると、



というふうに、まるで約分しているように見えます(そう考えると記憶に便利である、と書いてあります)。

 すなわち、dy/dxは、あくまでも商の形のあと極限をとったものなのだけれど、時と場合によっては、分数の分子・分母のようにdyやdxを扱うことができる(扱っているように見える)、ということになりそうです。

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