TETRA'S MATH

数学と数学教育
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「公式」は“悪”で、「図式」は“善”か?(2)/現在の教科書

 先日、「割合の「公式」は必要悪か?」という興味深いページを見つけました。
http://www.d1.dion.ne.jp/~amajima/wariai.htm

道草学習のすすめ〜公式カリキュラムへの挑戦!〜あのね、「割合」の公式なんか覚えちゃダメなんだよ!というページ経由で)

 いまはどのような立場にいらっしゃる方なのかわからないのですが、もと小学校の先生で、平成18年から教育委員会の指導主事になられた間島哲さんという方のサイトのようです。このページの最後に、

割合の学習で,問題解決する際に必要な表現とは何か?

ずばり,対応数直線と,関係図である。

と書かれてあり、「ん?」と思った私は、お名前で検索して別のホームページを発見しました。↓
http://www.d1.dion.ne.jp/~amajima/indexold.htm

 割合の指導案↓
http://www.d1.dion.ne.jp/~amajima/h13wari.htm

 小数をかける計算の指導案↓
http://www.h4.dion.ne.jp/~amajima/h15shidouan.pdf

 自己紹介の下に日本数学教育学会HPのリンクがあり、経歴に附属新潟小学校の文字があることを見つけて、いたく納得したしだい(別のところには、筑波大学附属小学校の文字も)。二重数直線について調べていたとき()、えらく新潟の学校関係のページがひっかかってくるなぁと思っていたので。

 最近、いろいろな会社の小学校の算数の教科書をながめるようになって、小学校の教科書って、けっこう個性があって面白いなぁ〜!と思っていたのですが、そのなかにあって、二重数直線の大量採用には何か異様なものを感じます。

 しかし慣れというのはこわいもので、娘の教科書で“二重数直線”をはじめてみたときには「なんじゃこれ!?」と思った印象も、最近ではすっかり薄くなってしまいました。もう、昔から知っている図のよう。小学校高学年の数量分野のかなりの部分を貫くことのできる、便利な図・・・でしょうか?

 私、思うんですよね。実は「図」って、教える側が思っているほど具体的なものでも、思考を助けるものでもないのではなかろうか・・・と。また、一般的な本を読んでいるときに思うのですが、「図」にはけっこう個性が現われますよね。図は、その人の思考回路を表すものだと思う。

 もちろん図に表すことでわかりやすくなるということはたくさんあると思うし、算数の問題を解くときに“自分で”図をかくことはとても有効なことだと思うのですが、算数・数学教育で使われる「図」は、いつのまにかそれが「覚えるべき共通の言語」のようになっていき、なんらかの概念を理解するために図を使っているのか、図を理解させようとしているのかわからなくなってしまう・・・という場面がしばしばあるように思うのです。

 二重数直線も、それを“使える”ようになった子どもたちにとっては、もしかすると正しい答えを出せる「計算機」のような役目を果たすものになっていくのかもしれません。そうだとすると、公式を覚えて使えるようになることと本質的に何が違うのだろう?と考えこんでしまうのです。

 私は娘が「かけ算とわり算のテープ図がわからない」と言ったとき、教えることをしませんでした(>かけ算とわり算のテープ図ってなんだ?)。大切なことは、この図を理解することではなく、どんなときにかけ算の式になり、どんなときにわり算の式になるかを、自分の“わかる道筋”でわかることだから。あのとき娘は、「かけ算やわり算の文章題がわからない」とは言わなかったのです。
 
 小4のあの段階から二重数直線を使う教科書に、したたかさのようなものも感じます。先日調査したようにこの先二重数直線のオンパレードなのですが、そのときのためにいまから準備しているみたい。「いや、そういうことではない。同じ図を使うことで、背後にある共通した構造を理解させるのだ」という意味なのでしょうか。

 いずれにしろ、平成23年発行の教科書の二重数直線に、かつての数教協のシェーマと同じ発想の香を感じ取ってしまう私なのでした。細かい話でいえば、間島哲さんの「ずばり」という言葉にも、数教協のタイルに通じる“切り札”的なニュアンスを感じます。

 「教える側」がさんざん研究して、理論を構築して、それを表現するための切り札を携えて教室にやってくる。教室では子どもたちが丸腰の状態で待っている。そうして算数の授業は、「僕、これで考えたら考えやすかったんだ、君もそんなふうに考えなよ」ということを教師が伝える時間になる。なんだかそこにある算数って、もう終わった「過去の算数」のような気がするのです。過去の算数は他人の算数だから、退屈でも、わからなくても、しかたがない。

 算数を教える「万能なツール」ってないんじゃないかな?算数を学ぶって、そういうことじゃないんじゃないのかな?というようなことを、教師にならなかった私は、お気楽に呑気に書いてしまうのでした。



もうひとつ別に、ちょっと面白いページ見つけました↓
http://slashdot.jp/journal/478318/



(メタメタさんへ公開私信(笑))

最新エントリ読みました。
http://ameblo.jp/metameta7/entry-11205732285.html

もうちょっとケンカ相手を選んだほうがよいように思います。
論争の質は、論争の相手にかなり左右されると思います。
「かけ算の順序」論争 | permalink
  

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