TETRA'S MATH

数学と数学教育
<< 主観と客観、主意と主知 | main | カヴァイエスによる直観主義のアイデアの批判的継承 >>

非可述的定義のこと

 近藤和敬『構造と生成1 カヴァイエス研究』の第2章を読んでいます。

 そんなこんなで、カヴァイエスはブラウアーの直観主義を批判的に継承することになるのですが、その先を読むためには「非可述的定義」というものについておさえておかなければなりません。

 カヴァイエスが言うには、直観主義数学と古典数学とが本質的に袂を分かつのは、たんに排中律を認めるかどうかという点ではなく、「非可述的定義」を使用することになる点、あるいは再帰的に構成する手段をもたない対象の全体性を、数学的考察のあらたな出発点として認めるかどうかという点にある、ということらしいのです。
 
 そして、非可述的定義の例として、最小上界の公理というものが出されています。「上に有界な任意の実数集合は、最小上界をただ1つもつ」という実数集合がもつべき性質を述べた公理であり、この公理によって定義されるべき実数集合がその公理のなかに登場しているので、「非可述的定義」ということになるようです。

 という話をきくと、「ん? 自己言及のこと?」と思ってしまう私。でも、非可述的定義については、カヴァイエスの説明の中で「換言すれば、無限体系をその出発点とする定義であり、・・・」というかっこ書きもあるので、単なる自己言及ではないのでしょうね。

 ほんでもって、「非可述的定義」についてもう一声!な気分だったので、「非可述性」で検索をかけていたら、池田真治さんという方の次のページにたどりつきました。
http://d.hatena.ne.jp/theseus/20110310/p1

 しかし理解できそうにないのでさらに検索をかけたところ、「タイプ理論の起源と発展」という論文を発見。
http://paris-sorbonne.academia.edu/
ShinjiIkeda/Papers/1297534/
_

 これも池田さんが関わっておられるようで、最後の所属?専攻?のところに「エピステモロジー」という文字を発見。やっぱりそういうことになるんだ。

 ちなみに、上記のような非可述的定義がラッセルのパラドクスと関わることはわかりますし、したがって、タイプ理論につながっていくこともなんとなく理解できます。

 というわけで、カヴァイエスが選んだ道はどういう道だったかというと、直観主義の功績は認めながらも、実数体系の公理系のようないくつかの「非可述的定義」(無限体系を定義のための出発点とする定義)の使用を正当化する方向へとむかう道だったようなのです。

(つづく)
近藤和敬『カヴァイエス研究』 | permalink
  

サイト内検索