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数学と数学教育
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クワインはカルナップが大好きだった。

 クワイン―ホーリズムの哲学(丹治信春/1997/講談社)を読んでいます。

 なんだかずいぶんくだけたタイトルになってしまいましたが、でもやっぱり、そんな感じがびんびん伝わってくるのです。学部学生時代にも大学院生時代にもあまり「教育」を受けたように見えなかったクワインが初めて出会った「師」、それがカルナップだった、ということになりそうです。ウィーンからプラハに移ったクワインが、カルナップの講義を受けたり議論をしたりしたことは、「書物によってではなく生きた教師によって知的に燃え立たされた、最大の経験」だったとのこと。

 この“大好きぶり”を見るにつけ、三浦俊彦さんの書評にある「とりわけ、論理実証主義の首領ルドルフ・カルナップへの傾倒・崇拝がしだいに疑惑、批判、そして反逆へと移ってゆく過程の筆致はわくわくさせられる。」というこの先の展開に胸が高まるのでした。

 さて、ヨーロッパ留学からもどってきたクワインは、ハーバード大学で恵まれた研究環境を与えられ、本格的な研究活動を始めることになるわけですが、最初の大きな仕事は、ハーバードの哲学者達を前にカルナップ哲学についての講義を行うことだったのだそう。

 特に、最新の著作である『言語の論理的構文論』についての講義だったようですが、この著作は論理実証主義者たちが目指すところの、命題の論理的分析による意味の明晰化という活動のための、厳密で具体的な道具立てを提供するものだったようです。また、ある種の人工的な形式的言語について、実際に論理的分析を行ってみせてもいるようです。

 この本の中でカルナップは、哲学とは「科学の論理学」であり、科学の論理学とは、科学言語についての構文論である、というテーゼを打ち出しているのだとか。命題論理の構文論については、以前、野矢茂樹『論理学』を読んだときに簡単にまとめましたが、要は、「文字づら」だけを問題にして、<意味>とか<指示対象>とかにはまったく触れることなしに、ただ、その言語における様々な種類の記号の現れ方だけを問題とするという、そういうものらしいです。そういえば金子洋之『ダメットにたどりつくまで』を読んだときに、「意味論」という言葉がよく出てきていた記憶があり、そのことの意味がよくわからなかったのですが、カルナップの構文論をもっと理解して、クワインを理解すれば、ダメットも以前よりは理解できるようになるのかもしれません。ちなみに、カルナップは後に「意味論」的アプローチも採用することになるそうですが、『構文論』の時期には、構文論こそが、哲学的分析の正しいやり方だと考えていたようです。

 というわけで、クワインの講義を通して、カルナップの『構文論』の考えを、ちょっとのぞいておこうと思います。

(つづく)
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