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森毅が語る、遠山啓にとっての80年代

 小冊子『いま,遠山啓とは』所収の、森毅による『遠山啓著作集』書評を読んで感じたことを書いています。

 「遠山啓の時代」、「思想の構図」ときて、最後は「遠山啓にとっての80年代」です。なお、遠山啓は1979年に亡くなっていて、森毅のこの文章は1982年に掲載されているので、「遠山啓にとっての80年代」というのは、「遠山啓なきあとの遠山啓のこれからの10年」ということになろうかと思います。

 1980年代初めに、森毅はこう言っていました。「……,今のところはまだ,こうしてあちらこちらから光をあてながらの「遠山啓論」はなされていないようだ.」と。

 晩年に遠山が主張していたこと,または主張しかけていたことが,十分に展開されきっていたわけではない.そのあるものは,現時点でこそ論じられるべきことでもある.その意味では,現在の教育状況は,遠山の教育論を過去のものにしてはいない.

 そして、途中をとばして最後のページに目をうつすと、こんなことも書いています。

 じつは,雑誌『ひと』で「遠山啓論」を公募しようかという案のあったとき,ぼくは時期尚早という説だった.予想としては,「チャチな遠山批判」と「フツウの遠山賛美」が来て,相対的にマシな「賛美」のほうをとりあげる結果になっては,あまりにも品がないからだ.しかし,これから本格的な「遠山啓論」の出てくることを,期待している.

 「チャチな遠山批判」と「フツウの遠山賛美」というフレーズに、いたく納得してしまいました。あれから30年たち、もはや、チャチな批判やフツウの賛美さえきかれることもなくなってきたかもしれませんが、逆に言えば、遠山啓と同じ時代を生きていない21世紀の人たちは、80年代にはできなかった遠山啓論というものが展開できるのかもしれません。幸いにも遠山啓は夥しい数の著作物を残しているので、手がかりはたくさんあるように思います。また、もはや夜中におしゃべりをすることはできませんから、書かれたものだけ、そしてその余白から読むしかありません。

 森毅の文章にもどると、遠山啓は制度というものに違和感を感じ続けながらも、つねに制度に深くかかわり、「評論家」ではなく「運動家」だった、と語ります。そして、遠山啓の制度へのかかわりは、死によって中断されている、と。このあと明星学園の話を出しているので、ここでいうところの制度とは、おもに学校における教育制度を指しているのでしょう。

 50年代末の量の体系や水道方式が60年代に開花したように、70年代の遠山の発言は80年代にとっても有効ではあるだろうけれど、遠山啓がもし生きていたなら、新しい時代の新しい発言をしただろう、と森毅は続け、

……,遠山の著作集を読むわれわれとしては,80年代における遠山の声を聴くことが必要となる.
 それは,70年代の遠山をそのまま外押しすることではあるまい.遠山は時代とともに,その主調音を変調してきた.80年代には,80年代のサウンズがあるはずだ.
 もちろん,遠山は死んでいるから,その音をだれもかわりに出すわけにはいかない.それは遠山という人間に固有のものだ.
 それでも,著作集を通じて,80年代での声を聴くことはできると思う.それは第三期の残響としてではない.三十年間にわたって,各時代ごとに適切であった単純明解さからではなく,矛盾し葛藤した時代とともに,屈折した複雑な人間としての遠山に依拠することによって,著作集の余白から聴くのだ.


と語ります。「矛盾し葛藤した時代とともに,屈折した複雑な人間としての遠山に依拠することによって,著作集の余白から聴くのだ」なんてことを言ってくれる森毅からも、私たちはもう「その後の声」を聞くことができません。しかしやはり、手がかりは残されています。実際、いまこうして私は森毅の言葉に触れているのであり、森毅を通した遠山啓、あるいは遠山啓自身にも触れることができます。ただ、この小冊子を通さずに私が森毅のこの書評に出会うということはまずなかったと思うので、今回、このような機会を与えてくださった小冊子編集委員のみなさまに、この場を借りてあらためて深く御礼を申し上げたいです。

 森毅の書評についての感想はこれで終わりです。で、遠山啓の80年代、90年代、21世紀を考えるにあたり、山口昌哉がどこかで「自分がいまやっている研究を遠山啓に見てほしかった」というようなことをちょろっと書いていたことが頭に浮かんだのですが、どこに書いてあったかが思い出せず、心あたりのある本をかたっぱしからのぞいてみたものの、いまだ見つけられず、です。しかし予想外の収穫があって、遠山啓著作集「数学論シリーズ4 現代数学への道」の巻末解説で、倉田令二朗が圏論の説明をしているのを見つけました。まだ読んでいませんが、他の解説も含め、少しずつ読んでいきたいと思っています。なお、実家からもらってきたのは24冊で、著作集のうち3冊は行方不明だと気づきました。図書館で読めることでしょう。

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