TETRA'S MATH

数学と数学教育
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森毅が語る、遠山啓の思想の構図

 小冊子『いま,遠山啓とは』所収の、森毅による『遠山啓著作集』(全27巻,太郎次郎社)書評を読んで感じたことを書いています。

 「遠山啓の時代」のあとは、「思想の構図」の話です。ここが特に面白いです。森毅は、「遠山がなにより数学者であったことから,その思想の構図を見るには,数学論がよいかもしれない.」というふうに話を始めます。
 ここでの遠山のスタイルは,普通は表面に出されない,数学の了解の構図を語ることにあった.そして,数学者によっては,記号の処理でことをすますところを,イメージにこだわった.それは,数学教育と同じく,数学を特定の人間層だけのものにしないことを意味していた.しかし,その個別の解説以上に,遠山はそこで数学の姿を語ろうとしていた.
 そしてこのあと、ここでの遠山啓はデカルト主義者であったことを汲んで、話が進んでいきます。

 森毅が「当節」といっているのは、この書評が出された1980年前後の時期をさしているのだと思いますが、「当節では,部分を組み合わせて全体を構築する分析的理性は批判にさらされている」として、還元主義(リダクショニズム)より総体主義(ホーリズム)的接近が問題となっている、と書いています。「しかしここでの遠山は、還元主義的分析的理性のデカルト主義者として語っている」と。

 なお、遠山啓とデカルトの関係および、遠山啓が全体性を重んじる考え方に対して拒絶が強かったことについては、このブログでも、「分析・総合」&「一般から特殊へ」今後のためのメモ3/遠山啓とデカルト遠山啓がピアジェに注目した理由などのエントリで触れています。
 
 そして、二分法を好まない森毅が、ここでの論点から、実体か機能か、外延か内包か、還元主義か総体主義か、といったように論をたて、遠山啓の方法論は、実体中心の外延的還元主義ということになろう、と分析しています。遠山の論理の知性的硬質さは、そうした性格に支えられている、と。

 ところが、
ここでも遠山はそれほど単純ではなくて,実際上の遠山の感性的資質はというと,いまの調子でいうなら,機能中心の内包的総体主義なのだ.そうしたことは,夜中におしゃべりをした経験があるとはっきりするのだが,活字の上だけで眺めても,陰画としてのそうした感性が,文章にふくらみを与えているのがわかる.
 このところは,数学としての明解さと,じつはその背景には,感性の屈折を持っていることとの,二重性としてある.
 以前、今後のためのメモ2/近代数学と現代数学というエントリにおいて、「遠山啓の提唱した量の理論には二面性?二重構造?のようなものがあるとよく感じます。」と書きましたが、理論の前に,当の遠山啓が深い二重性を有していたのだなぁと、夜中におしゃべりをした経験のない私は森毅の言葉を通して納得したのでした。

 で、先を読む前にちょっと脇道にそれると、私はこの部分を読んだときに、数教協の「量の理論」における正比例から関数に進むときの飛躍のことを思い出しました。数教協の先生方が大好きなブラックボックス、あれはいったいなんだったのだろう?ということについてこれまでいろいろな方向から考えてきた結果、ブラックボックスは関数を実体概念としてではなく関係概念()(あるいは機能概念)として考えるための装置であり、しかも、その装置のある種の内包的表現であるらしい()というのが、とりあえずの現段階の私の結論だからです。しかもそのブラックボックスがモノとして実体化している。

 話をもとにもどすと、遠山啓のデカルト主義的理性は第一期から第三期にいたるまで変わっていないのだけれど、第一期にはそれが「科学主義」の相を与えていたとしても、第三期につながらずにとられかねない、と森毅は続けます。

 第三期は、遠山啓が教育運動家や教師ではなく「市民」を対象において活動した時期ですが、この時期の遠山啓の教育論は人間の根源の楽しさに依拠しており、「もともとが,遠山が数学を愛した人生の姿からは,この人間の楽しみへの傾倒のほうが,本来のものだったろう.」と森毅は書いています。また、数学の楽しさだけを主張する遠山啓に対して、かつて遠山啓だけの分析的理性を示しえなかった者どもが、それを「感性主義」と呼ぼうとも彼は歯牙にもかけまい、とも。

 しかし、森毅本人が「理性か感性か論ずることは,すでに破綻を約束されている.」と書いているように、理性・感性という二分法で遠山啓の複雑さを考えても、面白いところにつながらないと私は思います。デカルト主義的理性というのはわかるけれど、非デカルト主義的感性という言い回しはピンとこない。

 で、とにもかくにも、どういうことになるかというと、

遠山はデカルト主義者である式の早トチリをするわけにいかない
わけであり、
してみると,たとえば「分析と総合」を遠山亜流としてかついでまわるわけにもいかないことになる.こうしたことは,遠山のそこの論調が歯切れよく,単純明解であるだけに,少し厄介なことになる.
 そして森毅は「思想の構図」の一節を、次のように締めくくります。
 その時代に適切に選ばれた単純明解な表現に,ふくらみを与えている複雑で屈折した遠山の心を読みとらず,別の時代に機械的に適用することは,ときには危険でもある.
 その点で,この著作集を読む人間は,表面上の矛盾と内面の一貫性を同時に感ずるはずだ.第一期の文章と第二期の文章とを,一つの文脈のなかで読むこと,それが著作集の読者に課せられている.
 森毅がこの文章を書いてからまもなく30年というこの時代に、もはや遠山啓の数学教育論を機械的に適用するということはないでしょうが、過去のものとして忘れ去ったり、懐かしむだけではあまりにももったいないと私は思うのでした。もったいないもなにも、遠山啓が本当にやりたかった核の部分、あるいはやりたかったことの半分は、まだ実現されていないのではないか?ということを、“実現”の意味も含めて、考え続けています。

(つづく)
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