TETRA'S MATH

数学と数学教育
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森毅が「遠山啓の深さ」を語る、その深さに圧倒される。

 小冊子『いま,遠山啓とは』を読み始めた私は、まず第1章のオープニング、森毅の『遠山啓著作集』の書評に圧倒されました。『思想の科学』1982年2月号から転載された文章だそうですが、この文章を読めただけでも、小冊子『いま,遠山啓とは』を手にした意味があると感じました。また、自分の遠山啓の読み方は基本的に間違っていなかった、という感触も得ました。基本的に方向は間違っていないが、まだまだ浅い、とも。

 遠山啓の著作集は、「教育論」「数学論」「数学教育論」の3つのシリーズに分かれており、それぞれの中でもテーマ別になっています。つまり、年代順には並んでいません。したがって、「テーマに照準を合わす便宜があると同時に、歴史の文脈を補完する必要」があり、各巻ごとの解説者にある程度頼ることができるが、なによりも読者の歴史感覚を必要とする、と森毅は語っています。

 ここまでは私も認識していました。認識するもなにも、遠山啓著作集を読んでいるとおのずとそうなります。

 がしかし、ここから先がさすがに森毅は違う。

 なぜ、遠山啓の著作集は、読者の歴史感覚を必要とするものになったのか。それは、遠山の生き方自体が、時代状況の問題性に誠実だったからだ、と森毅は分析します。

「見通しのよさ」とか,「問題意識の一貫性」などが,思想家にたいして賞賛されることは多いし,遠山にしてもそうした賞賛に値するかもしれないが,遠山の生き方がそれにふさわしかったとは思わない.
 それぞれの時代において,つぎの時代で問題になることを先どりしていることが,しばしばあったにしても,それはその時点での「未来の洞察」であるよりは,その時代そのものを深く見ることによって,結果的に,次の時代で問題となることが見えてしまったのだと思う.
 終世を変わらぬ硬骨の冷徹な知性の眼があったとしても,それは遠山自身の人間性に由来するだけのことであって,「意見を変えない」ことのイデオロギー的倫理性にこだわっていたとは思えない.何年か先にも通用しそうで,ツジツマの上での「無謬性」にこだわりたがる,文化官僚精神のようなものとは,遠山はむしろ無縁だった.
 森毅はここで「文化官僚精神」という言葉を持ち出してきていますが(というところにまた時代性を感じます)、私はむしろ、この話は、まさに数学および数学教育の問題として考えられるのではないか、と感じました。文化的官僚精神というようなものにつなげて終わらせてはもったいない。

 期せずして岡潔の言葉を思い出します。「計算能力だけのお先まっくらな目では、起ったことを批判できるだけであって、未知に向かって見ることはできないのである。」

 批判といえば、森毅はこうも語っています。
形式的に「誤謬」だの「矛盾」だのをあげつらう気になれば,ぼくなどはその身辺にいただけに,いくらでもできる。形式的な「遠山批判」をすることは,少なくともぼくにとっては,きわめて容易である.もちろんそのことは,それがまったく価値のない「批判」であることを知りつくしているからでもあるが.
 さらに続けます。
 この点で,遠山の発言の「明解さ」について,ぼくには留保がある.遠山自身が,「人間なんて複雑なものが,そう単純に見すかされてたまるものか」といった意味の発言をしたのを,ぼくは耳にしたことがある.ぼくはそれで,遠山啓という人間は,世評以上に,複雑な屈折を持った,心の底の深い人間だったと思っている.

(つづく)
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