TETRA'S MATH

数学と数学教育
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数学の時代区分の境い目に、いつも幾何学があること

 遠山啓は、古代、中世、近代、現代の4つの時代を分ける大きな標識として、次の3つの著作をあげています。
 
     ユークリッドの『原論』

     デカルトの『幾何学』

     ヒルベルトの『幾何学基礎論』

 つまり、ユークリッドの『原論』から中世が始まり、デカルトの『幾何学』から近代が始まり、ヒルベルトの『幾何学基礎論』から現代が始まった、ということなのでしょう。

 遠山啓は、4つの時代を区分する著作がすべて幾何学にかんするものであることは、たんなる偶然ではない、と語っています。

 なぜなら、幾何学はもともとわれわれの外部に存在すると考えられている図形や空間にかんする科学であり、したがって、数学は客観的世界とどのような関係をもっているか、という問題を不問にして通りすぎることのできない分野だからである。

 ちなみにロバチェフスキー・ボヤイの非ユークリッド幾何学とリーマン幾何学は、例の構成的方法の“懐妊期間”のなかに含まれており、アルキメデスは、本人は時代を超越していたけれど中世数学の本質をかえることはできなかったので、“中世における一つの狂い咲きともいうべき特異な現象”と書かれてあります。19世紀のF.クラインは、中世数学が静的であったことを語るときの対比としてちょろっと出てきています。

 数学教育協議会と幾何学の関係について、ちょっと面白い思い出があります。あれは確か母だったと思うのですが、数教協の分科会に参加するときには「図形」を選ぶと面白い、というようなことを言っていたことがありました。おそらく数教協では未開拓の分野というか、数量分野に比べると確固たる方法論が確立されておらず、結果的に、個性的でユニークなレポートが多かったのでしょう。

 数教協ならではの図形分野の題材はといえば、「しきつめ」だったと記憶しています。古くさかのぼれば「折れ線の幾何」があり、ピックの定理なども一時はやっていたかもしれません。ユニット多面体などの折り紙もあるのかも。というわけで、それなりに図形の題材はあるのでしょうが、数量分野ほどの“体系化された方法論”はなかったのだろうと思います。

 そういえば以前リンクさせていただいた遠山啓による数学教育現代化における比例と比の位置(北海道大学教育学院修士課程 村上 歩)では、水槽は比指導のシェーマとなりにくいことと、遠山啓の「比」は幾何学に位置づきにくいことについて論じてありました。遠山啓が比よりも比例関係を先に、と主張したことについても書いてあります。遠山啓にとって、比とはなんであったか。

 もし、数学の歴史的区分が、「現代」からその次に移るときにも、なんらかの幾何学の著作があるとしたら、それはいったいどのようなものなのでしょうね?

 遠山啓の数学未来予想図でいえば、それは時間・空間的な数学につながるものなのですよね。

 もうすでに、ある?

 

〔2018年3月20日:記事を整理修正しました。〕

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