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数学と数学教育
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出来事系列をグルーピングして、「粗視化」した時空をつくる

 郡司ペギオ-幸夫『時間の正体 デジャブ・因果論・量子論』の第5章を読んでいます。第3章に苦労したのは去年の春でした。桜の季節にまたここにもどってきたわけなのね〜

 第3章を読んだときに、「因果的歴史」を考える意味がわからずに苦労しましたが、第5章でこの「因果的歴史」がまた出てきます。去年の春よりはわかるかな?

 これから、B系列を因果集合によって考え、A系列を因果的歴史によって考えていきます。因果集合というのは、出来事系列全体のことであり、因果的歴史というのは、そのなかの部分集合だと考えればよさそうです。あのとき、「内的限定観測者にとっての時間を構成するため」因果的歴史を定義した意味が、ようやくわかってきそうな気がするきょうこのごろ。

 さて、下図のような4次元のハッセ図を出来事系列と考えると、この中から1つの点(1つの出来事)を選び、それを「現在」(紫の点)として指定したとき、赤い枠が過去となり、青の点たちが未来となります。



 このあと、過去でくくられた赤い枠をもとにして、他のすべての点をある規則にしたがってグルーピングしていくことを考えます。

 で、『時間の正体』はそんなこと書かれてありませんが(結果的にそういう図になっているだけで)、まず、難しいこと考えずに、単純に幾何学的に、赤枠をスライドさせたグルーピングを考えると、次のようになります。



 どの4点も、お互いが線分でつながっている(=順序関係がある)ので、こういうふうにグルーピングすることは突飛なことではないのではなかろうか。

 で、『時間の正体』にもどりますれば、このようなグルーピングにはどういう規則があるかというと(本当は規則が先なんだけれど)、「出来事xとyは、その各々と「過去」に属している出来事との上限をとって一致することが可能な場合、同じグループとする」という規則です。



 上図のように出来事に記号をつけると、eとaの上限はe、fとaの上限もeなので、eとfは同じグループに属します。同様に、gもhも同じグループになります。

 一方、eとa〜dの上限と、iとa〜dの上限には一致するものがないので、eとiは同じグループに属していません。eとkしかり。そして、jとa、iとaの上限はiで一致するのでjとiは同じグループに属し、kとa、lとaの上限もkで一致するので、kとlは同じグループに属します。

 同じ規則で、「現在」の位置によってグルーピングは次のように変化し、どれも、最初に考えたようなスライドして得られるグルーピングになっています。そして、各グループの上限が、「現在」の未来になっていることがわかります。

 そもそも、なにゆえ、出来事系列をグループ化して考えるのか? 郡司さんはこれを「現在に立った観測者からみた粗視化された内的時空」とよんでいます。“粗視化”は全体を知っていないとできないことなので、この「内的」という言葉は欺瞞を有しており、それがこのあとの節以降の課題になっているようです。

 さて、粗視化した時空の構造は、粗視化される前の構造を反映していなくてはなりません。つまり、粗視化した時空は、もとの束の構造を反映した束でなくてはならない。構造を反映しているとはどういうことか? というわけで、まずは合同関係の説明がなされています。

 ここもまた、いったん本を離れて、合同関係という言葉も忘れて、幾何学的に考えてみます。きょうは4次元のハッセ図ではなくて、下図のような出来事系列を考えます。

  

 この出来事系列の点(出来事)をグルーピングすることで、「粗視化」を試みます。まず、次のようなグルーピングを考えます。

  

 このとき、グルーピングされた1つの枠の中にある出来事のうち、いちばん上にある出来事に注目して、それよりも下にある出来事を、上の出来事に重ねるようにイメージしてみます(これは私の表現であり、郡司さんはそのような説明はしていません)。そして、いちばん上にある出来事と関わらない線分も、消していきます。そうすると、このグルーピングは、最終的には下図右図のような構造になることがわかります。

  

 上記右端の構造は、最初の構造を維持しているとはいえません。下の2つの要素に下限がないので、束になっていない。もとの構造が束で、できあがった構造が束ではないのだとしたら、これは「粗視化」というよりも、別のものにしてしまったことになるのだと思います。

 では、別のグルーピングを考えてみます。

  

 この場合も同じように考えると……

     
  
 束にはなるのですが、やはり前の構造を維持した粗視化にはなっていません。なぜかというと、もとの構造では、cとdの上限はcなのに、グルーピングしたあとの構造では、cとbの上限がaということしか構造の中に残っていないので、bといっしょにされちゃったdは、もともとのcとの関係をたもてません。いってみれば、もとの構造でcとdを結んでいた線分が消えてしまったということになるのでしょう。

 では、どうやったらもとの構造を維持しつつグルーピングできるのか。というわけで、次のようなグルーピングを考えてみます。

  

 この場合は、いちばん最初の系列内にある要素間の関係が、消されることなく、矛盾することなく、最終的な系列内に残っているので、 構造を維持したまま「粗視化」したものだといえます。要は、線分を意味なく断ち切らないようなグルーピングを考えればいいのだと思います。

〔2018年4月3日〕  分けて書いていた記事をひとつにまとめ、整理しました。
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