TETRA'S MATH

数学と数学教育
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数学はメンタルな「行為」だと主張した人:ブラウワー

 先日帰省したときに、旅のおともの1冊として、『ダメットにたどりつくまで---反実在論とは何か---』(金子洋之著/勁草書房/2006)を持って行きました。実際には、帰省しているあいだは序論と第1章、第2章をざっとながめただけでほとんど読めなかったのですが、ざっとながめただけでも、なんというのか、スリリングな予感がしました。

 まず驚いたのは、「ブラウワーって人はそんなこと考えていたの!?」ということ(第2章)。ブラウワーについてはこのブログでもちょっと触れていますが()、私はこれまでブラウワーのことを、「排中律を拒否した人」くらいに認識していました。もちろん、「存在することは構成されること」という構成主義的立場も一応頭に入れていましたが、実はもっと過激な(!?)ことを考えていたのだと、このたび初めて知りました。

 その直観主義数学の基本的な見解とは、次のようなものだそうです。
(1) 数学は本質的に言語とは無関係な活動である。
(2) 数学は心的構成活動以外の何ものでもない。
(3) 数学は時間の直観を前提にしなくてはならない。
(4) 数学的構成は論理に先行する。

 あらまーー

 ブラウワーは、数学は数学者が行う心的な構成活動であり、したがって、その活動によって構成される数や関数や集合は、心的構成(mental construction)にほかならないと考えたのだそうです。しかし、デデキント、ラッセルのような論理主義的傾向をもつ人々や、ヒルベルトのような形式主義者たちは、心的構成を記述するための不完全な道具でしかない言語を、まるでそれ自体が数学の対象であるかのように考え、数学の内に取り込んでしまっているうえ、彼らはそのような言語的な対応物にしか成り立たない原理---論理学の原理---を、あたかも数学の原理であるかのように使用して理論を作り上げている、そんなものは数学としては認められない、ということらしいのです。・・・※

 なお、ブラウワーが(上記※のような批判の形で)直観主義的な考え方を初めて明らかにしたのは、1907年の博士論文においてだったそうですが、これはヒルベルトの例の有名な講演(1900年)の7年後であり、ラッセルのパラドクス(19041902年?)の発見の35年後?ですね。そのくらいの時期だったのは昔何かの本で読んだ記憶がありますが、よくよく考えてみれば26歳くらいのときなんですねぇ。なんかすごいなぁ。

 さらに私が面白いと思ったのは、ブラウワーがもっていたある種の“世間の感覚”。どういうことかというと、ブラウワーはいったん直観主義的な考え方を明らかにしたあと、10年間、直観主義にはまったく言及せず、トポロジーに専念して、次元の問題や不動点定理に関して数々の業績を上げ、一流の数学者としての名声を獲得したのだそうです。
自分のそうした業績が、直観主義の市民権確立に与っていることを彼自身ははっきりと自覚していたのである。
 やるなぁブワウワー。業績をあげずして大物数学者たちに異を唱えても、ただのトンデモ扱いされるか、あるいは認知もされないということを、よくわかっていたということですね(と私は捉えました)。なお、最初に示した(1)〜(4)の見解は、10年の中断のあと示されたもののようです。

 つまり、1907年の時点で、古典数学的実践に対する批判という形で直観主義数学のマニフェストを示し、10年の中断ののちに、古典数学にとって代わるべき新たな数学の構成に従事した、ということのようです。なるほど。しかし、実際に直観主義論理がどういう形で“市民権を確立”したのかは、先を読まねばなりません。
金子洋之『ダメットにたどりつくまで』 | permalink
  

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