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数学と数学教育
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郡司ぺギオ-幸夫さんのプレゼン映像を見て思ったこと

 ICC(NTTインターコミュニケーションセンター)の公開記録HIVEの中に、

ICC開館10周年記念セッション・シリーズ Vol.2
連続シンポジウム「メディア・テクノロジーと生成する〈知〉」
「インターフェイスの可能性:創造の接面を探る)」

(2007年6月9日)

というものがある。再生スタート1時間21分後くらいから、郡司さんのプレゼン映像を見ることができる。

[2017年4月10日追記] 後半の映像です↓
http://hive.ntticc.or.jp/contents/symposia/20070609_2

 初めてこの映像(郡司さんのところだけ抜き出した映像をHIVE経由ではないところで見つけた)を観たとき、へたくそなプレゼンだなぁと思った(^^)。もう少し整理してゆっくり話してくれ〜と思いながら聴いていた。あとでわかったのだが、他2人のプレゼンの内容を意識した上で当初の予定をかえて4〜5日で用意した内容だったらしく(?)、持ち時間の制約あるいは首のヘルニアの影響もあるのか、とにかく頭のスピードに発話機能が追いついていない感じだった。こんなふうに大学の授業をされたら学生さんも大変だろうなぁなんて思いながら観ていたのだが、そのうちに郡司さん自身に対する関心が発表内容に移っていき、気がつけばその内容に引きこまれている。話の続きがききたくなり、「なんか面白そうなことやってていいなぁ」なんて気持ちもわいてくる。
 私もそうだったし一般的にそうだと思うのだけれど、あのプレゼンのわかりやすさ&面白さは、後半の「おもちゃのモデル」の動画---まるで生きもののような動き---にあると思う。しかし、この動画自体がものすごく画期的で目新しいもの、という印象はなかった。むしろ、前半の「痛み=傷み」という言葉が気になってきた。しかし、この「痛み=傷み」に説得力をもたせるには、やはりあのようなモデルが不可欠だろうとも思った。

 2回目にHIVE経由で郡司さんのプレゼン映像を観たときには、「面白くてわかりやすい話だなぁ」という印象をもった。聴き手って(というか私って)勝手なものだ。シンポジウムの会場にいて、前後の流れもあわせてこのプレゼンに接していたらもっと深く感じるところがあったかもしれないが、何度も再生して観られるのは録画ならではのありがたさだ。初めて聴いたときには整理されていないと感じた言葉も、3回目に聴くころには1語1語に納得がいき、テープリライトさえできそうな気がした。その面白さ、わかりやすさは、自分のこれまでの興味・関心の上に成り立っていることも感じた。

 何がわかりやすいかって、オートポイエーシスのこと(皮肉なものだ)。郡司さんがオートポイエーシスに対して批判的(プレゼンで本人も言っているように、共感しつつの批判的検討だと思う)なのは別の本で少し読んだ記憶が微かにあるのだが、そのときにはよくわからなかった。でも、今回「時間」をからめてオートポイエーシスを説明してもらって、ようやくオートポイエーシスのなんたるかが少しわかってきた気がするのだ。オートポイエーシスはなぜ時間と無関係であるか。それは、外部との接触面にできる亀裂---インターフェイス---、痛み=傷み、ダメージを想定していないから(と私は理解した)。という話が、とても面白く興味深かったのだ。
[2017年4月10日追記] ルイジ・ルイージの議論がもとになっているようです。
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