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数学と数学教育
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「量圏」(by銀林浩)を考える意義

 話を銀林浩『量の世界・構造主義的分析』(むぎ書房/1975)に移します。この本においては、まず「まえがき」でカテゴリーが出てきており(>「構造と素子」と、圏論)、次に「第1章 量の一般論」で出てきます(p18)。
…。すなわち,自然界や社会におけるもろもろの法則は,量を対象として記述されるが,他方,新しい量がそのような法則を介して初めて定義される。たとえば,オームの法則は,電圧と電流と抵抗に関する法則であるが,逆にこの法則によって初めて電気抵抗という量が導入されるのである。
 このような関連は,最新数学的用語を借りて,
          カテゴリ的(categoristic)
ということができる。この20年間ほどに形成されてきたカテゴリ(圏)の理論では,対象(object)と型射(morphism)が一体のものとして扱われるが,今の場合,量がその対象で,法則あるいは関数,特に正比例関数が型射に当たるわけである。このことの認識論的意味は,対象とその対象をとらえる手続きとを同時に込みにして考察するということである。
 そして、このことの正確な叙述は第4章§3で,実質的意味は第4章§1で述べられる、と欄外補足がついています。
 第4章§3ではどのようなことが書いてあるかというと、このようなことが書いてあります。(p161)↓
 この定義に照らしてみると,すべての量とすべての正比例関係とは1つの圏を形づくり,量はその対象となり,正比例関数は型射となることがわかる。この圏を,
    量 圏(the category of quantities)
とよぶ。
 これまでの章を通じて,量と正比例関数とで1つのまとまった全体をなしていることがくどいほどわかったが,このことは純数学的にも保証されたわけである。この全体は,数学的研究の対象としても,1つの全体構造をなしているからである。
 そして、このことから得られる結論は何か?
 それは,正比例は量の体系と切り離しては考えられないということである。いいかえると,正比例関係はこの量圏の型射として扱われるべきものなのである。したがって,教育的にも,正比例関係は量の体系を構築してゆく手段として取り扱われるべきであるし,そうしてこそ初めて正比例というものの意義も理解されるということになる。
 つまり、「量圏」というものを考える目的は、「正比例関係は量の体系と切り離しては考えられない」「正比例関係は量の体系を構築してゆく手段として取り扱われるべきである」ということ、おもにその教育的意義を、“純数学的”に保証する内容を示すためだと私は理解しました。

 量の体系と無縁な正比例関係というものがあるのだろうか?と(世代的なこともあって)不思議に思う私ですが、上記のことをわざわざ強調しなければならない歴史的・教科書的背景から考えなくてはならないのでしょう。
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