TETRA'S MATH

数学と数学教育
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球形と正四面体に対する個人的な感覚

 「鳴川肇「オーサグラフ」/球形と人間との関わり」というエントリを書いていたらえらく長文になってしまったので、その一部を先に取り出して書いちゃうことにしました。

 

 子どもの頃〜若い頃、“球形”にはそれなりに思い入れがあった私。確か、ガスタンクが球形をしている理由をきいて感動したのが始まりだったと思います。当時はまだ圧力のことは知らず、同じ容量で表面積を最小にするという認識の仕方だったと思います。本当にそうかどうかは確かめることもしなかったけれど、形と機能(はたらき)の関わりに触れた最初の経験でした。また、立体がその内側に何を秘め、外界とどのように関わろうとしているか、ということも考えるようになったかと思います。たとえばダイヤモンドのブリリアンカットの光の反射率の話も面白いと思いました。

 というわけで、私にとっての球形は閉じたものであり、その静謐な悲しさと強さが魅力でした。

 ところが大学生時代に、シュタイナー関連の文献だったか(記憶違いかも)、1点に無限の力がはたらくと球になるというような記述を読んだときに、目から鱗が落ちるのを感じました。なるほど、そういう見方もあるか。それは気づかなかった。この場合の無限は、1点から出る矢印(半径)の数としての無限であり、半径の長さの無限ではありません。つまり、1点から同じ大きさの力が無限に発せられると、その表面が球面になる。とたんに球形がにぎやかでポジティブで開かれたものに感じられました。

 正四面体を好きになったのは、もう少し大人になってからです。きっかけはテトラポッドでしたが、そのうち正四面体に関わるもの全般が好きになりました。なぜ正四面体は美しいのか。どうして自分は正四面体を美しいと感じるのか。展開図のことは考えておらず、立体そのものを美しいと思っていました。正四面体もやはり閉じており、静謐な強さがあります。そして頑なさと一途さがあり、透明感があります。なにしろとんがっている。若くて痛い。

 しばらくこだわってみて思ったことは、正四面体の対称性のバランスがミソなのかもな〜ということでした。正四面体の対称性は高いのか?低いのか?と問われた場合、答えに困ります。数多ある立体を考えれば対称性はけして低くないというか、対称性はあります。しかし、球にくらべると圧倒的に低い(というか球が高すぎる)。

 その微妙なバランスが、正四面体の美しさなのかもしれないな…と思うようになりました。でも、テトラポッドは大好きでも、切頂四面体にはあまり興味がわかないので、ほかにもいろいろと要素はあるのでしょう。

 とにもかくにも、そんな正四面体が球と無限平面との仲介役になるとは思っていなかったので、オーサグラフにびっくりしてしまったわけなのでした。

 なお、オーサグラフのきっかけは、「小梅ちゃん」のテトラパックだったことが判明しました!(それを知ったサイトはリンク切れになりました)


(つづく)

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