TETRA'S MATH

数学と数学教育
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私が思う遠山啓の「量の理論」と「現代化」の関係

 私が思う遠山啓の「量の理論」と「現代化」の関係を、<公理主義&形式主義><具体と抽象><構造と集合>という観点でまとめてみます。

 汐見稔幸分析の「遠山啓の数学教育の現代化」・1でみたように、汐見先生は遠山啓のとった「現代化」の立場を、小倉金之助との対立点の中に見出し、公理主義の積極的な評価と、数学教育における抽象性、論理性の重視をその特徴とされていました(>補足あり)。

 確かに遠山啓は、ヒルベルト以降の公理主義を数学教育に取り入れることに否定的な立場をとっていなかったと思いますし、形式主義という言葉に対する世間の「よくないもの」という誤解を解く発言もしています。また、たとえば<クロネッカー−藤沢流>の順序主義は、分数の計算になると“あきれるほどの形式主義”に陥らざるを得ないことを指摘し、数学者でもヒルベルトの公理主義が入ってきた当初のころ、公理主義をこのように理解---浅薄きわまる---した人がいた、というようなことも語っています。(『量とはなにか−機p75)

 また、数学教育を正しく発展させるには、数学という学問の本質である抽象性と論理性をしっかり見極めておくことが必要であると考えていたのも確かだと思います。
 しかし、遠山啓の「量の理論」は、この抽象性、論理性そのものが数学嫌いの人びとをつくりだしていることにこそ目を向け、実在と数学をつなぐのは「量」であるという信念のもと、具体から抽象へとつながる指導体系を創ったところにその核心があると思うのです。もちろん、抽象性、論理性を重視しなければこの発想は起こりえないわけですが。

 そして、「量の体系」は集合を出発点としており、かつ、遠山啓は「構造の限界」にも目を向けていました。「構造」という概念は全能ではなく、時代の刻印を帯びている以上、限界がある。その限界とは何か。それは「静的」であるということ。

 さらに、構造のもとになっている集合そのものについても、もう一度考える必要があるということも主張していました。カントルの集合論は、アリストテレス流の“可能的無限”のかわりにアウグスチヌス流の“実無限”を導入したことから始まったものであり()、その無限は、有限であれ無限であれ、明確な輪郭によって区切られた閉じた体系である。現代数学で主として研究されているさまざまな構造は、そのような閉じた体系のうえに一定の相互関係の導入されたものであり、集合も増減しないし、相互関係そのものも変化しない。数学はそのような構造の研究にいつまでも甘んじていられるか? 私は否定的である。遠山啓はそう答えました。

 では、開いた動的な現象の例とはどんなものか。そこで遠山啓は、「生命」と、人間どうしの相互関係の総体としての「社会」をあげています。

 以上の話は、『量とはなにか−機拿蠎の「集合・量・関数」に書かれていあるのですが、私は、遠山啓という偉大な数学者が、1966年の時点でこのような考えをもちながら数学教育に関わっていったこと、関わってくれたことに大きな感動をおぼえます。

 しかしまた、上記のような発想に基づいた数学教育指導方法の体系化そのものが、まさに時代の刻印を帯びており、いつかは根本的なところから考え直さなくてはいけないときがやってくる(やってきた)のだとも思います。

(つづく)
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