TETRA'S MATH

数学と数学教育
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「数学教育の現代化」と有限集合・無限集合

 日本における数学教育の現代化は、指導要領の動きという意味では、1968年改訂で具体化されました。

 小学校でいえば「集合」が取り入れられたのがその特徴です。大日本図書のサイトの中に「教科書いまむかし」というコーナーがあり、現代化時代の教科書(昭和46〜54年)についての記事があります。

 遠山啓の分析によると、このやり方は「アメリカは戦争に勝ったから,数学教育でも先進国であると信じこんでいるらしい文部省」がアメリカから直輸入したものである、とのこと。(『量とはなにか−機p80)

 そうして取り入れられた「集合」は評判がわるく苦情続出で、さまざまな議論をよんだようです。(なお、数学教育の現代化については、野崎昭弘『不完全性定理』にも書かれてあります。)

 では、何がいちばんの問題点であったのか。
 遠山啓はこう考えました。

 集合という新しい教材が量や数などのような伝統的な教材とどのような内的関連をもっているかをじゅうぶんに吟味しないで、安易に、新奇な概念として導入したのがまちがいのものであり、その結果、有限集合も無限集合も無差別に取り入れるという誤りを犯してしまった、と。
いうまでもなく,無限集合を小学校にとりいれることなど無謀もはなはだしい。無限集合をとり入れたら,かならず濃度の問題にぶつかるのであるが,濃度の難点を避けて無限集合を教えようとしても,かならず破綻が生ずる。
 では、「集合」は小学校に取り入れないほうがいいのか?というと、遠山啓はそうは考えませんでした。集合という概念自体は小学校から追放すべきではない。なぜならば、集合の概念そのものを追放した方法---クロネッカー−藤沢の流儀による“数え主義”---は失敗であったから。

 “数え主義”は、順序にもとづいて構築した整数の理論を数学教育に応用したものと考えることができますが、そのようなクロネッカーの理論を精緻化したのがペアノの公理であり、そのもとになっている“後続者”という操作だけでは算数を教えることはできない、と遠山啓は考えたわけです。

 なぜなら数詞そのものが十進構造をもっており、“十ずつ束(集合)にする”という十進構造の核をなす操作は、集合づくりを避けて教えることができない。十進構造がわからなければ算用数字のしくみを理解することはできず、“数え主義”はここを理解させないまま、ごまかしながら筆算を習得させようとした結果、形式的な計算はいちおうできるけれども数の意味を理解できない子どもをおおぜいつくりだしてしまった。

 そのようにして、<順序→数>という系列は失敗したのであるから、もうひとつの道である<集合→量→数>という系統をとるほかはない、と遠山啓は結論づけます。

(つづく)
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