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数学と数学教育
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汐見稔幸分析の「遠山啓の数学教育の現代化」

 以前、『時代は動く!どうする算数・数学教育』汐見稔幸/井上正允/小寺隆幸【編】(国土社/1999年)のことを書いたときに、遠山啓の数学教育の現代化の後半については保留にしてありました。というのも、汐見先生の分析がここだけしっくりこなかったからです。私のこだわりが強い部分だからでしょう。それに、小倉金之助と遠山啓のつながりがよくわからないので。

 汐見先生は

「現代化」とは,わかりやすく言えば,ヒルベルト以降の公理主義を積極的に評価し、数学教育において抽象性,論理性を重視しようとする立場である。小倉らが公理主義を抽象性ゆえに数学教育に取り入れることに反対していたことを逆に批判し,むしろこれを積極的に取り入れ,現代数学にも接近させようというのが現代化である。

(p.74)

と書いておられるのですが、確かに遠山啓は「現代化」を推進しようとしたとは思うのですが、上記のように書いてしまうとちょっとちがう気がするのです。ちがうというか足りないというか、核心ではないというか。とにもかくにも、遠山啓のことを考えるときには、遠山啓のケンカ相手は小倉金之助ではなく藤沢利喜太郎であったことを、つねに頭に入れておいたほうがいいと思うのです。そして、藤沢利喜太郎の師がクロネッカーであったことも。もちろん、クロネッカーがカントール嫌いであったことも。

 考えたいことが2つあります。

 1つは、クロネッカー−藤沢の系譜は、集合ではなく順序にもとづいて整数の理論を構築しようとしていたことと、アメリカの現代化をふまえた日本の数学教育の現代化も、現代化=集合という安易な発想で行ってしまったため、失敗してしまったことについて。この点については後日考えます。

 もう1点は、現代化と産業主義の関わりについて。

 汐見先生は、1966年の『数学セミナー』に掲載された遠山啓の論文「私の数学教育改造案---現代化の方向」をもとにして、遠山啓がなぜ現代化にこだわったのかを次の2点で示しておられます。遠山啓がはじめて「現代化」という言葉を使ったときに、どういう意味をこめたつもりであったのかを整理した箇所です。

(1) 科学技術が急激な発展を示しつつある現代社会にふさわしいように数学教育を改造する。
(2) その改造を実行するに当っては現代数学の内容と方法を積極的にとり入れる

 こう述べたうえで、遠山啓は「産業化や科学化が急速に進みつつある現代社会では、生物学や社会科学にまで数学が必要になってきている,それゆえに数学教育はますます社会的に必要になり,そのレベルも専門的な内容すなわち現代数学を含んで獲得されなければならなくなる」と、かなり強い思いをもって数学教育の高度化と改造を主張した、と書いてあります。

 さらに遠山啓は、数学教育の高度化と大衆化との統一的実現という困難な課題への挑戦は「すべての工業国にとっては避けることのできないものであって,このことを忘れた国は工業国としては落伍するよりほかはないように運命づけられている」とまで述べていたらしいのです。

 そして汐見先生は、このような遠山啓の考えは、当時一般的であった産業主義的発想そのものだと解釈しておられます。その産業主義を教育とつなげたとき、「現代化」という発想が生まれる、と。

 ここでいうところの「現代化」を、「古いものを新しくする」「時代にあったものにする」「今風にする」という意味での「現代化」として考えると、このような「現代化」はどのような時代でも、どのような教科でも起こりえます。

 しかし、一般的な意味での「現代化」ではなく、1950年代、1960年代に遠山啓および数教協が主張したあの時代の「数学教育の現代化」とはなんであったのかを、具体的中身の考察を含めて考えたいというのが私の望みです。

汐見先生は、

一般的に言えば、教育の実際は,産業社会と深く結びついてしか現実化しない。産業の内容や水準が変われば,学ぶ内容や方法もそれに応じて変化していかざるをえない。その意味で教育はいつも「現代化」を義務づけられている。しかし,その「現代化」が,その時代時代の学問の水準にできるだけ近づくという原理だけで構想されるのであれば,多様に発展する諸学問すべてについてその原理が当てはめられたとき,教育の現場には困難とニヒリズムが覆うようになることは目に見えている。

(p.75〜76)

と書かれていますが、遠山啓の眼中にあったのは「産業」だけではなく、「その時代時代の学問の水準にできるだけ近づく」ということでもなかったのではないでしょうか。むしろ遠山啓は「現代数学のその先」を見ていたような気がするのです。

 遠山啓はあのとき「科学技術」や「工業国」という言葉を使っていたので、遠山啓がいうところの「数学教育の現代化」には確かに産業主義的な発想があったと思いますし、時代背景を考えると納得できる話です。しかし、あのとき遠山啓は「○○や○○にまで数学が必要になってきている」のところに、生物学と社会科学を入れています。そこをどう考えるか。

 また、学問の発展についていえば、汐見先生が「学問の最先端の発展といっても,その渦中にいるときにはそれが最新の学問成果として感じられても,後で考えると一つの流行に過ぎなかったというようなことがしばしばある」と書かれているのと同じようなことを遠山啓も語っているのです。→構造は大切な概念であるが、全能ではない。数学史の一時期に創りだされたものであり、時代の刻印をおよびている以上、限界をもっている。 


〔2018年3月30日〕
 分けて書いていた記事をひとつにまとめ、整理しました。

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