TETRA'S MATH

数学と数学教育
<< 『構造構成主義とは何か』の序文についての訂正 | main | 現象学は私に何をしてくれるか >>

構造構成主義に対する第一印象

 池田清彦『構造主義科学論の冒険』と一緒に、西條剛央『構造構成主義とは何か---次世代人間科学の原理---』(北大路書房/2005年)を図書館から借りてきていました。しかし、著者前書きを読んだときに、「なんだかつきあえないなぁ…」という印象をもち、読まずにそのまま図書館に返そうとしていました。

 ところが…
 さて図書館に返しに行こうとしたとき、ふと、きのうの訂正箇所のことに気づいて、なんだかんだで読み始めてしまったら、これがけっこう面白いのです。で、貸し出し延長の手続きをしたしだい。いま第3章まで読んでいますが、忘れないうちに、なぜ最初に「つきあいきれない」といった印象をもったのかを記しておきます。

 構造構成主義とは何かを一言でまとめるならば、「信念対立を解消し、異領域の建設的なコラボレーションを可能にするためのメタ理論」ということになりそうです。こう書いてしまうとすごくチープに聞こえてしまいますが、やっぱり結局そういうことだと思うのです。

 で、なぜ最初「つきあえないなぁ」と思ったかというと、学会の話が例に出されていたから。
 人間科学内部や,専門領域としている心理学における学会から小規模の研究会に至るまで,学者,研究者といわれるさまざまな人々と議論をし,また議論の仕方をみてきたが,いつも「なぜだろうか?」と思っていたのは,たいていは建設的議論にはなることなく,信念対立が繰り返され,結果として領域間や理論対実践,実験対現場,基礎対応用といったさまざまな対立図式に陥ってしまうことだ。……
 こんな感じです。自分とは無縁の世界だし、勝手にやってくれ〜と思ったのです。池田清彦さんの文章のこともあり、「研究者って大変なんだなぁ、めんどくさそうだなぁ」くらいの印象しかもてなかったわけです。研究者としての自分のアイデンティティが大事な学者さんたちが、あーでもないこーでもないとやっている図が目に浮かび、レベルの低い話にきこえました。

 しかし、本文を読み進むにつけ、そこでは「主客問題」というとても重要な問題が扱われていることを知りました。また、前書きではたまたま研究者の話題が例に出されていたけれど、この問題は、自分の日々の生活や、たとえばweb上での議論の紛糾・膠着といったものなど(という例は出てきませんが)、そして宗教戦争にいたるまで、あらゆる場面に関わる話なのだということがわかってきました。そして、構造構成主義が「体系化された方法論」であることの意味も少しつかめてきたような気がします。また、池田清彦さんの本を読んでいてもわからなかった「多元主義とは何か」ということが、ようやく見えてきそうな気配もします。

 さらには、「勝手にやってくれ」と思った自分こそ、研究者ではないとしても、しっかりと「学問の細分化」にからめとられてはいないか?ということも思いました。

 というわけで、しばらくこの本を読んでいきたいと思います。これから先また印象が変わっていくかもしれないけれど、とにもかくにも、読まずに返さなくてよかったです。
構造構成主義 | permalink
  

サイト内検索