TETRA'S MATH

数学と数学教育
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ペリー、ムーア、クラインの教育改革運動

『時代は動く!どうする算数・数学教育』
(汐見稔幸/井上正允/小寺隆幸【編】)(1999年/国土社)
 機/学教育とその理念

にもどります。4番目は

「数学教育改革の方向を求めて
     ---数学教育史の視点から---」(上垣 渉)

です。これについては感想というよりも、(自分が勉強するために)要点のまとめの形で紹介したいと思います。

 20世紀初頭のペリー、ムーア、クラインの教育改革運動は、各国の事情と提唱者の立場の違いから少しずつ重点の置き方が違っていましたが、数学教育の「厳密性と系統性」および「有用性と経験性」が重要な論点になっていたことについては共通していました。前者を捨て、後者を取り入れよという主張です。

 ジョン・ぺリーはイギリスの工学者で、イギリスはユークリッドの伝統が強固なため、そこから抜け出すことと、数学の実用的方面を重視すべきと主張しました(1901年)。また、工学者ということもあり、数学を「道具」と見る傾向が強く見られます。

 エリアキム・ムーアは米国数学協会の会長を辞任する際に、ペリーの主張に呼応した講演を行いました(1902年)。アメリカがもともとユークリッドを改造したルジャンドル(フランス)の幾何学の影響を受けていたこともあり、ユークリッド批判は影が薄く、各科の融合や「実験室法」の提唱に力点が置かれています。

 フェリックス・クラインはドイツの数学者であり、解析学が飛躍的に発展した19世紀を代表する純粋数学者であるという背景から、各科の融合を関数概念によってなし遂げようとする点が前面に押し出されています。

 これらの数学教育改造運動は、数学の厳密性・形式性を捨て、直観や作業・実験から出発することを主張したわけですが、同時に、数学の持つ系統性も排除の対象にしたと上垣先生は分析しています。つまり、改造運動の特徴として「数学教育における『厳密性』と『系統性』を同一視している」ことをあげています。

 そのような同一視が起こる背景のひとつとして、19世紀末までの数学教育の厳格な分科主義があげられています。イギリスではギリシアから17世紀はじめまでの「古い型の数学」をそのまま中等学校に持ち込むという状況があり、代数、幾何、物理等は完全に仕切られて教えられていました。各分野にはそれぞれ固有の内容と方法があって、これらを混合すると各分科それぞれにとって害があるという考え方にもとづいたものです。たとえば、命題の証明はユークリッドの『原論』に忠実でなければならないとされ、19世紀後半の幾何教育改良を目指した教科書においてさえも、「ユークリッド以外の公理を許したり、ある命題の証明においてユークリッドの順序に従えば先行しないはずの命題を使用したりしてはならない」と書かれていたそうです。したがって、数学教育における分科主義は、各分科の厳密性を重んじるとともに、その系統性を必然的に要求することになりました。というような当時の状況もあり、
 数学の厳密性と系統性は密接不可分ではなく,相互独立の関係にあるにもかかわらず,当時の改造運動にあってはほぼ同義語として扱われ,批判の対象とされた(p59)
のでした。上垣先生は、厳密性は系統性であることを要求するが、系統性は厳密であることを要求するわけではなく、程度の差こそあれ、数学に限らず系統的でない学科があるとは思えないとしています。とくに数学の持つ系統性は尊重されなければならず、これからの数学教育は、数学の厳密性に固執せず、柔軟で多様な系統性の上に打ち立てられる必要がある、と主張されています。

 しかし、日本の数学教育の歴史を振り返ってみると、生活単元学習に対する批判から系統学習が取り入れられた結果、今日の数学教育が閉鎖的で硬直化したものになってしまっていることにも目を向けなければなりません。

 なお、ペリー、ムーア、クラインの教育改造運動がいうところの数学の有用性・経験性と、日本の生活単元学習がいうところの数学の有用性・経験性は性質が異なっており、前者は「数学の世界」に軸足を置いたうえでの有用性・経験性だったのに対して、後者は「現実の世界(生活)」に軸足を置いたうえでの有用性・経験性でした。いずれにしろ、「数学の世界」と「現実の世界(生活)」を分離させているという思想は同じです。

 上垣先生は、このような分離の思想を廃棄し、「柔軟で多様な系統性」を土台として、現実世界との豊かな交流を持った数学の内容と方法を「子どもの論理」に即していかに構成するか、という問題が問われている、としめくくっておられます。
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