TETRA'S MATH

数学と数学教育
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濃度は純粋な「数」

 遠山啓は内包量をまず「度」と「率」に分けて考えました。ちなみにヘーゲルは、内包量はすべて度(Grad)とよんだそうです。なぜ遠山啓が「度」と「率」に分けたかというと、「教育のなかでは内包量のなかでとくにディメンジョンのない量を区別しておく必要がある」と考えたからでした。

 「度」は、1つの物体に属する2種類の量からつくられる内包量として考えることができます。つまり、「長さ÷時間=速度」「質量÷体積=密度」というふうに、わり算をする2つの量の種類が違う場合です。こうしてできた内包量の単位は「km/時」や「kg/m^3」のような形になります。なお、濃度は「度」がつきますが、これは例外で、「率」の仲間になります。

 「率」は2つの物体に属する1種類の量からつくられる内包量として考えることができます。「食塩の重さ÷食塩水全体の重さ=濃度」といったように(濃“度”を例にとるのもあれですが…)、gでgをわるため、出てくる値が純粋な数になります(と考えていいのかは付箋)。遠山啓は、このようなディメンジョンのない純粋な数は「度」よりも難しい、としています。円周率、利率、含有率、確率しかり。というわけで、「率」は内包量でありながら、実は「純粋な数」ともいえるらしいのです。(ということは、やっぱり「数は同種の量の比」なのか?)

 さらには、「率」を「度的な率…均等分布が考えやすいもの、含有率など」と「比的な率…均等分布が考えにくいもの、打率、三角比など」に分け、「度」→「度的な率」→「比的な率」と進むのが望ましいのではないか、と提案しています。

 「1と見る」の数学で話題に出した“赤飯つくり実験”は「度的な率」の例です。実際にはどういう計算であったかというと、あの実験をやったあとでは、「小豆が30パーセントだけはいっている赤飯がある。4kgでは小豆がいくらはいっているか」という問題で、子どもは

  4kg×0.3

ではなく、

  0.3kg×4

という形の式を書くそうなのです。1kgには0.3kgはいっていることを知っているから、4kgでは、その4倍ということになって、0.3kg×4 が出てきたようなのです。教育の賜物って感じ。ディメンジョンの式で書くと、

  0.3 kg/kg × 4kg

という形になります。ってことはあれかしら、(1あたり)×(いくつ分)で徹底したい先生は、

  4×0.3

にバツをつけなくちゃいけなくなっちゃうかしらん!? 

 「率」については倍概念のほうがわかりやすいと感じるのは、私がそういう頭になってしまったからなのでしょうか。「比的な率」になると、(1あたり)×(いくつ分)ではかなり苦しくなってくると思うのです。直径1僂留5つ分の円周の和を 3.14×5 とするならばいいけれど、直径5僂留澆留濕を「1あたり×いくつ分」として 3.14×5 と考えるのは難しい。

 遠山啓は、かけ算を累加として教えること(当時はその風潮が強かった)の背景にヨーロッパ式のmultiplyがあるとしていますが、それと対比させて出している日本語の「8がけ」という例は、×0.8 のことではないのでしょうか(日本語の「かける」は、はじめから減ることを承知で使っている場合があるという話)。この「8がけ」は、倍概念ですよね? 違うのかな?

 そんなこんなで、「量の理論」としては最後にもってきたかった「比的な率」を、宮下先生に最初に取り上げられて標的にされちゃったのかなぁと思いました。実際、教科書で最初に出てくるのは「率」にあたる割合です(小5)。とりあえず学校図書をみてみると、最初の問題が「シュートの成績」つまりシュートの命中率になっています。いわば比的な率。そのあとは飛行機の乗客数と定員数による「こみぐあい」。単位量あたりの大きさは6年生なので、この段階では単位のあるような量は使えないのかもしれません。結果、思いっきり分離量と分離量の比になっています。

 一応4年生で「ともなって変わる量」を学び、そのなかに比例関係も含まれてはいるのですが、比例自体の学習は小学校のいちばん最後です。

 小5で割合を学び、歩合、百分率と進んで、
 小6前半で「平均」「単位量あたりの大きさ」「速さ」ときて、
 小6後半で「比」「比例」という流れです。

 この順序でやると、結局、学校教育のなかに「量」は入ったけれど、「量の理論」は入っていないのではなかろうか?

(つづく)
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