TETRA’s MATH

要素の数と矢印の向きと縁起と

 宮崎哲弥『仏教論争』を手がかりに自分の縁起の問題に取り組んできた。自分が仏教の縁起に含ませていた「何かいいもの」のニュアンスがどこから来たかについては、だいたいこのあたりかなという察しがついたので、気がすんだ。

 ブッダが証悟した縁起がどういうものであったか私には判断できないけれど、少なくともそこに「何かいいもの」のニュアンスはなかったと考えるほうがしっくりくるという、当初の理解は変わることはなかった。

 また、要素の数の問題 ―― 一因一果なのか多因多果なのか ―― については、十二支縁起のそれはそれとしても、多因多果と考えるほうがやはりしっくりくる。

 矢印の向きについては進展があった。私は縁起に「何かいいもの」のニュアンスを含ませるとき、矢印は双方向と考えるのが自然だと考えていた。すごく俗な言い方をすれば「お互いさま」というニュアンスで。つまり、「私はあなたに縁っていて、あなたは私に縁っている」という発想において。

 しかし、「私はあなたに縁っていて、あなたは私に縁っていないけれど、だれかは私に縁っている」という発想でも「お互いさま」的な意味に拡張できるな、とこのたび思った。宇井伯寿の縁起観に触れたおかげだと言える。

 もちろん、宇井伯寿はそんなことが言いたかったのではなく、たとえ矢印が一方向でも、「A→B→C→D→E」のとき、AはB、C、D、Eすべての原因であり、BはC、D、Eの原因であり……というふうに一度に起こっていることだから、そこから来る全体性のことを言っているのだと私は理解している。

 いずれにせよ宇井伯寿の縁起観に「何かいいもの」のニュアンスはなく、それを言うなら縁起にポジティブなものを見出そうとしたのは木村泰賢のほうだった。

 ティク・ナット・ハンのインタービーイングはどうだろうか。一枚の紙ができるのに木が必要で、木が育つには雨が必要で、雨が降るには雲が必要で、……と考えたとしても、即「相互共存」にはならない。

 一枚の紙に雲や太陽を眺めたとしても、それを眺めている私は雲や太陽を「縁って起こして」いるだろうか。インタービーイングに循環の発想は組み込まれているだろうか。それとも一方向のビーイングなのだろうか。

 ブッダの説いた縁起はそのようなものではなかっただろうと私は思うけれども、だとしても相互依存の縁起にはイメージの広がりがあり、確かに魅力がある。

 であればいっそ、そのような関係性の話はむしろ仏教の縁起をはなれて考えたい。

 という話になると、魚川祐司『仏教思想のゼロポイント』の第八章を思い出す。大乗仏教について魚川さんが長年抱いていた疑問についての記述。なぜ「大乗」の徒は、あくまで「仏教」の枠内において、自己の立場を確立しようとしたのか。

 『法華経』でいえば、仏滅についてアクロバティックな解釈を施すくらいなら、『久遠実成』の神なり教祖なりを別に立てる異宗教をはじめたほうがよさそうなのに、なぜそうしなかったのか、と。

 その疑問に一定の回答が得られたとして、魚川さんは“「物語の世界」への対応の仕方の違い”という言葉を使って説明しておられる。

 一方、飲茶『史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち』では、東洋哲学は「ウソ」であるということについて書かれた一節があり、面白い。

 東洋哲学は体験的に理解することが基盤であり、それゆえに伝達不可能という致命的な問題を抱えている。伝達不可能なものをなんとか伝達すべく東洋哲学者たちは手段を選ばない。したがって、「ウソも方便」ということになる。

 そうして伝わった少数の弟子たちが、新しい方便を開発する。そうするとどういうことになるかというと、同じ師匠を祖とするのに、まったく異なることを述べる宗派が乱立する。

 それでいっこうにかまわない。宗派の違いは方便の違い。方便自体はまったく重要ではなく、重要なのは方便を通して得られる「体験」の方。屋根に登って景色を見ることが重要なのであって、屋根にいたるためのハシゴはなんだっていい。

 という解説に、なるほどねぇと思った。

 とはいえ……というか、いずれにせよというか、自分にとって要素と矢印の関係性はワクワクするものであり、それは仏教とは別に考えたいという結論が出た。「仏教は生命讃美の教えにあらず」。

 生きることは苦である。

 というところから始まる仏教に、興味をもっているのだった。

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私の縁起の縁起

 仏教の縁起が自分の宿題となったのは、魚川祐司『仏教思想のゼロポイント』を読んだときだった。縁起について書かれてある章を読んで、「自分がこれまで縁起に対してうっすらと抱いていたイメージは違う」と感じたのがその動機だった。

 そのうっすらとしたイメージは自分でも言語化できないもので、定義もなかったし、どういうものかもよくわかっていなかったが、「何かよいもの」のニュアンスを含んでいたと思う。というか、含ませていたことに気づいた。

 そして、なぜ自分がそういうイメージを縁起に抱かせていたのかがよくわからず気持ちわるくて、こだわることになったのだった。

 その「なぜ」については、結局、クリアにはわからずじまいだけれど、いちばん可能性が高いのは松岡正剛さんからの影響かもしれないなぁ、というところにいまは落ち着いている。そこに他の方の後押しも少し加わっていたのかもしれない。

 松岡正剛さんは千夜千冊のなかで「縁起」という言葉をたくさん使っておられる。仏教に直接関係するところでいえば、275夜『禅への鍵』ティク・ナット・ハン、846夜『空の思想史』立川武蔵、1021夜『インド古代史』中村元、1249夜『大乗とは何か』三枝充悳、1700夜『華厳の思想』鎌田茂雄において。

 縁起のことをある程度勉強したいまとなっては、このラインナップに納得がいく。

 まずはのっけからティク・ナット・ハンだ。インタービーイングにも触れられている。これについては「縁起」の問題が宿題になった経緯で書いた。そして『空の思想史』。もちろん龍樹が関わってくる。『インド古代史』はいったんおいといて、次は『大乗とは何か』、著者は三枝充悳。さらには『華厳の思想』。華厳哲学については宇井伯寿の縁起と華厳哲学で触れた。正剛さんは華厳経が好きなんだな、入れ込んでいるのだなぁと私は感じた。

 いったんわきにおいた『インド古代史』の著者は中村元。私はこの文章の最後の5行を読んだことをよく覚えている。だから、この文章をだいぶ前に読んでいたのは確か。このなかに原始仏教の縁起も少し出てくる。やはり正剛さんにとっての縁起の理解はそういうことであるらしい。

 千夜千冊からは何かと刺激をもらっていたので、私がこれらの文章に触れ、なんらかの縁起観を得ていたとしても不思議はない。しかも、仏教や縁起のことを直接学ぼうとして読んだわけではなく、他の興味からのアプローチだったので、かえって「なんとなくのイメージ」として縁起を受け取り、それを繰り返すうちに自分でも意識しない状態で縁起のイメージが形成されて定着しまったのかもしれない。そこにいつのまにか「何かいいもの」のニュアンスが醸成されてしまったのだろう。

 さらに、先日、ブログの整理中に鈴木健『なめらかな社会とその敵』についての読書記録を部分的に読み返す機会があり、「ああ、これもつながりの話だよな」と思っていたら、最後のページに「本書が目指すところは,仏教哲学のひとつの実装形態といっても過言ではないのかもしれない」と書かれてあったらしいことを自分のブログで思い出した(>鈴木健『なめらかな社会とその敵』を教育関係者に読んでほしいと思う理由)。すっかり忘れていた。

 おそらく、仏教の縁起の問題を超えて、上記のようなつながりのイメージとそれを肯定する気持ちが、自分の興味のいろいろなところにしみ込んでいたのだと思う。


(この記事を公開するのはだいぶ先になるだろうけれど、いまは2020年3月29日。不要不急の外出を控える東京の雪の日にこの文章の骨子を書いている。ということをメモしておきたかったので付記。)
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宇井伯寿の縁起と華厳哲学

 宮崎哲弥『仏教論争』の第一次縁起論争についての記述の中に、華厳哲学の話が出てくるところがある。論者のひとりである宇井伯寿の縁起観は「中国華厳哲学的」だという見方があるらしいのだ。

 そういう評価をしているのは、松本史朗と武内義範。松本史朗さんのお名前は、縁起が自分の宿題になったばかりのころ、お見かけする機会はあった。

 宇井伯寿の十二支縁起論はどのようなものであったかというと、ひとことでいえば全面的相依説であったらしい。といっても、単純に、同時に生起する双方向の関係と考えていたわけでもなさそう。

 おまけに宇井伯寿の書いた文章には内容に齟齬があるらしく、私も引用部分を読んでいて「ん?どっち?」となってしまったのだが、十二支縁起についてはだいたい以下のようなことらしいと理解した。

 十二の支分の連接は時間的因果関係ではなく、論理的因果関係を示している。そして、両端の無明と老死を省けば、それぞれの支は下位に対して生起の条件、上位に対しては被条件としての結果となる。

  十二支縁起↓
 「無明→行→識→名色→六処→触→受→愛→取→有→生→老死」

 たとえば、名色は識の被条件であり、六処の条件である。名色が識の条件になったり、六処の被条件になったりはしない。順番は変わらない。そして、六処は触の条件でもあり、受の条件でもあるし、有は受の被条件でもあり、識の被条件でもある。これらの関係は時間的なものではなく、論理的、同時的なものなので、一挙に全体を表している。と、理解した。

 さらに宇井伯寿は、「根本仏教では吾々の身心のことを世界とも宇宙とも人生ともなすのであって、この身心が行、有、名色または名色識いずれにも含まれつくす」とか「世界は全く識の統一の下に相依性をなしているといえる。かく十二因縁の趣意は世界の相依を明らかにするにあるのであるから、予は十二因縁を相依説とも称する」とかいうことも書いているらしい。

 こういう縁起観が「中国華厳哲学的」と言われるところのようなのだ。華厳哲学に“時々無碍、重々無尽”の縁起というものがあるらしく、それを説明しているのに他ならない、と松本史朗さん。

 また、武内義範は、相即相入という華厳哲学の交互媒介を原始仏教の縁起説の相依性に及ぼそうとするのが宇井伯寿の特徴といった解説をしているらしい。

 先ほども書いたように宇井伯寿が書いていることには齟齬があり、「甲が乙に依り乙は甲を資(たす)けて、互いに相依りて存在する」といった縁起の意味を示しているところもあるようで、そうなると「⇔」の関係になっていくので、先の十二支縁起の解釈とはちょっと話が違ってくる。

 ただ、「→」の関係でも相互依存を発展させた解釈はできるのかもしれないというのがこのたびの発見だった。「AはBに縁り、BはAに縁る」という相互依存ではないけれど、「AはBに縁り、BはCに縁る」ということから、Bは原因にも結果にもなる、つまり、矢印の元でも先でもあるという見方ができないこともないな、と。

 この場合、同時も異時も考えられる。

 さらに、双方向な矢印の関係性の場合でも、同時と異時が考えられるなぁと思った。A→B と B→A が同時ならば A⇔B だけれども、A→B のあと B→A が起こり、そのあと A→B が起こるような関係性。その場合は A⇔B というよりも、A→B→A´→B´→……ということになるのかもしれない。
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2つの縁起論争のどこに興味をもったか

 以前、縁起についてネットであれこれ調べたとき、日本の大正から昭和初期のあたりで縁起についてなんか論争があったんだな、ということはなんとなくわかった。しかしそのときは中身までは確認せず「なんかあったらしい」ということだけ頭に入れただけだった。

 宮崎哲弥『仏教論争』では、その「なんか」について詳しく論じられている。論争は戦前と戦後の2回あったらしい。

 戦前の論争については第二章と第三章があてられていて、第二章のタイトルは「皮相な論争理解 ―― 第一次縁起論争の解剖(上)」となっている。その意味が最初はよくわからなかった。

 「皮相」という言葉から「表面的」というイメージを持ち、なんとなく概観のようなものと捉えていた気がするけれど、そういうときに皮相という言葉は使わないから、自分でもほんとによくわかっていなかったのだと思う。

 要は、戦前の縁起論争について「これこれこういうことが言われてきたけれど、それは違いますよ、私はこう解釈しますよ」ということがおさえられている章なのだ。

 しかし、論争に初めて触れる自分としてはなんとも判断のしようがなく、「はぁ、そうなんですね……」としか言いようがない感覚のもと読んでいくことになった。そもそも私は経典を読むこともせず、論争の登場人物が書いたものも、それに対する解釈の本も何一冊読むことをしないで『仏教論争』を読んでいるわけなので。

 なので、自分としては、どの説が正しいのか、どの話がブッダの説いた縁起なのかということよりも、どの話に興味がもてるか、というような視点で途中から読むようになった。

 もちろん、「自分の縁起観はどこから来たのか」という宿題も忘れないようにして。

 そういうふうにして読んでいった『仏教論争』で私が興味をもったのは、2回の論争のそれぞれの主役である木村泰賢と三枝光悳だった。といっても共感したという意味ではない。木村泰賢や三枝光悳の姿勢の背景に、時代の様相と個人の志向が強くあるらしいというところに興味をもったのだ。

 第一次縁起論争でいえば、宮崎哲弥さんは木村泰賢の縁起の捉え方に「大正生命主義」の反響を聞き取っている。大正生命主義という言葉をはじめて聞いたのだが、当時日本の知識界を席巻していた一大思潮であるらしい。

 木村泰賢が時代の思潮に直接のっているとしたら、三枝光悳のほうは思潮にもの申す形で時代から影響を受けていると私は読み取った。もちろん、論争の時期が違うので、時代の背景も異なる。

 そして、私がそう感じるのは宮崎哲弥さんの解釈を通してのことであり、その宮崎哲弥さんもまた、日本の近代仏教学から現代の“ポストモダン仏教”に対して「それはちがうだろ」と言いたい気持ちもあってこの本を書いているのだろうということが、第四章の後半で感じられる。

 この本の締めくくりにあるように、仏教は絶えざる問い返しで鍛えられてきたのだろうけれど、その絶えざる問い返しが「何が正しいのか」「真理とは何か」をめぐってのものではなく、ブッダが証悟したことはなんなのかという問いを基本にしているのが面白い。
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十二支縁起と多因多果

 仏教の教えのなかに、十二支縁起というものがある。生存苦が生じる因果関係を示した系列で、「これがあるとき、それはある。これが生じるから、それが生じる」の「これ」と「それ」に順に以下の12の項目を入れていけばできあがる。(なお、現在の参考文献は宮崎哲弥『仏教論争』)

 無明(むみょう)/根源的無知、根本煩悩
 行 (ぎょう)/諸行
 識 (しき)/識別作用
 名色(みょうしき)/名前と形態、後には心理作用と物質
 六処(ろくしょ)/目、耳など六つの認識器官、           およびその機能
 触 (そく)/認識対象との接触
 受 (じゅ)/苦楽等の感受
 愛 (あい)/渇愛
 取 (しゅ)/執著(しゅうじゃく)
 有 (う)/存在
 生 (しょう)/生存
 老死(ろうし)

 つまり、十二支縁起を矢印を使って簡単に表すと、「無明 → 行 → 識 → 名色 → 六処 → 触 → 受 → 愛 → 取 → 有 → 生 → 老死」ということになる。

 矢印の元も先も項目はひとつだから、これは1つの原因から1つの結果が生み出される一因一果の系列を表しているといえる。時間的経過があるにせよないにせよ、「原因→結果」の矢印の方向は一方向で、→が⇔になることはない。

 ちなみに、時間差がある場合を因果異時、ない場合を因果具時というらしく、因果具時を説明するときには「花実同時」の喩えが出されることが多いのだとか。「蓮は花(原因)と実(結果)が同時に生じる」という意味において。同時だとしても、因と果は逆転しない。

 植物の喩えといえば、仏教には因(直接的原因)と縁(間接的原因を分けて捉える立場もあるそうで、撒かれた種が「因」で、水や太陽光や肥料などが「縁」になる。こんなふうに因と縁を分ける発想が出てきたのは部派仏教、アビダルマの時代になってからのことらしい。

 私が縁起の宿題に取り組むきっかけとなった『ミーニング・ノート』では、まさにこの発想の仏教の話が出てきていた。種を撒くのが原因で、花が咲くのが結果だけれど、花が咲くためには十分な光や雨が必要でこれが「縁」となる、という話。ミーニング・ノートはこの縁をさがす作業らしいのだ。

 とにもかくにも、こういうふうに主因と従因を考え出すようになると、複数の原因から一つの結果が出たり、多くの原因から多くの結果が出ていると捉えることもできるようになり、つまりは多因一果や多因多果となってくる。

 『仏教論争』によると、現在、少なからぬ仏教学者が多因多果を支持しているらしい。

 じゃあ、一因一果の十二支縁起はどうなるんだよという話だが、同じく宮崎哲弥『仏教論争』によると、仏教学者の多くは十二支縁起をブッダの証悟の内容とすることに否定的なのだそう。どうやら経典の中に十二支縁起成道の記事をあまり見いだせないらしいのだ。

 それをいうならというか、それよりも前にというか、それよりもなによりもというか、「般若心経」は十二支縁起をトータルに否定している。

 しかし、般若心経が十二支縁起を否定していることを、アルボムッレ・スマナサーラは否定しているという。スマナサーラさんといえばテーラワーダ仏教、初期仏教を日本に伝道している方。つまり現代の上座部は「十二支縁起は仏教の心髄」と捉えているということのよう。

 やはり初期仏教と大乗仏教以降には何かと違いがあるのだろう。

 なお、最初に示した苦の生起の系列は「順観」と呼ばれるものであり、これに対して苦の滅を示した「逆観」と呼ばれるものもある。この場合は、「これがないとき、それはない。これが滅するから、それは滅する」の「これ」と「それ」に順に項目を入れていけばできあがる。

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龍樹の縁起と矢印

 飲茶さんの『史上最強の哲学入門』、『史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち』は、どちらもとても読みやすくて面白い。歴史の流れや哲学の変遷のなかで、それぞれの哲学者たちをざっくり知ることができる。バキを知らなくても面白いが、バキを知っていたらもっと面白いのだろうか。

 東洋編は、インド、中国、日本という章立てで、インドからはヤージュニャヴァルキア、釈迦、龍樹が取り上げられている。それぞれの人物の項目の見出しには「得意技」が示されており、釈迦の得意技は「無我」、龍樹の得意技は「空の哲学」となっている。

 龍樹の項目では般若心経についても詳しく書かれてあるし、相互作用としての縁起の説明もある。そして、たくさんの要素が複数の矢印でつながれた図が出てくる。この図のおもな目的は、「網の目から切り出して現象を名付けている」様子を示すことだといえる。

 2016年に縁起の問題が自分の宿題になったとき、中村元『龍樹』の文庫本を手元に持っていたので、目次に相互依存の文字が示されているのはおそらく確認したことと思うし、縁起の「双方向矢印」と龍樹はなんらかの関係があるということはなんとなくわかっていたことと思う。しかし、「なんとなく関係があるのかな?」くらいの認識でいた。

 いまとなっては、龍樹の“得意技”である「空の哲学」を考えるとき、双方向矢印としての縁起には説得力があるとしみじみ感じる。双方向ということは相互に関係性があるということであり、あらゆるものはそれらの縁によって起こり、生滅をし続けており、確固たる実体としてそこに存在しているわけではない、という考え方がわかりやすい。もちろん、この解釈が「正しい」のかはわからない。

 『仏教論争』においても、もちろんこのような縁起観の説明はあり、とにもかくにも龍樹以降の大乗仏教では、上記のように空と縁起を不可分のものとしてみているらしい。

 ここで疑問が2つ生じる。

 ひとつは、初期仏教の縁起観はどうだったのかということ。

 そしてもうひとつは、たとえ上記のような相互依存の縁起観があるとしても、そこに「何かいいもの」のニュアンスは含まれていないということ。

 私が縁起に含ませていたニュアンスは、いったいどこからきたのだろう?
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「縁起」の問題が宿題になった経緯

 仏教に興味をもつようになったのがいつごろだったのか、記録と記憶をたどってみたところ、2011年くらいに自分のなかで仏教ウェーブが起こっていたらしい。それから時をへだてて2016年、魚川祐司『仏教思想のゼロポイント』を読み、縁起に強く意識が向かうようになった。

 そのときの感覚を説明するために、別の体験談を書こうと思う。

 ずっと昔、とある民宿に泊まったときのこと。朝ご飯に自家製のお豆腐が出た。そのお豆腐は確かにおいしかった。が、私がそのお豆腐を口に入れた瞬間に思ったことは、「あ、いつも食べているお豆腐、臭い」ということだった。「このお豆腐、おいしい」ではなく。

 おそらく、いま食べているこのお豆腐の味が本来のお豆腐の味だと感じて、そのことで逆に、これまで食べてきたお豆腐の臭みに感覚の焦点がうつったのだろうと思う。

 『仏教思想のゼロポイント』を読んだときの縁起についての衝撃も、これに近いものだった。つまり、『仏教思想のゼロポイント』に示されている縁起の話とこれまでの自分の縁起のイメージをつきあわせたというより、「あ、これまでの私の縁起の理解、違う」と感じたのだ。

 何がどう違ったかというと、私はそれまで縁起というものを「何かよいもの」のように捉えていたことに気づいた。もちろん、日常生活でいうところの「縁起がよい」「縁起物」というレベルの縁起で考えていたわけではないが、だとしても日常生活で使う「ご縁」という言葉で言い換えても問題なさそうなイメージを、仏教の「縁起」に含ませていた。

 問題は、なぜそういうことになったのかが思い出せないことだった。記憶をたどってもわからないし、手元にある仏教関係の本をめくってもはっきりしない。「何かよいもの」というニュアンスを感じとれるような記述があるにはあったけれど、その影響だとは考えにくかった。

 もしかすると、縁起という言葉に何か深淵なものを感じていて、いつのまにか「深淵なもの=何かよいもの」になってしまったのかもしれない。

 当時、自分の勘違いのもとがわからなくて気持ちわるくて、縁起についてけっこう検索した。そのときに初めてティク・ナット・ハンのことを知った。いや、それよりも前にお名前は見かけたことがあったのかもしれないが、とにかく意識したのはそのときが初めてだった。

 ティク・ナット・ハンに関わるキーワードとしては、マインドフルネスのほかインタービーイングが有名かと思う。相互依存、相互共存というふうに訳されることが多い言葉であり、縁起を彷彿とさせる。

 このたび『仏教思想のゼロポイント』を読み返していたら「エンゲージド・ブディズム」という言葉が心にひっかかったので巻末注をのぞいてみたところ、そこにティク・ナット・ハンの名があった。前回、読んだときにここをチェックしたかどうか覚えていないのだが、少なくとも意識はしていなかったと思う。

 ティク・ナット・ハンのことを意識したといっても、それ以上、調べることはしなかったし、とにかく自分の縁起観にティク・ナット・ハンのインタービーイングは直接影響していない。

 いったい私はどこから縁起についての「何かよいもの」のニュアンスをもってきたのだろう。

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西洋哲学と東洋哲学の違い

 宮崎哲弥『仏教論争 ――「縁起」から本質を問う』をAmazonで見かけたとき、「え、こんな本があったの!?」と驚いた。自分の興味にどんぴしゃりな本なのに、これまでその存在を知らなかった。発行年を確認したところ2018年とのこと。なるほどそれならば知らなくても仕方ない。

 というわけで購入したのだが、いざ読み始めてみると、とにかく読みにくい。メインの登場人物は、かつて自分が縁起について調べたときに見かけた名前ばかりなのに、その議論がどうにもこうにも頭に入ってこない。飲茶さんの本を読んだあとだったので、そのわかりやすさとの対比もあったのか。

 それがだんだんと読みやすくなったのは、何度かチャレンジしたこともあるけれど、それこそ飲茶さんの東洋哲学の本に助けられた面があるからだと思う。『史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち』に、西洋哲学と東洋哲学の違いが書いてあるのだ。

 西洋哲学は「階段」であり、東洋哲学は「ピラミッド」だという話。西洋哲学は、究極の真理を求めて、先人の論を乗り越えて高みへと一歩ずつ登っていくもの。一方、東洋哲学は、ある日突然「真理に到達した」といい放つ人間が現れ、その人の言葉や考え方を後世の人たちが学問としてまとめあげたもの、という話。

 それぞれがイラストで示してあり、階段のほうはわかりやすいとしてピラミッドはどうなっているかというと、上半分が頂点部分(真理)、下半分が底辺部分(解釈)となっている図が示されていて、別のページに釈迦、孔子、老子、親鸞、道元を頂点部分とする仏教、儒教、道教、浄土真宗、曹洞宗のピラミッドの図が並べられている。

 なるほど確かにそうかもしれない。過去に読んだ仏教関係の本も、そのような視点で考えると納得がいく。そのような前提があると、宮崎哲弥『仏教論争』にも食いついていこうという気持ちになれる。

 なにしろ『仏教論争』をそのまま読もうとすると、この人たち ―― 大正時代や昭和初期の仏教論争の論者たち ―― は、いったい何をごちゃごちゃやってるんだ!と途中で投げ出したくなるのだ。しかも、それに対する複数の人の理解に対して著者が意見する組み立てになっており、なにがなんだかさっぱりわからない。議論というものはそういうものだとしても。

 さらに、「もうブッダに直接聞けないんだから本当のことはわからないじゃん!」と言いたくもなってくる。

 しかしピラミッドのたとえを思い出すと、「まあ、こういうことになるよね、こういうことだよね」と思えてきて、進む気力がわいてくるのだ。もちろん、ピラミッドのイラストで示されているのは大正や昭和よりももっともっともっと昔の話だろうけれども、だとしても構図は同じなのではなかろうか。

 というわけで、読みにくかった『仏教論争』になんとか食いついていけるようになり、ブログの記事としてまとめているうちに、だいぶ読めるようになってきた。

 ただ、読めるようになってきたいま思うことは、やはりこの本はもう少し書きようがあったのではないかということ。第二次縁起論争のほうはまだいいとしても、第一次縁起論争については特に。

 たとえば、いよいよ第一次縁起論争を概観するというときに、六処や五蘊についての説明や関連事項をあんなに長々書く必要はないのではなかろうか。どこかで説明が必要だったとしても、もう少し書くタイミングと内容が他にあったのではないか。というようなことを、ところどころで思ってみたり。

 しかし、読みにくいからがんばって読み込もうとした面はあるし、上記のような感想をもつまでには読めるようになってきたということかもしれない。

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要素が矢印や線分でつながれた図を意識するようになった経過

 「→●→●→●→」「―●―●―●―」といった形の、要素が矢印または線分でつながれた図を意識するようになったのはいつからだったろう。

 過去の記録と記憶をたどったところ、いちばん古いのは論理学方向の興味からくるハッセ図の利用だった。論理学の幾何学的表現というブログの記事はいまも公開している。

 次のおおきなきっかけは、郡司ペギオ幸夫『時間の正体』だったと思う。p.57に出来事が矢印でつながれた「因果集合の例」が示されており、自分でも同じような図をかいてあれこれ考えたのを覚えている。

 一方、2009年11月に圏論の勉強を始めている。これも矢印の話といえば矢印だけれども、ハッセ図とはまた別の矢印への興味だったといえる。

 それからだいぶだった2015年に、『圏論の歩き方』を手にした。ほとんど理解できず部分的に読むだけだったが、p.208に「縁起」の文字があるのは見落とさなかった。丸で囲まれた「因」と「果」が矢印でつながれた図が載っている。

 さらに時をへだてて2020年、飲茶『史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち』の矢印と要素の図に出会う。ただし、この矢印は両端に向きがある。ちなみにここは龍樹について述べてある章。

 こうやってふりかえると、要素が矢印または線分でつながれた図への自分の興味は、大きく2つに分けられるように思う。

 ひとつは、「●―●」は「―●―」とも考えられるのではないかという視点。つまり、●と―を入れかえる発想。あるいは、「●―●」という状況は2つの点がそれを結ぶ1つの線分を作ったと考えることもできるし、1つの線分が両端の点という2つのものを作ったと考えることもできるのではないかということへの興味。

 もうひとつは、多くの●が多くの→でつながれた図への興味。

 これらのことをあえて数学にからめて語るとしたら、前者は双対性への興味につながることであり、後者は順序集合に関わる問題だったといえる。

 縁起の宿題に取り組むにあたり関係してくるのは後者なのだが、いまは数学とはまったく関係のないことを考えているので、順序集合からははなれることにする。

 ついでにいえば、両端に矢印の向きがある場合、つまりA⇔Bの場合、同値の記号に見えてくるし、実際、宮崎哲弥『仏教論争』でも、あることの説明のために同値という言葉が出てくるところがあるのだけれど、自分の縁起の宿題に同値は関係がない。

 というわけで、私にとっての要素と矢印への興味のポイントは、次の2つになる。矢印の向きの問題と、要素と矢印の数の問題。

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放置していた縁起の宿題に再び取り組むことになった経緯

 今年1月1日、山田智恵『ミーニング・ノート』なる本を購入した。Amazonのおすすめ機能で見かけて知ったのだったと記憶している。

 ノート術が大好きな自分だけれど、昨年から紙物を減らす努力をしており、ちょっとやそっとじゃノート術は始めないつもりでいた。しかしこのノート術はなんだかそそられるものがあり、買っていい気がして、結局、購入。もちろんKindle版を。そして、使っていないけれど捨てられなくて残していたお気に入りのノートでとりあえず始めてみた。

 ミーニング・ノートというのは、タイトルそのままでいえば「意味づけ力のノート術」ということになる。この本でいうところの意味づけ力とは、自分に起きる出来事に価値や可能性を見つけ出す力のこと。ちなみに「自分に起きる」という表現は著者のものであり、私なら「自分に起こる」と書きたいところなのだけれど、ここでは著者の表現にあわせた。

 具体的には何をするかというと、毎日、チャンスと思えることがらを3つ書き出して、そのつながりを考えて次に活かしていくというもの。「毎日チャンスが3つもあるか??」と思えてしまうが、要は「自分の心が動いた出来事」を書けばいいのだ。

 本の前半を読んでだいたい感じはつかめたので、後半は実行しながら読むことにして、まずはしばらくやってみた。なお、本の前半部分に仏教の「縁りて起こる」の話が少し出てくるのだけれど、そのときにはあまり気にしていなかった。

 3週間くらいたったころだろうか。

 自分が書き溜めた項目を眺めていたら、「人間万事塞翁が馬」という言葉が頭に浮かんだ。このノート術を始める前からよく頭に浮かぶ言葉ではあったが、いつもより少し強く興味が膨らんだので、この言葉について少し調べてみた。

 その途中で老荘思想に触れ、何か1冊本を読みたいと思い立ち、探し、結局、老荘思想をメインにした書籍を買うことはせず、飲茶『史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち』を買った。これがとても面白かったので『史上最強の哲学入門』も購入、その少し前に宮崎哲弥『仏教論争』も買った。

 以上のような経緯で、放置していた自分の宿題 ――「縁起」の問題 ―― に久しぶりに手をつけることになっている。なお、この宿題が生じたのは魚川祐司『仏教思想のゼロポイント』を読んだときだった。自分が「縁起」という言葉になんとなくいただいていたイメージには決定的な間違いがあるのではないかと感じて宿題になっていたのだ。

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