TETRA’s MATH

複比例、電気料金の仕組み、電場の強さの単位、電流についての補足

 過去に書いたいくつかのエントリについての補足です。

 まず、かけ算で新しい量をつくる/テンソル積の手前にある複比例についてですが、参照した銀林先生の本『量の世界・構造主義的分析』に、複比例関数の例として人件費の話も出てきていることにあとで気づきました。(p.191〜192)

 労働がすべて等質であるとすると、人件費z円は、労働者の人数、つまり労働力x人と労働時間y時に複比例するという話です。そのなかで人時(man-hour)という単位も出てきていました。私が例に出したお米の話とは違いますが、人泊に近かったこともあり、触れておきたかったので追記します。

 次に、W(ワット)という単位がつく量はどのような量なのか について。このエントリのなかで、
 とにもかくにも、1200Wのドライヤーを月に2時間半使おうが、600Wの電子レンジを月に5時間使おうが、3kWhの電気量を使用したことにかわりはなく、その中身を区別することなく電気料金が請求されます。もっともここに、kWh→円というもうひとつの変換が加わるわけですが。
と書きましたが、これは、電気料金が電力と使用時間に複比例するといいたくて書いたものではないですし、実際に複比例はしておりません。

 電気料金には契約プランやアンペアがあり、基本料金もあり、使用量に応じた料金体系も段階的になっており、さらに燃料費調整額や再エネ発電賦課金があったり口座振替割引があったりといろいろ複雑で、単純に比例関係では考えられません。もっとも、より多くの電力を使えばそれに応じて電気料金は高くなるということは言えるかと思います。いずれにせよここで言いたかったのは、料金は電気使用量に応じて請求されるものであり、何をどのくらい使ったのか、その中身は問われない(と私は認識している)ということです。

 最後の1行「もっともここに、kWh→円というもうひとつの変換が加わるわけですが」というのが、逆に雑な書き方だったようです。失礼いたしました。

 それから、A(アンペア)が先かC(クーロン)が先かについての補足が2点あります。このなかの
電流というのはいかにも外延量的で、だからこそブレーカーが落ちると思うのですが、A=C/sと書くと、まるでAが内包量のように見えてきます。
という記述は、とても違和感を感じさせるものであるらしいということが投稿後にわかりました。それで、以下のように書き方を変えました。
 消費電力が高い電化製品を同時に使うとブレーカーが落ちる“Aという単位がつく量”は、私にとってはいかにも外延量的なのですが、A=C/sという式は、普通に考えれば内包量を表す式ということになるのでしょう。
 わり算というだけでは内包量創出といえないことをそのひとつ前のエントリでも書いていますが、とにもかくにもここまで話がくると、外延量・内包量の区別があまり意味をなさない、少なくとも私の理解の助けにはならない、というのがここでの主旨です。

 遠山啓も、これらの区別をきっちりつけさせることを目的としていたのではないと私は考えます。なので、遠山啓らの目的は目的として、それとは別の意味で、そろそろ私にとっては量の区別が意味をなさなくなってきた、それよりも量どうしの関係や、量が段階的に組みあがっていることに興味が向かっている、ということを書きたかったのでした。

 それから、図のなかの「E」についてですが、よくよく本文を読んでみれば、「電流の単位A(アンペア)」「電気量の単位C(クーロン)」「電場Eの単位」「電圧の単位V(ボルト)」「電気抵抗の単位Ω(オーム)」という書き方がしてあるので、電場Eの単位そのものの意味として便宜的に「E」という表記が使われているのではないかという理解にいたりました。なお、このEも図の中のEもイタリック体ではないです。それより前のEはイタリック体になっているので、こちらは量記号を表しているものと思われます。(いずれもp.191)

 最後に、cal(カロリー)とはどのような単位なのか運動や生活活動の強度の単位「METs(メッツ)」とはなんなのか についての小さな訂正です。前者で、
 で、calの何が難しいかというと、たとえば、14.4℃から15.5℃までという温度指定が出てきたりするのです。
と書きましたが、これは「14.5℃から15.5℃まで」の間違いでした。また、後者では「軽いジョギング」を5メッツとしていましたが、6メッツの間違いでした。どちらも訂正済みです。失礼いたしました。

 なお、今回はいろいろあったのでまとめて補足・訂正させていただきましたが、今後は、大きなことでなければ、そのつど、もとのエントリを修正あるいは補筆させていただきたいと思います。

 以上、補足でした。
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運動や生活活動の強度の単位「METs(メッツ)」とはなんなのか

 calのことを考えたので、この機会にメッツについてみていきたいと思います。生活費からははなれますが、別の意味で生活に直接関わる量といえます。

 メッツというのは、運動や生活活動の強さを示す尺度のことであり、私は石川善樹『最後のダイエット』で知りました。2015年の6月くらいのことです。「掃除機をかける」「調理や食事の準備」といった日常的な家事についてもメッツが示してあり、こういうのってありがたいなぁ…と思ったものでした。

 それまではメッツのことを知らなかったので調べようもなかったのですが、知った今、ネットで検索するとたくさんひっかかってきます。

 どうやら2006年に厚生労働省が生活習慣病予防のために示した指標のようですが、さかのぼれた国内のそれらしき文書は確かに2006年がいちばん古いです。世に出てからけっこう時間がたっているのですね。

 メッツは、安静時を1として、それぞれの活動・運動がその何倍になるかで示されます。たとえば、普通の歩行は3メッツ、自転車に乗るのは4メッツ、軽いジョギングは6メッツというふうに。検索すると、けっこう細かくあれこれ示したメッツ表がひっかかってきます。

 また、メッツに時間をかけたものにはエクササイズ(Ex)という単位があてられているようです。つまり、メッツは「強さの単位」、エクササイズは「量の単位」ということになります。

 『最後のダイエット』では消費カロリー算出のための単位として出てきていて、その場合、正確には「メッツ×体重×1.05=1時間あたりに使ったカロリー」という計算式になるようです。計算のしやすさを考えると×1.05は省略しても問題なさそうですが、その1.05がどこからきているのかには興味があります。

 ちなみに、カロリーまでもっていかなくても、エクササイズの量だけでも使えます。週に23Exを心がけましょう、というふうに。カロリーを出すには体重が関わってくるので、必要な身体活動量を個人の体重に関係なく示すためにメッツとエクササイズを用いていることが「健康づくりのための運動指針2006〜生活習慣病予防のために〜」にも書いてありました。

 エクササイズという単位を基準に考えると、たとえば1エクササイズの運動として、20分歩くことと、15分自転車に乗ることと、7〜8分水泳をすることが等価になります。

 そのようなメッツの使い方のページはあれこれひっかかってくるものの、メッツそのものの誕生・普及の経緯や数値の出し方についての詳しいページはまだ見つけられていません。とりあえず2000年のアメリカの論文がありそうだということと、メッツが出てくるかどうかわからないけれど1993年の文献も関わっていそうだというところまでは見当がついたのですが、それ以上のことはわかっていません。

 いまのところ、ウィキペディアの「運動強度」のページと「Metabolic equivalents」のページを参考にしています。ここで出てくるMETがいま考えてるメッツと同じものであるという前提のもと。

 後者ではMETというふうにsなし表記になっており、前者ではsがつくのは複数形と説明しています。1MET、2METs、3METs、…ということでしょうか。なんだか不思議な感じがしますし、考えようによっては興味深い表記の仕方です。どうしようか迷ったのですが、このブログではいっそ「メッツ」のカタカナ表記でいくことにしました。

 後者のページをみてみると、4.184という数値を含む式が示されていて、calのことを勉強したおかげでこの数値にひるまなくてすむのがうれしいなぁと思いました。しかしまじまじと眺めているうち、つくづく不思議な計算式だと感じました。

 『最後のダイエット』でメッツを知ったときには、日常活動のメッツの数値(3.3、2.0、1.8というように、小数点以下第一位まで示されている)がありがたくて気がつかなかったのですが、考えてみれば、体重をかけるだけで1時間のおおよその消費カロリーが出てくるなんて、なんだかすごい話に思えてきました。そうなるとますます1.05の背景を知りたくなってきます。

 先ほどのページにもどると、式の直前に 3.5ml O2・kg^(−1)・min^(−1)という量が見られ、これに該当するであろう話が前者のページに書いてあります。これでいくと、メッツは有酸素運動の強度として、単位時間、体重1kgあたりの酸素摂取量をもとにしているということになるでしょうか。

 calというのはもともと、水の比熱が1となるようにつくられたものだと先日勉強しました。そして、いろいろな定義があるらしいこともわかりました。それがいったいどういうふうに消費カロリーに結びつくのか、やはりメッツの背景の計算式をもう一歩踏み込んで知りたい気分です。

 なお、後者には58.2W/m^2という量も出てきますが、難しそうなので、とりあえずそういうものがあるということだけ頭に入れておきます。

 とにもかくにも、また新しい○/(△□)の形の単位に出会えて面白かったです。

 それにしても思うことは。

 こういう単位はどのように作られ、どのように認められ、どのように普及していくのかということ。

 まさかつくったもの勝ちということはないですよね⁉ でも、つくれたらすごいですよね。単位の名称に人名由来のものがいくつもあることをあらためて思い出しています。単位の名前が「〜に因む」というとき、だれがどのタイミングで名前をつけているのでしょうね。いずれにせよ、その単位があることで何かが便利になるから誕生・普及していくのでしょう。

 国際単位系やcalについて調べているときには、規模が大きかったり、慣れ親しんでいることで、逆にそういうことに思いを馳せるところまでいきませんでしたが、メッツという馴染みのない、新しいといってもいいかもしれない単位と出会ったことで、単位というのは見出されるものであり、つくられるものなのだなぁ……ということをあらためて感じています。

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cal(カロリー)とはどのような単位なのか

 生活費の総点検中に出会った単位について考えています。

 次に、ガスです。ガスの使用量はm^3という単位でお知らせがきますが、実際にガスを使うときには、給湯器なりガスコンロなりを通して熱に変換して使っているので、そのままでは計算できません。

 まず、給湯器に関しては「水をお湯にするため」にガスを使っているわけなので、どのくらいの量の水をどのくらいの温度だけあげているか…ということから、ガスの使用量を計算することになりました。

 そこで出てくるのがcalという単位。このcalがなかなか難しいのです。最初は、水1gを1度あげるのが1calという計算をすればいいと思っていたのですが、調べるうちに、そう言い切ってはいけないような気がしてきて、生活ブログのほうでは「とりあえず考えてよさそう」でお茶をにごしました。

 そういえばあのとき、1Lの重さの換算のことをすっかり忘れていました。もっとも、使用時間がものすごく適当なので、そういうことを気にできるレベルの計算にはもともとなっていないのですが。

 で、calの何が難しいかというと、たとえば、14.5℃から15.5℃までという温度指定が出てきたりするのです。温度によって同じ1度でも必要なcalが変わるというのはなんとなく納得できますが、それが温度によってどのくらい違ってくるのか、その程度もわからないし、とにかくその定義のしかたがわからない。

 そうこうするうち、calの定義にはいろいろあることがわかってきました。なお、現在この単位は、使ってよい対象が限定されているもよう。しかし…というか、だからというか、生活のなかでは J や m^3 より、よほど馴染みがあります。

 銀林先生の『量の世界・構造主義的分析』にcalの話も載っていて(p.175〜176)、calは水の比熱が1となるように決められていたこと、ジュールの実験によって、熱量はエネルギーの1つの形態である熱エネルギーに他ならないことがわかったこと、その結果によると、1calは4.1855Jに等価であること、1948年の国際度量衡会議以来、熱量の単位としては、基準温度によって大幅に変わるあいまいなcalをできるだけ用いないで、Jに統一することにしたことなどが書いてあります。

 そして、3600/860を含む式が出てきます。「逆にcalは,……とすることに決めたのであった」というふうに、3600/860から約4.18605を導き出す式になっています。おそらく、1kWh=860kcalの860だと思うのですが、この860がどこからきたのか、何が「逆に」なのかは、まだよくわかっていません。

 なお、現在の計量法は1992年制定であり、いま参照している銀林先生の本は昭和50年、つまり1975年の発行なので、当時は旧計量法であったと思います。

 そんなこんなで、銀林先生の本ですでに 4.1855 と 4.18605 の2通りの数値が出ており、他の数値も見かけて、この微妙な違いはなんなんだろう…と首を傾げていました。

 結局のところ、calの定義はいろいろあるし、実験から求められた数値もあるし、歴史的変遷もあるし、J/cal にあたるこれらの数値がいろいろあっても不思議はないのかもしれないなぁ…という理解にとりあえずいまは落ち着いています。そして現在は(熱力学カロリーとしては?)4.184で定義されている、と。

 ガスの話にもどると、都市ガスの1m^3あたりの発熱量は(ある条件のもと)45メガジュールだそうで、calとMJの換算ができるのならば、m^3として出せそうです。実際には1MJが約239kcalであるところからもっていきました。

 この数値はネットで探してきたものですが、1calを4.184Jとして計算すると1kcalが4184Jとなるので、1Jは、1÷4184×10^6=239.0…より、約239kcalという数値が出てくることは出てきます。

 calについて、まだもやもやした部分はありますが、「そういうことになっているらしい」ですませていた239という数字の背景が少しわかったのはよかったです。

 一方、ガステーブルコンロのほうは、取扱説明書にガス消費量がkWで示されています。12A、13A、LPガス用のほか、標準か強火力かグリルか全点火時かで12通り示してあります。

 となると、今度はkWをm^3までもっていかなくてはなりませんが、これは J をかませることで計算できそうです。電気のところでみたように W=J/s なので、1時間=3600秒から、1kWhを3.6MJとして計算してみました。

 今回は比熱について考えるところまでいきませんでしたが、比熱容量の単位をJの場合で表すと J/(kg・K) という形になるということは頭に入れておきたいと思いました。

 calについては煮詰まってきたので、ここらでいったんアップしてみます。また新たなことを知ったり、自分の勘違いがわかったら追記します。

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A(アンペア)が先かC(クーロン)が先か

 まず、最初に訂正を。前回、SI単位系という書き方をしていましたが、これはちょっとおかしい書き方だとあとで気づきました。国際単位系と書くか、SIと書いたほうがよさそうですね。今後しばらくは国際単位系と書いていきます。

 さて、前回、W(ワット)という単位がつく量について考えました。これがもし外延量だとすると、合併が加法につながる量だということになります。はたして、Wのつく量をつなげることはできるのか?

 そこではたと思ったこと。エアコンと衣類乾燥機とドライヤーを直接つなげることはできないけれど、エアコンと衣類乾燥機とドライヤーを一緒に使うと、わが家のブレーカーは落ちるじゃないかということ。契約アンペアが20Aなのです。

 そう、今度はA(アンペア)という単位が出てきます。堂々のSI基本単位。そうなるとV(ボルト)も気になりますが、こちらの単位を確認してみたところ、W/Aから導き出された形でした。
→ m^2・kg・s^(−3)・A^(−1)

 Wという単位がつく能力をもつ電化製品も、使い始めたとたん、Aという単位がつく量に変わるのでしょうか。あるいは、使い始めたとたん、Wにsがかかって、電力量という量になるということなのでしょうか。

 考えてみれば、エアコンにしろ衣類乾燥機にしろドライヤーにしろ、電流そのものを直接私が使っているわけではなく、それを温度変化なり風なり回転なりなんなりの形に換えてくれたものを使っているわけであり、その「なんなりの形」がそれぞれの家電の役割ということになるのでしょう。

 そう考えると、自分が生活をするなかで、ほんとうにいろいろな量に関わっており、また、それらの量たちがお互いに絡み合っているのだなぁ…としみじみ思います。

 さて、銀林先生の『量の世界・構造主義的分析』では、p.131で A=C/s という式が出てきます。この式の形をみると、アンペアがクーロンで説明されているように見えます。電流は単位時間に流れる電気量(クーロン)によって表される、と。

 しかし、1948年の国際度量衡総会の決定では、むしろ、この電流アンペアを基本単位にとって、電気量クーロンは、1アンペアの電流が1秒間に運ぶ電荷と定義している、と話は続くのです。実際、2006年の文書でもC(クーロン)の単位はsAと表されています。

 消費電力が高い電化製品を同時に使うとブレーカーが落ちる“Aという単位がつく量”は、私にとってはいかにも外延量的なのですが、A=C/sという式は、普通に考えれば内包量を表す式ということになるのでしょう。>補足

 そういうふうに考えていくと、外延量・内包量の区別で量を考えていくのは難しくなってきます。もちろん、いま私がやりたいことは、この区別にとことんこだわることではなく、否定することで何かの主張をなし得たと思うことでもなく、自分をとりまく豊かな量の世界を感じ、それについて考えようとすることです。

 そのひとつの手がかりとして、外延量・内包量という区別を採用してみたわけですが、そんなこんなで、そろそろはなれようと思います。がしかし、はなれる前にひとつ書いておきたいことがあるのです。

 このエントリのタイトルの「A(アンペア)が先かC(クーロン)が先か」の「先」というのは、存在としての先ではなく、定義としての先を意味したものでした。したがって、「鶏が先か卵が先か」の話とは違うと最初は思っていました。しかし、違うといえば違うけれど、つながっている話ではある…と思いなおしました。

 私は国際単位系を意識しはじめたばかりのころ、メートルの定義に秒が含まれていることがひっかかったり、微妙に循環論法に感じられる記述があるのが気になったりしていました。

 しかし、ウィキペディアの「国際単位系」のページに「単位の定義に求められるのは何より実用性、すなわち現在の社会生活に必要かつ十分な精度を持ち、定義値が容易に実現できることである。このため、定義の独立性は意味を持たない」と書かれてあるのを読み、「そうだよなぁ」と納得したのでした。

 実際、国際単位系の2006年日本語版にも、七つの基本量は便宜的に独立であると考えられているけれども、多くの場合、互いに依存しているということを知っておく必要がある、といったことが書かれてあります。

 それで、私が書きたかったのは何かというと、内包量の存在のことです。内包量の定義は難しく、こと数教協の文脈でいくならば「外延量どうしのわり算で得られる量」だとするのがいちばんわかりやすいと私は思ってきました。

 なお、遠山啓はそのように定義はしておらず、“強さ”の量とか、合併から加法がでてこない量とか、そんな感じの説明をしています。また、算数に出てくる内包量は外延量÷外延量の形になるものが多い、という書き方をしていることもあります。(遠山啓著作集・数学教育論シリーズ5のp.108、110)

 ちなみにこういう話のときに合併という概念が出てくるのは、初等教育でとりあつかう量は、なにかの物体もしくは物質の一側面を表す指標であり、物体もしくは物質そのものではない、と遠山啓が考えるからだと私は理解しています(同上p.107)。逆にいえば、量の背後にはかならず物体もしくは物質が存在している、ということになります。

 そういうわけなので、内包量を、外延量÷外延量で得られるものととりあえず定義しているのは私なのですが、もしそうだとしたら、内包量は外延量のあとにくるものだということになります。しかし私は、内包量は内包量そのものとして存在しているのではないか…と考えていることを、書いておきたかったのでした。

 このあたりの話は、結局、内包量そのものと、内包量の数値化を同じと考えるかどうかという話に帰着するのかもしれません。

 さて、それはそうとして、量の単位の関係を考えていると、これらの関係を図に表したくなってきます。実際、銀林先生の本でも、電気関係の単位の系統が図示されているところがあります(p.191)。本に書かれてあるものを自分でかきおこしてみました↓



 「E」は電界の強さを表す単位だと思うのですが、どんな記号なのか、なんとよむのかわかりませんでした。国際単位系にも見つけられず。上の図のなかでは単位の記号を示していると思うのですが…。そうそう、量の話を読むときには、心をしっかりしておかないと、量記号と単位記号がごっちゃになりそうになります。>補足

 それにしても、単位って、人の名前からきているものが多いですね。先ほど、内包量はそれそのものとして存在していると思うと書いたばかりなのに、やっぱり量が量となるのは、人の営みとともにあるからなのかもしれなぁ…と、さっそく前言を撤回…まではいかないけれど、保留にすることになりそうです。

 

〔2020年1月28日〕リンク整理のため、記事の一部を削除・修正しました。

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W(ワット)という単位がつく量はどのような量なのか

 遠山啓著作集を読んでいましたが、最近、生活費の総点検をするなかでいろいろな単位に出会ったので、ここらで少しつっこんで考えてみることにしました。

 電気やガスや水道の使用量の内訳を考えるとき、W、kWh、J、cal、L、m^3などの単位が関係してきますが、まずはじめに電気の計算をするなかで W を kWh にしながらふと思ったのは、W のつく量は数教協でいうところの内包量にあたるのかな…ということでした。

 WはSI単位系ではあるけれど基本単位ではなく、その他の単位や基本単位を組み立てて表すことになるようです。基本単位ではない J を使うのなら J/s となり、この J(ジュール)はガス使用量を算出するときにお世話になりました。

 まずは基本単位の確認から。

   長さ: メートル m
   質量: キログラム kg
   時間: 秒 s
   電流: アンペア A
   熱力学温度: ケルビン K
   物質量: モル mol
   光度: カンデラ cd

 その J 自体もSIの基本単位ではなく、力の単位であるN(ニュートン)を使って、N・mと表せるようです。N、J、Wを順に表していくと次のようになります。

   N → kg・m/s^2
     → m・kg・s^(−2)

   J → N・m
     → m・kg・s^(−2)・m
     → m^2・kg・s^(−2)

   W → J/s
     → m^2・kg・s^(−2)/s
     → m^2・kg・s^(−3)

 こういう話になると手にしたくなるのが、銀林先生の『量の世界・構造主義的分析』です。Wについて書いてあるところを読んでみると、W=J/sを示したうえで、「これは毎秒1Jの仕事をする速さのことである」と書いてあります(p.128)。

 さらに、J について書いてあるページにとぶと、そこはかつて複比例について考えたとき(↓)に参照したページの直後でした。

 かけ算で新しい量をつくる/テンソル積の手前にある複比例

 銀林先生の本では、複比例を考えるにあたり運送料の例がとりあげられていました。貨物の運送料が貨物の重量と輸送距離に複比例すると考えれば、重さと長さをかけたものが「輸送量」を意味している、という話です。

 そして、このような重量×長さと同種の量は物理学では仕事(work)として知られている、と話は続いていきます。「仕事=力×長さ」として。このあとcgs単位系、MKS単位系などの話が出てきて、N、J、Wが登場します。

 さて、Jはエネルギー、仕事、熱量、電力量の単位ですが、数教協的にいえばこれは外延量と考えてよいのでしょう。銀林先生は先の本のなかで、エネルギーは物理学に出てくる最も外延的な外延量だと書かれており(p.189)、常に加法的であるとしています。また、エネルギー保存則にも触れています。

 電気使用量を計算するときは、JではなくkWhという単位になりますが、同じ種類の量だと考えれば、月々の電気料金の請求が1つのkWhの数値からなされることがわかるように、加法的であるというのはよくわかります。

 なお、kWhとJの関係については、後日、ガス使用量の計算でみていきます。

 とにもかくにも、1200Wのドライヤーを月に2時間半使おうが、600Wの電子レンジを月に5時間使おうが、3kWhの電気量を使用したことにかわりはなく、その中身を区別することなく電気料金が請求されます。もっともここに、kWh→円というもうひとつの変換が加わるわけですが。>補足

 というわけで、時間をかけてはじめて電力量となれる「Wという単位がつく量」、仕事率とも呼ばれるこの量は、ますます内包量に思えてきます。

 しかし。

 「力×長さ」は、「重量×長さ」と同種の量とされているのです。数教協風にいえば、「外延量×外延量」である、と。複比例のときに見たように、外延量どうしの積で新しい量が作られるのがあのとき新鮮だったわけですが、こうして作られた新しい外延量は加法性をもっているので、これもまた外延量ということになろうかと思います。

 ということは。「外延量÷外延量=外延量」ということがありうるのだということを、いまさらのように意識したしだいです。そうなると、外延量でわると内包量になる外延量と、外延量でわると新しい外延量ができる外延量がある、ということですよね。

 これまで、外延量というのは合併がそのまま加法を表す量のことだと理解してきました。こちらのほうはまあいいのですが、内包量の説明はなかなか難しく、「そうでない量」とするのもあいまいなので、外延量どうしのわり算で得られる量だ、としてきたことが多かったように思います。

 しかし、外延量どうしのかけ算で外延量が得られることを知ったいま、外延量どうしのわり算で得られる量を内包量とは言えなくなってしまいました。複比例のときには、複内包量という言葉が出てきましたが、複外延量という言葉はないのでしょうか。

 こうなってくると、外延量・内包量という分類では語れなくなってきそうです。

 それにしても、SI単位系を見ていると、量の次元って便利で面白いなぁということと、量というのはお互いに関係しあっているのだなぁ…ということをしみじみ感じます。

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数値が大きいほどTNP(低・燃・費)、逆内包量のこと

 「わからないのかTNP。ちょっとかっこいいからだよ」と所長が言うのは、ダイハツムーヴのCMでした。あのときのムーヴの燃費はリッター27km、すなわちTNP27でした。

 リッター27kmは燃料1Lで27km走る走行能率であり、リッター30kmは燃料1Lで30km走る走行能率なので、どちらが走行能率が高いかというと、リッター30kmのほうです。なので、リッター27kmよりリッター30kmのほうが「燃費が低い=低燃費の度合いが高い」ということになろうかと思います。数値が大きいほうが(燃費が)低いというのが面白いです。

 ちょっと調べたところによると、日本やアメリカでは燃費として単位燃料量あたりの走行距離を用い、欧州各国では「liter/100km」のように一定距離を走行するのに必要な燃料量を用いているのだそうです。「27km/L」は「約0.037L/km」なので、100km走るのに約3.7Lの燃料を必要とします。

 一方、「30km/L」は「約0.033L/km」なので、100km走るのに約3.3Lの燃料を必要とします。「3.7Lから3.3Lになった」ときくと、いかにも「使う燃料が少なくなった」という感じがしますが、「27kmから30kmになった」ときくと、燃料が少なくなったというよりは、「よく走るようになった」という印象になります(個人的には)。「数値が大きいことはいいことだ」という印象を利用するなら、単位燃料量あたりの走行距離のほうがしっくりくるのかもしれない。

 で、日本で採用されている燃費測定方法のことを、10・15モード燃費というのだそうです(そういう1つの測定方法がある、ということ)。市街地を想定した走行パターンを10項目、郊外を想定した走行パターンを15項目設定してあるから、10・15モードなのでしょう。

 やがてムーヴの研究員たちに試練が訪れます。JC08モード(より実態に近い走行状態を想定した測定方法)が導入され、これは10・15モードに比べるとやや低めの数値が出るために。そしてNCI(燃費調査委員会)が登場。

 しかし、ムーヴはさらに改良をかさね、10・15モードでTNP30、JC08モードでTNP27を達成し、小日向文世が「SBN(そんなばかな)」と口にすることになるわけでした。
 
 CMの話はこのくらいにして、何のことを考えているかというと、「逆内包量」のことです。「単位あたり量」は2種類の量の関係であり、たとえば4mの重さが9.2gの針金の場合、重さを長さでわると、2.3g/m(1mあたり2.3g)という内包量が出ます。でも、逆に、長さを重さでわってもいいわけで、そうすると約0.43m/g(1gあたり約0.43m)という内包量が出ます。

 こんなふうに、1つの内包量を2つの量のわり算と考え、わられる数とわる数を入れかえてできる内包量のことを、逆内包量とよぶ場合があるようです。逆内包量があるということは、アクリルたわしの圏(もどき)で示したピンクの矢印は、それぞれ逆方向の矢印も考えることができるよ、ということに対応しています。

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「第3のエコカー」“リッター30km”で関数的比例を考える

 きょうは「第3のエコカー」に注目してみます。 ダイハツの「ミラ イース」のCMのうち、「休日に古民家の再生を手伝うの巻」は印象に残った私。「これあれだろ、外国の俳優でCMやってる…」という会話があったからです。是非次のCMでは「これあれでしょ、“外国の俳優でCMやっている…”っておじさんが車の中で瑛太に話しかけるCMの会社のやつ…」という台詞のあるCM流してほしいな!

 さて、それはそうとして「第3のエコカー」です。そもそも何がどう「第3」なんでしょうか。調べてみたところ、第1がハイブリッドカー、第2が電気自動車で、その次に市場に投入されたとういことで第3のようです。簡単に言えば、ハイブリッドカーはガソリンと電気を動力源とし、電気自動車は電気のみを動力源とし、第3のエコカーはガソリンのみを動力源とするけれども低燃費を果たした、ということなのだろうと私は理解しています。

 燃費リッター30km、つまり30km/L、すなわち1Lで30km走るということが、どれだけすごいことなのか、自動車を持っていない私には想像がつきませんが、環境省サイトの以下の資料によると、1995年くらいに平均で12.5kmくらいだったらしく、2005年で15.5kmくらいらしいので、確かにすごいことかもしれません(「燃費」の「平均」の意味についてはいずれ考えることにしよう)。ガソリン価格が143円/Lのとき、143円で30km走るのですね。
http://www.env.go.jp/council/06earth/y060-47/mat03-2.pdf


 ほんでもって、いま考えたいのは、「関数的比例」のことです。私がなかなか理解できなかった、比例の分類のうちの「量的比例」ではないほう。

 で、たぶんこういうことかなぁ……といまは考えています。

 第3のエコカーのリッター30kmというのは、ガソリン1Lで30km走る性能ということですが、私が1L入りのガソリンタンクを抱きかかえていても30km移動することはできません。また、ガソリンタンクがひとりでに移動することもありません。自動車がないことには。そして、自動車にガソリンを入れただけでも30km移動することはできません。自動車を動かさないと。

 というわけで、環境再生保全機構のサイトで、自動車が動く仕組みについてちょっとお勉強します。(2020年1月31日/リンク切れにつき削除しました)

 まずは、シリンダというものの中で、ガソリンを燃やすのですね。その爆発をピストンの往復運動の動力とする。そして、ピストンの往復運動はコンロッド、クランクシャフトなるものによって回転運動に変えられ、この回転運動がトランスミッションなるものの働きで回転速度・回転力が変換されて駆動輪に伝えられる。つまりおおまかには、爆発→往復運動→回転運動で自動車は走るようです。1Lのガソリンを燃やすことで、その爆発力がある量(回数)の往復運動に変わり、それがまた回転運動の量(回数)に変わり、タイヤが回転すればそれだけ車は走るので、最終的にはそれが距離に変わり、30km進むことになるわけですね。

 「ミラ イース」(の標準?)のタイヤの外径は557mmということで、56cmと考えると外周は約176cm=1.76mなので、30km=30000m走るには17045回転くらいしなければならないということになり、30Lの爆発が17045回転を生み出すと考えていいのでしょうか。って、ものすごく単純に考えればの話ですが。

 ほんでもって、「1L → 30km」が実現するわけですが、そもそもガソリンと道路があっても、リッター30kmという走行能率は存在しません。ガソリンを燃料として自動車を走らせることではじめて存在する数値です。そして、ガソリンの量から距離まで間にいろいろあれこれ変換があったとしても、自動車の燃費としては、ガソリンの量と距離の関係の話になります。したがって、「30km/L」という量、すなわちガソリン1Lあたりに走る道のりという「燃費」を1つの量として認めれば、これを指標をもとにあれこれ語ることができるようになります。

 針金の長さと重さのように、1つの物体の2つの側面としての量のみならず、2つの量の(途中のアレコレをはしょった)関係というのもあり、この「関係」も、「内包量(たとえば燃費)」という1つの量で示せる……というのが、銀林先生いうところの「関数的比例」と「内包量」の関係なのかなぁ、といまは理解しています。

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「アクリル毛糸の量の圏」を作りながら思ったこと

 「アクリル毛糸の量の圏」―― 圏になっているものとして話を進めますが ―― をつくりながら、いろいろなことを思いました。

 以前、圏を自分でさがせるかな?とあれこれ身の回りをみまわしたとき、「対象よりも射をさがすほうが見つけやすそうだな。射をさがすには何か1つのものに2つのものがくっついているもの、その2つのものに方向性があるもの(区別がつけられるもの)じゃないと射にならないよな…」と思ったのですが、分数というのは、まさにその「区別のつく2つのものからなる1つのもの」だと気づき、こんなに身近に「区別のつく2つのものからなる1つのもの」があることになんだか感動してしまいました。もちろん、分数ではなくわり算の商でもよい(どちらかというと商のほうがよい?)のでしょうが。

 そうして思い出す、割合分数論争のこと。ただし、いま問題にしたいのは「1m^2を3等分して得られる1/3m^2」といった意味での「1つの量分数」ではなく、2つの量の関係(商)でありながら1つの量になれる「内包量」です。

 圏を学び始めたばかりのころ、「射」がモノであるのか否かの違いは素人にとっては大きい()と感じていました。しかし、抽象的な関数であったものが具体的な内包量になることを考えると、関数という2つのモノの関係が内包量という1つのモノになるという雰囲気はつかめます。なので、内包量が射になれるのであれば、関係でもありモノでもある射の1つのイメージになりそうです。

 ただし、これが圏の射として正しい理解なのかどうかはまったくわかりません。そして、1つのモノになれた内包量が新たな対象となって新たな圏がつくられるとしたら、「構造と素子」の話につながってくるなぁ…と思っています。がしかし、いまのところまだつながっていないし、その先のことについては依然まったく理解できないままです。

 それにしても、射を「分数」に定義しておきながら、小数で表すってどうよ?と自分でも思います。でも、合成を乗法で定義しているので、結局、分数を“大きさ” ―― あるいは単位を伴った数 ―― として扱っていることになり、とりあえず小数になおしても射としての意味はあるかな…と自分では思うことにしています(そして恒等射のわからなさにはとりあえず目をつぶるのであった)。となると、やはり分数ではなくて、「“わる数”を始域、“わられる数”を終域とするわり算の商」を射としたほうがいいのかもしれません。

 射である分数を“大きさ”で扱うということは、1/2 と 2/4 と 3/6 を同じものとして考えるということであり、アクリル毛糸2玉分、アクリル毛糸3玉分の圏を考えたとき、対象となる量は違ってくるけれど(それぞれ2倍、3倍になる)、射はどれも同じになると考えてよさそうです。

  

 もちろん、同じ種類のアクリル毛糸の場合ですが。そして編んだときの面積に関しては、私が同じかぎ針を使って、同じ網み方で編んだ場合、という条件が必要です。

 そもそも、275^2という面積は、1つの「アクリルたわし」の重さとアクリル毛糸の重さの関係を使って計算で(さらっと)出したものでした。実際にアクリル毛糸1玉分の「たわし」を編んだわけではないので。そんなことしていいのかなぁと気になっていたのですが、どう考えたものか整理ができていない状態です。

 また、長さと重さはいいとしても、「たわし」の面積は私が「たわし」を編まない限り発生しないわけであり、「たわし」を編むという行為には、面積のほかにも関わってくる量があります。

 たとえば、私は1個の「たわし」を編むのに約20分かかるので、3.5個分の「たわし」を編むのにかかる時間は約70分ということになります。この70分と220円の関係を考えた場合、 220円/70分 や 70分/220円 にどんな意味があるのだろう?ということもつらつら考えてみました。

 最初は、「意味のない数値だよなぁ」と思っていたのですが、もし、私がアクリルたわしを編むことをこの上ない楽しみとしている人であれば、「1分間の楽しみをいくらで買っているか」「1円で何分間の楽しみを買っているか」と考えることもできるのかもしれません。さらに、アクリル毛糸の側から言えば、アクリル毛糸1玉を製造する際に、いろいろな量が関わってくるのでしょう。

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銀林浩の、正比例関数から量圏への説明の流れ

 「アクリル毛糸1玉の量の圏」は銀林浩『量の世界・構造主義的分析』の第4章を読みながら考えたことですが、アクリル毛糸という例はもちろんのこと、射を分数にするのも私が勝手に考えたことなので、銀林先生が書かれていることをかなり曲解または誤解しているかもしれません。

 ちなみに、「§3 量のカテゴリ」はどのような話の流れになっているかというと、

● 理念的には、内包量と正比例関数はまったく一致する。しかし、人間にとっての認識の難易からみると、両者のあいだには違いがある。

● 正比例関数による内包量の創出には、認識上の制約がなく、入力-出力という対応関係だけに着目する。これは、内包量の範囲を一挙に拡げるものといえる。

● 関数を介することによって、内包量同士の演算を導入することができる。合成関数と、その加法保存性。2つの内包量のかけ算の定義。

● 正比例関数は双射(1対1)なので、その逆関数が考えられ、逆関数も加法を保存し、正比例関数になる。逆内包量。

● (この節の以下の部分はとばしてもさしつかえないという欄外コメント付きで)以上の叙述は、最近の数学における圏の定義を思い起こさせる。圏の定義。

● 「量圏」を考える意義

そして、

 ところが,これまで,正比例関数は y=ax というただの数学的パターンとしてのみ扱われていたし,量の世界の構築とは関係がなかった。一方,理科や社会科における諸量は,正比例を利用できないために,まったく非系統的にバラバラに,経験的にか天くだりにか与えられていた。これは,量にとっても正比例にとっても不幸な事態であったといわなければならない。

というふうに締めくくられ、正比例による内包量の創出の話へと移っていきます。

 私は、「量を対象とし、正比例関数を射とする圏」が具体的にどういうものなのか、なかなかわかりませんでした。というか、いまもわかっていません。正比例関数という関数自体は1つのものなので、1つ1つの射は「あるひとつの正比例関数」ということなのだろうと思いました。それを y=ax という形の式で与えるとして、aが決まっている場合だと考えてもいいのでしょうが、この式そのものを射としていいのかどうか、その場合、始域と終域を言葉でどう説明すればいいのか、なかなかわからなかったのです。

 で、内包量の二重構造を考える中で、『時代は動く!どうする算数・数学教育』を再び開いたときに、銀林先生は小学校の算数について、小数と分数、かけ算の導入、比例と反比例の3点をあげられており、比例と反比例については「関数的比例ならびに反比例は中学に送るのが望ましい」としたうえで、この3点を整理すると、小学校の低学年・中学年・高学年の教育内容は、「整数/離散量」「小数/外延量」「分数/内包量」と、きわめて合理的に分割され、しかも児童の発達にもマッチしたものとなる、と書かれていたのです。

 へえ、そうか、分数は内包量に対応するんだな…と思い、正比例関数と内包量が理念的に一致するのならば、「正比例関数を射とする」という言葉を「内包量を射とする」に置き換えてもいいのかもしれない、そして、具体的な1つ1つの内包量を表すものとして、具体的な1つ1つの分数を考えることで、圏をつくれないかな?と考えてみたわけなのでした(あとで自分の思考の流れを整理して言語化すれば…の話ですが)。

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アクリル毛糸1玉に関わる量で圏はつくれるかな?

 先日、アクリルたわし用の毛糸を買いました。いつもは百円均一ショップで買うのですが、今回は別のお店で1玉220円で購入しました。45gで67m。この毛糸を使って私は直径約10cmの円形のたわしを編みます(使うかぎ針は、毛糸の太さに対して少し小さめのもの)。面積に換算すると約78.5^2、重さは約13gです。1玉から約3.5個分のアクリルたわしが作れる計算になるので、1玉で275^2分くらい編めることになります。

 というように、アクリル毛糸1玉に関する量はいろいろとあるわけですが、その中から「220円」「45g」「67m」「275^2」という外延量を取り出して、これらを対象とする圏はつくれないか考えてみることにしました。射は、これらの量を分母、分子にもつ「分数」です。そして、分母を始域、分子を終域にします。とりあえず、射として次の5つを考えてみます。



 それぞれの分数を小数第2位までの概数で表して単位を添えると、次のようになります。



 数字を丸付きにしてしまったので、かっこ付きに換えてこれらの値が何を表しているかを書くと、(1)は1円あたりの重さ、(2)は1gあたりの長さ、(3)は毛糸1mで編めるたわしの面積、(4)はたわし1cm^2を編むのにかかる毛糸の値段、(5)はたわし1cm^2を編むのに必要な毛糸の重さを表しています。つまり、射はすべて外延量÷外延量で得られる内包量ということになります。ちなみにそれぞれの矢印をひっくり返すと、それぞれの逆の内包量ができます。また、図には示していませんが、「220円」と「67m」を結ぶ→と←も考えることができます。

 では、射の合成はどうなるかというと、「かけ算」で与えることができそうです。たとえば、(4)と(1)の積は、(5)に一致します。1cm^2分のたわしを編むのに0.8円必要で、1円当たりの毛糸の重さは0.2gなので、0.8円では0.8×0.2=0.16(g)となり、1^2分のたわしを編むのに0.16gの毛糸が必要だということと一致します。



 乗法に結合法則が成り立つことを考えると、かけあわせる順番は関係なさそうです。これで圏の合成の条件も満たしました。

 で、恒等射が難しいのですが、とりあえず1つの量を分母と分子とする分数を考えると「1」という数とみなせ、これが実質的に何を意味するのかは自分でもさっぱりわからないけれど、とりあえずかけ算においては他に影響を与えないので、恒等射の条件は満たしそうです。

 というわけで一応、圏の定義は満たしていると思うのですが、これを圏といっていいでしょうか。

 なお、ある量を分母としてある量を分子とする分数は1つしか作れないので、この圏は(もし圏なのであれば)「やせた圏」ということになりそうです。

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