TETRA'S MATH

数学と数学教育

林晋さんの田辺元論文を通して読む、ブラウワーの直観主義数学の本質

林晋さんの

 田辺元の「数理哲学」
 http://www.shayashi.jp/sisou201201a.pdf

から、

 「数理哲学」としての種の論理
 ―田辺哲学テキスト生成研究の試み(一)―
 http://www.shayashi.jp/Tanabe/shyunoronri20101110.pdf

に移っております。いやー、面白いです。林晋さんって、貴重な位置にいる方ですね〜〜(って私が言うのもえらそうですが…)

 後者の論文は、以前にもこのブログでリンクしています。近藤和敬『カヴァイエス研究』を読むにあたり、ブラウワーの自由選列について知りたくなったとき、少しお世話になりました()。

 そのほかブラウワーとの接触といえば、金子洋之著『ダメットにたどりつくまで---反実在論とは何か---』において。

 数学はメンタルな「行為」だと主張した人:ブラウワー
 ブラウワー/ハイティンク/ダメットの関係
 ブラウワーがいうところの数学の無言語性

 直観主義論理については、野矢茂樹『論理学』や山下正男『論理学史』などでも接触がありました。後者はハッセ図で考えたのでした。6年半前だ。

 直観主義論理の公理系
 直観主義論理を表すハッセ図・1

 今回は、田辺元の「数理哲学」を研究する林晋さんの言葉を借りて、ブラウワーがどんなことを考えていたのか、そして歴史的にはどういう流れになっていったのかを大まかに見ていきたいと思います。最初にリンクした2つの論文のうちの、後者の第三章の内容をざっと読んでいく形になります。

***

 19世紀〜20世紀初頭のお話。

 ニュートン、ライプニッツ以来、無限小の矛盾的性格は数学者を悩ませ続けた。この状況の解消を目指し、論理学や集合の概念を用いて極限、実数などの概念を整備することが行われたのが、いわゆる「解析学の算術化」。ところが、算術化に用いられた集合・論理概念が集合論のアンチノミーを導き、却って「数学の危機」を招く。

 その後、数学の基礎について様々な思想が現れ、この困難を取り除こうとした。危機に瀕して現れた数学思想の内で大きな流れを形成したのが、ラッセルの「論理主義」、ヒルベルトの「形式主義」、ブラウワーの「直観主義」。現代の数学は、公式見解ではヒルベルトの形式主義研究の中で作られた「公理的集合論」が支えていることになる。これは論理主義の末裔と考えることもでき、残る直観主義は、現代の数学の基礎については、ほとんど何の貢献をもしていない。

 直観主義数学は、数学史上の奇観ともいうべきもの。20世紀初頭という、数学が哲学から哲学的にも独立する過程の最後に現れ、数学の存在論についての哲学的考察から数学の基礎を改変し、さらには数学的内容(定理、定義など)自体を変えようとした。それは、結局は受け入れられなかったという社会的側面を無視すれば、「正しい理論」だった。

 ブラウワーは、彼の数理哲学的基礎をカントに求め、その哲学的「基本方針」は次のように特徴づけることができた。非ユークリッド幾何学や相対性理論などの登場により、人間が先験的なユークリッド空間直観を持つというカント哲学に基づく数学観が否定された後、残る時間直観のみで数学を再構成すべきである、と。

 ブラウワーにとっては、直観主義数学の本質は、彼が「二一性」とも呼んだカント風の「時間の原直観」なのである。

(tamami注:私もかつて誤解していた…というか理解不足だったのですが、排中律云々は本質的な問題ではないようです)

***

 「二一性」については、上記でもリンクした、ブラウワーがいうところの数学の無言語性で少し書いています。
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田辺哲学がもつ哲学の3つの流れと、外延・内包的な連続体の構成

 林晋さんの

 田辺元の「数理哲学」
 http://www.shayashi.jp/sisou201201a.pdf

を読んでいます。きょうは、4ページめ(p.200)に出てくる、「田辺哲学は哲学の3つの流れをすべて内含している」という話について。その3つとは、大陸哲学、英米哲学、そしてこれらが分断するまえともにルーツとしていたとされる新カント派(と、私は理解しました)。

 林さんいわく、
田辺は、分断していく現代哲学を繋ぎ止めようと孤軍奮闘した世界思想史的に見ても稀有な哲学者なのである。

 大陸哲学と英米哲学(の分断)および「新カント派」については、一応、過去にほんの少しだけ接触があるにはありました。

 前2つについては、クワイン関連の本のさわりを読んでいたとき→「論理実証主義」と「経験主義」と「ウィーン学団」と、國分功一郎『暇と退屈の倫理学』を読んでいたとき→あとで考えたいことの整理(合理主義と経験主義、ハイデッガーとスピノザ)と、近代について考えていたとき→近世哲学の祖としてのデカルト、数学と世界観

 新カント派、ヘルマン・コーエンについては、以前、森村修さんの論文を読んだとき→森村修「多様体と微分法」を読んでいく [3]/コーヘンと田邊元の「内包量」概念

 今回は林さんの言葉を借りながら、ラッセル、コーエン、田辺元の関係性をざっとおさらいしてみます。コーエンが微分哲学を提唱した時期は、数学から無限小が放逐される最終段階の時代であり、コーエンの微分哲学はラッセルから手酷い批判を受けることになりました。そして、コーエンの後継者であるナルトプが無限小を放棄して極限に置き換え、コーエン哲学をラッセルの批判から救い出そうとした。

 田辺元はといえば、ラッセルの数学的正しさを認めながら、それでも哲学者としてはコーエンのほうが深い、という姿勢をとったようです。これはナルトプがとった戦略の踏襲であった、ということも書いてあります。

 この田辺=ナルトプの戦略には重要な前提があったのだそうです。それは、数学と哲学はともに連続体について語りながら、別の真理をもつという二元論。自然科学の成功と哲学の劣勢を意識した新カント派特有の防衛戦略であるとか。

 文化科学を自然科学から区別したハインリッヒ・リッカートの場合は、歴史と自然という対象の違いを強調できたようですが、田辺元の場合、数学も哲学もともに語るのは「連続体」という同じ対象。にもかかわらず矛盾する二重の評価が可能なのは、外延量的連続体から内包量的連続体が区別されるから。

 ラッセルは、デデキント切断の2つの集合の対の左の集合だけを使って1つの実数を定義し、それの集まりとしての連続体を定義したわけで、田辺元の言葉でいえば、これは外延的に連続体を構成した、ということになります。それとは別に、微分が基本概念となる「内包的」な連続体があり、それこそが哲学者が問題とすべき「連続体」だ、と。

 外延的連続体と内包的連続体の区別は、新カント派を特徴づける二元論の表れだそうで、その後、哲学の歴史は、後者を語れぬものとして無視し前者の方向に進む英米系哲学と、後者を生の哲学のほうに伸ばし前者には触れもしないハイデガー的大陸哲学に分離した、ということのようです。

 ところが田辺元は、終生、二元論を捨てず、また、内包的連続体に拘った。

 このあと林さんは、『数理の歴史主義展開』から次の部分を引用しておられます。

「しかしもちろん、内包量が内包量のままで数学の対象にならぬことも、また否定せられない。数学としての困難が、これと外延量との媒介をいかに附けるかという点にあることは明である」

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√2を定義する2つの方法(切断と極限、ブラウワーの自由選出)

 田辺元「数理の歴史主義展開―数学基礎論覚書―」を読もうとしているところですが、まだ2節めを読み始めたばかりなのに、いきなり林晋さんの次の論文にもどっています。(←せっかち)

田辺元の「数理哲学」 http://www.shayashi.jp/sisou201201a.pdf

 この論文の9ページめ(p.205)で示されている「√2の定義」の話を、ちょっとのぞいておきます。林さんは、現代数学で無理数を定義するとき主に2つの方法がとられるとして、√2を例にとり、切断の方法と極限の方法を示しています。

 切断の方法というのは、√2より小さい有理数の集合と、√2より大きい有理数の集合の対とで√2が定義されたとする方法。ただし、この言い回しだと定義文のなかに定義されるべき√2が入ってしまっているので、別の言葉にする必要があるのですが、とにもかくにも連続体を切った切り口により√2を定義する考え方ということになります。

 もう一方の極限の方法というのは、√2を小数展開したときの1.41421を、1、1.4、1.41、1.414、…の数列とみなすことをもとにした定義のしかたで、ブラウワーの連続体論はこの極限の方法をとっているようです。さらに、そこには「自由選出」という特徴がある、と。

 林さんはここで「自由選“出”」という言葉を使われていますが、あとの部分で「自由選出列」という言葉も出てきているので、過去にこのブログで「自由選“列”」と称したものと同じ概念だろうと現段階では理解しています。

 ブラウワーの「自由選列」については、以下のようなエントリを書いています。


ブラウアーの「自由選列」に関する論文3つ
http://math.artet.net/?eid=1421720

ブラウアーの「選列」(1)/自然数で列をつくる
http://math.artet.net/?eid=1421724

ブラウアーの「選列」(2)/spread
http://math.artet.net/?eid=1421725

ブラウアーの「選列」(3)/コイントスと連続性
http://math.artet.net/?eid=1421726


 林晋さんの論文では、このあと田辺元の「変化」(極限より切断のほうが優れていると意見を変えていること)について触れておられ、これはこれで興味深いのですが、ひとまずがーっととばして15ページめ(p.211)に進むと、位相意味論を使えばブラウワーの自由選出列のモデルは簡単に作れる、ということが書かれています。

 位相意味論という用語はあまり耳にしないので、一応検索してみたのですが、どんぴしゃりのものがばんばんひっかかってくるほど一般的な言葉ではないようです。ただし、林さんの論文の上記のページに「トポス」の文字が見られますので、そのあたりに関連した話なんだろうということは、検索結果からも感じられます。

 というか、はやくそこにいきたいわけなのでございます。(←せっかち)

 予感を実感にするために。
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田辺元「数理の歴史主義展開―数学基礎論覚書―」のオープニング

 田辺元「数理の歴史主義展開―数学基礎論覚書―」は、次の1行から始まります。

 今日の数学が一般的にいって、公理主義の立場に立つものなることは改めて言うを俟たないであろう。

田辺元『哲学の根本問題・数理の歴史主義展開』/岩波文庫/p.219/ルビ略)

 最初の一節のタイトルは「1 数学基礎論・公理主義・証明論」。登場人物はカントール、ラッセル、ブラウワー、ヒルベルト、語句としては公理主義、二律背反、無限連続、集合論、論理主義、高次、直観主義、形式主義、証明論、超数学などが出てきます。つまりは、そういう歴史を3ページちょっとでざっと概観したうえで、公理主義が今日一般に数学界を支配するのは当然だろう、ということを述べた内容になっています。

 「後記」の日付は1954年なので、単純に引き算すると、田辺元が69歳くらいのときの文章のようです。実際、「…、今や一生の終に近い老学究の告白述懐として、…」といったことも書かれてあるので、つまりはそういう性質の覚書なのでしょう。

 続く「2 公理主義に対する連続体、切断概念の困難」では、ゲーデルとデテキントの名も出てきますが、ゲーデルはちょろっと出てくるだけなのに対して、やはりデデキントの切断概念は重要だと感じられます。

 ちなみに、文中で出てくる語句に対しては、巻末に、編者の藤田正勝さんによる注解が示されています。たとえば「デデキントの切断」だとこんなふうに…↓

デデキント切断 数学の基礎をなす実数の理論に不備があることに気づいたデデキント(Richard Dedekind, 1831−1916)は、『連続性と無理数』(一八七二年)において「切断」(Schnitt)という概念を導入し、連続を定義するとともに、実数が有理数と無理数からなることを示した。田辺は『岩波哲学辞典』(一九二二年)のために執筆した「切断」という項目のなかでこのデデキントの「切断」の概念について論じている(『田邊元全集』第一五巻四四七頁)。


 そんなこんなで、「うー、やはりここ(デデキントの切断)を理解するところから始めねばならないのか…」と思いつつ読み進めていくことになるのですが、そうこうするうち、デデキントの切断を理解しなくても田辺元の言わんとすることはわかると思えてくるので不思議です。でも、数学の話として読むならば、もちろんのこと、ここ(デデキントの切断)の理解は避けられないのでしょう。

 それにしても、やはりというか、なんというか、言葉遣いが独特でございます。

なぜならば、切断は極限の如く一方的に系列のそれに近迫する固定点ではあり得ない、もし単にかかるものに過ぎないならば、それは決して、それを挟み相対立するところの方向反対なる両系列を、飛躍的に転換媒介することはできぬからである。切断は相対立する反方向的系列を互に喰合わせ、交互否定の極「無」の底に沈めて、翻転的にこれを復活し、相浸透せしむる如き、絶対無の象徴でなければならない。それは決して、単に両系列の間に有として固定せられた同時存在的空間点ではなく、両系列の発展衝迫毎にそれが互に否定、交徹、循環する渦動の中心として、不断に更新せられるところの、無なる生滅転換点ないし振動点であるより外ない。

(p.225)
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田辺元「数理の歴史主義展開」の組み立て

 「(つづく)」と書いておきながら、1ヶ月半もあいてしまいました。前回のエントリを書いた翌々日に頚椎椎間板ヘルニアを発症したりしましたが、なんとか元気で暮らしています。

 で、その後、やっぱり田辺元そのものを読んだほうがいいんじゃないかという気持ちになり、岩波文庫を2冊買いました。『種の論理』と『哲学の根本問題・数理の歴史主義展開』です(藤田正勝編)。とりあえず「数理の歴史主義展開」を読めるところまで読もうかと思っているところです。

 まだ読み始めたばかりなのでなんとも言えませんが、少なくともオープニングから″ひいてしまう”ということはなく、わかるところはスッとわかります。でも、わからないところはサッとわからなくなる。そんな感覚を味わっています。

 ひとまず、組み立てを示しておきます。

1 数学基礎論・公理主義・証明論
2 公理主義に対する連続体、切断概念の困難
3 場所的直観説の不備、時空「世界」の歴史性
4 数学的直観の歴史主義的制約
5 歴史主義と数学の妥当性
6 ヒルベルトの公理主義とカントの批判主義
7 二重背反突破の方法としての歴史主義と、
  公理主義との対決
8 数学の自由主義(集合論)より歴史主義(位相学)への進展
9 連続的見地と交互二重的方法とに由来する
  位相学の歴史主義的構造
10 集合論的位相学と代数学的位相学との媒介統一
11 位相学の行為主義的歴史主義構造
12 位相学と集合論との相補的結合
13 公理主義、プラトン弁証法、及び歴史主義の、
  発展的統一
後記 覚書の由来と要旨

 全部読めるかどうかはわかりませんが、とりあえず手にしていますというご報告まで…
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先に書いておく、遠山啓と田辺元の少しのつながり

 遠山啓関連の本のなかで、田辺元の名前を一度だけ見かけたことがあります。著作集の数学教育論シリーズ5『量とはなにか―機p.37。外延量・内包量という言葉は遠山啓の新造語ではないことを説明するにあたり、田辺元『数理哲学研究』を例にあげているのです。

 遠山啓が1960年頃に数学教育ではじめてこの言葉を使ったとき、やたらに新しい術語をつくるのは不届きだという意味の非難を受けたそうなのですが、その非難は見当ちがいであり、こういうことをいう人こそ自分の不勉強を恥じるべきであると遠山啓は述べています。「それと同時に従来の数学研究で量の研究がいかに等閑に付されていたかの証拠でもある」と。

 しかし、遠山啓は哲学者をひきあいに出したあと、哲学者の説明は厳密でないうらみがあるとして、数学者ワイルの定義を示すのでした。

 とりあえず、遠山啓が田辺元の著作に触れているのを見たのは、私はこの箇所だけなのですが、もしかするとその他の文章でもちょろっと出てきているということはあるかもしれません。

 いずれにせよ、遠山啓が田辺元に(頻繁に名を出すほど)傾倒していたということはなさそうな気がするし、強い影響を受けたということはないような気がしているのですが(←私の勝手な想像)、だとしても私の田辺元に対する興味は、遠山啓に対する興味とつながっているんだろうなぁと予想しています。

 はやい話、「内包量」あるいは「内包」ということについて考えたいのです。

 もう一度、いま私が考えたい2つのことを書き出してみます。

● 積分的であることを拒否し、微分的であることに徹する

● 「時間軸」というものは、決して大域的に鳥瞰することは適わないものである

 この2つのことに対する私のイメージは自分のなかでけっこう強まっているのですが、それをもう少し深く豊かにしたい、他の方と共有できるように表現したいというのが、いまの自分の願いなのでした。

 遠山啓の話をもう少ししておくと、「量圏」のその先と、森ダイヤグラムで書いたように、遠山啓と森毅の微分に対する視点は違っていたようなのです。その視点の違いとは、微分することを商のかたちでおさえるのか、積のかたちでおさえるのかということ。

 具体的にどのような考えに基づいて遠山啓と森毅がそれぞれの主張をしたのかまでは確認できていませんが、もしかすると、上記の「微分的であることに徹する」ということと、「微分することを商のかたちでおさえる」ということは、無関係ではないのかもしれません。

 なお、いま私が考えたいことは、外延量・内包量を初等数学教育に持ち込むことの意味ではなく、それを教育に持ち込んだ遠山啓の功罪について考えることではないことを付記しておきます。

(つづく)
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田辺元が気になっている

 ここのところ、田辺元が気になっています。

(田辺元と書いたほうがいいのか、田邊元と書いたほうがいいのかよくわからないのですが、ひとまず「田辺元」と表記させていただきます)

 その関係で、林晋さんの文章や講演レジュメなどを読む機会が増えているきょうこのごろ。林晋さんのブログから、カテゴリー:田辺元をリンク↓
http://www.shayashi.jp/xoopsMain/html/
modules/wordpress/index.php?cat=2


 1月に出会ったのは、次の文章たちです。最初の論文は、過去に結城浩『数学ガール/ガロア理論』を手にすることになった意外な経緯/滝とリゾルベントでもリンクしています。


■「澤口昭聿・中沢新一の多様体哲学について
      ―田辺哲学テキスト生成研究の試み(二)―」

http://www.shayashi.jp/
tayotaitetugakuhihanCorrected20130204.pdf



■田辺元の「数理哲学」
http://www.shayashi.jp/sisou201201a.pdf


■西田・田辺記念講演会2011
「種の論理再考―数理思想史の観点から」レジュメ

http://www.shayashi.jp/xoopsMain/html/
modules/wordpress/index.php?p=145





 田辺元といえば、以前、森村修さんの次の論文もリンクしました。


■『多様体と微分法―田邊元の「多様体の哲学」(2)
      ―「多様体の哲学」の異端的系譜(2)』森村修

http://repo.lib.hosei.ac.jp/bitstream/
10114/6372/1/ibunka10_morimura.pdf



 さらに最近、以下の論文タイトルを見つけて気になっています。まだ中身は読むことができていません。


■連続と切断 : 田邊元の後期数理哲学における「ベルクソン主義」について
http://ci.nii.ac.jp/naid/40020172742


「種の論理」におけるメタフィジックス : ドゥルーズ哲学から見た田辺の実践哲学
http://ci.nii.ac.jp/naid/40020172551




 私がもっとも考えたいのは、最初にリンクした論文の次の箇所のことです。
積分的であることを拒否し、微分的であることに徹する
(二六頁)
彼にとって「時間軸」というものは、決して大域的に鳥瞰することは適わないものなのである。
(六三頁)  

 上記リンク先の文章を読んでいると、他のことにも興味が広がっていきます。

(つづく)
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森村修「多様体と微分法」を読んでいく [6]/ダイナミズムの数学と「モナド」

 『多様体と微分法―田邊元の「多様体の哲学」(2)―「多様体の哲学」の異端的系譜(2)』森村修
http://repo.lib.hosei.ac.jp/bitstream/10114/6372/1/
ibunka10_morimura.pdf


を、部分的に読んできました。きょうは「おわりに代えて−「種の論理」と〈数学の形而上学〉」(33ぺージめ/p.119以降)を読んで、ひとまず締めくくりにしたいと思います。



 田邊元は、古代幾何学をサブスタンスの数学、近世の解析幾何学をメカニズムの数学、そして19世紀の代数学をダイナミズムの数学と区分しているそうです。「19世紀の代数学がダイナミズム?」とちょっと不思議に思ったのですが、19世紀の形式主義集合論は解析学にもとづくメカニズムの数学であり、田邊元いうところの「運動の立場」で、19世紀以降のダイナミズムの数学は、「力の立場」に立っているものなのだそう。

 「運動の立場」というのは、デカルト幾何学の延長としての、ニュートン力学のような立場をさしているようです。この立場では、ものの運動を一方に動く一重の観方で捉えようとする。たとえば「流率(fluxion)」という概念は運動の側面から連続量を考察したものであり、現代数学でいえば、極限法の考え方と同じ世界観にもとづいている。下村寅太郎さんによると、ニュートンの流率論は「すべての量を無限小の要素の集合とせず、点、直線、平面の連続的運動によって産出されたものと解する」ことに、その根本思想をもっているとのこと。

 しかし田邊元いわく、デカルトやニュートンのような「機械的自然観」では、「力」を捉えることができない、と。力は一方向と反対方向というように、二つの別々の方向をもった力と考えたのでは成り立たない。力は順逆というものが一緒にならなければ考えられない。したがって、「力の立場」から見たときに初めて、連続は「二重の反対の方向の統一」というダイナミズムの力学的統一によって形成される、というふうに、田邊元は考えたようです。

 そのためには、ニュートンの意味での微分ではなくて、ライプニッツの意味での微分法が要請される。ライプニッツは、「真の存在」は延長的に拡がっているのではなくて、自分自身の力で内から発展するものであり、「内包的なもの」であると考えた。実体を内包的として解しようとする立場は、全体と部分とを排除的ではなく、共存的として認めるものでなければならない。一の内に多を、しかも無限なる多を含むもの、すなわち性質をもてる一として、量的一でなく質的一でなければならない。こういうものが、単に外延的な量に対する、内包的(intensif)な量であり、このような意味での内包量がまさしく「無限小」、「微分」と呼ばれた…という話が、下村寅太郎『ライプニッツ』の引用部分に書いてあります。

 そして、モナドが出てくるのです。

 それ自身は「一」にして内に無限を含むもの、外に部分をもつものでなく「それ自身によって一なるもの」(unumperse)のみが真に実在的な存在、実体であり得る。これをライプニッツは「単子」(monade)と呼んだ、と。

 モナドってそういうことだったんだ〜〜と、初めてほんの少しわかったような気がしました。

 ライプニッツにとって、実体(モナド)は、外延的なもののように部分を寄せ集めて全体を構成するのではなく、全体が先にあってその制限としてのみ部分が考えられるようなものだった。そして自らの内に「多」を「無限」に含み込みながら、性質を保持する一者である。

 論文ではこのあと、数学基礎論から弁証法的哲学へと移行した田邊元が、「種の論理」における「種」の問題を見出した話などが書かれてありますが、今回はだいたいこんな感じで読み終わることにします。

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森村修「多様体と微分法」を読んでいく [5]/「単一性」は「質」

 『多様体と微分法―田邊元の「多様体の哲学」(2)―「多様体の哲学」の異端的系譜(2)』森村修
http://repo.lib.hosei.ac.jp/bitstream/10114/6372/1/ibunka10_morimura.pdf

を読んでいます。



 前々回でも見たように、コーヘンにとって内包量は(さしあたり)外延量にとって先行条件として現れるものでした。どうしてかというと、数多性の統一〔=単一性〕が考えられなければならないとき、まず統一〔=単一性〕そのものが考えられなければならないから(あら? 『差異と反復』にこれに関わることが書いてあったような…)。その際に、統一〔=単一性〕としてしか理解されない統一〔=単一性〕がある。そしてそこには、この絶対的な統一〔=単一性〕にその場所を際立たせるための、事象論的な欲求がある。なぜなら、この欲求によって初めて、あたかも対象が生まれてくるように見えるから。

 ほんでもってこのあとJ・ヴィユマンという人が出てきて、さらにカントをからめた議論が展開されていくのですが、がっさり割愛して、田邊元がコーヘンを援用してもっとも語りたかったと思われることをまとめると、「実在的な物理学的対象が感覚の内包量=強度量に基づいて、外延量をもった現象として超越論的に構成される」ということになりそうです。こうして田邊元は、コーヘンの〈微分法の形而上学〉を物理学的対象の〈超越論的基礎づけ〉の方法論として重視した、と。

 私は、次の部分がわかりやすいと思いました(28〜29ページめ/p.114〜115)。

 外延量としての〈多なるもの=数多性〉がその要素である〈一なるもの=単一性〉をあらかじめ前提しなければならないとするならば、そもそもその〈一なるもの=単一性〉とは何なのか。たとえそれを「量」的なものとして、すなわち、数であれ外延量であれ、何らかのかたちで計測・計量できるものとして考えたとしても、それはまたさらに細かい数や量へと無限に分割可能である。そしてその際も、再び同じ問いが惹起されることは否めない。したがって、〈多なるもの=数多性〉を成り立たせている要素としての〈一なるもの=単一性〉は、もはや「外延量」としては規定されず、「質」として考えるしかない。

 私はこの説明を(あらためて)読んだとき、「比的率」は外延量という考え方(5)/「単位」の深みにはまるを思い出しました。「単位は生まれながらに内包量かもしれない」と思った話。あのときにはSI単位のことを考えていたので、直接つなげてよい話ではないかもしれませんが、単一性はもはや外延量ではなく、「質=内包量」であるという考えが、あの時点でのエキセントリックな感覚を通して、腑に落ちるのです。
意識の本性に基づけて連続量を考えるとすれば、もはや数の連続性は単純に外延量としての連続的無限ではない。その一方で、外延量としての数連続を、その当の数連続を分割することによって得られる、さまざまな部分の集積と考える限り、内包量としての微分概念は、その意味を失うことになる。外延量として数の連続性を捉えるのは、現代数学の立場であり、そのように考える限り、コーヘンの〈微分法の形而上学〉は台無しになってしまう。
 (29ページめ/p.115)

 田邊元は、単に現代数学に基づいて外延量として数連続を考えることもしなかったけれど、コーヘンに基づいて内包量が外延量を超越論的に構成することで問題が解決するとも考えなかったようです。「彼は、西田哲学に基づいて、数連続の無限性を意識の本性に基づけて、〈多なるものの統一〉を成立させようとした。つまり、田邊がコーヘン哲学を擁護しながら、コーヘン哲学とは一線を画する思考を持っていたと考えることができるのである」と森村さん。

 しかしラッセルは、こういう考え方は受け入れません。ラッセルにとって非外延的であるのは「点」や「瞬間」であり、dxもdyも数であって、点や瞬間ではない。したがって、それらは無限に小さい拡がりや距離に対応していなければならないが、dx、dyは距離にも拡がりにも対応していない。したがって、dx、dyは非外延的でもなければ、存在することもありえない、と(だいぶ端折っています)。私、ラッセルに会ったことはありませんが、何かにつけて、ラッセルらしいなぁと思います。>時間と変化についてラッセルはどう考えたのか 写真からしてそんな感じ(^^)

 田邊元は、“現代数学者”としてのラッセルの批判を受け入れた上で、コーヘンの微分論と、その形而上学を擁護しました。田邊元にとって、コーヘン哲学が重要であったのは、それが感覚を内包量の原理に即して基礎づけ、実在的で客観的な物理的対象の構成という先験的〔超越論的〕基礎づけを遂行しうると考えたから。実際にラッセルがコーヘンに反対したその内容については、「正当」だというふうに田邊元はとらえていたようです(31ページめ/p.117)。

 田邊元のように、現代数学側からの批判を受け入れること、そして、ある問題にあるアプローチで接近しているときに、自分が数学の学問性から逸脱しつつあることを自覚すること(35ページめ/p.121)は、大切なことなのだろうと思います。そしてなおかつ、以下のことも大事だと思います。
私は、田邊が思いのほかざまざまな角度から「種の論理」を精緻に理論化しようとしていたと考えている。単なる天皇制イデオロギーや、新しい社会哲学という意味合いを超えて、田邊の博覧強記ともいえる思考のダイナミズムは、「種の論理」を根底で支えている〈数学の形而上学〉の思考を駆動力としているといってよい。
 (33ページめ/p.119)


 っていうか・・・

 実は、おととい池田真治さんと森田真生さん(まんなかの2文字がおんなじだ〜!)を知った私は、もはや、現代数学者からの批判とか、「それは数学にとって有害であるかい否か?」的な議論に対する興味が激減しちゃったのですー^^;。


(つづく)
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森村修「多様体と微分法」を読んでいく [4]/田邊元にとっての微分法と実在的対象

 『多様体と微分法―田邊元の「多様体の哲学」(2)―「多様体の哲学」の異端的系譜(2)』森村修
http://repo.lib.hosei.ac.jp/bitstream/10114/6372/1/ibunka10_morimura.pdf

を読んでいます。



 そんなこんなで、「微分=無限小」概念を、「生産点」として考えたコーヘン‐田邊元ですが、「生産点」は数学的思考にとっては不可能なので、これ以上のことは数学という学問領域では考えられず(数学的思考ではもはや不充分であり)、田邊元は西田哲学から借りてきた形而上学的=超物理学的思考を要請することになるらしいのです。

 この言い方は面白いな、と思います。たとえば、続く話のなかで、

数学という学の内部で「微分」概念を検討する際に、思考の現場を数学的秩序から形而上学(=超物理学)的秩序へと移し替えることには、ある種の危険がつきまとう。なぜなら、数学史的に見て、「微分」概念は算術化=数論化の流れのなかで数学から排除されてしまい、もはや数学の内部ではいわゆる形而上学的思考は不必要であるどころか、有害であるとすらいうことができるからだ。

 (22ページめ/p.108)

と書いてありますが、「数学に形而上学を持ち込むことは有害である」という言い方と、「もはや数学的思考では不充分である」という言い方は、ニュアンスが違いますよね。あくまでも「数学をやりたい」人は前者になるだろうし、何かの概念を構築する際に、「数学的思考法を用いる」人は後者になるでしょう。

 こういう“胡散臭いもの”を徹底的に排除しようとしたのが、数学者としてのラッセルだったようです。面白いですね、ウィキペディアによるとラッセルの肩書きは「イギリスの哲学者、論理学者、数学者」となっていて、数学者はいちばん最後についているのだけれど。

 ラッセルは、ライプニッツ‐コーヘンの微分法の理解を「神秘主義」として斥けた。しかも、論理主義を標傍し、あらゆる数学を論理学から構成しようとするラッセルにとっては、形而上学的な残滓を引きずるライプニッツ的な意味での「微分」概念と、それに基づく「量」概念を数学界から駆逐したいという気持ちもあっただろう。

(22ページめ/p.108)

 こうきくと、たとえ遠山啓の数教育についての理論がラッセル&フレーゲに由来していた可能性が高い()としても、量の理論ではむしろ相対する考え方をもっていた、ということができるかと思います。

 そんなこんなで、ラッセルはコーヘンの非数学的思考を批判したわけですが、田邊元はコーヘンを擁護しました。田邊元はコーヘンの微分論について、こんなことを語っていたようです。

 「コーヘンの考えによれば、単に外延量たる時空のみでは吾人はrealな物理的対象の認識に達することはできぬ。数はカントのいわゆる純粋直観たる時空の抽象的形式を測る方便たるに足るとしても、実在的の事物に対しては不充分である。実在的の事物を測り、抽象的の幾何学的形象を、具体的の物理学的物体たらしめんがために必要なる原理の基礎として導入せられるのが微分の概念である。これは外延量的でなくして内包量的である」

(23ページめ/p.109)

 森村修さんいわく、田邊元は幾何学的な抽象性から物理学的な具体性へと観点をずらして、幾何学的で抽象的な形象から、感覚・知覚の対象としての物理学的物体を理解するために、「コーヘンの微分論」を利用しようとしていることは注意すべきだろう、と。つまり、田邊元にとって、微分法は実在的対象を基礎づける方法である、というわけです。ますます遠山啓に近くなってきましたね。

 コーヘンの微分論を検討するときに、田邊元はカントを意識していたようですが、そのカントいわく、「すべての現象において、感覚の対象である実在的なものは、内包量、すなわち、度(Grad)をもつ」。

 ほんでもって、この少し先でJ・ヴィユマンという人が出てくるので、一応検索しておくかと思って検索したら、池田真治さんという方を発見しました。ここにもひとり、数学と哲学をつなぐ研究者の方がいた! ライプニッツを専門とされている方なのですね。ブログのなかに、「ヘルマン・コーエン『無限小の方法の原理とその歴史』―目次―」なるエントリを発見↓
http://d.hatena.ne.jp/theseus/20130209/p1

また、こんな論文も見つけました↓
『ライプニッツの無限小概念 - 最近の議論を中心に‐』池田真治(2006年)
http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/48860/1/TRonso33_Ikeda.pdf


(つづく)


〔余談〕
 きのう、数学とは関係ないルートで森田真生さんという方を知りました(いまごろ知ってごめんなさい!という気分)。そっかぁ〜〜 時代は動いているんですね。若い人たちが(も)動かしているんだ(^^)
http://choreographlife.jp/

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