TETRA'S MATH

数学と数学教育

森村修「多様体と微分法」を読んでいく [6]/ダイナミズムの数学と「モナド」

 『多様体と微分法―田邊元の「多様体の哲学」(2)―「多様体の哲学」の異端的系譜(2)』森村修
http://repo.lib.hosei.ac.jp/bitstream/10114/6372/1/
ibunka10_morimura.pdf


を、部分的に読んできました。きょうは「おわりに代えて−「種の論理」と〈数学の形而上学〉」(33ぺージめ/p.119以降)を読んで、ひとまず締めくくりにしたいと思います。



 田邊元は、古代幾何学をサブスタンスの数学、近世の解析幾何学をメカニズムの数学、そして19世紀の代数学をダイナミズムの数学と区分しているそうです。「19世紀の代数学がダイナミズム?」とちょっと不思議に思ったのですが、19世紀の形式主義集合論は解析学にもとづくメカニズムの数学であり、田邊元いうところの「運動の立場」で、19世紀以降のダイナミズムの数学は、「力の立場」に立っているものなのだそう。

 「運動の立場」というのは、デカルト幾何学の延長としての、ニュートン力学のような立場をさしているようです。この立場では、ものの運動を一方に動く一重の観方で捉えようとする。たとえば「流率(fluxion)」という概念は運動の側面から連続量を考察したものであり、現代数学でいえば、極限法の考え方と同じ世界観にもとづいている。下村寅太郎さんによると、ニュートンの流率論は「すべての量を無限小の要素の集合とせず、点、直線、平面の連続的運動によって産出されたものと解する」ことに、その根本思想をもっているとのこと。

 しかし田邊元いわく、デカルトやニュートンのような「機械的自然観」では、「力」を捉えることができない、と。力は一方向と反対方向というように、二つの別々の方向をもった力と考えたのでは成り立たない。力は順逆というものが一緒にならなければ考えられない。したがって、「力の立場」から見たときに初めて、連続は「二重の反対の方向の統一」というダイナミズムの力学的統一によって形成される、というふうに、田邊元は考えたようです。

 そのためには、ニュートンの意味での微分ではなくて、ライプニッツの意味での微分法が要請される。ライプニッツは、「真の存在」は延長的に拡がっているのではなくて、自分自身の力で内から発展するものであり、「内包的なもの」であると考えた。実体を内包的として解しようとする立場は、全体と部分とを排除的ではなく、共存的として認めるものでなければならない。一の内に多を、しかも無限なる多を含むもの、すなわち性質をもてる一として、量的一でなく質的一でなければならない。こういうものが、単に外延的な量に対する、内包的(intensif)な量であり、このような意味での内包量がまさしく「無限小」、「微分」と呼ばれた…という話が、下村寅太郎『ライプニッツ』の引用部分に書いてあります。

 そして、モナドが出てくるのです。

 それ自身は「一」にして内に無限を含むもの、外に部分をもつものでなく「それ自身によって一なるもの」(unumperse)のみが真に実在的な存在、実体であり得る。これをライプニッツは「単子」(monade)と呼んだ、と。

 モナドってそういうことだったんだ〜〜と、初めてほんの少しわかったような気がしました。

 ライプニッツにとって、実体(モナド)は、外延的なもののように部分を寄せ集めて全体を構成するのではなく、全体が先にあってその制限としてのみ部分が考えられるようなものだった。そして自らの内に「多」を「無限」に含み込みながら、性質を保持する一者である。

 論文ではこのあと、数学基礎論から弁証法的哲学へと移行した田邊元が、「種の論理」における「種」の問題を見出した話などが書かれてありますが、今回はだいたいこんな感じで読み終わることにします。

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森村修「多様体と微分法」を読んでいく [5]/「単一性」は「質」

 『多様体と微分法―田邊元の「多様体の哲学」(2)―「多様体の哲学」の異端的系譜(2)』森村修
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 前々回でも見たように、コーヘンにとって内包量は(さしあたり)外延量にとって先行条件として現れるものでした。どうしてかというと、数多性の統一〔=単一性〕が考えられなければならないとき、まず統一〔=単一性〕そのものが考えられなければならないから(あら? 『差異と反復』にこれに関わることが書いてあったような…)。その際に、統一〔=単一性〕としてしか理解されない統一〔=単一性〕がある。そしてそこには、この絶対的な統一〔=単一性〕にその場所を際立たせるための、事象論的な欲求がある。なぜなら、この欲求によって初めて、あたかも対象が生まれてくるように見えるから。

 ほんでもってこのあとJ・ヴィユマンという人が出てきて、さらにカントをからめた議論が展開されていくのですが、がっさり割愛して、田邊元がコーヘンを援用してもっとも語りたかったと思われることをまとめると、「実在的な物理学的対象が感覚の内包量=強度量に基づいて、外延量をもった現象として超越論的に構成される」ということになりそうです。こうして田邊元は、コーヘンの〈微分法の形而上学〉を物理学的対象の〈超越論的基礎づけ〉の方法論として重視した、と。

 私は、次の部分がわかりやすいと思いました(28〜29ページめ/p.114〜115)。

 外延量としての〈多なるもの=数多性〉がその要素である〈一なるもの=単一性〉をあらかじめ前提しなければならないとするならば、そもそもその〈一なるもの=単一性〉とは何なのか。たとえそれを「量」的なものとして、すなわち、数であれ外延量であれ、何らかのかたちで計測・計量できるものとして考えたとしても、それはまたさらに細かい数や量へと無限に分割可能である。そしてその際も、再び同じ問いが惹起されることは否めない。したがって、〈多なるもの=数多性〉を成り立たせている要素としての〈一なるもの=単一性〉は、もはや「外延量」としては規定されず、「質」として考えるしかない。

 私はこの説明を(あらためて)読んだとき、「比的率」は外延量という考え方(5)/「単位」の深みにはまるを思い出しました。「単位は生まれながらに内包量かもしれない」と思った話。あのときにはSI単位のことを考えていたので、直接つなげてよい話ではないかもしれませんが、単一性はもはや外延量ではなく、「質=内包量」であるという考えが、あの時点でのエキセントリックな感覚を通して、腑に落ちるのです。
意識の本性に基づけて連続量を考えるとすれば、もはや数の連続性は単純に外延量としての連続的無限ではない。その一方で、外延量としての数連続を、その当の数連続を分割することによって得られる、さまざまな部分の集積と考える限り、内包量としての微分概念は、その意味を失うことになる。外延量として数の連続性を捉えるのは、現代数学の立場であり、そのように考える限り、コーヘンの〈微分法の形而上学〉は台無しになってしまう。
 (29ページめ/p.115)

 田邊元は、単に現代数学に基づいて外延量として数連続を考えることもしなかったけれど、コーヘンに基づいて内包量が外延量を超越論的に構成することで問題が解決するとも考えなかったようです。「彼は、西田哲学に基づいて、数連続の無限性を意識の本性に基づけて、〈多なるものの統一〉を成立させようとした。つまり、田邊がコーヘン哲学を擁護しながら、コーヘン哲学とは一線を画する思考を持っていたと考えることができるのである」と森村さん。

 しかしラッセルは、こういう考え方は受け入れません。ラッセルにとって非外延的であるのは「点」や「瞬間」であり、dxもdyも数であって、点や瞬間ではない。したがって、それらは無限に小さい拡がりや距離に対応していなければならないが、dx、dyは距離にも拡がりにも対応していない。したがって、dx、dyは非外延的でもなければ、存在することもありえない、と(だいぶ端折っています)。私、ラッセルに会ったことはありませんが、何かにつけて、ラッセルらしいなぁと思います。>時間と変化についてラッセルはどう考えたのか 写真からしてそんな感じ(^^)

 田邊元は、“現代数学者”としてのラッセルの批判を受け入れた上で、コーヘンの微分論と、その形而上学を擁護しました。田邊元にとって、コーヘン哲学が重要であったのは、それが感覚を内包量の原理に即して基礎づけ、実在的で客観的な物理的対象の構成という先験的〔超越論的〕基礎づけを遂行しうると考えたから。実際にラッセルがコーヘンに反対したその内容については、「正当」だというふうに田邊元はとらえていたようです(31ページめ/p.117)。

 田邊元のように、現代数学側からの批判を受け入れること、そして、ある問題にあるアプローチで接近しているときに、自分が数学の学問性から逸脱しつつあることを自覚すること(35ページめ/p.121)は、大切なことなのだろうと思います。そしてなおかつ、以下のことも大事だと思います。
私は、田邊が思いのほかざまざまな角度から「種の論理」を精緻に理論化しようとしていたと考えている。単なる天皇制イデオロギーや、新しい社会哲学という意味合いを超えて、田邊の博覧強記ともいえる思考のダイナミズムは、「種の論理」を根底で支えている〈数学の形而上学〉の思考を駆動力としているといってよい。
 (33ページめ/p.119)


 っていうか・・・

 実は、おととい池田真治さんと森田真生さん(まんなかの2文字がおんなじだ〜!)を知った私は、もはや、現代数学者からの批判とか、「それは数学にとって有害であるかい否か?」的な議論に対する興味が激減しちゃったのですー^^;。


(つづく)
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森村修「多様体と微分法」を読んでいく [4]/田邊元にとっての微分法と実在的対象

 『多様体と微分法―田邊元の「多様体の哲学」(2)―「多様体の哲学」の異端的系譜(2)』森村修
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を読んでいます。



 そんなこんなで、「微分=無限小」概念を、「生産点」として考えたコーヘン‐田邊元ですが、「生産点」は数学的思考にとっては不可能なので、これ以上のことは数学という学問領域では考えられず(数学的思考ではもはや不充分であり)、田邊元は西田哲学から借りてきた形而上学的=超物理学的思考を要請することになるらしいのです。

 この言い方は面白いな、と思います。たとえば、続く話のなかで、

数学という学の内部で「微分」概念を検討する際に、思考の現場を数学的秩序から形而上学(=超物理学)的秩序へと移し替えることには、ある種の危険がつきまとう。なぜなら、数学史的に見て、「微分」概念は算術化=数論化の流れのなかで数学から排除されてしまい、もはや数学の内部ではいわゆる形而上学的思考は不必要であるどころか、有害であるとすらいうことができるからだ。

 (22ページめ/p.108)

と書いてありますが、「数学に形而上学を持ち込むことは有害である」という言い方と、「もはや数学的思考では不充分である」という言い方は、ニュアンスが違いますよね。あくまでも「数学をやりたい」人は前者になるだろうし、何かの概念を構築する際に、「数学的思考法を用いる」人は後者になるでしょう。

 こういう“胡散臭いもの”を徹底的に排除しようとしたのが、数学者としてのラッセルだったようです。面白いですね、ウィキペディアによるとラッセルの肩書きは「イギリスの哲学者、論理学者、数学者」となっていて、数学者はいちばん最後についているのだけれど。

 ラッセルは、ライプニッツ‐コーヘンの微分法の理解を「神秘主義」として斥けた。しかも、論理主義を標傍し、あらゆる数学を論理学から構成しようとするラッセルにとっては、形而上学的な残滓を引きずるライプニッツ的な意味での「微分」概念と、それに基づく「量」概念を数学界から駆逐したいという気持ちもあっただろう。

(22ページめ/p.108)

 こうきくと、たとえ遠山啓の数教育についての理論がラッセル&フレーゲに由来していた可能性が高い()としても、量の理論ではむしろ相対する考え方をもっていた、ということができるかと思います。

 そんなこんなで、ラッセルはコーヘンの非数学的思考を批判したわけですが、田邊元はコーヘンを擁護しました。田邊元はコーヘンの微分論について、こんなことを語っていたようです。

 「コーヘンの考えによれば、単に外延量たる時空のみでは吾人はrealな物理的対象の認識に達することはできぬ。数はカントのいわゆる純粋直観たる時空の抽象的形式を測る方便たるに足るとしても、実在的の事物に対しては不充分である。実在的の事物を測り、抽象的の幾何学的形象を、具体的の物理学的物体たらしめんがために必要なる原理の基礎として導入せられるのが微分の概念である。これは外延量的でなくして内包量的である」

(23ページめ/p.109)

 森村修さんいわく、田邊元は幾何学的な抽象性から物理学的な具体性へと観点をずらして、幾何学的で抽象的な形象から、感覚・知覚の対象としての物理学的物体を理解するために、「コーヘンの微分論」を利用しようとしていることは注意すべきだろう、と。つまり、田邊元にとって、微分法は実在的対象を基礎づける方法である、というわけです。ますます遠山啓に近くなってきましたね。

 コーヘンの微分論を検討するときに、田邊元はカントを意識していたようですが、そのカントいわく、「すべての現象において、感覚の対象である実在的なものは、内包量、すなわち、度(Grad)をもつ」。

 ほんでもって、この少し先でJ・ヴィユマンという人が出てくるので、一応検索しておくかと思って検索したら、池田真治さんという方を発見しました。ここにもひとり、数学と哲学をつなぐ研究者の方がいた! ライプニッツを専門とされている方なのですね。ブログのなかに、「ヘルマン・コーエン『無限小の方法の原理とその歴史』―目次―」なるエントリを発見↓
http://d.hatena.ne.jp/theseus/20130209/p1

また、こんな論文も見つけました↓
『ライプニッツの無限小概念 - 最近の議論を中心に‐』池田真治(2006年)
http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/48860/1/TRonso33_Ikeda.pdf


(つづく)


〔余談〕
 きのう、数学とは関係ないルートで森田真生さんという方を知りました(いまごろ知ってごめんなさい!という気分)。そっかぁ〜〜 時代は動いているんですね。若い人たちが(も)動かしているんだ(^^)
http://choreographlife.jp/

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森村修「多様体と微分法」を読んでいく [3]/コーヘンと田邊元の「内包量」概念

 『多様体と微分法―田邊元の「多様体の哲学」(2)―「多様体の哲学」の異端的系譜(2)』森村修
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を読んでいます。



 前回読んだ第3節の最後では、こんなことが書いてあります(19ページめ/p.105)。
田邊が〈微分法の形而上学〉について、西田と共に影響を受けたコーヘンは、極限法が微分法を追い落とした後もなお、数学の中に〈形而上学的=超物理学的思考〉を介入させようとしていたのだった。
 というわけで、きょうは、田邊元がそのコーヘンからどのように影響を受けたのか、第4節を読んでいきます。

 森村修さんいわく、田邊元は、「微分法の哲学的な意味を考える際に、コーヘンの〈微分法の哲学〉とベルクソンの「純粋持続」の概念を重ね合わせた」と。

 田邊元はことあるごとにデデキントの「切断」問題を取り上げ、その哲学的意義を評価しているそうです。デデキントの切断については、検索するといっぱいひっかかってきますが、ひとまずこちらをリンク↓
http://www2.math.kyushu-u.ac.jp/~hara/lectures/05/biseki4-050615.pdf
(かつて、順序集合(A,≦)の意味、下方集合の意味がつかめなくてあれこれ調べていたときに、「Dedekindの切断? え、そういう話になっていくの??」とびっくりしたのですが、いまならそこにつながるのもわかります。)

 田邊元が上記のように考えた背景には、「切断」に関する連続/非連続の問題が、ベルクソンの「純粋持続」の哲学と密接に関わっているという理解があるからだ、と森村さん。

 デデキントは、有理数の連続系列を「切断する」にあたって、有理数以外の数(無理数)を予想しなければならないと考えたのだけれど、田邊元は、有理数などの数の無限連続が単に分割可能な均質=同質な量(外延量)として理解されるべきではなく、内包=強度量として理解されるべきだと考えたのだとか。このあたりにコーヘンの影響があるらしく、コーヘンは外延量を内包量から区別し、内包量が外延量を発生(erzeugen)させるとしていたようです。ということは、外延量よりも内包量が先なのですね。

 ラッセルが内包量を認めなかったことについてはすでに書きましたが、田邊元も、強度量〔内包量〕という概念を怪しむ認識論的な傾向をもっていることはもっていたようです。しかし、ラッセルによって徹底的に批判されたにも関わらず、コーヘン哲学を手がかりにして、田邊元なりの特異な思考に即して、「内包量」概念の哲学的意義を見出そうとしていたとのこと。また、田邊元の思考は、ベルクソン‐ドゥルーズ哲学と近親性をもっていたけれども、ベルクソンともドゥルーズとも、そしてコーヘンとも一線を画したものであり、それは西田哲学の影響が色濃く反映していたからである、とも書いてあります。

 コーヘンや田邊元にとっての「微分」は、大きさをもたない点ではなく、無限に小さくなる「線分」を表現したものでした。ライプニッツに端を発する「微分=無限小」概念は、ある一定の大きざを有する「線分」であり、「線分」を限りなく小さく分割していっても、「点」にまで行き着くことはない。たとえそれを「点」であると考えたとしても、単に数学的に定義された、いわゆる場所をもたない「点」ではなくて、「方向を含んだ点」、つまり「生産点(dererzeugendePunkt)」としてしか考えることができない、と。そして、数学的思考にとっては不可能な「生産点」、つまり形而上学的(=超-物理学的)な「自発自展なる点があってはじめて、連続的体系、曲線が生ぜられる」というふうに考えたもよう。

 卑近(?)な例で恐縮ですが、私は「生産点」の話を読んだとき、グラフィックソフト「花子」の「矢印」のことを思い出しました。曲線の先に矢印があるような場合、私は、まず曲線を描いて、その先に矢印をつけるのですが(もしかして直接描く方法がある?)、点で指定はできないので、曲線の先に1mmくらいの直線の矢印を重ねています。点をうつときには点でいいですが、矢印の場合は直線で示さないといけないので。それはつまり、方向を示すということであり。速度の矢印を刻々と組み合わせたような曲線の画像がないかなぁと思って検索してみたものの、意外とどんぴしゃりのものが見つけられませんでし(たぶん、検索ワードがどんぴしゃりじゃないのだと思う)。これが少し近いかな?↓
http://topicmaps.u-gakugei.ac.jp/physdb/dyna/velocity.asp

 こういう話になると、メタメタの日から、次のエントリをリンクしておきますね(^^)。
「線の端は線の端である。」
点と線の歴史
無理数の発見と「大きさの無い点」の創造

(つづく)
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森村修「多様体と微分法」を読んでいく [2]/微分法と算術化運動

『多様体と微分法―田邊元の「多様体の哲学」(2)―「多様体の哲学」の異端的系譜(2)』森村修
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を読んでいます。

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 きのうのエントリで登場したジャン=クレ・マルタンさんが書いたドゥルーズについての本は、「ドゥルーズ/変奏♪」として1997年に松籟社から邦訳版が出ているようです。森村修さんの巻末註で音符マークを見つけた私は、「あらまぁかわいい♪」と思ったのですが、この音符マーク、訳者の方がつけられたのでしょうかね!? なお、原題はきわめてシンプルですが、直訳で邦訳版は出せないだろうなぁと思うことであります。この本の表紙を見たときに、「ん、モチーフはオウム貝?」と思ったあと、「それにしては渦の巻き方の“度合い”がちょっと違うかな・・・」と思った私^^。

 さて、きのうは第1節について読み、続く第2節は「リーマン「多様体」概念の変奏」なのですが、ここはいったんとばして、「第3節 微分法と算術化運動〜田邊の<微分の形而上学>」(14ページめ/p.100〜)に進んでみたいと思います。

 第3節のはじめのほうでは、微分についてのx、y、dx、dy、dy/dxの話が展開されたあと、コーシーによる極限法の創建を経て、解析学において量の概念は排斥されライプニッツの形而上学にもとづく「無限小」概念は不要になってしまった、という話が書いてあります。つまり「無限小」と考えられるものも、相対的に仮無限小の意味であって、それは存在するものでなくただ過程を表すにすぎないということになった、と。



 ちょっと話はずれますが、私はこのあたりのことを考えていると、ICCシンポジウム「オープンネイチャー」(2005年)の中の、郡司ペギオ幸夫発表内容についての質疑応答を思い出します。私としては面白いし答えになっているのですが、パっと見(聞いた感じ)質問と応答が対応していませんよね^^; 質問者の方は納得したかしらん!?(若干省略されているのかな?)

 あのときの郡司さんの言葉をおおまかにリライトしてみます。読みやすいよう、多少編集して。
部分と全体というのは張り合わせということが必要になって、非常にテクニカルな話になりますが、点があって位相空間という糊代を使って線をつくりだすというときに、数学的には糊代というのは使っちゃたらば消えちゃうわけですね。ぼくらが問題にしているのは、有限と無限とか・・・ 無限小が観測にひっかかるというのは有限の話ですよね。無限小のちょっとした差がしだいに大きくなっていって、観測にひっかかるという言い方をしますけれども、観測にひっかかったとたん、糊代の世界はいわばなくなってしまっていて、共立性というものがないんですよね。これはたえず共立しているということを考えていく形で、齟齬ということを考えたい、と。


 論文にもどりますれば、微分法から極限法に移行しても、最終的には極限そのものがまだ数化されておらず、無理数の算術的規定のこと、無限の算術化を完遂するものが集合論である話へと向かい、「こここに来て私たちは、再び、振り出しに戻って」しまうことになります。そしてカントールは集合を多様体とよび(リーマンに由来していることを認めているそう)、「集合=多様体」論のなかで、無限という問題に立ち向かっていくことになる、と。

 まとめると、ライプニッツによって問題化された「無限小」概念や「微分量」の多様体と微分法問題は、「量」を「数」に還元することによって進められた「算術化」運動とともに現代数学の中から排斥されたように見えたが、一方で、リーマンの「多様体」概念は数学の領域で「量」を扱うことを可能にする道を開いていたし、それを自らの集合論の領域で活用したカントールは、「集合=多様体」概念を用いて「超限集合論」を形成することになった、というわけです。皮肉にも数学の領域から駆逐したはずの「量」概念は、カントールが「集合=多様体」論を構築するに及んで、「無限」という形で再び数学のなかに舞い戻ってきてしまった、と。

 だが果たして本当に、「無限小」概念や「微分量」は時代遅れの暖味な概念として、近代・現代の数学の世界から駆逐されていたのだろうか、と森村修さんは問いかけ、このあとでドゥルーズの言葉が引用されています。これは『差異と反復』のおそらく第4章からの引用ですね。私もドゥルーズ『差異と反復』第四章の前半から気になるところを抜き出しておく(1)で、部分的に抜き出しています(ついでに、ソーカル&ブリクモンは、ドゥルーズ『差異と反復』に関する部分のどこをどう批判しているかもリンクしておきます)。

 森村修さんはここでいったん、
確かに、ドゥルーズがいうように、「極限法」が優勢になり、「極限(limit)」概念が微分に取って代わることによって「微分法の発生論的あるいは力学的な野望が潰えた」のかもしれない。しかしドゥルーズにとって(そしておそらく、田邊にとって)「微分法」は単なる数学の問題ではなかった。問題なのはく微分法の形而上学=超-物理学〉であり、〈形而上学=超物理学的な問い〉であるといってよい。ドゥルーズにとっては「最初から、次のような形而上学〔=超物理学〕的な問いが、言い表されていたのである。
と書いておられます。“単なる”数学の問題ではないのは確かだとしても、私はこれらの問題について、数学のなかでも野望は潰えていないのではなかろうか・・・と、勝手に期待しているのでした。それをがんばったのが、ヘルマン・コーヘンだったのかもしれません。

(つづく)
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森村修「多様体と微分法」を読んでいく [1]/リーマンの「連続的多様体」と「離散的多様体」

 1つ前のエントリで、「内包量」概念を認めなかったラッセルのことを先に取り上げましたが、では、「内包量」を重視したのはだれたちだったのか、なぜそうしたのかについて、あらためて森村修さんの論文を読んでいきたいと思います。

『多様体と微分法―田邊元の「多様体の哲学」(2)―「多様体の哲学」の異端的系譜(2)』森村修
http://repo.lib.hosei.ac.jp/bitstream/10114/6372/1/ibunka10_morimura.pdf

 まず(ときどき論文をはなれつつ)おもな登場人物の確認をば。まずはリーマン。19世紀のドイツの数学者。1854年に行ったゲッチンゲン大学就任講演「幾何学の基礎をなす仮説について」が、死後の1867年に公表されたということを頭に入れておきます。次に近藤洋逸(1911〜1979年)、日本の数学史家、科学思想家。田邊元に師事し、ゲーデルやリーマンの著作を翻訳している方。

 近藤洋逸さんは、リーマンの講演を「幾何学の全体系の仮説的体系への転換」の達成と考えたそうで、「数学史上の一驚異」と語っているそうです。そんなリーマンは、大学教授になるまえ、つまり学生としてゲッチンゲン大学に入学した1847年にガウスと出会ったようなのですが、ちょっと調べてみたところ、そのころガウスはすでに70才くらいだったみたいです(ゲッチンゲンの天文台長をしていた)。

 論文の1ページめ(p.87)によると、

近藤もいうように、リーマンが幾何学的体系そのものを仮説と考えた背景として、ガウスによって代表される反カント的な「ゲッチンゲンの雰囲気」は考慮されなくてはならない。

とのこと。その“雰囲気”がどういったものなのか現段階ではまったくわからない私ですが、とにもかくにも、リーマンはカントの時間・空間の先験性を批判しているらしく、つまりは経験主義の立場にたっていたようです。こういう話になると、やっぱり、ヨーロッパの哲学のざっくりとした歴史(大陸合理論vs.経験論→カント)について、もうちょっとは知っておかないと、話の流れが見えてこないなぁと思うことであります。

 そのあたりについてはいつか勉強することとして、今度は日本の哲学者、田邊元(1885〜1962年)について。東京帝国大学の理科から哲学科に転科したところなどは割愛して先を読むと、最初期の著作でリーマンを取り上げたころには、新カント派の影響を受けて、カント哲学的立場にたっていたようなのですが、リーマンたちの非ユークリッド幾何学の成果については、哲学的に意義があるとして肯定的に評価していたらしいです。

 しかし田邊元の関心は、リーマンの就任講演に端を発する「多様体」概念よりも、「微分法」や「無限小」の形而上学的問題にあったらしく、それはヘルマン・コーヘンのカント解釈の多大な影響下のもとでのことだったようです。

 ヘルマン・コーヘン(コーエンとも呼ばれる)はドイツのユダヤ人哲学者で、新カント派マールブルク学派の創設者の1人なんだそう(ちょっと調べてみたけれど、知らない名前ばかり・・・)。

 ひとまず登場人物をこんな感じでおさえておいて、いよいよ中身を読んでいきます。

 まずは、リーマンが経験主義の立場にたっていたことについて。6ページめ(p.92)に、次のような記述があります。

つまり幾何学研究で最も重要なのは、幾何学が扱う事実が「すべての事実と同じく、必然的ではなく、経験的に確実である(von empirische Gewißheit)にすぎず、それらは仮説」(S2/287-288)にすぎないということだ。リーマンから見たとき、ユークリッド幾何学は、何ら必然的な学的体系ではなく、ユークリッドにとっての“経験”をもとにして構成された、“単なる経験的事実”に基づく仮説なのである。

 そうして、「多様体(Mannigfaltigkeit)」概念が登場します。リーマンは、「連続的多様体」「離散的多様体」という言葉を出してきており(もちろんこれは訳語ですが)、「連続的多様体」の具体的な例を日常生活で見出すことは稀だが、感覚の諸対象の位置や色などがそれに該当する、といっているもよう。

 このことを近藤洋逸さんが補足してくれていて、「連続的多様体」の具体例として、実数の集合や複素数の集合をあげているそうです。また、空間と色が「連続的多様体」として同格に並べてられていることに注意を促しているとのこと。連続的に変化し続けることによって、明確に個々の要素の弁別が難しい「連続的多様体」に対して、「離散的多様体」(非連続的多様体)の具体例として人間の集団やミカンの山などが考えられる、とも書いてあります(これは森村修さんの補足かな)。しかし問題なのは「連続的多様体」であり、そこに含まれている「点」をどのように理解するかということだ、と。

 離散的多様体については、数教協いうところの「分離量」とほぼ同じものだと考えてよさそうな気がしますが、これに対して「連続的多様体」は、数教協いうところの「連続量」とはイコールで考えられないものです。「連続量」には実数の集合は対応するだろうけれど、複素数の集合は対応していない気がするし、空間はアリだとしても、色はちょっと考えにくい。

 しかし、続く話では、「連続的多様体」と「離散的多様体」の区別は、まるで「連続量」と「分離量」の区別のように思えてきます。リーマンは、多様体について、ある表徴またはある限界によって区別された一定部分を「量域」と呼んだらしく、「量域」間の量の多少を比較する際に、離散的多様体では「計数=数えること」によって比較されるのに対して、連続的多様体では「計量=量ること」によって比較される、と言っているらしく。

 そして計量は、比較するそれぞれの量を重ね合わせることで、一方の量を物差しとして他の量と比較することで可能になるのだけれど、こうしたことが可能であるためには、ある量を他の量に移動させるための方法が必要である、と。

 ここで、クレ・マルタンという人が出てきます。たぶん、フランスの哲学者のジャン=クレ・マルタンのことなんだろうと思います。先月、大阪大学で講演があったようですね↓
http://www.osaka-u.ac.jp/ja/news/seminar/2013/02/5446

 で、クレ・マルタンは、リーマンの説明を敷衍して、「計量とは、諸々の大きさを比較するためにそれらを重ね合わせることだとしたら、各々のケースごとに、単位となる大きさを他の大ききの上に移す手段を見出すことか必要になる」といっているのだそう。

 そして森村修さんは、つまり重要なのは、比較する必要のある「多様体」間には、一定の尺度が存在しないということだ、と続けます(いま、8ページめ/p.94のあたりを読んでいます)。そして私たちにとって無視しえないのは、リーマンが連続的多様体の比較については、一定の尺度を想定できない可能性があると考えていることである、と。

 こうなるとまた「量の理論」とはまったく別物になっていきます。「尺度がなくても比べられる」という話であれば、数教協の「量の理論」で出てくる単位導入の4段階指導(直接比較−間接比較−個別単位−普遍単位)の「直接比較」に結びつきますが(>「数のまえに量がある」by遠山啓)、ここで大事なのは、「一定の尺度を想定できない可能性がある」とリーマンが考えているところだろうと思うので。

 リーマンは、すべての連続的多様体の「計量」では、どの程度の量の差異が生じているかを数値的に比較できない場合が存在することを明確に述べているのだとか。「この場合の量についてなされる研究は、量論のなかで、計量規定とは無関係な一般的な部分をなすのであり、そこでは量は位置に無関係に存在するものとしてではなく、また単位によって表しうるものとしてでもなく、多様体のなかの領域(Gebiete)として考察されます」と。つまり、多様体には、計測されることも計量されることもない「量」が「領域」として存在してしまう可能性がある。・・・なんでしょうかそれは??

 で、近藤洋逸さんいわく、リーマンの「量」概念について「もっとも注目すべき点は、量の概念がきわめて広くとってあり、非計量的な連続的多様体の考察が数学的に重要であるとしていることである。おそらく彼はリーマン面を念頭においていたのであろうが、連続的多様体の非計量的考察とは、現代式にいえば位相的考察であるから、彼によって位相空間論の扉が開かれていたといってもよいであろう」と。

 森村修さんがまとめていわく、リーマンは「量」概念を広く解しているがゆえに、非計量的な連続的多様体の内部の「領域」、つまり「部分集合」の比較を可能にする道を開いた。そこに近藤は位相空間論への通路を見たのだった。

 なんか、多様体の数学的意味については「まったく興味がない」(←まだひっぱってるσ ^^;)森村修さんに、思い切り数学の話をきかせてもらっている気がするのは気のせいでしょうか。このあたりのことを“最初から”数学の本で学ぼうとしたら、たぶん私、1ページめでギブアップだと思う。そういえばリーマン面については、かつてこんなことをして遊んだことがありました。>関数z^2 と ネコロボット・05(これあってるのかな?? 全然自信ない)

(つづく)

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