TETRA'S MATH

数学と数学教育

「比的率」とは外延量という考え方(15)/これから考えたいこと

【「比的率」は外延量という考え方】

(1) 比的率とは何か
(2) 問題意識
(3) 「割合の三用法」の組み換え
(4) 国際単位系SIと「単位1」
(5) 「単位」の深みにはまる
(6) 割合のイメージ
(7) 比例の式のとらえ方
(8) 遠山啓の「水槽」について考える
(9) 倍がつくる正比例関係 
(10) 複比例のこと
(11) 図形における比率から、「デカルト座標平面線分算」へ
(12) 様々な「1」が混在してしまうこと
(13) 円周率のこと
(14) 加法保存性と比例定数



(15) これから考えたいこと

 「比的率」は外延量という考え方について長いこと書いてきました。まだまだ考えたいことがありますが、これから先、話が派生していったり、移っていったりすることもあるかと思いますので、ひとまずこのシリーズを一段落させたいと思います。というわけで、課題点として残ったことをまとめておきます。



 まず、(14)で考えようとしていた2つのうちのもう1つについて。これは多次元量の等分除・包含除について考えてみたかったのでした。(9)で示したように、多次元量の正比例関係をベクトルと行列でとらえると、包含除は「いくつ分」にあたるベクトルを求めればいいので逆行列をかけることが相当しますが、等分除の場合は比例定数を求めなくてはならないので一筋縄ではいきません。

 参考文献にしていたのは『数学の目・算数のすがた』(瀬山士郎/日本評論社/1993年/p.101〜102のあたり)です。瀬山先生は等分除のことを微分型わり算と呼び、普通は線形性だけを扱う多次元量の世界ではこのわり算は考えず、包含除を拡張した形で考えると、書いておられます。そしてベクトル解析の話がほんの少しだけ出てくるのですが(dvとなるところが2ヶ所duになっているような気がするのは私の勘違いだろうか・・・)、さすがにこのあたりは付焼刃の勉強では無理そうです。ただし、等分除そのものの発想ではないですが、拡張された帰一法が、それに近いといえば近いのかもしれません。



 次に考えたいのは小学校の比例の学習で出てくる、「y=きまった数×x」と「y=x×きまった数」の2通りの比例関係について。「1辺の長さxcmの正方形の周の長さycmを y=x×4 と表現しようが y=4×x と表現しようが、どちらでもいいのだ」というかけ算の順序固定の問題ではなく、私にとっては比例定数は「1あたり量」という発想があったので、そこをどう考えるのかという問題が自分のなかで整理されていない、ということです。

 なお、かけ算の順序問題に関連してついでに書いておくと、初等数学教育をとりまく、私が感じる“ねじれ”を整理してみる
私は、「小数×整数」と「整数×小数」を別の学年で教えると解釈できる指導要領にも、かけ算の順序固定の発想が含まれていると認識しています
と書きましたが、あのあとtetragonさんとお話ししながらつらつら考えるにつけ、やはり被乗数・乗数と「記号×」の前後関係を別ものと考えれば、指導要領には「かけ算の順序固定」の発想は含まれていないといえる余地はあるなぁと思えてきました。教科書会社の解釈の問題である、と。しかしそうなると、やはり乗数・「被」乗数ということで、かけ算を構成する2つの数値は役割が違う、ということは指導要領も言っているのですよね。



 もうひとつ考えたいのが、高橋誠『かけ算には順序があるのか』(岩波書店)を読んで考えたこと(4)/個人的にはここが要(かなめ)でとりあげた、積分定数さんの「速さの問題における、1あたり量といくつ分」の読み替えのことです。なお、その後の意識の変化については、ちょっと比例の話を広げてみる>エレベーターとアクリルたわし圏もどきで書きました。

 「時速4kmで3時間歩いたときに進む道のり」は、普通の「1あたり量×いくつ分」の式で書けば、「4km/時×3時間」となります。「1時間あたり4kmの3時間分」ということですが、これを「3km/(km/時)×4km/時」と解釈できるかどうか、という話です。当初私は単位の形に注目して納得したのだろうと思います。こうすることで、かけ算は比例を前提にしていることがより浮き彫りになった、と。

 なお、『かけ算には順序があるのか』の初版では「「時速1kmあたりで3km歩く道のりの、時速4km分」という解釈が示されていましたが、やはりこれは勘違いだったらしく、その後の版では訂正されているようです。つまり、「時速1kmあたりで3km歩く“時間”の、時速4km分」ということになろうかと思います。

 一度納得したはずなのですが、そのときの感覚が思い出せなくなっており、「1あたり」の「1」として「速さ(km/時)」を認められるかどうか、という疑問がわいてきたわけなのです。加速度などの場合は、たとえ単位が重なっていくとしても、「1あたり量」はいつも1時間なり1分なり1秒なりの時間なのでわかりやすいのですが。

 そこで、1枚のお皿が4つあれば4枚になるように、時速1kmを4つあわせて時速4kmにできないかどうか考えてみました。たとえば、時速1kmで進む長〜い台車があり、その台車の上を時速1kmで走る台車があり、さらにその上にも台車、そしてまた台車を考えると、いちばん上の台車は、地面からみれば時速4kmで動いていると考えていいですよね。この場合、いちばん下の台車が3km進むのにかかる時間は3時間であり、そのあいだにいちばん上の台車は地面から見ると12km進んでいる、と。

 このように、いったん道のりをかませて、「いちばん下の台車は3kmを3時間で進む」→「3時間で他の台車は3kmずつ進む」→「3km/台×4台分」というふうに解釈すると、確かに「3km」は「遍在」しているように見えます(私は図示して考えるときに、いまのところこの案しか思いついていません)。「3km/(km/時)」は本来3時間なのに、不思議です。そして、それぞれの台車の速さが違っていた場合は、3km/時が平均のようにして見えてくるかもしれません。このあたりまだまだ考察が足りないので、もう少しつっこんで考えてみたいです。

 もし、こういう入れ替えが可能だとすると、「記号×」をはさんだ左右の数値をどんどん入れ替えることができて、同じ「3×4」でも「4×3」でも、あわせ鏡のようにして無数の解釈ができるのかもしれませんね。3段階以上では具体的な世界ではちょっと大変かもしれないけれど、これを抽象的に考えていったらどういうことになるのか、という興味もあります。
 
 なお、速さのこの問題を、takehikomさんが複比例とからめて考察されているページを見つけていたので、リンクさせていただきます↓
http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20120215/1329252792

 複比例については(9)で書きました(その後、森毅の別の記述も見つけました)。私も面積について、片方を固定すれば片方に比例する、という発想から複比例的なものととらえていたのですが、それを言えば、すべてのかけ算にあてはまってしまうのですよね。複比例というよりは、段階の違う比例、といったほうがいいのかもしれませんが、このあたりもまだ整理できていません。でも、「トランプ配り」が「1回」という新しい単位を導入するのに対し(そうしなくてもできるのかもしれませんが)、速さのほうは、使う単位は同じで、組み立て方がかわっていくわけであり、それが分数で構成されていくというところが面白いなぁ、と思っています(速さも先ほど「台」を導入して説明したし、結局同じことかもしれませんが)。



 いままとめられるのはだいたいそんなところです。

 このような思考の機会を与えていただいたことに、あらためてtetragonさんにお礼を申し上げたいです。ありがとうございました〜!!(^^)/ 「比的率」という視点に限定せずに、この話を発展させられていけたら・・・と思っています。
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「比的率」は外延量という考え方(14)/加法保存性と比例定数

【「比的率」は外延量という考え方】

(1) 比的率とは何か
(2) 問題意識
(3) 「割合の三用法」の組み換え
(4) 国際単位系SIと「単位1」
(5) 「単位」の深みにはまる
(6) 割合のイメージ
(7) 比例の式のとらえ方
(8) 遠山啓の「水槽」について考える
(9) 倍がつくる正比例関係 
(10) 複比例のこと
(11) 図形における比率から、「デカルト座標平面線分算」へ
(12) 様々な「1」が混在してしまうこと
(13) 円周率のこと



(14) 加法保存性と比例定数

 (3)において、等分除・包含除の2つの除法の違いについて書きましたが、あらためて確認すると、等分除というのは平均値を求めるようなわり算のことで(24個÷6人=4個/人)、包含除は、それがいくつ含まれているかを求めるようなわり算のことです(24個÷4個=6人)。したがって、等分除は「1あたり量」を求める計算、包含除は「いくつ分」を求める計算ということになります。

 このように等分除と包含除の2つのわり算で求められる商のうち、そもそも比例関係の定数になれるのは、等分除で求められる商だけだったんじゃなかろうか・・・というところに、あらためてもどって考えています。何しろ比例定数は、xとyの関係のなかで、どこにでも「遍在」していなければならないので。

 となると、(3)の表で考えれば、従来の三用法で考えた場合、「度」しか比例定数になれない、「割合」は比例定数になれない、ということになってしまいます。なお、すでにみてきたように、含有率や濃度などの「度的な率」は、「度」のようにして扱うことにより、比例定数になることができます。

 そういうことになると、「1あたり量」しか比例定数にできないってことになりはしないだろうか・・・という疑問がわいてくるのですが、(13)で見たように、小学校では「いくつ分」を比例定数とする比例も、わざわざそれを分類して扱っているようです。実際、どの場合もy=axの式で表わされるし、「xの値が2倍、3倍、・・・になると、それにともなってyの値も2倍、3倍、・・・になる」という条件を満たしているので、比例関係であることは確かでしょう。「いくつ分」を定数とする比例関係は存在しないと結論づけるのは、無理がありそうです。

 そこで、2通りのことを考えてみたいと思います。

 まずは、線形性のおおもとにもどって考えてみることをします。線型性については、正比例から始まる「森ダイアグラム」の意味・4/線型代数のイメージ(その2)などで書いていますが、ごく簡単にいえば、「原因を重ねれば、結果も重なる」というのが、線型性の基本的な性質だと私は理解しています。重ねるというのは、加えるということ。ひとつの言葉でいうならば、加法保存性と言えばいいのでしょうか。(あるいは、「重ね合わせの原理」「重畳原理」?)

 たとえば、1mの重さが2.3gの針金があるとき、3m分の重さは6.9g、5m分の重さは11.5gであり、3m分+5m分=8m分 の重さは、確かに 2.3g/m×8m分=18.4g=6.9g+11.5g になっています。一度切り離した針金をつなげられるか?という問題はありましょうが、とにかく針金の長さをたすと、それに対応する重さも、たされます。

 濃度の場合も、8%の食塩水300gと8%の食塩水が200gあるとき、前者の食塩水に含まれる食塩の重さは24g、後者は16gで、これらをあわせると、食塩水全体の重さは 300g+200g=500g となり、含まれる食塩の重さは、0.08g/g×500g分=40g=24g+16g となっています。

 それでは、「1人にx個ずつ、6人の子どもにみかんを配るときのみかんの総数y個」はどういうことになるでしょうか(整数に限られてしまいますが、「いくつ分」を定数とする比例関係としてはわかりやすいと思うので)。これも、1人に3個ずつ18個配ったあと、さらに1人に1個ずつ6個配れば、1人あたりの個数は 3個+1個=4個、総数は 4個×6人分=24個=18個+6個 と考えられ、やはり原因をたすと結果もたされているような気がします。

 でも、上記の配り方の例は、トランプ方式に近いので、x個/人×6人分=y個 ではなく、6個/回×x回分=y個 と考えて、x=3 と x=1 という原因を足した、と考えられないこともないです。

 では、正方形の1辺の長さをxcm、まわりの長さをycmとしたときの、y=4xという比例関係についてはどう考えればいいでしょうか。1辺の長さが3cmの正方形と、1辺の長さが2cmの正方形を加える、というのはどういうことなのか。これはそのままの形で考えるのは難しいので、図形をまず辺にばらして、そして辺の長さを加えたのち、また正方形にもどすことを考えなくてはならないでしょう。最初から、4つの辺すべてに2cmを加えるわけにはいかないだろうから。

 考えてみれば、(13)でリンクさせていただいたページに示されている学校図書6年上で、「y=x×きまった数」の例にあげられているのは、全部、図形の問題ですね。
http://genkuroki.web.fc2.com/sansu/#6nen-gakkotosho

■三角形の1辺の長さxcmとまわりの長さycm
■正方形の1辺の長さxcmとまわりの長さycm
■円の直径と円周ycm
■正六角形の1辺の長さxcmとまわりの長さycm

 ちなみにp.45の「練習」の2問めは、「50円のはがきx枚とその代金y円」になっていますが、これは「x円のはがき・・・だとまずいから、切手・・・50枚とその代金y円」にすべきところなのではないかという素朴な(&大きな)疑問がわいております。はがきを使っているところをみると単純な間違いでもないらしい・・・。はて? これはもう、どうにもこうにも教科書の内容を見なくちゃならないですね。娘の学校の算数の教科書は学校図書だから(変更がないなら)、あと1ヶ月もしないうちに手元に届くはず。

 とにもかくにも、ここで、図形の相似の問題がオンパレードであることは、遠山啓の「比」は幾何学に弱い()こととつながっているような気がします。そして、このことに関連する私の考察は、いまのところ(11)の内容がせいいっぱいです。

(つづく)

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「比的率」は外延量という考え方(13)/円周率のこと

【「比的率」は外延量という考え方】

(1) 比的率とは何か
(2) 問題意識
(3) 「割合の三用法」の組み換え
(4) 国際単位系SIと「単位1」
(5) 「単位」の深みにはまる
(6) 割合のイメージ
(7) 比例の式のとらえ方
(8) 遠山啓の「水槽」について考える
(9) 倍がつくる正比例関係 
(10) 複比例のこと
(11) 図形における比率から、「デカルト座標平面線分算」へ
(12) 様々な「1」が混在してしまうこと



(13) 円周率のこと

 まずはご連絡。すっかり更新が停滞していたこどものちかくカテゴリー:小5算数「割合」すったもんだに新しいエントリを書き加えました。

 さて次は、(7)で保留にしていた円周率のことについて。かつて私は、円周率についてこんなことを考えていました>「円周」の公式と比例関係はどちらが先か。このエントリのなかで、三角比に対する遠山啓の考えを受けて、「円周率も、直径1の円に対する円周の長さそのものとして考えたほうがいいのだろうか?」というような疑問をもちました。しかし、三角形の場合は(11)で示したような図で「率の遍在」がなんとなく表現できますが、円は難しいです。やはり、相似そのものでもっていくしかないような。

 そうなると、緑表紙(昭和10〜16年)における比例の扱い円周率と比例の関係の話へとつながっていきます。緑表紙では円周率で比例の導入がはかられていたようで、銀林先生はこれに対して、円周率の公式を前提として正比例を結論することは「循環論法」であると批判しておられます。確かに円周率の場合は、先に相似という比例関係があって、そこから円周率が生まれてくると考えたほうが自然でしょうね。たった1つの円だけについて成り立つならば、わざわざ「円周率」と言わなくていいような気がするし。

 そういえば先日、「開運!なんでも鑑定団」というテレビ番組で、「金重陶陽の花入れ」なるお宝が出てきたのですが、そのときに鑑定士の方が、「この花入れは高さ八寸五分(26cm)という寸法が大きな付加価値となる」という話をされていました。茶室の床の間に置くのに最もふさわしい寸法なのだそうです。

 私はこの話をきいたときに、おのずと黄金比のことを思い出しました。八寸五分と床の間の関係が、比率がつくる美しさであり、スケールに依存しないのであれば、八寸五分という長さそのものではなく、比率として語られてもいい話だと感じたので。しかし、人間の体の大きさや視線、距離感などを含めての、すなわちスケール込みでの「美」であれば、比率ではなく「八寸五分」という長さそのものに意味があることになるのでしょう。実際にこの数字がどのような根拠にもとづいたものなのか私は知らないので、どういう意味の数値なのかはよく知りませんが、とにもかくにも、比率というものは、スケールを問わずたくさんのものに同様に成り立つから意味があるのであり、たった1つのものに対しては意味をなさないものであるように思います。 

 緑表紙にもどって式表現をみてみると、旧字体で「円周=直径×円周率」と示されており、銀林先生は文中で「円周=円周率×直径」と示されています。小学校では5年生で円周率を学びますが、娘の教科書(学校図書)では、「円周率=円周÷直径」と示されたあと、円周率はかぎりなく続く数だけれどふつう3.14として使うということの説明があり、「円周=直径×3.14」と示されています。これは、「倍」の発想であり、従来の考え方でいけば「1あたり量×いくつ分」ではありません。

 ほんでもって、円周を求める計算を、「3.14×直径」と書くほうが自然だと思う子ども、それにバツをつける教師、バツをつけられて頭にくる保護者っているのかな?そういう実例はあるのかな?という疑問のもと検索していたら、次のページ(ツイート)を見つけました。
http://twitpic.com/9clwph

 同じ方の、次のページも。
http://twitpic.com/9ceab3

 で、お弁当の問題の意味がよくわからなかったので、さらに検索したら、黒木玄さんの次のページに到着。
http://genkuroki.web.fc2.com/sansu/#6nenjo-keirinkan

 あらま! ちゃんと比例も含めて俎上にのせておられるのですね…ということがわかり、前回のエントリにつながったしだい。大変失礼いたしました。>順序固定反対派のみなさま

 2番目のページ「夏休みがあければ、ようやく「y=3x」でもマル?」と書いてありますが、これは、比的率」は外延量という考え方(7)/比例の式のとらえ方で書いたことにつながる話ですね。で、衝撃的だったのは、娘の学校(が属している自治体)も使っている学校図書の小6の指導書で、「y=x×きまった数」の形の式も示していること。私、たぶん、生まれて初めてこの形の式を見ました。なるほど、こういう資料を知らずして、「かけ算の順序問題」にほんの少しでも言及するというのはとても恥ずかしいことだったと、いまさらながら反省しています。申し訳ありませんでした。しかも、わざわざこのパターンのものだけ集めているのですねぇ。この公式を示してあれば、比例の式になっても、「1あたり量×いくつ分」が保たれるということか。しっかし、こういうふうに「併記」されるとは・・・! これ、ある意味、「本来の順序派(とある考えに基づいた順序派)」も、批判しなくちゃいけないかもですよ・・・

 私は、教科書レベルでは、「y=きまった数×x」という公式が出たあとでは、「いくつ分」が比例定数となるような問題は出さないのではないか…と推測していたのです。そういうことではないのですねぇ…撃沈。

 いやはや、申し訳ないけど、ちょっと、もう、教科書はフォローできない感じです・・・って、いままでもしてない??(^^; なんか、学校の先生ってものすごく忙しいと思うし、やらなきゃいけないこといっぱいで、算数のかけ算の順序にかまけていられないってのがふつうなんじゃないかと思うのですが、印刷物(指導書など)としては、こうでもしないと体裁がとれないってことなんだろうか、などとうがったものの見方をしてしまいそうです。どうしたらいいんでしょうねぇ・・・私にはわからんです。

 もっとシンプルでいいんじゃないでしょうか、教科書も指導書も。あとは教師にまかせて、子どもを信じて。何かよくないと思うことが起こっているときには、保護者も先生とコミュニケーションをとって。懇切丁寧な指導書がないと授業できない先生は、指導書があってもいい授業できないですよ、きっと。

 ああ、こういう話になってしまった・・・

 かけ算の順序固定反対派が熱心に集めてきてくださった“事例集”を見ていると、ほんとに暗澹たる気持ちになってきます。でも、実際の小学校では、そういう意味での悲惨さは感じないんですよ…。これはこれで逆に、関係者にとっては空しい話かもしれませんが。

 なんかきょうはもうぐったり・・・ はやく算数・数学にもどりたい・・・

 人生の時間、限られているから、もっと面白いことに時間を費やしたい・・・

 もう投稿する・・・

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「比的率」は外延量という考え方(12)/様々な「1」が混在してしまうこと

【「比的率」は外延量という考え方】

(1) 比的率とは何か
(2) 問題意識
(3) 「割合の三用法」の組み換え
(4) 国際単位系SIと「単位1」
(5) 「単位」の深みにはまる
(6) 割合のイメージ
(7) 比例の式のとらえ方
(8) 遠山啓の「水槽」について考える
(9) 倍がつくる正比例関係 
(10) 複比例のこと
(11) 図形における比率から、「デカルト座標平面線分算」へ



(12) 様々な「1」が混在してしまうこと

 今回は、(3)で保留にした、二重数直線の授業研究について考えていきます。

となると、かつて基数的目盛と序数的目盛について考え込む(2)でリンクした授業研究について、混乱しているのは教師側の「1あたり量」の概念、あるいはその提示の仕方なのではないかという気がするのですが・・・と書いたことを、私はおわびしなければならないでしょうか。混乱していたのは私のほうだ、と。で、もう一度読もうとしたら・・・もしかしてリンク切れ?・・・と思いきや、タイトルでさがしたら見つかりました。
http://dspace.lib.niigata-u.ac.jp:8080/dspace/bitstream/10191/13193/1/41_25-32.pdf

 とりあえず、基数的目盛と序数的目盛のわかりにくさについては、意見の変化はありませんでした。そして、第1時の問題である「カエルの体長と跳ぶ距離」については、その後、これと同じ設定の問題が教科書に掲載されていることがわかりました。

 しかし、教科書のほうは2けたでわるわり算の「倍の計算」の問題として出されているものです。これに対して、上記リンク先の授業のなかでは、カエルの体長を変えて同じ問題を解かせていますから、同じカエルが成長したわけではないとはいえ、この先のことを考えると、カエルの体長と跳ぶ距離を比例として考えようとしているのだと思います。

 私はその問題設定(カエルの体長と跳ぶ距離を比例関係として扱うこと)自体に「?」となったわけなのですが、実際に学校図書で出されている問題では、小問の2番目は、「もし,あなたが・・・」という設定になっています。私はあえて人間を出してきているのではないかと思いました。自分で考えたらどんだけ跳ぶんよ〜!?と驚くために、「倍」でとらえたというか。
http://kaerudouga.web.fc2.com/kaerunotenteki.html

(ついでに面白いレポート見つけた!)
http://www.sony-ef.or.jp/spring/report/2010/pdf/2010_02_ga.pdf

(こんな研究も発見!)
http://gakusyu.shizuoka-c.ed.jp/science/ronnbunshu/062057.pdf

 教科書としては、4年生のこの段階でもろに比例の問題を出すわけにはいかないでしょうし、逆にいえば、比例の題材にするならカエルの体長と跳ぶ距離の問題は出さないだろうと思います。でも、授業研究のほうでは、4年生の教科書に載っている「倍」の問題だし、せっかくだから(?)利用させてもらおう、という発想だったのかもしれません。

 そして第2時はリボンの長さと代金の問題、第3時はパック入りみかんの代金の問題になっています。実はこれ、どちらも、「倍比例」をうながす数値設定になっています。どういうことかというと、あたえられた2つの長さや個数(xの値)の大きいほうが、小さいほうの倍数になっているのです。

 リボン・・・4mで72円のときの20m分の代金
       5mで72円のときの20分mの代金

 みかん・・・1パック3個で168円のときの、12個分の代金

        (子どもたちが作って実際に解いた問題)
        1パック6個のとき
        1パック4個のとき
        1パック1個のとき
        1パック2個のとき

 帰一法と倍比例のどちらがラクと感じるかは、そのときに出された具体的な数値に影響されるということについて、拡張された「帰一法」で書きました。だから、たとえばリボンの場合、20m分ではなく、19m分の代金を求めるならば、発想は変わってくるはず。たとえば、5ページめ(p.29)でC2さんが「8個で1パック168円」という問題設定をしていますが、小4で「×分数」は学習していないと思うので、実際にこの問題を倍比例では解かなかったと思います。おそらく、1パックの個数が異なると1個あたりの値段も異なるということだけを確認したのでしょう。

 子どもたちの解き方がA:帰一法、B:倍比例となっているのは、その順に出してきたからなのかどうかはわかりませんが、橋本さんのプリントから察するに、橋本さんにとっては倍比例のほうが考えやすいのかもしれません。図を描くのもラクだし。もちろん、この数値設定あってのことです。

 いずれにせよ、小学校の比例が「xが2倍、3倍になると・・・」で定義されている以上、この授業のように倍比例の発想にうながしていくというのは、しごく当然の流れに思えてきます。この授業研究の表向きのテーマは「二重数直線の有効利用」ですが、実際のテーマは「倍比例の有効性」だと言えます。

 それが、みかんを「パック」であたえるということによくあらわれています。これは、まさに「倍」を「単位1」でとらえようとする発想ですね。教師は、1あたり量(比例定数)を直接あたえないようにして比例問題を解かせていますが、問題文で「□mのねだんは72円」「1パック□個のとき168円」というふうに空欄にしているものは、そのときの「単位1」にあたる長さや個数です。そして、それに対応する値段を固定しているので、□に入れる数値を変えると、別の比例関係になります。直接、1あたり量(比例定数)をかえるのではなく、「単位1」のとりかたをかえることで、多様な問題を考える、というしかけになっているようです。そもそも、「本研究の目的」にそのことが書いてあるのですよね。「倍の関係に基づく下位単位の構成過程」と。

 もう一度、帰一法と倍比例の違いを確認しておきます(エレベーターの図の使いまわし)。



 みかんのほうの問題は、上の図の〔倍比例〕でいえば、「x=3」にあたるものをわざわざ「1パック」でくくっているような感じです。つまり、倍比例の倍を考えるために、あらたな「単位1」を具体的に与えていることになります。

 もちろん、帰一法(1mあたりや1個あたりの値段)で解く子どもも出てくるわけであり、それが可能であるように、ちゃんと1個あたりの値段も整数になるように数値が設定されています。その両方の解き方を「線分図」に表すときに、橋本さんが「1あたり量が見えなくなっているので」混乱した、ということが5ページめ(p.29)に記されているわけです。

 もし、橋本さんが二重数直線を描くことで、まずは教師が橋本さんの理解の状態を把握することができ、そして、橋本さんが倍比例を理解していったとしたら、すばらしいことだと思います。そのような場面での二重数直線の有効性は、私はけして否定しません。そもそも、(11)のような逆L字で比例をとらえようとする私が、二重数直線の有効性そのものを否定したらヘンな話なのであり。しかし「本研究の目的」と最後のまとめの部分を見てみると、なんか違うんじゃないかなぁ、とやっぱり思ってしまうのでした。それについてはのちほど。

 ほんでもって、以下の引用部分でいうところの2つの「1」について考えます。

 図4では1あたり量が見えなくなっていた橋本が,5mを1とすることで,テープ図の中に比的な関係を見いだしていることが分かる。

 このなかの「1あたり量」の「1」と、「5mを1とする」の「1」は、別の単位です。「1あたり量」は、「1mあたり」ということであり、「5mを1とする」というときの「1」は、(6)で示したような、5mをくくる「単位1」です。

 (5)の最後で、倍の計算の「もとにする量」も堂々と「1あたり量」といえることになると書きましたが、そうなると、1つの場面のなかに「1あたり量」が混在してしまうことになるなぁ、とあらためて思いました。もっといえば、倍比例を「単位1」で考えると、「単位1」は無数に存在することになるわけです。

 比例関係で「xの値が2倍、3倍、・・・になると、yの値も2倍、3倍になる」ということを確かめるときには、最初はx=1からx=2やx=3に変化させて考えるでしょうが、x=2からx=4になったときにも、yの値は2倍になり、x=10からx=30になったときにも、yの値は3倍になる・・・というふうに、どのxから初めてもやっぱり2倍、3倍、・・・はたもたれていることを確認すると思います。

 この「倍」を考えるときには、「どの値の○倍なのか?」というふうに、そのときどきで「もとにする量」は異なるわけであり、そのつど「単位1」の設定がかわることになります。そう考えていくと、もし、「1あたり量」という言葉を使うのであれば、やっぱり、1mあたり、1個あたりといった、比例定数にあたる単位に対しての「1あたり量」が、混乱しなくていいのかなぁ・・・と感じました。そうなると帰一法になりますが、すでに書いてきたように、小学校では「2倍、3倍、・・・」が定義ですし、また、そちらのほうがわかりやすいのだろうと思います。

 みかんのほうは、本当にパックを比例定数側の単位にした比例関係ともみなせます。「1パック3個で168円のみかんがあります。このみかん12個分の代金はいくらですか?」→「1パックで168円のみかんがあります。このみかん4パック分の代金はいくらですか」というふうに。



 では、最後のまとめの部分について。

 問題場面から比例的な関係を見いだしていたものの,数直線やテープ図に適切に 表すことができた子どもはほとんどいなかった。それに対し,橋本は,カエルの体長ととぶ長さにある関係を数直線に表すことで,二つの数量にある比例的な関係を顕在化することができた。
 高学年の橋渡しとなる中学年の段階で,比例的に推論するための道具として,数直線やテープ図を積極的に使っていくことが大切である。二つの数量を比例的に推論する活動とテープ図などに表す活動とを意図的に設定することが,子どもの比例的な見方を育てることになると考える。

 はじめの2行は、こう言い換えることができないでしょうか。→「数直線やテープ図に適切に表すことができなくても、問題場面から比例的な関係を見いだすことはできる」と。それでも数直線やテープ図を使うことが大事なんだなぁ、ここで目的とされているのは、比例的な関係を見出すことではなく、それを「“顕在化”させる=図に表せる」ことなのだなぁ、と思ってしまう私なのでした。手段が目的と化している(どこかできいた言葉だ)。

 そして最初の「本研究の目的」にもどってみると、やっぱり本末転倒というか自家撞着のような事態が起こっているように思います。引用ではなく、私なりの要約です→ 「比例的に推論するための道具として、二重数直線は有効に用いられる可能性があると言われているが、実際に授業で使ってみると、子どもたちは比例的に推論するための道具としてうまく使えない。有効に使うためには、子どもたちが、対応する二量の関係や比例的な関係を見出す必要がある。」 ・・・・・・

 とにもかくにも、「比的率は外延量かもしれない」と考えることで、この授業研究の内容が前よりよく見えてきたことは、よかったです。


(つづく)

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とりいそぎの補足>デカルト線分算

 亀井先生からメールをいただきました。歴史的には、デカルト自身は線分の長さにプラスマイナスの意味づけをしていないそうです。しかし現在デカルト座標系では はっきりプラスマイナスを使っており、亀井先生のデカルト線分算も、プラスマイナスの意味も持たせるべく座標平面を利用するので、「デカルト線分算」という名称より、「デカルト座標平面線分算」という名称のほうが誤解をうまないかもしれない、とのことでした。とりいそぎそのことだけ補足させていただきます〜!
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「比的率」は外延量という考え方(11)/図形における比率から、「デカルト座標平面線分算」へ

【「比的率」は外延量という考え方】

(1) 比的率とは何か
(2) 問題意識
(3) 「割合の三用法」の組み換え
(4) 国際単位系SIと「単位1」
(5) 「単位」の深みにはまる
(6) 割合のイメージ
(7) 比例の式のとらえ方
(8) 遠山啓の「水槽」について考える
(9) 倍がつくる正比例関係 
(10) 複比例のこと



(11) 図形における比率から、「デカルト座標平面線分算」へ

 遠山啓および(昔の?)数教協の「量の体系」では、同種の2量から作られる商のことを「率」とよび、このうち含有率のように均等分布が考えられるものを「度的な率」、均等分布が考えにくいものを「比的な率」とよびました。その「比的な率」としては、打率や三角比などの例があげられています。ちなみに、小学校で「割合」を学ぶときには、シュートの成功率など、「比的な率」に近いものから学びはじめることが多いのではないかという印象をもっています。

 もう一度、何が違うかを確認しておくと、「度的な率」は、たとえば20%という数値が与えられた場合、いま問題とされている数量のどこをとっても20%という率が保たれていて、いわば20%の率が“遍在”(「偏」ではなくしんにょうのほうの「遍」、どこにでも存在しているほうのヘンザイ)している状態です。濃度が20%の食塩水が100gあったとき、その100gから何gかすくいとっても、やっぱり20%になっているという、そういう「率」です。

 一方、シュートの成功率が20%という場合は、蹴ったボールがゴール手前で1個につき100個に分裂して、そのうちの20個が入るわけではないので(^^;、「率」が遍在しているとは考えにくいです。

 では、図形の中の比率はどういうふうにとらえることができるのか、考えてみることにします。

 遠山啓は、三角比について、「対辺:斜辺」では不十分で、対辺/斜辺=sinAという率にまで高めておくほうがよい、そのためにはsinAを比の値としてより、斜辺が1の直角三角形の対辺の長さそのものにしておいたほうがわかりやすい、と言っています(『量とはなにか―供p.22〜23)

 これは、たとえばA=60度のときに、対辺:斜辺=√3:2では不十分であり、対辺/斜辺=sinA=√3/2という率にまで高めておく、そしてこれを比の値としてとらえるのではなく、「斜辺が1のときの対辺の長さ√3/2そのもの」としてあつかったほうがわかりやすい、と言っているわけですよね。こうなると、「1あたり量」っぽくなってきます。

 つまり、斜辺の長さをx、対辺の長さをy、sinAを比例定数aと考えると、y=axが成り立ち(話を逆にした言い方になっていますが)、角度Aが決まれば比例定数aが決まります。このaを、斜辺1のときの対辺の長さそのもの(√3/2)にするということは、斜辺1cmあたりの対辺の長さを√3/2cmと考えるようなものであり、x=4cmのとき、y=√3/2(cm/cm)×4cm分と考えるようなものだと思うのです。√3/2は遍在しているから。

     

 ほんでもって、(7)で話題に出した「いくつ分」が比例定数になる問題、つまり「1辺の長さがxcmの正方形のまわりの長さycm」という比例関係を、ちょっと形を変えて考えてみることにしました。1辺の長さを1本の青い棒の長さで表現し、正方形のまわりの長さを赤い1本の棒の長さで表現することにして、次のような逆L字型を考えてみたのです。   

     

 そして、この逆L字型の相似形を考えていきます。



 この図で考えると、x=5cmとなったとき、もちろん、y=5cm×4倍(もとの正方形でいえば、y=5cm/辺×4辺分)と考えてもいいのですが、y=4cm×5倍と考えてもいいような気がしてきます。そうなると、同じ「倍」という言葉を使っても、2通りに考えられるわけだなぁ・・・と思ったしだい。「4倍」というときの倍は、1つの図形の中で考えた「倍」。「5倍」というのは、2つの三角形の関係で考えた「倍」(相似比)。

 で、こういうふうに考えていくと、岐阜新聞URLのお知らせでちょっと触れた、亀井先生のお話を思い出します。それは何かというと、微分・積分についての統一的理解のために導入されている「デカルト座標平面線分算」のこと。亀井先生はまず、微分と積分は逆の演算といわれているが、接線の傾きと面積に逆のイメージがあるだろうか?という問題提起をされ、そして、積と商には2つのイメージがあるとして、積について、ユークリッドの面積型とデカルトの線分型を示されます。

 面積型というのは、「たて3、横2の長方形の面積」を3×2という積に対応させるイメージであり、デカルトの線分型の場合は、1と3の比をもつ直角三角形を2倍にした相似形を考え、3のほうの辺が3×2になるというイメージです(もちろん、2×3でもいい)。すなわち、デカルトのほうは、面積ではなく、線分に積のイメージを対応させているものであり、これが解析幾何の基礎になっている、というお話です(なお、デカルト自身は線分の長さにプラスマイナスの意味づけはしていないそうです)。

 これを先ほどの逆L字型で考えると、「4×2」というかけ算を、青が2のときの赤の長さそのものとして考える、ということになります。

     

 青を1としたときの赤の長さは1次関数の変化の割合(グラフの傾き)そのものですね。そして、青を変化させていったときの赤の長さは、yの増加量そのものになります。となると、この逆L字型をすごーく小さくしたときに、青の長さはx、赤の長さはyと表され、その青の長さを1としたときに赤の長さはy/x、極限とってdy/dxとなり、微分の話につながっていきます()。先ほどのの逆L字型は、平均変化率をつくる直角三角形の直角をはさむ2辺というわけです。なお、亀井先生はこのあと、コンピュータを使って、導関数の縦棒グラフを書いていく作業を示されています。

 正比例関数に話をもどすと、この青1の三角形は、比例のグラフでは“遍在”しています。実際、中学校のグラフの学習ではよく描く図ではないかと。(事情により現在「ペイント」で図を描き起こしているので、詳しい図を示す気力がなく・・・。こういう図はきっとだれかが描いてくれているに違いないと他力本願で検索したら、ありましたありました↓)
http://www2.edu.ipa.go.jp/gz/e1math/e1nika/e1kan2g2.jpg

 上記リンク先の図の「2」、つまり比例定数(あるいは1次関数における変化の割合)は、「ともなって変わる2量をともなって変えさせるための留め具」のようなものなんだなぁ・・・とあらためて思ったしだい>ちょっと比例の話を広げてみる>エレベーターとアクリルたわし圏もどき

 この「留め具」になったときに、「内包量」になれるかもしれない・・・ということを、このたびはじめて考えたわけなのです。つまり、比例の対応表で、上下の関係になったときに、はじめて「内包量」の資格をあたえられるというか。1つの正方形について、「正方形のまわりの長さは、1辺の長さの4倍」といっているうちは、「4倍」は外延量。これは、「1cm/辺×4辺分」でも、「1cm/1×4倍」でもいいし、どちらも「内包量×外延量」という形として考えられる。しかし、関数としてy=4xになったとき、4は「留め具」として「内包量」になれる。そう考えると、外延量と内包量は、ものの見方しだいで入れ替わっていけるものなのかもしれません。「ほ〜ら、だからそんな区別なんてナンセンス、そんなものなどはじめからない」とは私は思っていなくて、また、そんな区別が「実在」するかというと、また実在論の深い森にさそわれてしまいそうなのでわきにおいといて、とにかくそういう区別(色眼鏡といわれてもまったく否定しない)をつけたから、見えてくるものがあったように感じています。たとえ幻影だとしても。とにかく、無条件で内包量と思っていたものが、外延量とみなせるかもしれないということは、目から鱗でした。

 そういえば遠山啓も、モノとハタラキは固定されていないといいましたが(>かけ算、関数、モノとハタラキ (2))、それは、ある場面ではモノであり、ある場面ではハタラキということであって、モノはその場面で同時にハタラキでもある、といっているわけではないのですよね。ということにも、いまさらのように気づいたしだい。より高次な場面で、元ハタラキであるモノへのハタラキも考えることができる、ということですよね。たとえば圏論の「射」が、“1つの圏の中で”「射」であり「対象」でもある、ということはないのですよね(どうなんだろう?)。

 天井と床のたとえを借りるならば、学校の靴箱を作っている1枚の横板が、出席番号1〜10番の子どもにとっては「床」であり、出席番号11〜20番の子どもにとっては「天板」である、ということはあっても、出席番号1〜10番の子どもにとって、「床」でもありなおかつ「天板」でもある、ということではないのだよなぁ、と。


(つづく)

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プチ訂正

 シェーマのつづりを間違っていました。
「シェーマ(shema)」
ではなく、「シェーマ(schema)」です。cが抜けてました。 
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「比的率」は外延量という考え方(10)/複比例のこと

【「比的率」は外延量という考え方】

(1) 比的率とは何か
(2) 問題意識
(3) 「割合の三用法」の組み換え
(4) 国際単位系SIと「単位1」
(5) 「単位」の深みにはまる
(6) 割合のイメージ
(7) 比例の式のとらえ方
(8) 遠山啓の「水槽」について考える
(9) 倍がつくる正比例関係 



(10) 複比例のこと

 私はこのブログで複比例という言葉を3つのエントリの中で使っています。どれも長方形の面積と関連させて出してきています。

「長方形の面積=タテ×ヨコ」の意味
高橋誠『かけ算には順序があるのか』(岩波書店)を読んで考えたこと(4)/個人的にはここが要(かなめ)
正比例から始まる「森ダイアグラム」の意味・4/線型代数のイメージ(その2)

 それで、このたびtetragonさんとあれこれお話しさせていただくなかで、面積とは別の目的意識も持ちつつ複比例について考えようとしていたときに、「あれ・・・!? 私は複比例を誤解しているぞ・・・」ということに気づいたしだい。複比例を誤解しているというか、複比例と長方形の面積を直接つなげて考えるのはおかしいということに気づいたというか。

 私は複比例というものに対して、独立変数を2つもっているという大まかなイメージを抱いていました。そのこと自体は間違っていないと思うのですが、長方形の面積の式において、たての長さも横の長さもまったく“対等に”変数になれるという感覚が、“同時に”変数になれるという感覚につながってしまっていたのです。

 複比例ときくと、銀林浩『量の世界・構造主義的分析』を思い出します。しかし、銀林先生は面積の例を出してきていません。そもそも、複比例のところはちゃんと読んでいなかったと思う。じゃあ、この感覚はどこからきたのか・・・自分で結びつけちゃったのか・・・?と思いきや、どうやら森毅の影響を受けていたもよう。

 複比例関数というのは、入力が2つ、出力が1つであるような関数z=f(x,y)のうち、xとyが独立に変化できて、xを一定にたもてばzがyに比例し、yを一定にたもてばzがxに比例するような関数であり、一般式はz=axyになるようです(aが比例定数)。

 ちなみに銀林先生は、貨物の重量xt、輸送距離ykm、運送料z円で例を示されています。実際にこういう料金体系が存在するかどうかはわかりませんが、運送料が荷物の重量にも輸送距離にも比例するというのは、それなりに納得できる設定です。しかし、この場合、重量と輸送距離をかけた値が運送料になるわけではありません。つまり、そのまま長方形の面積とは結びつけられない。

 もし結びつけるとしたら、せめて、たての長さがxcm、横の長さがycm、高さが3cmの直方体の体積zがz=3xyとなる、そういう場合について考えなければならないのではなかろうか、と思いなおしたのです。高さを1cmにすれば、比例定数が1となり、結果的にz=xyとなって、こうなると長方形の面積の公式で、確かにxを固定すればzはyに比例するし、yを固定すればzはxに比例しますが、これは、かけ算の式を正比例関係としてとらえるときとは別の話ですよね。森毅も、「複比例型の“乗法”」と言っているわけであり。

 いや、さすがに私も、長方形の面積の公式を複比例関数だと思っていたわけではないのですが、いま考えたい長方形の面積の公式の特殊性を、複比例という言葉で語ってはいかんな…ということに気づいたという、そういう話です。

 以前も書きましたが、遠山啓は、長方形の面積も、「たて×横」ではなく、「横1cm幅分の面積×横何cm分」で考えていたと思います(どこに書いてあったか記憶が定かならず)。単位で書けば、後者は「cm^2/cm × cm」となり、やはりこれも「1あたり量×いくつ分」の形になります。かつて、「宮下先生はこれがストレートな複比例になっていないから不満なのだと思う」といったようなことを書きましたが、宮下先生がどう考えているかはおいといて(結局、私にはわからないから…)、あのとき私が複比例という言葉を使って言いたかったのは、「2段階の比例になっていないから」ということだったのだと、いまになってわかりました。

 (7) 比例の式のとらえ方で、いろいろなかけ算の式を示しましたが、単位の観点から見れば、長方形だけ特殊です。かけあわされている2つの量の単位が同じなので。「1あたり量×いくつ分」のかけ算は、大抵、「1あたり量」と「いくつ分」が入れ替え可能だということはこれまでも見てきたわけですが(いわゆるトランプ方式など)、長方形の面積の場合、そのような入れ替えのための解釈が必要ありません。縦と横の区別は図形の置き方の区別であり、他の場合の入れ替えとは性質が異なると思うので。だからこそ、交換法則を学習するときに、「長方形型にならべた図」を用いるのだろうなぁ、と思っています(助数詞について考え方がかわりそうなことは(4)に書きました)。

 Googleで「複比例」を検索すると、2番目と3番目に「わさっき」内のページがひっかかってきましたので、文献のほうをリンクさせていただきます。あいかわらず、文献の研究を細やかにされているのですねぇ〜(^^)
http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20120418/1334700739


(つづく)

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(細かい訂正アレコレ)

原点から点(2,3)に向かう矢線を、方向をそのままに長さだけ4倍にすると、原点から点(8,24)

ではなくて、「原点から点(2,3)に向かう矢線を、方向をそのままに長さだけ4倍にすると、原点から点(8,12)」ですね。 
(辺BCの長さは、辺ABCの長さの1.2倍というときの1.2倍)

ではなくて、「(辺BCの長さは、辺ABの長さの1.2倍というときの1.2倍)」でした。
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「比的率」は外延量という考え方(9)/倍がつくる正比例関係

【「比的率」は外延量という考え方】

(1) 比的率とは何か
(2) 問題意識
(3) 「割合の三用法」の組み換え
(4) 国際単位系SIと「単位1」
(5) 「単位」の深みにはまる
(6) 割合のイメージ
(7) 比例の式のとらえ方
(8) 遠山啓の「水槽」について考える



(9) 倍がつくる正比例関係 

 これまではある程度の“貯金”で書いてきましたが、だんだんと現在進行形になっていきます。まだ整理がつかないままですが、考えたことをそのまま書いていこうと思います。

 さて、「単位あたり量がつくる正比例関係」と「倍がつくる正比例関係」の違いについては、このたび瀬山士郎『算数の目・数学のすがた』(日本評論社/1993)がきっかけで考えたことで書きましたが、もう一度、解きほぐしてみます。

 どういう話かというと、「単位あたり量がつくる正比例関係」と「倍がつくる正比例関係の違い」は、1次元のとき(1つのxと、1つのyの関係だけを考えるとき)にはあらわれてこない、xやyにあたるものが複数ある多次元のときにあらわれてくるという話です。

 先日、量の単位の次元の話をしたばかりなので、次元というとちょっと紛らわしいかもしれないですが、遠山啓が言っていたように()、多次元量を「ある物質もしくは物体の属性としての量」として考えると、私にとってはわかりやすいです。つまり、複数の属性について一度に考えようとするのが多次元量だ、と。

 素朴な例として、かつて、レストランの会計お菓子の材料の例をとりあげましたが、お菓子の材料のほうで再び考えてみます()。

 「クッキーを1枚作るのに、小麦粉が6g必要です。クッキーを20枚を作るのに、小麦粉は何g必要ですか」という問題を解くときには、6g/枚×20枚=120(g)という式ができます。これは、小2で学習するふつうのかけ算の式です。同様に、1枚あたり砂糖が2g、バターが4g必要だとすると、砂糖は2g/枚×20枚=40g、バターは4g/枚×20枚=80g必要だとわかります。これは、クッキーという1つの物体から、「小麦粉」「砂糖」「バター」という3つの属性(材料)を抜き出してきたと考えられます。

 さらに、マドレーヌもいっしょに作っちゃおうということで、マドレーヌ5個分の小麦粉、砂糖、バターの重さも求めることになりました。マドレーヌの場合、1個作るのに、前から順に13g、11g、12g必要なので、5個作るには、13g/個×5個=65g、11g/個×5個=55g、12g/個×5個=60gとなります。だから、クッキー20枚とマドレーヌ5個を作るのに必要な小麦粉、砂糖、バターの重さは、順に、120g+65g=185g、40g+55g=95g、80g+60g=140gとなります。以上の計算を、行列を使って書くと、次のようになります。



 これは、2つの物体からそれぞれ共通の3つの属性(材料)を取り出して、必要な材料の重さを求める式になっていますが、左側の縦3つに並んだ部分が実際に必要な材料の総量、右側のたて2つに並んだ部分が作ろうとしているお菓子の個数、そして、そのあいだにある3行2列に並んだ部分が、クッキーとマドレーヌをそれぞれひとつ作るのに材料が何g必要かをまとめた部分です。

 したがって、上記の式も、「総量=1あたり量×いくつ分」という形になっています。では、多次元量において帰一法はどうなるかというと、たとえばクッキー20枚を作るのに小麦粉が120g必要だったときに、1枚あたりに必要な小麦粉の量は、120g÷20枚=6g/枚 と求めることができます。砂糖、バターも同様に。だから、上の計算で、もし「1あたり量」がわからないときには、クッキーを1枚だけ作ったらどうなるのだ?ということを知るために、たてに並んだ(20 5)のかわりにたてに並んだ(1 0)をかけてやれば、左側の総量がそのまま(6 2 4)となり、1あたり量を求めることができるし、マドレーヌの場合は(0 1)をかければ求められます。なので、クッキーとマドレーヌのそれぞれの1あたり量をまとめて求めたいときは、(20 5)の代わりに単位行列をかけてあげれば、一度に求めて表現することができます。これが、拡張された帰一法ということになります。

 こうして、多次元量における「総量=1あたり量×いくつ分」のかけ算ができあがります。個数の組(ベクトル)をX、1あたり量の組(行列)をA、総量の組(ベクトル)をYと考えれば、Y=AXという正比例と同じ形の式ができるというわけです。つまりはこれが、「単位あたり量がつくる比例関係」(ちなみに、お菓子の材料のこの例は、瀬山先生が示されたものではありません)。

 一方、「倍がつくる比例関係」については、瀬山先生は1次元の場合についてゴムひもを伸ばすという例を出されており、2倍にのびたときにy=2xと表されるが、この場合の比例定数の2は2倍するという操作を表していて、時速のときのような内包量ではない、と書いておられます。
すなわち,距離と時間の正比例関係においては,比例定数aを中だちにして,時間と距離という異質の量の正比例関係が表現されています.ところが,ゴム紐をk倍に伸ばす正比例関係,y=kxにおいては,xもyも共にゴム紐の長さであって,両者は同質なものです.すなわち,1次元の正比例関係の記号表現,y=axはこのように異なる2種類の正比例を同じ記号で表しています。
(『数学の目・算数のすがた』p.108)。

 では、多次元量における倍操作はどうなるかというと、こういうことになるらしいのです(xが3種類の場合)。↓

     

 瀬山先生はこのことを、「スカラー倍としてその操作は最初から内臓されている」と表現しています。この形になると、むしろ矢線のほうがわかりやすいかな、と思いました。原点から点(2,3)に向かう矢線を、方向をそのままに長さだけ4倍にすると、原点から点(8,12)に向かう矢線になる、という考え方です。つまり、方向は変えずに、長さだけ変えるのがk倍するということだ、と。

 しかし、もう一度量にもどると、kが「同質な2量の関係」というならば、濃度のような「度的率」も、まさに、重さという「同質な2量の関係」です。だから、もしこれらを区別するならば、後者が「2つの物体の同質な量の比」(と遠山啓も言っていたと思う)であるのに対し、「倍」は「1つの物体の同質な2量の関係」と言うしかないのではないか、と思えてきます。
 
 もし、私のこの区別がアリだとした場合、どういうことになるんだろう…と考え込みました。「1つの物体の同質な2量の関係」とはいったいなんなのか? かろうじて思いついたのは、「状態変化」。すなわち、xが2倍、3倍、・・・になると、というときのあの「倍」です。これだったら、「最初から内臓されている」という言葉にもマッチするのではないかと思うわけであり。(となると、これをベクトルの「基底」と関連づければ話が整理されていくのではなかろうか・・・と思ったのですが、いまのところ整理がつかず)

 もしかすると、結局、「2つの量の組」さえあれば成り立つのが「倍」であり、「2つの量の組が2組、すなわち4つの数の組を考えて初めて“意味をもつ”のが内包量」ということになるのかもしれません。そういえば遠山啓は、変量のなかの2つの組として比を考えることについてもどこかで書いていた記憶があります。ということは、「倍」というのは、基本的に、比例関係を示すxとyの対応表の横方向についてしか言えないのではないだろうか。「xが2倍、3倍、・・・になると」というときのあの倍。

 ところがですね… そうなると、三角形の相似はどうなるんだ、という疑問がわいてくるのです。三角形ABC∽三角形DEFのとき、それぞれ1つの三角形の中の辺の比と、AB:DE=BC:EF=CA:FDであるところの「相似比」を、どう考えたらいいのか?と。

 ほんでもって、三角形ABCが辺の比を保ちながら大きさを変えて、三角形DEFになったと考えて、その瞬間の辺の比を考えているととらえれば、1つの三角形の中の辺の比が「比的率」、相似比が「倍」と言えないこともないなぁ、と思いました。三角形ABCに相似な三角形はたくさんありますが、三角形ABCとは別の三角形について考えるときは、別のことについて考えることだから。

 つまり、三角形ABCを1つだけのとまった状態で考えれば、お互いの辺の比は「比的率」となり、それはその場で外延量(辺BCの長さは、辺ABの長さの1.2倍というときの1.2倍)。しかし、相似である2つの三角形をならべたとき、先ほどの1.2倍は「三角形の大きさが変わっても保たれる」という意味で「内包量」と化し、大きさの違う2つの三角形の辺の比(たとえば相似比5:6)は、「倍」となる。三角形ABCを「単位」みたいにして考える感じです(念を押しますが、そういう区別が実在するかどうか、そういう考え方が正しいかどうかの話ではなく、そう考えたら何か見えるものがあるだろうか、どこでどう矛盾が生じるだろうか、ということを考えています)。

 しかし、「状態変化」で話をつけようとしたのも束の間、先ほどの「内臓されたスカラー倍」を、お菓子にもどって具体的に考えることにしてみたら、クッキーx1枚と、マドレーヌx2個と、チョコレートx3個が入ったお菓子の詰め合わせを1セットとしたとき、kセット分のクッキーの枚数、マドレーヌの個数、チョコレートの個数を求めるような計算のように見えるなぁ、と考えたのです。そうしたら、クッキー20枚とマドレーヌ5個の場合、こんなふうに見えてきちゃって・・・



 さらには、こんなふうにも見えてきちゃって・・・



 「3」や「3セット」や「20」や「20枚」は、うしろからかけても、そしてかっこでくくってもいいと思うのですが、とりあえずベクトルの前に、かっこなしでおいてみました。そうすると結局、「スカラー倍=いくつ分」というふうに見えてきちゃって、結局、やっぱり、(1あたり量)×(いくつ分)と、(もとにする量)×(倍)って同じなんじゃないかという気がしてきちゃったのです。私はどこかで何かをすりかえているだろうか・・・

 もし、「単位」を内包量をみなすと、いわゆるベクトルの基底も内包量といえそうな気がしてきて、これを発展させたものが「(その問題限定の)1あたり量」ととらえられば、「いくつ分=スカラー倍」といってもよさそうな気がしてきたりして…

 さらに、正比例から始まる「森ダイアグラム」の意味・4/線型代数のイメージ(その2)の後半で示した、森毅の「乗法の総括」をつきあわせてみますれば・・・

 b円/kg×akg=c円 → (m/n行列)×(n/1行列)=(m/1行列)

 b円×a=c円 →  (m/1行列)×(1/1行列)=(m/1行列)

 「単位量あたりの大きさがつくる比例関係」と「倍がつくる比例関係」とでは、最終的に、行列の形にしたときに、「n」の部分が違ってくるようなのです。このnはどこから出てくるんだろう?と悩んだのですが、かろうじて思いつくのは、スカラーは単独の量(数)でしか存在しないもの、akgやb円のような外延量(いまは価格も外延量扱い)は複数あるときは量の組でベクトル、b円/kgのような内包量はその複数の量に対する単位あたり量の表みたいなものなので行列、と解釈してみました。がしかし、こう解釈すると、akgにあたる外延量を1種類だけ考えているときにはn=1となり、上記の2つの式の区別はつかないというか、逆に、行列の目でみれば、まったく同じ、ということになりはしないだろうか・・・などとつらつら考えているところでございます。ちなみに、大きく勘違いしている可能性大。

 森先生のこの式変形の意味がまだよくわかっていないし、「どちらも,ディメンジョンになっているところが,うまくいっとるではないか」という言葉の意味もさっぱり理解できないままです()。そもそも、行列の式を森先生は分数のように書かれているけれど、m×n行列と書くほうが一般的ですよね。でも、これもディメンジョンなのかな… 

 完全に頭がこんがらがったので、保留にして、次は複比例のことについて考えます。過去のエントリを訂正しなくちゃいけない状況なのです〜


(つづく) 
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