TETRA'S MATH

数学と数学教育

人間は自然物か、数学は発明か?・2

 次に私が思い出したのは、クロネッカーのことでした。遠山啓がとことん嫌ったクロネッカーの思想は、遠山啓にこだわる私にとっても反感を抱くものだったはずなのですが、ブラウワーの主張がヒトゴトと思えなくなるにつれ、実は私の奥底にクロネッカー的な考え方があるのではないか・・・と感じるようになってきたここ数ヶ月。何がどう似ているのかよくわからないままに、かすかにショックを受けながら。

 構成主義という言葉の多義性でも書いたように、クロネッカーのとった立場は、ブラウワーのそれとはかなり異なるものだとしても、ある意味で構成主義とよべるらしいのです。そのことをふまえて例の有名な言葉「整数は神の作ったものだが、他は人間の作ったものである」を読んでみると、最初にこの言葉をきいたときのイメージが変わっていきます。本人がどういうつもりで言ったかは別にして。

 どう変わるかというと、「整数は神が作った確かなものであり、他は所詮人間業にすぎない」というイメージの中の、「確かなもの」とか「所詮」というニュアンスが消えていくのです。ひらたくいうと、「人間が作ったものですが、それがなにか?」という感じでしょうか。(^^;

 そもそもクロネッカーは、草原や蛙や太陽も神が作ったと思っているのでしょうか。そして、人間も神が作ったと思っているのでしょうか。さらには、自分自身も、神が作ったと思っているのでしょうか。そして、神が直接作りたもうたものだけが存在物で、その存在物が作った(構成した)ものは非存在物と思っているということになるのでしょうか? となると、神が作りたもうたクロネッカーが、神が作りたもうた整数を使ってやった営みに、一体どのような意味があるのだろうか? {神が作ったもの}という集合と、{神が作ったものが作ったもの}という集合の関係は、どうなるんだろう?

 ちなみにクロネッカーは、整数から有限回で構成できるものの存在は認めたようですが、しかし2つの整数からなる分数も、結局それは1つのものとして存在を認めたわけではなく、2つのものの関係として捉えた、というのが(クロネッカーの流れをくむ数え主義の)割合分数なのだろうと私は理解しています。

 結局のところ、クロネッカーは実在論者なのだろうか、反実在論者なのだろうか? 
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人間は自然物か、数学は発明か?・1

 金子洋之『ダメットにたどりつくまで』を読んでいましたが、第二章の途中で難しくなってきたうえ、引越しやらなんやらかんやらでペースが乱れ、なかなか先を読み進むことができずにいました。

 とりあえず第二章の後半の理解はあきらめて、第三章をさーっと読み、第四章をちらほらのぞいています。なお、第三章は、少なくともクワイン関連の文献を1冊、できればデイヴィドソンも少しのぞいたあとに読んだほうがいいと感じました。全体論と分子論といったものが関わってくるようです。

 さて、第四章はといえば、「ダメットの直観主義」という章タイトルになっています。その冒頭部分を読みながら、なぜか私は自分の卒業論文のことを思い出していました。 
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ヒュームの原理とジュリアス・シーザー問題

 金子洋之『ダメットにたどりつくまで』のp36に「ジュリアス・シーザー問題」という言葉が出てきます。どうやらこの問題がフレーゲに方向転換を強いたようなのですが、『算術の基礎』の第56節の中に、そのジュリアス・シーザーがちょっとだけ出てきます。
・・・、ある概念に数ジュリアス・シーザーが帰属するかどうか、この周知のガリアの征服者が数か否かを決して決定しえない。
 数ジュリアス・シーザー? なんだそれは。

 そもそもジュリアス・シーザー問題とはなんなのかが知りたかったので検索してみたところ、大西琢朗著『フレーゲの論理主義と数の存在論』という論文を見つけました。シーザー問題についてはp6に書いてあります。要約すると、「ヒュームの原理によって、数詞が片側にしか現れていない文の真理値を決定することはできない。」という問題のようです。

 ヒュームの原理についてはp3に説明があります。


〔ヒュームの原理〕---------------------------------
 N(F)=N(G) iff F eq G.  
 任意の概念FとGについて、概念Fに帰属する数と概念Gに帰属する数が同一であるのは、概念FとGが等数的であるとき、すなわち概念Fの下に属する対象と概念Gに属する対象を一対一に対応づける何らかの関係が存在するときそのときに限る。
------------------------------------------------ 
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概念Fに0や1が帰属することの定式化

 フレーゲ『算術の基礎』の第55節には、[個別の数のライプニッツの定義を補完する試み。]という見出しがついています。

 たとえば、「金星の衛星の数は0である」という命題を考えるとき、これまでの流れでいけば「金星の衛星」という概念に数0が帰属する、ということになりますが、別の説明のしかたを考えるならば、いかなる対象も「金星の衛星」という概念には属さない、と言い換えることもできます。(ちなみに、金星の衛星についても、調べてみるといろいろ議論があるんですねぇ)

 で、上記のような説明では、「0である」のかわりに「いかなる・・・も・・・でない」が現れます。

 って日本語で言うと、ちょっと無理があるような気もしますが、ドイツ語なら「0である」のかわりに「kein」が現れたといえばいいところなのでしょう。なお、keinは、とりあえず英語でいうところの(名詞の前の?)noにあたると考えればよさそうです。例文を、ドイツ語文法のドイツっ子☆さん>不定冠詞類(mein,kein)からお借りします。→“Ich habe kein Auto.(私は自動車を持っていない。)”

 つまり、ある概念に数0が属するのは、いかなる対象もその下に属さない場合なので、「ある概念に数0が帰属するのは、aが何であれ一般的に、aはこの概念の下に属さないという命題が成り立つ場合である」という定式化ができます。訳注によると、「概念Fに数0が帰属する」を‘(Fξ)η0’と表せば、(Fξ)η0=dt∀a¬Fa。

 では、「1」の場合はどうなるのか。
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命題のなかの「である」の意義と、“等式”

 きのうのエントリの内容を頭の中で反芻していたら、
「地球の衛星は1個である」という命題において、「地球の衛星」は概念であり、その概念の下に「1」という数が帰属することになります。そっか、つまりブーという対象がブタという概念の下に属するように、「数1」という対象が、たとえば「地球の衛星」といったような概念の下に属するというわけなんですね。
の部分に自分で「ん?」と思ってしまいました。

 「ブーはブタである」とは言うけれど、「ブタはブーである」とは言いませんよね。あえてブタを先にしたいのであれば、「あるブタはブーである」になるのかな。対象は主語にこなくてはいけないということはないと思うけれど、「地球の衛星は1個である」を対象と概念に注目して「ブーはブタである」と同じ形で言うためには、「1個は地球の衛星(の数)である」にしなくちゃいけませんよね。・・・はて?

 そういえば、これについてどこかで何か書いてあったぞ・・・とさがしてみたら第57節だとわかったので、第55節を読む前に第57節を読んでみることにします。
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「数」が概念の下に属すること

 フレーゲ『算術の基礎』の第47節[個数言明の事実性は概念の客観性から説明される。]に、次のような命題が出てきます。

 「すべての鯨は哺乳動物である」

 この命題で扱っているのは、概念ではなく、動物であるように思われるけれども、一体どの動物が話題となっているのかと問えば、ただの一頭も挙げることができない、とフレーゲは語ります。「鯨」という語はいかなる個体も名指していない、と。なるほど、第50、51節を読んだあとならわかりやすい話です。

 たとえば、

 「ブーはブタである」

という命題は、ブーという個体を扱っていますが、

 「すべてのブタは偶蹄目である」

という命題は、なんの個体も扱っていません。もし目の前にブーがいたとしても、「すべてのブタは偶蹄目である」という命題はブーについては何も語っておらず、ブーが偶蹄目であることを示すには、「ブーはブタである」という命題を追加しなければなりません。

(こういう話になると、フレーゲの論理学の固有名の扱いのことや関係文のことが思い出されます。)

 しかし、次のような反論があるかもしれない、としてフレーゲは続けます。
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シュレーダーとフレーゲ:固有名と概念語の違い

 フレーゲ『算術の基礎』を読んでいます。固有名の議論は第50、51節に出てきます。E.シュレーダーの考えが示されたうえで、「でもこれだとシュレーダーの主張の中の正しい論点がひずんでしまって誤解を招くおそれがあるから、解きほぐしてふる分けするよ」という感じでフレーゲによる説明が示されています。

 シュレーダーは、ある物の出現頻度について語りうるには、その物の名前は普通名詞、一般的な概念語でなければならないと強調しました。固有名を名前にもつ対象は繰り返し出現するものとしては考えられない、と。これに対しフレーゲは、一般的な概念語を一つの物の名前と呼ぶのは不適切だということをまず指摘して、一般的な概念語が表示するのは概念に他ならず、一つの物の名前は固有名である、と語っています。つまり、「衛星」という語が表示すのは衛星という概念であり、「月」という語が示すのはあの一つしかないお月さまの名前ということなのでしょう。英語の場合は、moonは概念語、これに定冠詞theがついて the moon になると固有名になるということだと思います。

 固有名についての議論を読んだとき、特にひっかかるものは感じなくてそのまま流してしまったのですが、62節の同一性の規準の議論における「再認」という言葉を読んだときに、シュレーダーがいうところの「頻度」という言葉を思い出し、やはり概念語と固有名の議論はある程度おさえておいたほうがいいと思うにいたり、50節、51節にもどってきました。
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フレーゲ:客観的な対象がみな空間的とは限らない。

 フレーゲ『算術の基礎』を読んでいます。きょうは第61節と第62節です。

 フレーゲにとって「客観性」とはどういうことかで書いたように、フレーゲは、客観的なものを、手で摑めるもの、空間的なもの、現実的なものから区別しました。したがって、空間をしめない「数4」が、空間をしめないことによって客観的ではない、ということはできないと考えました。その客観的な数4がどこの場所にもないというのはどうして可能なのか?
ところが、私はその点には何の矛盾もないのだと主張する。数4は、事実、それに関わるすべての人にとって厳密に同じである。しかし、そのことは空間性とは何の関係もない。
 そっか。フレーゲにとって、客観的な対象であるということは、すべての人にとって厳密に同じである、ということとほぼ同じなのですね。これまでの流れからいくと、納得できる話です。

 では、我々が数について表象や直観を何も持ちえないのだとすれば、一体どのようにして数は我々に与えられるのか?
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「概念Fに帰属する数」ってなんだ?

 ぼちぼち金子洋之『ダメットにたどりつくまで』にもどることを意識しつつ、フレーゲ『算術の基礎』を読み進んでいきます。きょうは第46節と第48節です。ここは、「個数言明は概念についての言明を含む」こと(+α)について述べた節です。

 たとえば「これは一つの木立である」と「これは五本の木である」を同じ真理性をもって言えるとすると、このときに変化するのは個別のものでもなければ全体、集積でもなく、用いる単位名称である、とフレーゲは述べます。
しかしこのことは、ある概念を別の概念で置き換えたことのしるしでしかない。
 そして、個数言明が概念についての言明を含むということは、数0の場合に最も明瞭になるとして、次のような例を示しています。
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フレーゲにとって「客観性」とはどういうことか

 フレーゲ『算術の基礎』を読んでいます。きょうは少しもどって、第26、27節をのぞいてみます。ちなみにこの2つの節には、「数は主観的なものか?」というタイトルがついています。

 フレーゲは、数が心理学の研究対象や心的過程の産物でないことを示すにあたり、まず「北海」を例にあげて説明しています。地表を覆う水域全体のどの部分を境界付けて「北海」という名前を付けることにするかは、我々の任意に依存するが、そのことは北海の客観性も些かも損なわない・・・「北海は10,000平方マイルの広さである」と言うとき、我々は「北海」によっても「10,000」によっても自分の内面の状態や過程に言及するわけではなく、我々の表象などから独立した、何か全く客観的なことを主張するのである・・・「北海」の境界線を多少異なった仕方で引いたり、「10,000」で何か別のものを解することにしても、以前に正しかったのと同一の内容が偽となるわけではない・・・というような内容です。

 また別の例では、植物学者がある花の花弁の個数を報告するとき、植物学者が述べようとするのは、彼がその色を報告するときと全く同様に何か事実的なことであるとして、基数と色の間にある類似性は「両者が外的な物において感性的に知覚可能だという点にではなく、両者が客観的だという点にある」と主張しています。

 そしてフレーゲは、次のように語ります。
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